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第一章 再び始まった戦争

第三話 それぞれの思惑

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「撤退したか。」

 強奪された三機のキャスターがイルキア基地から離れたのを見てアルバートは一度だけ息をついた。
 そのまま空中でスラスターをふかし、格納庫の近くのハンガーに移動する。彼の眼下には力尽きたように両腕が無い状態で膝をついて鎮座している式典用のノーヘッドがあった。白く鏡面磨きされていたであろう塗装はあちこち剥がれ、数刻前のきらびやかさなどは微塵も残っていなかった。

「まさかあんな機体であそこまでやるとは。」

そう言いながらノーヘッドの前で疲れたように座っているパイロットをちらりと見る。

「俺には出来ないだろうな。あんな無謀なこと。」

 その声には少しあざ笑うような声が入っていた。
自分ではあんな蛮勇なことはできないと。
 しかし一方でこうも思う。
 あのノーヘッドがあそこで敵を止めなければ、帝国連邦両国の要人たちが死んだこと、それだけは認めなければならないと思う。そして下手をすれば自分たちもそこに巻き込まれていただろう。

 だからこそ彼にはそれが悔しかった。

 かつて英雄とまで呼ばれた自分にのしかかってくる重圧を跳ね飛ばすには戦果が必要だ。自分がエミリアの隣に立つにはそうするしかないのだ。だからこそ彼にはそのノーヘッドは羨ましくもあり、そして憎たらしくもあった。



「ノーヘッドのパイロット、聞こえますか?」

 エミリアは墜落した式典用のノーヘッドのパイロットに通信を繋げていた。しかし、パイロットからの返事は無かった。

 一応停戦しているとは言え、かつて敵国として戦ったパイロットの面倒を見るのは面倒だと思いながらもアレースを地上に下す。

「デグレア少佐は一度ハンガーに戻って補給を受けなさい。次いつまた敵襲が来てもおかしくはないのだから。」

 エミリアはアルバートに対して指示を出す。理由としては彼が記憶を失ってから初めての実戦であるため、負担が大きいと判断したからだ。しかしそれを直接言うとアルバートは確実に変な意地を張ることは分かっていた。だからこそ彼にまだ次がある可能性があると匂わせてハンガーに戻ることを指示した。

『分かりました。』

 アルバートはエミリアの言葉に素直に従うと機体を翻らせてハンガーに向かう。
 エミリアはそれを一瞬だけ見送るとアレースから降りてノーヘッドの状態を確認する。
 幸いにも燃料などの漏れはなく、また全ての電源回路を落としているため爆発の危険はなさそうだった。この辺に関してはかなり手慣れているなと思う。だが一応ノーヘッドのパイロットの安否の確認だけはしておこうと周囲に目をやると、そのパイロットは機体の傍で疲れたように座っていた。
 見た目はまだ二十歳になるかならないかくらいの少年で金髪を短めにしていているが、まだあどけなさが残っていた。
 彼は座ったまま上から水を被り首を振っていた。そして今度は水を飲もうとしていたのかキャップを付けて水を飲もうとしていたが、当然先程水を全部出し切っていたので水はでることは無かった。

「水、要りますか?」

 彼女はエニシエト連邦の言語を使ってそう尋ねた。アルベルトは近づいてくるエミリアに気づかなかったため、彼女の声に両肩をビクッと震わせる。そして一度だけ鬱陶しそうに目を細めて彼女を見た後に今度は目を見開いて慌てて立ち上がった。
 その動きがコミカルが面白く、そして身長は彼女が思っていたよりも小さく、かつてのアルバートと同じくらいの身長であった。その距離間にエミリアは自然と笑ってしまった。

「いえ、大丈夫です。少し飲もうとしていただけですし。」

 そしてその金髪のパイロットは流ちょうな帝国語でそう答えた。

「ドミニア語うまいんですね。」

 エミリアは表層的には驚いた顔をするが、内心警戒感を強めた。帝国と連邦は長い間戦争をしていたため、お互いに違う国の言語を極めようとするものがそこまで多くない。そのために、スパイとして育てられた可能性があるために警戒をした。

