キスをする5秒前~kiss.kiss.kiss~

秋野 林檎 

文字の大きさ
35 / 67
1章 葉月と樹

樹・・・止める。

しおりを挟む
由梨奈を突き放せなかった俺に、大きな音と叫び声は由梨奈の腕を緩ませ、俺が由梨奈の腕を振り切れる切っ掛けを作ったくれたが…。

だが…

目の前の光景に、俺は呆然とした。

秋継に圧し掛かられた葉月ちゃんの髪は、大きく乱れ、ハイヒールが遠くに散乱している。そして俺が選んだピンクのワンピースの裾が膝の上まで…捲くれていた。

声が出なかった。何も聞こえなかった。
俺はゆっくりと歩き、秋継の胸倉を掴むと、ようやく声が出た。抑揚のない声が…

「何を…している。」

「兄貴…」

俺は秋継を、葉月ちゃんから引きずるように下ろすと、首を締め上げながら
「これはどういうことだ。説明しろ。」

「うっ……」
「樹…や、やめて」

秋継と由梨奈の声がかすかに聞こえた気がしたが、許せなくて、殴らなければ収まらないほど、心が煮えたぎっていた。

だが突然、耳にはっきりと、葉月ちゃんの声が聞こえた。

「久住さん!!何にもないです!だから、これ以上はダメ!」

「…葉月ちゃん…。」

「私が迷子になって、うろうろしているところを、弟さんがこの塀を乗り越えれば、早く広間に戻れると教えてくれたんです。でも私が重たくて、落ちてしまって…こんなことに…」

泣きそうな顔だったが、秋継を庇うように、必死に説明する葉月ちゃんに、なぜだか俺は胸が痛かった。

いつ…
秋継と知り合った?

なぜ…
二人でここにいるんだ?

どうして…
そんなに秋継を庇う?


葉月ちゃんの乱れた髪に手が伸び、撫で付けるように触れながら
「わかった。…でも…。」

俺は秋継に、ゆっくり振り返ると
「女性に、塀を登ることを強要するのはどうかと思う。いつまでも、ガキのようなことをするな。」

秋継の顔は驚いたように、呆然と俺を見ていたが、その顔はだんだんと歪み
「なら、あんたも人の婚約者とこんなところで、なにしてんだよ。10年前の恋の続きをやろうって訳か?あぁ、そうか…。ここはキスをするのには、もってこいの場所だからなぁ。」

「…そうだなぁ。おまえもそう思って、葉月ちゃんを連れ込んだのか…」

「…あんたとは…違う。」

「久住さん!弟さん!も、もう!やめましょうよ!」


ぐぅ~


えっ?今の音は…

葉月ちゃんが慌てて、頭を下げ
「ご、ごめんなさい!昨日の夜から…今日のためにあまり食べてなくて…あのごめんなさい。もうこんなときに…なんて間が悪いの。もう嫌…」

「ぷっ…あははは…」

「く、久住さん!そんなに爆笑しなくても…」

俺の心が…一瞬で和らいだ気がした。

「何にも、食べていなかったの?」

「は、はい。それに…」

「それに?」

「わ、わたし、幼児体型なんです。食べると、お腹がポッコリでちゃって、このワンピースはシルエットが綺麗だから…どうしても、綺麗に着こなしたくて…だから…少しご飯を我慢しようと思って食べなかったんです…。私らしくない事をしちゃったせいで…あぁ…何言ってんの私、自分の体型をこんなところで暴露して…。」

余程、動揺しているんだろう。シドロモドロの葉月ちゃんだった。

可愛いい…

俺が選んだワンピースを…【綺麗に着こなしたかった。】と言ってくれた。なんだか嬉しくて、俺はきっと笑っている。眼の端で、由梨奈と秋継が俺を唖然とした顔で見ているから、間違いないだろう。


葉月ちゃん、君がいれば俺は…



「…樹…」
そう言って、俺の腕に手を置いた人がいた。
泣くような顔で、怯えるような顔で…俺を見つめる人が…

そして…

「兄さん…」
そう言って、俺の腕に置かれた手を見つめ、顔を歪めた人がいた。

悲しげな顔に…うっすらと笑みを浮かべ
「ふ~ん、焼け木杭に…ってやつ?そうか、そういう訳。まぁ、俺はこの高宮 葉月が気に入ったから…。いいよ、兄貴。交換ってことで…。」

「何を言ってる。葉月ちゃんは…物じゃない!それに…由梨奈と俺はそんなんじゃない!葉月ちゃんを巻き込むな!」

俺は、葉月ちゃんへと視線を動かし
「すまない。葉月ちゃんを巻き込むことはさせない。」

「久住さん…。」

俺は…由梨奈の手を外させると
「由梨奈、お前がここを出たいと言う思いは応援するし、助けてもやる。だが…俺はもう10年前とは違うんだ。お前だって違う。よく見ろ。なにもかもが変わったことを…」

「そうね。…確かに樹は変わった。でも…私は10年前と何一つ変わっていないの。教えてよ。あなた以外に…誰が私を救ってくれるのか、教えてよ!」

「誰かじゃない。救ってくれる人を待つんじゃない!自分でやる事なんだ。」

「…嫌。ひとりでなんて無理よ…」

後ずさりしながら、由梨奈は泣きながら、走っていったが、俺はその背中をただ見つめていた。
でも、葉月ちゃんは

「久住さん!追いかけて!追いかけてあげて!」

「追いかけて…どうするんだ。俺にはあれ以上の言葉をかけてあげられない。」

「久住さん…」


あははは…


その笑い声はとても冷たくて、まるで心が凍りついたかのような秋継の笑い声に、俺と葉月ちゃんは困惑した。

秋継は、ひとしきり笑うと嘲るように
「兄貴、あんたは相変わらずだよなぁ。」

「秋継?!」

「今はこのガキのような女が、お気に入りってことか?だから、もう由梨奈は用済みってことなのかよ!」

「何を言ってる…秋継。」

「そうやって、あんたはなんでも手に入れるんだ。ようやく…俺が手にしようとしたものを…なにが【由梨奈、お前がここを出たいと言う思いは応援するし、助けてもやる。だが、俺はもう10年前とは違うんだ。お前だって違う。よく見ろ。なにもかもが変わったことを…】だなんて、言いやがって!そんなことを言って、影では…由梨奈とキスをしていた訳かよ!」

俺はハッとして、唇に手をやろうとして…止めた。

「そうそう、今更、拭おうとしても手遅れさ。赤いルージュがしっかりと付いているぜ。」

そう言って、秋継は俺を睨み。

そして…葉月ちゃんが俺から視線を外し……下を向いた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...