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約束の唇(前編)
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「先生~!早く!後夜祭が始まるよ!」
大声で俺を呼ぶ生徒らに「俺はパス!」と教室の窓から叫ぶと、「もう~!」「年寄り」「最後に思い出作ろうよ!」と返ってくる返事に俺は笑って手を振り窓を閉めたが、生徒らはなかなか呆れめてはくれず、何かまだ叫んでいる。「まったく」と言いながらの、俺の口元は笑みを浮かべ「もう行けよ。始まるぞ。」とガラス越しの校庭に向かってもう一度手を振った。
教員免許を取ったのは、食いパグれしないため。付き合った女は両手じゃ足りないし、この人だと思った女には旦那がいて失恋した。そして奨学金の返済は200万ぐらい残っているし、働かざる得ない。だから特に夢や希望なんかはない、でも死にたくなるほどつらい事もない。それなり先生をやっている。
そんな俺だから、生徒から特に慕われるわけでもないし、嫌われているわけでもないし、どうでもいい教師だった。
それが5年前28歳の俺だった。
そう…5年前だ。人生をちょっと頑張ってみようかなぁと思ったのは…。
今日のように文化祭のフィナーレを飾る後夜祭が始まろうとしていた。
俺は副担任をやっている2年の教室から、文化祭の後の熱気をそのまま、いやそれ以上の熱気で生徒達の声が溢れている校庭をぼんやりと見ていた。
「良いね、若者は…。」と年寄じみた言い回しを笑うように女性の声がした。
「おじさん臭いですよ。先生。」
その声に振り返れば、3年A組の香月が笑いながら立っていた。
ここって…と教室内を見回せば、やはり俺が副担任をやっている2年の教室だ。なのに…なぜここに香月が?
「後夜祭はいいのか?」
「えぇ、ちょっと先生にご相談したいことがあって。」
「俺に?」
担任どころか副担任でもない俺に?なぜ?
香月麻美は学年トップだ、それもT大高校別合格者数ランキングでも上位のこの高校でだ。おまけに美人だ。
そんな秀才で美人が、俺みたいなぐうたら教師に相談ってなんだ?
…いや、俺なんかマズい事をやった?いやいやいや、クビになるようなことはやっていない。大丈夫。
香月麻美、生徒なんだが、どうも俺は彼女が苦手だ。いつも目が合うとにっこり微笑まれ、そのたびに俺の心臓は嫌な音を立てていたからだ。女とは両手じゃ足りないほど付き合った俺が、10も下のそれも生徒に怯えるって、笑うに笑えねぇ。
ゴクンと息を呑み
「俺じゃ…役に立てないと思うが…。香月のほうがむしろ俺よりしっかりしてる…と思うし。」などと、教師らしからぬ事を言って、情けなく顔を顰めたら、香月は桜色の唇を緩ませ「先生じゃないとダメなんです。」
「あ、あ、それは今やらないといけないことか?」
「はい、来月アメリカにいる父親のところに行く事になり、学校は今日までなんです。それに早期出願(Early Action)を11月までには出願しなくてはならないので…。」
そう言えば、香月の両親は離婚した事は知ってはいたが、そうか父親と暮らすことになったのか。だから大学もアメリカか…。
でも、そこで俺?なんでだ。
キョトンとした顔で香月を見れば、あいつは俺が心臓が嫌な音を立てるあの笑顔で言った。
「先生を男の人だと意識してます。授業中の声に…、チョークを持つその指に…、その全部を私だけのものにしたいと思うくらいです。だから私とお付き合いしてください。」
えっ?
こいつ…今なんて言った?!
「お前、わかってるか?俺は教師だってことを…」
香月はにっこり微笑むと「はい。」と元気に返事をした。
その返事は、授業中に聞いたらぐうたらな教師の俺でも、微笑む事ことができたろうが…、この場面に元気な返事は俺の気持ちを逆撫で、俺は日頃学校では見せない顔で言った。
「あのな…俺はいい加減な男だけど、生徒には手を出さねぇよ。第一ガキは好みじゃない。」
「でも先生は私を意識してるでしょう?」
「はぁ?」
「私と目が合うと、心臓が不自然な音を立ててません?」
何もかもわかっていますと言っているような目に、俺は息を呑んだ。
いや、こいつはわかっていない。教師と付き合っていることがバレたら、俺だけじゃない、こいつだって相当な傷を負うことを。わかっていない。
「俺は教師だ。生徒と付き合う事なんて!「だから!今日なんです!」」
俺の言葉にかぶってきた香月の言葉に、俺はただこいつの顔を見ることしかできなかった。
遠くから見ていた。自分とは違う、この少女を…。柔らかいその雰囲気は、側にいればきっと居心地良いいだろうと…思って見ていた。でもそれが女性としてみていた訳じゃない。だらしない俺だけど最低限のモラルは持っている。
香月は一歩俺に近づき
「先生は自分はお金の為に仕方なく教師をやっていると思っているでしょう。そんな人が不登校の生徒の家に1年以上も通うかしら?お金や女性にだらしない男だと自分を卑下しているみたいだけど、別れた女性がお金に困っている事を知って、そっとお金を融通する人がだらしないというかしら?なぜそう自分の評価が低いの?」
こいつ…ほんとにただの高校生かよ?
「なんで…知って…」
震える口から出た俺の言葉に、香月はにっこり笑うと親指と人さし指で丸をつくり
「これです。」
ほんとにこいつ…ただの高校生かよ?