「はい。昔帝国にいたので。」

 その会話だけで一度途切れてしまうが、アルベルトは先にやるべきことをしなければならないと考える。

「アルベルト・シュタイナー准尉です。本日はエミリア・アークウィン大佐にお会いすることができ光栄に思います。」

 エミリアが自己紹介することもなく、すらすらと話す。

「私のこと知っているんですね。」

 エミリアはそう少し不機嫌そうな顔で言う。

「知らない人のが珍しくありません?」

 しかしアルベルトは単純にそう答えてしまう。

「小隊での戦術に興味がある人ならば、誰でも知っていると思いますよ? 自分の場合他にも興味がある分野があるのでそこまで戦術論には明るくないのですが。」
「他にも興味がある分野?」
「はい。元々物理とかが得意だったので、その辺ですね。パイロットになったのも巨大二足歩行ロボットが好きだったからですし。」
「好きだった?」
「これだけ毎日乗っていたら飽きて来ましたし、最近では見るのも嫌になってきました。」

 アルベルトはエミリアが乗っている帝国軍の機体、アレースを見上げながらそういう。

「せめて機体の色合いがもう少し派手で乗ってみたいと思うような機体だったらよかったんですが……。」
「そんなことしたら敵に見つかりやすくなって攻撃されやすくなりますよ?」
「でしょうね。純白に金色の機体のせいで攻撃されてましたし。」

 そこまで言ってから思い出したようにアルベルトは自分の機体を見上げた。その表情は誰がどう見ても困り果てたものだった。ただどうしようも出来ないかとため息をつくとエミリアの方を振り向く。

「そういえば、基地での情報収集とかは大丈夫なんですか?」

 いつまでもエミリアを引き止めたら悪いと思ったのかアルベルトはそう尋ねる。

「それに関しては私は特に権限がないので。」
「そうなんですね。」

 アルベルトはあちこちに上がっている煙を見ると少しだけ悲しそうな顔をした。

「これからまた戦争が始まるかもしれませんね。」
「そうならなければいいんですが、多分それでもなにかしらの対応は取らなければいけないかもしれません。」

 エミリアの碧い瞳が揺れているのを見てアルベルトは少し言葉に詰まってしまう。だが、そのときエミリアの無線が鳴る。
 呼び出しは基地からのものだった。

「はい。」
『アークウィン大佐、これからすぐに追撃部隊を編成することになった。』
「分かりました。すぐにそちらに向かいます。」

 内容は事態の収拾にあたって会議をしたいという内容だった。

「会議があるみたいなので私はここで失礼します。」

 エミリアはそう言うと帰ろうとする。

「いえ、こちらこそお忙しい中にお時間を頂いてありがとうございます。」
「また会いましょう。」

 エミリアが右手を差し出すのでアルベルトも右手を出すと彼女は彼の手を握った。
 それに満足したのかエミリアはアレースに戻った。
 その瞬間になってアルベルトは今自分がどうしてここにいるか思い出した。

「待って! 待ってください! 通信を! 通信機器をぉぉぉぉぉぉ!」

 しかしコクピットが閉まったエミリアのアレースはそのまま歩を進めてしまう。
 アルベルトは一人ぽつんと立って途方に暮れる以外方法が無かった。


「それで今後どうするつもりなんだ?」

 帝国軍で最も権力をもつ七人の辺境伯、その中でも別格の力を持つジョン・アニクウェスの言葉に同じく辺境伯であったオズワルド・アークウィンは一度だけため息をついた。

「あの新型機三機は破壊します。」
「だが貴候から渡されたデータを見る限り、そこまで驚異的なものとも思えないのだが。」
「確かに性能自体はクロノスに少し手を加えた程度のものですし、搭載している機構も試験的なものが多くどれも実戦に出すのは躊躇われるようなものです。」
「なんでそんな機体を作ったんだ……。」

 アニクウェスがあきれたような声で言う。

「技術部がそういったロマンあふれる兵器が好きだったので。」

 少し頭を抱えるようにしながら言うオズワルドを見てそれ以上追及することができなかった。

「ならば尚のこと放っておいてもいいんじゃないか?」
「ですが、もし敵があの三機を戦果として誇るようなことがあれば面倒なことになります。別に核積んでないですし本当に少し性能がよくて変形するクロノスなんですが。見た目だけは悔しいことにかっこいいと認めざるを得ませんが。」

 だから破壊してもらっても構わないし、そのためにわざわざ大規模な部隊を形成してまで追いかける必要は無いとオズワルドは暗に言う。それにアニクウェスは頷くと立ち上がった。

