恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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忘れたくない唇(5/5)

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キョトンとした早川は、
「…どうして…ここに?」と聞いてきた。

大きな眼が、より大きく見開き…俺を見る
俺はその大きな眼が、10年前から好きだった。

「…さっきの…聞いてた?」

キョトンとした顔は、だんだんと泣きそうな顔になって行き、早川は唇を噛み締めて俯いた。そんな早川の…ルージュが塗られた唇に、髪が数本掛かり、その姿は10年前とは違い…俺は、俺の胸は震えた。

ドキッ…

そう…ドキッと鳴った。
ルージュが塗られた唇に、髪が数本掛かったその唇は、少女の唇から、大人の女性の唇になったことを感じさせ、動揺した俺は早川の問いがなんだったか忘れ、早川の唇に引き寄せられるように、そっと手を伸ばした。

「話がしたくて、早川を追いかけてきた。」

「…中谷君…!」

俺の行動に驚いた早川は、一歩後ろに下がったが、俺は一歩前に足を進めて、ゆっくりと伸ばした指先で、早川の唇にかかった髪の毛を払うと…
「この10年、ずっと早川だけを思っていたとは言えない。何度か恋をし、そのひとを愛した。だけど、誰かと付き合っていても、なにげない俺の生活の中に早川はいたんだ。テレビで、アイドルがじゃんけんで、センターをとってCDを出すと言う番組を見て…。早川は…じゃんけん弱いから、絶対無理だったろうなぁとか…。西日が差し込む部屋が、早川に告白したあの教室と被って…あの日の気持ちが突然湧き上がったこともあった。」

「それって…どういう意味?」

俺は耳で早川の声を聞き、そして指先で早川の声を感じながら
「変わらない…早川の唇はひんやりと冷たい。」

「…中谷君のバカ…」

だろうなぁ…ほんとうにバカだと思う。だから…俺は
「早川…10年前のあの日をもう一度やり直させてくれ。」

早川はあの大きな眼を潤ませた。
「好きだ。」

早川は…黙って俯いた。その姿に胸がチクリとしたが…
「高校受験の時に、参考書を見つめ『はぁ~』と情けない声をあげる、斜め前の席の受験生が、可笑しくて、そして…気になって仕方なかった。だから 合格発表のとき、その受験生の番号を初めに確かめ、慌てて自分の番号を探したぐらいだ。…早川 莉子と言う名前を知ったときには、もう好きだと自覚した。だから告白したいと思っていた、だけど…あっという間に早川は他の男に攫われて…手の出しようがなくて…。早川に付き合う奴がいる以上、俺の気持ちは言うべきじゃないと、いや、振られるのがわかっていて告白したって、なんになると思っていた。だから、文転の話を聞かなければ、告白するつもりはなかった。」

俺のゴツイ指先に付いた、早川のピンクのルージュを見つめ…そして早川の唇を見た。
あの唇は、どんな男を愛したんだろう。
そして…今は…どうなんだろうか。

「勝手…」

「えっ?」

「勝手だよ。中谷君は…。10年前告白したかと思ったら、私の答えはわかっているから、聞きたくないと言ったくせに…キスを迫って…でもその後は知らん振り。なのに…10年振りにあったら、また好きだなんて言うんだもの。勝手だよ。」

「知らん振りしていたわけじゃないんだ。付き合っている奴がいるのに…俺は、早川を諦めきれなくて、その唇が欲しくて堪らなくなるから、避けていたんだ。でも…確かに勝手だな。ごめん、早川。」

「…嫌。謝ってもらうのも嫌だ。」
そう言って、早川は俺が好きな大きな眼から、涙を零した。

「早川…。高2の秋が終わらないんだ。ずっとあの日を思いだすんだ。君を忘れられない。触れそうになったその唇が忘れられない。例え今、早川に付き合っている奴がいても、簡単に諦める事ができないって、この10年でよくわかった。だから…聞いてくれ。」

そう言って俺は、早川の両頬に手をやり
「あの日…どうしてその唇に触れなかったんだと、ずっと後悔していた。」

胸の鼓動が苦しくて、一度俯き…

「もし…今付き合っているひとがいるのなら…」

でも…彼女の顔を見たくて

「そして俺が嫌なら…今殴れ。そうしないと俺はお前にキスをする。」

彼女の眼が揺れた。

「…さっき、聞いていたんでしょう。…私の気持ちを…」

俺は…少し笑って
「あの日…ほんとは…キスされても良いと思うほど…心が揺れたんだから…。なのに…私の心をこんなに揺さぶったくせに…10年もほったらかし。放置プレイか!!ってところだけ…」

「…バカ…」

「…莉子…好きだ。」

そう言って、俺は彼女の唇に触れようとしたら…

(おーい!中谷!!)

(二次会!!二次会!行くぞ!)

(ほんとに、こっちに中谷が行くのを見たのか?!)

…と大勢の声が聞こえてきた…

「…中谷君…」と早川は…俺の名を呼び、俺の服を握り締めた。

「俺はこのまま…キスをする。今逃したら…また10年経ちそうだから…」

早川は、クスリと笑うと…
「そんなことになったら、もう待たないから…だから今…キスをして」


俺は…ようやく少し冷たい唇に、自分の唇を重ねた。


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