俺は蛇に睨まれたカエルのように、身がすくんで動けなくなっていた。
大声で俺を呼ぶ生徒らに「俺はパス!」と教室の窓から叫ぶと、「もう~!」「年寄り」「最後に思い出作ろうよ!」と返ってくる返事に俺は笑って手を振り窓を閉めたが、生徒らはなかなか呆れめてはくれず、何かまだ叫んでいる。「まったく」と言いながらの、俺の口元は笑みを浮かべ「もう行けよ。始まるぞ。」とガラス越しの校庭に向かってもう一度手を振った。
教員免許を取ったのは、食いパグれしないため。付き合った女は両手じゃ足りないし、この人だと思った女には旦那がいて失恋した。そして奨学金の返済は200万ぐらい残っているし、働かざる得ない。だから特に夢や希望なんかはない、でも死にたくなるほどつらい事もない。それなり先生をやっている。
そんな俺だから、生徒から特に慕われるわけでもないし、嫌われているわけでもないし、どうでもいい教師だった。
それが5年前28歳の俺だった。
そう…5年前だ。人生をちょっと頑張ってみようかなぁと思ったのは…。
今日のように文化祭のフィナーレを飾る後夜祭が始まろうとしていた。
俺は副担任をやっている2年の教室から、文化祭の後の熱気をそのまま、いやそれ以上の熱気で生徒達の声が溢れている校庭をぼんやりと見ていた。
「良いね、若者は…。」と年寄じみた言い回しを笑うように女性の声がした。
「おじさん臭いですよ。先生。」
その声に振り返れば、3年A組の香月が笑いながら立っていた。
ここって…と教室内を見回せば、やはり俺が副担任をやっている2年の教室だ。なのに…なぜここに香月が?
「後夜祭はいいのか?」
「えぇ、ちょっと先生にご相談したいことがあって。」
「俺に?」
担任どころか副担任でもない俺に?なぜ?
香月麻美は学年トップだ、それもT大高校別合格者数ランキングでも上位のこの高校でだ。おまけに美人だ。
そんな秀才で美人が、俺みたいなぐうたら教師に相談ってなんだ?
…いや、俺なんかマズい事をやった?いやいやいや、クビになるようなことはやっていない。大丈夫。
香月麻美、生徒なんだが、どうも俺は彼女が苦手だ。いつも目が合うとにっこり微笑まれ、そのたびに俺の心臓は嫌な音を立てていたからだ。女とは両手じゃ足りないほど付き合った俺が、10も下のそれも生徒に怯えるって、笑うに笑えねぇ。
ゴクンと息を呑み
「俺じゃ…役に立てないと思うが…。香月のほうがむしろ俺よりしっかりしてる…と思うし。」などと、教師らしからぬ事を言って、情けなく顔を顰めたら、香月は桜色の唇を緩ませ「先生じゃないとダメなんです。」
「あ、あ、それは今やらないといけないことか?」
「はい、来月アメリカにいる父親のところに行く事になり、学校は今日までなんです。それに早期出願(Early Action)を11月までには出願しなくてはならないので…。」
そう言えば、香月の両親は離婚した事は知ってはいたが、そうか父親と暮らすことになったのか。だから大学もアメリカか…。
でも、そこで俺?なんでだ。
キョトンとした顔で香月を見れば、あいつは俺が心臓が嫌な音を立てるあの笑顔で言った。
「先生を男の人だと意識してます。授業中の声に…、チョークを持つその指に…、その全部を私だけのものにしたいと思うくらいです。だから私とお付き合いしてください。」
えっ?
こいつ…今なんて言った?!
「お前、わかってるか?俺は教師だってことを…」
香月はにっこり微笑むと「はい。」と元気に返事をした。
その返事は、授業中に聞いたらぐうたらな教師の俺でも、微笑む事ことができたろうが…、この場面に元気な返事は俺の気持ちを逆撫で、俺は日頃学校では見せない顔で言った。
「あのな…俺はいい加減な男だけど、生徒には手を出さねぇよ。第一ガキは好みじゃない。」
「でも先生は私を意識してるでしょう?」
「はぁ?」
「私と目が合うと、心臓が不自然な音を立ててません?」
何もかもわかっていますと言っているような目に、俺は息を呑んだ。
いや、こいつはわかっていない。教師と付き合っていることがバレたら、俺だけじゃない、こいつだって相当な傷を負うことを。わかっていない。
「俺は教師だ。生徒と付き合う事なんて!「だから!今日なんです!」」
俺の言葉にかぶってきた香月の言葉に、俺はただこいつの顔を見ることしかできなかった。
遠くから見ていた。自分とは違う、この少女を…。柔らかいその雰囲気は、側にいればきっと居心地良いいだろうと…思って見ていた。でもそれが女性としてみていた訳じゃない。だらしない俺だけど最低限のモラルは持っている。
香月は一歩俺に近づき
「先生は自分はお金の為に仕方なく教師をやっていると思っているでしょう。そんな人が不登校の生徒の家に1年以上も通うかしら?お金や女性にだらしない男だと自分を卑下しているみたいだけど、別れた女性がお金に困っている事を知って、そっとお金を融通する人がだらしないというかしら?なぜそう自分の評価が低いの?」
こいつ…ほんとにただの高校生かよ?
「なんで…知って…」
震える口から出た俺の言葉に、香月はにっこり笑うと親指と人さし指で丸をつくり
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