「いいだろう。ならばこの件貴候が処理すればいい。ご息女にもそろそろ戦果を積ませたいのだろう。」
「お気遣い痛みいります。」
「ところで聞いたか、あの話?」
「今回の奪取が連合国のものだという噂ですか?」
「そうだ。」

 その噂は十分に確度が高いもので、彼らの中では決定したことに他なら無かった。

「もう一度戦争だろうな。」

 その言葉は軽いものであった。

「はい。ですが、なぜわざわざ連合はこのタイミングで戦争を仕掛けてきたんですか?」

 アニクウェスはオズワルドと同じように不思議そうなする。

「連中がなにをやりたいのかは全く分からない。だが、元々連合国は今後台頭するには少し厄介な点があるし、早めにつぶせそうなのは幸いだ。所詮はテロリストだ。数千年の歴史だと言っているが、出来て数十年の国だしな。」

 戦力差も十分にあるから潰すのは容易いと。国際世論にも配慮しなくていいのなら楽な敵だと。

「一ヶ月ぐらいで終わるといいですね。」

 そう自分たちが勝つと信じて疑わなかった。



「歩いて帰る、しかないか……。」

 通信設備が死んだノーヘッドの前で地べたに座り途方にくれていたアルベルトは立ち上がるとそう呟く。まぁ元いた場所まで数十キロとはいえ舗装された道なのでまだマシかと諦めをつける。そのとき遠くからトラックの音が聞こえて来たので立ち止まると、目の前に止まった。そしてドアが開くと中から二十代後半の栗色の長髪を持った女性が降りてきた。

「やっぱり移動しなかったわね。」

 アルベルトは自分が所属している親衛隊の隊長であるソフィア・バーベリを見ると嬉しそうに目を見開く。

「隊長!」

 これで歩かなくて済むと言った嬉しさから少し感嘆の声が溢れてくる。
 そんなアルベルトの様子に、ソフィアは頭を撫でる。アルベルトも相手が女性なので抱きつくことはしなかったが、尻尾をフルで振っている犬のように喜ぶ。

「よく頑張ったわね。お疲れさま。」
「まぁやられたんですけどね。」

 アルベルトはそう能天気に笑う。

「あれは仕方ないわ。普通味方いるのに撃たないもの。私の方から司令に報告しておくわ。」
「お願いします。それにしてもこれどうすればいいですか。」

 アルベルトはノーヘッドを見上げながら聞く。

「これねぇ……。武器全部壊しちゃったんだっけ?」

 ソフィアは撫でるのを辞めるとノーヘッドに歩を進め機体の状態を確認していた。

「はい。一つ残らず使いきりました。」
「そう。塗装も滅茶苦茶だし廃棄かな。武器とかも式典用だから高いけど仕方無いわね。」
「あはは。すいません。」

 アルベルトはソフィアの機嫌を損ねないように様子を伺いながら言葉を選んでいく。

「とりあえず中に入りなさい。疲れたでしょう?」

 ソフィアはトラックの軍用車の後部ドアを開けると中に入るようにアルベルトを促す。それに合わせてアルベルトが中に入る。

「あ、ユリオン中佐。」

 運転席には彼と同じ親衛隊の副隊長であるダース・ユリオンが座っていた。といっても本当に座っているだけで、自動運転が発達した現在では精々ブレーキを踏むことくらいしか無かった。

「全く、厄介なところに落ちやがって。ここ自動運転出来ない箇所だろうが。」
「すみません。」

 そう悪態を吐いているダースに、後から乗ってきたソフィアはなにか言おうとするがアルベルトがまぁまぁと宥める。ソフィアはため息を大きく吐くとシートベルトを閉める。それに合わせてダースは車を急発進させ、時速四十キロあたりで慣性走行に入る。

「そういえば怪我とかは無いわよね?」
「多分大丈夫なはずです。」

 アルベルトは一応全身触って血など出ていないか確認するがその様子は特に見られない。

「ところで隊長、水持っていませんか?」
「飲みかけならあるけど大丈夫?」
「全部飲んでもいいですか?」
「それは構わないけど。」

 ソフィアから水のペットボトルを開けると水を一息で全て飲み干す。

「それで、敵の部隊は強かった?」

 急に真面目なトーンで聞き出すソフィアにアルベルトは考えるように上を向く。

「強かったと思います。ただ練度自体はそこまででは無いはずです。実際自分がもし新型機に乗ってたらノーヘッドなんて撃破するのにはそこまで時間がかからないはずです。多分実戦もこれが初めてのような気がします。」
「新入りの癖に。」

