恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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忘れたくない唇(1/5)

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「中谷君…高校の時は、あの落ち着いた雰囲気が、なんか年寄り臭いなぁと思っていたけど…27になるのと…あの落ち着きがたまんない。ほんと来て良かったよ。同窓会!」

そう言って叫んだ由佳に、女性6人は笑い、私もみんなと同じように笑いながら、片手に持ったビールを口につけ、視線だけをそっと…中谷君へと移して…彼を見た。
高校時代よりも少し精悍になった顔は、久しぶりに会った友人たちを見て、嬉しそうに眼元に笑みを作り…そして唇にも…笑みを作って行くのが見え…私はハッとして、彼から眼を逸らした。


あの唇が…私を好きだと…。

あの唇が…私の唇に触れようとしたんだ…。

私は、ビールを一気飲み、眼を瞑った。


あの時…教室に人が来なかったら、彼は私にキスをしていただろうか。
もし…キスをしていたら…私のファーストキスだった。

あれから10年…
ファーストキスも他の人と…
初めて抱かれたのも他の人と…時間を共にした。

何度も他の人と重ねた唇は、もうあの時のように震えることを忘れ、その先の快楽を知り、そして、あの切ないほどの思いを、眼に浮かべた人の手を拒んだ私の体は…他の男の人の手を受け入れた。もう10年も経ってしまったけど、眼を閉じれば、容易に思い出す。

教室に西日が差し込み、真っ赤になった教室。

消し忘れた黒板に残った三角関数のグラフ。

机の上に置かれたままの体操服。

校庭で部活動をしている運動部の掛け声。


「早川さん。」
そう…中谷君は、私を呼んで、数枚のプリントを差し出したんだった。

「中谷君?…なにこれ?」

「文化祭実行委員から預かって来た。」

「わぁ…ごめん、由佳でしょう。ちゃんと私に手渡してって言ったのに…」

「大変だなぁ…委員長。」と言って笑った彼に、私は少し驚いた。

いつも、落ち着いた物腰の彼は、同級生に見えなくて、特に黙っている中谷君には、なんだかめちゃめちゃ緊張して、こちらから話しかけにくかったのに…

でも…
中谷君…笑うと、なんだかやわらかくなって…話しやすい。

いつもなら…ありがとうと言って、ここで終わる会話が、もっと話してみたくて私は…

「やめてよ…じゃんけんで負けた委員長なんて、はっきり言って…小間使いよ。」

「じゃんけんで負けて?」

「うん、そうなの。」

「早川は、じゃんけん弱いもんなぁ…修学旅行のしおりを作るときも…負けて、委員やっていたし、そうそう、体育祭のときも負けて…100m走に出ていたよなぁ…」

そう言って、中谷君は…また笑った。

どうして…修学旅行はもう半年前だよ。体育祭なんてもう1年も前のことなのに…

「どうして…」

「えっ?」

「どうして…そんなことを覚えているの?」

教室に西日が差し込み、教室が真っ赤になったあの日…

私は、そう彼に聞いた。

彼は…一度下を向き…
「どうしてだと…早川は思う?」

そう、聞き返し…言葉に詰まった私に…中谷君は…

「・・」と言った。

「えっ?」

中谷君は、苦笑すると…

「勝てない勝負に…手を出す勇気がないんだ。」と言った。

「中谷君?」

「もうひとつ…伝言を頼まれたんだ。…増田が…待ち合わせに遅れるって…」


増田君は…増田 圭介は、私の彼氏だった。


校庭で部活動をしている運動部の掛け声が…うるさかったのに…
中谷君の声しか聞こえなかった。









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