恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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我慢する唇(前編)

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電話の向こうで…泣いている。本当は泣いているくせにあいつは…

「うん、それで、きょうは美樹達と夕方まで、カラオケに行っていたの。楽しかった。」

彼女の話題はいつも、楽しかった…で終わる、
それは…そう言わないと俺が心配すると思っているからだろう。

わかっている。俺に甘えられない事は…でも電話ぐらいはいいだろう。
俺に甘えろよ。
本当は会いたいって言えよ。


「…なぜ…?」

「えっ…?!」

「俺は来いよって言ったろう。今日は休みだから、俺に会いに来いよって言っただろう。」

「何を言ってるのよ!…無理…に決まっているじゃない。誰かに見られたらどうするの?」

「美晴!」
思わず叫んだ声に、隣の席の親子連れが驚いたように俺を見た。
俺は(すみません)と言うように、親子連れに軽く頭を下げ、今度は電話の向こうにいる美晴に

「悪かった…大声を上げて…」

「私こそ…ごめんなさい…でも、でもね。高3の私が、高1の担任の大樹の家を訪ねたことが、誰かに…学校の誰かに見られたらどうするの?…無理よ。」

そう言って…本当は泣いているくせにあいつは…震える声を笑ったように見せかけながら

「卒業まであと4ヶ月よ。晴れて大学生になったら…会えるもん、だからもうしばらくの辛抱。」

辛抱…という言葉を最初に口にしたのは美晴だった。
だがそれを、まるで美晴の口癖のようにさせてしまったのは俺だ。
そんな言葉を言う子じゃなかったのに…
明るくて、いつも笑っているような子だったのに…俺は泣かせてばかりだ。

耳にあの頃とは違う、無理をしているとわかる、明るい声で、美晴はまた違う話をしだした。

「ねぇ…聞こえる?町はクリスマス一色だよ。もう…あれから1年だよ。」


I'm dreaming of a white Christmas 
Just like the ones I used to know 
Where the treetops glisten and children listen 
To hear sleigh bells in the snow. 


あれから、1年…そうか、もう一年か…
俺はファーストフード店の、少し冷めたコーヒーを口にし、電話口から流れるクリスマスソングに耳を澄ませた。

あれはそうだった、珍しく雪が積もった去年の12月。
終業式の合間に降り出した雪が、あっという間に校内を一面、真っ白に覆った夕暮れ。

ようやく、爺さんの教師から解放された俺は、もうこれ以上、くだらない話に付き合いたくなくて、化学準備室に避難し、ぼんやりと空から落ちてくる雪を見ていた。

大学に残るつもりが教授と揉めて、大学を出ざる得なくなり、自棄になっていた俺を、叔母が理事長をする、この私立高校の化学教師に拾ってもらって2年、どうにか食いつないでいる頃だった。

あの頃の俺は、もう今更、教授に頭を下げ、大学に戻るほどの情熱はなく、2年前に研究者としての道を捨てた時点で、俺はもう終わったと、どこかやさぐれながら教師をやっていた。淡々と授業を進め、生徒が聞いていようが、聞いていまいが、どうでも良い、そう…淡々とだ。俺は淡々と教師をして…あと24年ここで過ごす。もうそれでいいと思っていた。そんな俺が、生徒に慕われるはずもなく、またそれを苦にすることもなかった。

だがあの日…

『えっ?!まだ降るのか!あぁ…マズイなぁ。これじゃ、車じゃ帰れないなぁ。』

天気情報をスマホから見て、愚痴りながら、Radio Tunesのアプリを呼び出した時だ。
コンコンと扉が叩かれ、重い扉を引きずる音がすると小さな声が

『……先生、成宮先生。』

『おまえは?2年の…確か隣のクラスの香月だったよなぁ…どうしたんだ?』

あいつは振り向いた俺を見つめると、慌てて頭を下げて
『ただ、気持ちだけを聞いてください!』

何を言っているのか、さっぱりわからなくて
『香月?』

そんな、俺の声に『はい!』と、頭を下げたまま返事をすると、震えながらもはっきりと
『先生、好きなんです。』と言った。



『おまえは?2年の…確か隣のクラスの香月だったよなぁ…』と、あまり覚えていないような言い方をしたが、本当は良く知っていた。

香月 美晴…学年1位を1回たりとも譲ったことのない優等生。
柔らかいその雰囲気は、居心地が良いのだろう。彼女の周りには、たくさんの人が集まる。

まるで…俺とは正反対。

やる気なし、どこか冷たい雰囲気は、居心地が悪いらしくて、誰とも話が続かず…気が付けば、俺の周りには、空気が読めない爺さんと婆さんの教員しかいない。

彼女を見ながらいつも…俺とは違うところにいると思って見ていた。


その彼女が今…今なんて言った?

呆然とする俺に、彼女は…
『…すみません。今言っておかないと、このまま高3になったら、先生の事で一杯になって、きっと、受験に身が入りそうもないから…。先生!!どうか、私を振ってください!!』


今…今なんて言った?
告白した言葉の後に…振ってくれ…だって…
…マジ笑える奴。

大きな声で笑った俺は、あの時こう言ったんだ。

『ふ~ん、俺が好きなのか。じゃぁ香月、付き合おう。』

『ええっ?!!!』

彼女の驚く声と同時に…スマホから

I'm dreaming of a white Christmas 
Just like the ones I used to know 
Where the treetops glisten and children listen 
To hear sleigh bells in the snow. 


White Christmas が流れ、呆然とする彼女に、俺はWhite Christmas を口ずさみ、にっこりと笑ったんだった。

そう…初めは、ただのきまぐれ…だった。


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