 そこに同じ親衛隊の上官であるダース・ユリオンが口を挟む。その無愛想な感じの彼がアルベルトは苦手だった。

「確かに。自分も実戦なんてこれが初めてなんですけど。」

 アルベルトはそこに愛想笑いを加える。ただそれを冷やかすように嘲笑するダースをソフィアは少しきつく睨んだ。
 アルベルトはなんとかソフィアが暴発しないように一抹の不安を覚えながらも話を逸らすことを考える。

「そういえば一応確認なんですが首脳部の方は大丈夫だったんですか?」
「大変だったが問題はない。一時パニックにはなったがなんとか避難はした。怪我人も出ていない。だが、俺がお前の代わりに戦っていたら避難する必要など無かったんだろうが。」

ソフィアの代わりにダースがそれについて答えてしまった。

「本当に誰かに代わって貰いたかったです。」

アルベルトはそう受け流すと椅子の背もたれにもたれかかる。

「ならばもっと腕を磨くことだな。」

 ソフィアはダースの言葉を聞いてつまらなそうな顔をしている。そしてそこから続くダースの自慢話を二人はお互いに苦笑しながら聞く以外無かった。



「はぁ、疲れた。まさかあんな強引な強襲するなんて。」

 エニシエト連邦アクタール基地及び連邦第七艦隊司令官であり、辺境伯の一人であるユリア・ベッソノワは豪華なホテルの一室で疲れた顔をして座っていた。そのとき部屋にノックの音が響く。

「ソフィアか。入れ。」

ユリアはノックの音からそれが信用している部下だと判断するとそう告げた。

「失礼します。」

部屋にソフィアを見ながらユリアはパーティのために結っていたピンク色の腰まである長い髪を解き、いつものツーサイドアップに結びなおす。

「それでどうだった? アルベルトの様子は。」
「特には問題はありません。別段気にすることの程の物は無いでしょう。」

ソフィアは自分より歳下の上官であるユリアが珍しく部下の名前を姓ではなく名前で呼ぶことに驚きながらもそう答えた。

「戦闘の方も特には問題は無さそうか。」
「はい。そちらの方も問題はありません。ただ後で労いの言葉でもかけてあげた方がいいかもしれません。かなり頑張ってやっていましたし。」
「そうか。なら後でそうするとしよう。私も疲れたし。」 

 ユリアのその最後の一言を聞き、これはちょっかいをかけに行くなと思う。ただじゃれるくらいなら特に問題は無いかとソフィアは思うと頷く。

「それと帝国軍の機体なのですが、準尉のノーヘッドごと強奪機を撃とうとしていました。」

その言葉にユリアはため息を吐く。

「もしかしてそれが原因でノーヘッドが墜落したとか無いよな?」
「墜落しました。」

その言葉にユリアは更に頭を抱える。

「どうするか。帝国への抗議は流石に私からは送れないしな。一応エフゲニー・バラノフに報告をしておくか。」

ユリアがまだ辺境伯になって間もないのに加え、彼女自身まだ二十一歳のためそこは五十をとうに超えている辺境伯であるバラノフに伝える形にした。

「それがいいかと。準尉の機体の方は私の方で回収しておきます。」
「いつも苦労をかけて悪いな。他にも仕事があるにも関わらずあいつの面倒を見てもらって。」
「いえ。弟みたいなものですし、表情も分かりやすいですから面倒見てても可愛いので楽しいですよ?」
「そ、そうか。」

 ユリアはソフィアの答えに少し引き気味でそう答える。

「そういえば最近あんまりあいつと話すことも無いな。」
「忙しいですからね。一度ゆっくりと話した方がいいかもしれませんね。準尉も良く話す人ってユリオン中佐以外の親衛隊の面々くらいしかいませんし。」
「あぁ、中佐か。あいつとは誰もあまり話したがらないだろ。疲れるから。」
「まぁうちの部隊では皆煙たがってますね。腕は立つとは思うんですが。」

