恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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忘れたくない唇(3/5)

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15mほど…離れた場所に、早川がいるのに俺は近づけなくて、時折…聞こえてくる彼女の声が…

あの日…聞いた声…俺を呼ぶ『中谷君…』と呼ぶ声と重なり、俺は手に持ったグラスに映った自分の情けない顔に苦笑した。

*****
俺は…いつもただ見ているだけだった。

高校受験の時に、参考書を見つめ『はぁ~』と情けない声をあげる、斜め前の席の彼女が、可笑しくて、そして…気になった俺。

合格発表のとき、彼女の番号を初めに確かめ、慌てて自分の番号を探した俺。

だが…声をかける前に、彼女は違う奴に攫われてしまったんだった。

どうしようもなかった。早川には付き合っている人がいるんだ。『好きだ』と告白したって、返ってくる答えはわかっている。

なら…もう、いいじゃないか…
じゃんけんが弱くて、いつも損をするお人よしを見ているだけで…
時々クラスメートのひとりとして、会話をするだけで…同じ時間を共有できる事で…
それで、満足しろと自分に言い聞かせていた。


ほんとに俺はバカだ。

彼女の上に覆いかぶさるようにして、ガラスの雨から彼女を遠ざけた時…俺の腕の中で…感じたぬくもりを、震える唇を…間近に見て、ようやくわかった。
好きなひとを、ただ見ているだけで満足だなんて、ありえないんだと。
この唇を…ただ見るだけだなんて、出来るはずはない。

泣きそうだった、好きだと言うのはこんなにも切ないのかと…そしてそれをわかってくれない早川に…胸が痛くて…

『…好きだって…言った男に、簡単に触れちゃ…いけない。』
と言って早川の冷たい唇を指先で触れた、我慢しているんだ。わかってくれよと言いながら…

だが、もう限界だった…俺は初めて…早川の名前を口にした…『莉子』

『いや』と言った彼女の声が甘く聞こえ、俺は誘われるように…彼女に触れる寸前。

人の声を感じ…俺は現実へと引き戻された。

恥ずかしかった。そして惨めだった。
俺は、早川の声に被さる様に『怪我がなくて良かった。』と言って、彼女に何も言わせず、俺は逃げた。逃げるしかなかった。

あの日を境に、心の中にあった…燻った熱い思いを、今までどうやって誤魔化してきたのか、思い出せないほど俺は…戸惑い…荒れて…

俺は……
俺を好きだと言う後輩を抱きしめてしまった…最低だ。

もう…早川を見る事ができなかった…。
ただ彼女を見るだけの幸せな時は、彼女の視線から逃げる時へと変わって行き…この苦しみから逃げたいという思いで、付き合った後輩とは…1年も続かなかった。

*****

「きゃぁ!!~」

「マジ!!」

突然あがった歓声に、俺は…視線を移すと、
「そ、そんなぁ…」と萎れた声で、右手をチョキにした手のままで…項垂る早川の姿があった。

「うそっ…私なの?来年の創立100周年記念事業創のクラスの代表は…えっ~そんな!」
と泣きそうな声をあげ、なんども右手のチョキを見て…

「パーを出そうとしたのに…なんでチョキを出しちゃったんだろう。」と、右手のチョキに訴え、みんなから笑われていた。

そして俺も…口元が綻んだ

じゃんけん、相変わらず弱いんだ。
なんで右手に、文句を言ってんだよ。早川は…やっぱり…可笑しな奴…

お人よしで、じゃんけんに弱くて…いつも損ばかりしている。
ぜんぜん変わらないなぁ…早川は…と、俺は早川の困ったように笑う顔が、懐かしくて、そして恋しくて、声を出さずに、唇だけ動かして呼んだ。


(莉子)…と


聞こえるはずはないのに、早川が…ハッとした様に、俺を見た。

視線の先が…早川と繋がった。

彼女も俺を見ている。

月日の流れは…俺に何度か恋をさせ、俺の中では早川はもうすでにひとになっていたはずだった。でも…同窓会の案内状に書かれていた、幹事の名前に…俺は欠席から、出席へと書き直してしまうほど、まだ俺の中の思いは、10年経っても、まだ小さな種火をつけていた。


早川…。
君に…会いたいと思っていたんだ。だから…今日はここに来たんだ。

今も…俺は君から目が離せない。

俺は…

俺は、君が好きだ。


高校2年の秋は、まだ俺の中では終わっていない。…と言うように

俺は視線の先で、瞳を揺らす早川を見つめた。

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