恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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我慢する唇(中編)

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気まぐれ…

生徒と付き合う事を【気まぐれ】と言う言葉で片付けて良い訳じゃないくらい、さすがの俺にだってわかっていた。だが、相手は17歳だ、その頃の【好き】なんて、風邪と一緒だ。すぐに熱がさめるだろう。そんな言葉にいちいち驚き、日頃、教師らしからぬ俺が偉そうに…

(私は教師だ。生徒である君を女性と見たことがない。)と、そんな恥しい事言えるかよ。
【私は教師だ】…なんて、あぁ~悪寒が走るぜ。


生徒と教師。
誰からも愛される少女と誰からも敬遠される男。
純粋な少女と女性関係が派手な男。

この相反するこの男女関係は、ある意味心も体も疼く設定だったのになぁ…と俺は密かに笑い、香月を見た。

肩口で切りそろえた黒い髪。
大きな瞳を縁取る長いまつげ。
そして、まだ俺の言葉に驚いているのか、少し開いた唇。

ちょっとおしいが、そんなリスクを犯してまで…女に不自由はしてない。それに、生徒と付き合っている事をバレたら、さすがに身内でも、あの理事長は俺をクビにするだろうなぁ。そうなったら、行くとこないしなぁ。

何より、食っていくことが今の俺には一番大事だ。
まぁ残念だがなぁ。一応…教師だし、一応分別が付く大人だし。

香月…。俺はそういう男はなんだよ。
簡単に『じゃぁ、付き合おう。』と言う男の腹の中は…碌なもんじゃないということだ。

まぁ、賢い香月なら気づくだろう。これで安易にもう俺に近づくまい。

一件落着だ。

あぁ…早く帰りたい。まだタイヤはスノータイヤじゃないんだ…チェーンは積んでいたが…チェーンを付けるのは面倒なんだよ。

香月、早く言えよ。
(やっぱりいいです。先生は、思っていた人と違うみたいだから)…と



「ほんとに?」

「えっ…?」

「わ…私、誰にも気づかれないようにします。会いたくなっても辛抱します。」

「…お前…わかってるのか?!」

「先生…?」

俺は、香月の前に近寄ると、大きな声で言った。
「わかってるのか?!俺は男だと言うことを!」

香月は…俺を見つめ「はい。」と返事をした。

それは、授業中に聞いたら、ぐうたらな教師の俺でも、真面目に授業に参加している香月に、微笑む事ことができたろうが…、この場面に元気な返事は俺の気持ちを逆撫でた。

「ほんとに…わかってんのか…」
またそう言って、俺は香月の腕を取った。

怯えろよ。例え教師であっても、男なんだぞ。

お前はここで、
(やっぱりいいです。先生は、思っていた人と違うみたいだから)…と言うんだ。


香月は、俺に取られた手を見つめていたが、次第にその顔は泣きそうな顔へと変わっていき
「先生を男の人だと意識してます。授業中の声に…、チョークを持つその指に…、その全部を私だけのものにしたいと思うくらいなんです。」と言って俯いた。

手が微かに震えた。香月…おまえ…
…くそっ…なに震えてんだ。

震えていることを気づかれたくなくて、香月の手を離し
「ガキのくせに…何言ってんだ。」とぶっきら棒に言うと

香月は顔を上げ…今度はにっこり笑うと
「先生が本気で付き合おうと言ったんじゃないとわかっています。私、振られるために先生に告白したんですが、あんな風に言われて、あぁ…本気にとってくれていないと思ったら、つい…ムカッとしちゃって、先生のその言葉に乗っかって【誰にも気づかれないようにします。会いたくなっても辛抱します。】と言ってみました。ごめんなさい。でも女である私の気持ちを真面目にとってもらえなかったら、どう始末つけたらいいんですか?それなら自分は教師で、お前は生徒だから、無理だと諭されるほうがマシです。」

