恋する唇💋 ~短編集~

秋野 林檎 

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躊躇した唇(1/8)

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横たわるあなたの背を指でなぞり、そっとその背に凭れた。
どうか、まだ彼が眼を覚まさないようにと祈りながら…。





「…じゃぁ、そろそろ行くね。」そう言って、ベットから起き上がった私に

「もう、そんな時間か…。」

「うん…。」

「駅まで送るよ。」

それは決まった時間になると、私と彼の唇から出てくる言葉。

ダウンを羽織り、車の鍵を持った彼の後ろ姿を見て、私は俯き「また。」と言うと、彼は「うん。」と言って、玄関へと歩き出し、今回も会話はここで終わった。

変わりのない日々、こんな関係がいいはずはない。
でも口にできない、聞くこともできない、言ってしまえば、聞いてしまえば、もう彼には会えない。
だから、また同じ日々を繰り返す。

そんなことを考えていたら、車は大通りに出た。車から見える景色が、12月に入ったばかりなのにクリスマス一色で、その煌めきに目を見張っていたら、赤信号で止まり、そして車の横にはLEDが、らせん状に巻き付けられた街路樹、少し先には木の上部からワイヤーを張り円錐状にストリングライトされた光のツリーも見えた。


ねぇ、去年のクリスマスイブの事、覚えてる?
去年のクリスマスの街路樹は、市政施行50年でより華やかだったことを。
そして…あなたが『愛してる。』と言ってくれたのが去年の12月…クリスマスイヴだったことを。
でも口には出せず、そっと運転席の彼を見れば…。
クリスマスなんてやっぱりどうでもいいのだろう。200メートル先の駅を見ている。
そうだよね、あなたにはもうどうでもいいんだ。でも私にとってクリスマスイブは今も…ううん一生忘れられない特別な日。



遠距離恋愛は9ヶ月目に入った。

幸せだったのは彼が転勤するまでの3ヶ月間だった。翌年3月、あなたに本社の経営戦略部への転勤辞令が出た。付き合い始めて3ヶ月、まだ始まったばかりで、将来を考えるのにはまだ時間が足りないとあの時彼は思ったんだろう。
(勝手だとわかってる、でも俺を待ってて欲しい。週末は帰るから。)

私は頷いたが、でも本社の経営戦略部が私でさえ、その業務の忙しさを知っていたから、私が彼の元に週末行くからと言った。はじめの4ヶ月は金曜日の夜にJRに乗り、日曜日のお昼に帰っていたが…。今は…。

今は土曜日の始発に乗り、終発で帰っている。

それは…。
彼の…彼の傍で微笑む女性を見たから、(あなたとは遊びだから。)とその女性に言われたから。

 
車が大きく左に曲がり、駅のロータリーに入った。胸の音が大きくなる。

ねぇ、私達ってもう元に戻れないの?終わりなの?終わりなら言って、怖いけれどはっきり私に言って(終わりにしよう。)って。言われないと私はまたこの町に、あなたが住むこの町に週末来てしまう。




ただ、抱かれるために来てしまう。


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