恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

文字の大きさ
10 / 32

忘れたくない唇(2/5)

しおりを挟む
長い時間ではなかったが、私と中谷君は…お互いを見ていたが、突然…中谷君は大きく息を吐くと

「...文転するのか?増田から…早川は自分と一緒に文転すると…聞いた。」

「えっ?」
中谷君の言葉に驚いた私の顔が…だんだんと歪んでゆくのが、自分でもわかった。

圭介…どうして?…私は文系に移らない、このまま理系で行くって言ったじゃない。

理系と文系のクラスは東と西に別れていて、同じ学校でもなかなか会う事はない。でも、会おうと思ったら、どこかで待ち合わせをすればいいことなのに…だが圭介は、『俺、文転するから…莉子もするだろう。』と決めつけてきた。

自分の将来だ、自分で決めてゆきたい。付き合うって、彼氏の言うことを黙って頷いて、付いてゆく事じゃないはず、お互いがお互いの道を歩む事を、嫌がる圭介に困っていたが、まさか…他の人に決まったように…言うなんて…

圭介の自分勝手な言動に…腹が立ち、唇を噛んだ私を中谷君は…

「違うのか?…」

「…違うわ。…」

「…そうっか…」

そう言って、下を向き…中谷君は笑いながら…

「カッコ悪い…」

「中谷君?」

中谷君は、私を見つめ…また「そっか…文転しないのか…」と言って…

「俺…なにやってんだか…」と苦笑すると…俯き

「【勝てない勝負に…手を出す勇気がない。】と言って、俺はいつも諦めていた。でも…彼氏がいるひとに告白したって…虚しいだろう。だから…思いは伝わらなくてもいい、ただ早川の顔を見るだけでいいと思っていたんだ。でも増田から、早川が文転すると聞いた時…文系と理系は校舎が、西と東にわかれているから、ただのクラスメートの俺では、もう早川を見る事さえも出来なくなるんだと思ったら…俺、焦って、なにも考えずにここに来てしまった。」


そう言って…顔を上げ…

「好きなんだ。」


なんて言ったらいいのかわからなかった、でも私は中谷君から、視線を外す事が出来なくて、でもなにか言わなくてはと、口を開いたが…言葉が出てこなくて…
ただ…見ていた。ただ…彼を見ていた。

彼は…中谷君はにっこりと笑うと
「…返事を聞きたいわけじゃないから…いや、聞くのは辛いから…何も言わなくていい。このままずっと秘めておこうと思っていたんだ、だからいいんだ。」

中谷君はそう言って、校庭のほうへと視線を移し
「俺…早川に告白したら…きっと後悔すると思っていたけど、でも…今は後悔と言う気持ちは、不思議とないんだ。寧ろすっきりした。これで良かったんだ…と思える。告白した事で、俺は気持ちの整理はできそうだ。だけど…告白された早川はいい迷惑だったよな。ごめんな…早川。」

中谷君はそう言うと口を閉ざし、校庭に視線を向けたまま…動かなかった。
…時が止まっているように思えた、私は…息苦しさに胸に手を置き、中谷君を見た。

私を熱く見ていた眼が、今は瞬きもせず校庭へ視線を向け…
私を好きだと言った薄い唇は…固く結ばれていた。

苦しい…胸がどうして…こんなに…

私は中谷君から、目を逸らし俯くと、私の足元に…長く伸びた中谷君の影に向かって
(中谷君、なにか…言って…)と言って…唇を噛んだ。

時が止まったようにシーンとした教室…西日で赤くなった教室に…
運動部の掛け声がより大きく聞こえた時だった。

突然…中谷君が私へと視線を移すと、私の頭を抱え込み、床に転がるように倒れこんだ…瞬間、
ガラスの割れる音と…雨のようにガラスが振り注いできた。

「早川!!大丈夫か!」

「う…うん」と言って眼を開いた…ドキッ…と…心臓が大きな音をたてた…

中谷君の腕の中で…私のドキッはドキドキと早くなり…
私は中谷君の胸を両手で押しながら…

「だ、大丈夫…あ、あ、ありがとう。」

「あっ…!ご、ごめん」

慌てる中谷君の声に…動き出した時間に…私はホッとして、ようやく彼の顔を見た。

頬が…中谷君の頬が切れていた…。

中谷君は、私に覆いかぶさるようにして、ガラスの雨を避けたせいで…頬を切ってしまったんだと思ったら、私の右手は中谷君の胸を押すことを止め、ゆっくりと中谷君の頬へと…ガラスで切れた頬へと伸びていった。