香月は一歩前に、足を進めて
「もう一度…聞いて、そしてはっきりと拒絶してください。」と言った。

そしてまた一歩、足を進めて
「私はあなたが好きなんです。」

俺と香月の距離は2mともなかった。手を伸ばせば…お互いがお互いを触れ合うほどの距離に…俺はたじろぎ、足を後ろへ引いた。

おい…何をしているんだ俺は…
俺こそ…言えよ。振ってくれと言われているんだ。ひとこと…
「ごめん」と…そう言えばいいんだ。

どうして俺なんか…

傲慢な俺には、そう誰も…ついてきてくれない。
そう…俺はそういう人間なんだ。
香月みたいに、人に囲まれるような愛される人間じゃないんだ。

彼女はまるで、俺が何を考えていたのか気が付いたかのように、微笑むと
「先生の繊細な心が好きです。傷ついて…泣いてるくせに…恐がっているくせに…ぶっきら棒に言葉を投げ、強がるところが…。」

「香月…俺は…」
傲慢で、人が敬遠するような俺を、そんな眼で見てくれる女は…初めてだった。
繊細な心が、強がるところが好きだと言われたのも…初めてだった。

「私ではダメですか?傷つきやすい先生の心を抱きしめてあげる役は無理ですか?」

お前は…そんな言葉を使えるから…だから…大勢の人に愛されるんだ。
憎まれ口しか叩けないような俺とは…違う。


「先生…好きです。」


彼女の眼は、俺を見て揺らぐことなく、またそう言った。
本気で俺を…見ているんだ。

完敗だ。

本当は…遠くから見ていた。
本当は…香月 美晴という女子生徒が…
俺とは正反対の場所にいる彼女が…

気になって仕方なかった。

彼女の周りに、たくさんの人が集まるを見ては、柔らかいその雰囲気は、きっと側にいるだけで居心地が良いのだろうなぁ。彼女を見ながらいつも、本当はあの柔らかいその雰囲気に、触れたいとさえ思っていた。

その少女が、本気で俺を好きだと言っているんだ。

「完敗だ。」

「えっ…?」

「教師と付き合っていることがバレたら…それも女性関係にだらしない俺と付き合っている事がバレたら…おまえだって、相当な傷を負うんだぞ。」

あいつは、眼を潤ませ
「先生だって…先生だってそうです。」

俺は、クスッと笑い
「俺の事を心配するより、自分のこと心配しろよ。付き合うとなったら、俺はお前を女として扱うぞ。わかってんのか…?その意味を…」

そう言って、驚く香月に、俺は一歩近づき
「絶対、お前…後悔するぞ。」と言いながら、小さな顎に指をかけた。

キスを…唇にキスをするつもりだった…

だが化粧をしていない唇に、俺は少し怯んだ。
若いよなぁ…17歳か…
この頃の【好き】なんて、風邪と一緒だ。
こいつの気持ちがいい加減だとは思わないが…すぐに…そう、すぐにそんな熱はさめる。そんな年代だ。それは明日かもしれない…それは1時間後かも…

俺は、こいつが本当の恋を知るまでの繋ぎかなぁ。まぁ、俺が相手じゃ、こいつの未来は暗いよなぁ。気になっていた女だが、なんせ若すぎだ。おまけに生徒。
とんでもないものに、触れてしまった。

節操がないと自分自身でも思っていた俺が、躊躇し、この少女の未来を心配してるとは笑える。

本当はお前を突き放すのが正解だろうが、俺はお前が待つ癒しが欲しい。お前が俺に飽きるまでいいから、側にいてくれ。

香月の唇を指で触った。ビクンと震えたその唇は…こいつの心のように、純粋で綺麗だと思った。
いい加減な俺は…その唇に触れる資格はないなぁ。その唇はおまえが本当の恋を知るまでとっておいたほうがいい。その唇に触れられるのは…俺じゃない。

顎にかけていた指を外し、彼女の額に、俺は自分の額を押し付け
「唇は…もう少し…あとだ。」と言って、彼女の額に口付けた。



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