「痛くない?ごめんね。」

中谷君の驚いた顔が、泣きそうに歪むと、頬にあてられた手に、ゆっくりと自分の左手を重ね…

「…好きだって…言った男に、簡単に触れちゃ…いけない。」

掠れた声で私に言うと…右手で私の頬を触り…その手は私の唇へと行った。
少し…荒れた指先は、私の唇を求めて、何度も唇の上を動き…

私は…恐かった。
私自身が恐かった。

彼の指先を…
震える体が…心が…唇が…求めるように、熱くなっていったから…

うまくいっていないとはいえ、圭介と言う彼氏がいるのに、中谷君のことをよく知らないのに…

「…いや…」と言った、私を見つめて、

「…莉子…」と中谷君が…私の名前を呼んだ。

中谷君の顔が近づく…この瞬間を…どこかで待っている自分が…恐かった。

唇が触れようとする瞬間…中谷君は動きを止めた…。



『今のすごい音は、1組からだったろう!』

『やべ~!と野球部が叫んでいたから、ボールが飛び込んだじゃねぇ。』

と言う声が…聞こえ、中谷君は、「…ごめん…。」と言って、立ち上がった途端…
数人のクラスメートが飛び込んできた。

『だいじょうぶ?!早川さん?』

『中谷!お前、怪我してんじゃん!』

『莉子!!』

『お前ら、ガラスがいっぱい付いてるぜ!』

男子に取り囲まれた中谷君は
「あぁ…大丈夫。でも保健室に行ってくる。制服も…ガラスがついているしなぁ。」

『早川さんを助けたヒーローは、そう言って去って行くってか!』

「…ヒーローなんかじゃないさ。たまたま…そう、たまたま側にいたから、体が動いただけだ。女の子に怪我はさせられないだろう。」

『ほぉ~俺も言いてぇ~そんな台詞!』

「バカ。俺、保健室に行くからなぁ…」

ふざける男子らの声に、呆れたように笑う中谷君の姿を…そして、保健室に行こうとするその背中を私は見ていた。なにか言わなくてはと…

「…中谷君…」とその背中に声をかけた。

私の声に…彼は振り返り、にっこり笑うと
「怪我がなくて良かった。」と言って、私に何も言わせず、教室を出て行った。

中谷君は……
いつもの…落ち着いた中谷君だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】身代わりとなります

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
レイチェルは素行不良の令嬢として悪名を轟かせている。しかし、それはレイチェルが無知ゆえにいつも失態をしていたためで本人には悪意はなかった。 レイチェルは家族に顧みられず誰からも貴族のルールを教えてもらわずに育ったのだ。 そんなレイチェルに婚約者ができた。 侯爵令息のダニエルだ。 彼は誠実でレイチェルの置かれている状況を知り、マナー講師を招いたり、ドレスを作ってくれたりした。 はじめは貴族然としている婚約者に反発していたレイチェルだったがいつのまにか彼の優しさに惹かれるようになった。 彼のレイチェルへの想いが同情であっても。 彼がレイチェルではない人を愛していても。 そんな時、彼の想い人である隣国の伯爵令嬢フィオラの国で革命が起き、彼女は隣国の貴族として処刑されることが決まった。 そして、さまざまな思惑が交錯する中、レイチェルは一つの決断を下し・・・ *過去と未来が行ったり来たりしながら進行する書き方にチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんがご了承ください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

ズルいズルいっていつも言うけれど、意味を知っていて?

ユウキ
恋愛
今夜は、一組の婚約者の発表が行われるために夜会が開催された。 贅を凝らしているが、上品な誂え、淑やかで慎ましい令嬢と、見目麗しい子息の披露目に、次代の安寧と、羨望の眼差しを向ける。 発表も無事終わり、和やかに進行する夜会の最中、甲高い大声が響いた。 「なんでー!ズルいズルイですわぁぁぁ!お姉様ばっかりずるいですわぁぁぁぁぁ!!」

処理中です...