 こういうとこでフォローはしっかりしてるんだよなとユリアは思う。いや、しかし主観で言っているからフォローしているようでしていないかと考えを改めた。 

「大体のことは分かった。それじゃ悪いんだけど後で報告書を用意して貰ってもいいかしら。」
「分かりました。すぐに用意します。」

 ソフィアはそう言うと部屋を後にする。

「とりあえずこれで後処理はなんとかなるか。少し寝よ。」

 ユリアは椅子の上で目を閉じながら、今回破壊された機体の代わりとなる式典用機体の予算の捻出場所を考える。

「駄目だ。アルベルトでも構いに行くか。」

そう決めると軍服に着替え始めた。



「いやぁ、シュタイナー准尉も中々面白いミスをするねぇ!」

アルベルトは格納庫内で隣で大笑いしている女性にしか見えない男性、イオク・リャーエフを睨む。

「仕方ないじゃないですか。まさか機体に苛ついて蹴ったところにピンポイントで無線通信モジュール入っているなんて……。だからって整備長もあんなに怒らなくたって……。」

一時間程度疲れた体で説教を受けていたアルベルトはそう愚痴をこぼす。

「まぁあの整備長はノーヘッドに思い入れがあるから。ただあちこちにセンサーとかアンテナが散らばっているから素人がぱっと見た限りじゃ判断は難しいかもね。」

そう言いながらもまだ笑っているイオクにアルベルトは頭を悩ます。しかしその心配はすぐに終わった。

「イオク、あまり後輩をからかうのは感心しませんよ。」

そこに金髪をショートカットにした女性、ルーシー・メーチェが現れた。その言葉は聞く限りそこまで怖いものではなかったが、その数秒後にイオクがルーシーにアイアンクローをされて悲鳴を上げていた。
アルベルトは相も変わらず怖いなと思いながらも恐らくルーシーと一緒にもう一人来ているであろう人物を探す。

「どうしたの、そんなに周囲を見て。」

その言葉が聞こえると彼はすぐにその方向を向く。
そこにはピンク色の長髪をツーサイドアップにまとめた二十代の女性、エニシエト連邦で七人いる辺境伯の一人、ユリア・ベッソノワがいた。そのため彼がすぐに礼をすると彼女もすぐに返礼をする。

「後で報告書は確認するけどその前に一応なにがあったのか簡潔に報告をしなさい。」
「式典会場に向かう際に奪取された新型機と遭遇、そして乗機を破壊されました。」
「それは聞いているわ。」

端的に答えたらそう返されてしまった。

「そうですね。そのときに帝国軍からの支援を受けました。」
「それも聞いているわ。」

ユリアがなにを聞きたいのかアルベルトにはピンとこなかった。というか彼女の問いかけ時の圧がいつもより強いと感じる。

「後は……。そうですね。帝国のパイロットと話しました。」
「そう。どうだった?」

 これが聞きたかったことかと思う一方でまた厄介なのがユリアの耳に入ったなと思う。

「どうだったと言われても。後は殺されかけたので殺意が湧いたくらいですね。」

本当にそれくらいしかわからなかったなとアルベルトは思う。しかしその答えでユリアは自分が知りたいことを彼は知らないと判断をした。

「そう。じゃあいいわ。因みに相手のパイロットは誰か分かる?」
「アルバート・デグレア少佐ですね。」
「よりにもよってアルバート・デグレアか。」

ユリアはまた嫌なことばかり起こると言った感じで小さく独り言を言う。

「それに関しては後で考えよう。それよりも怪我とかは大丈夫なの?」
「はい。先程大佐にも見てもらいましたし。」
「頭とかも大丈夫そう?」
「はい。なんともありません。頭のネジが外れていないかとかそういう意味では無いですよね?」

アルベルトの問いかけにユリアは不満気な顔をする。

「別に無事ならいいわ。あなたも大切なパイロットの一人なのだから身体は大事にしなさい。」
「お気遣いいただきありがとうございます。」
「機体が落下したのだから一応検査だけは受けておきなさい。この状況を受けて私たちもすぐにアクタール基地に戻る必要が生じたから、検査はジェルジンスキーの中で受けるといいわ。その辺の書類に関しては後で渡すから。」

 ユリアの言葉にアルベルトは一度だけ頷くと帰ろうとする。

「それとシュタイナー准尉、あなたが蹴って壊したところの報告書を書いておいてね。」

 アルベルトは忌々しそうにイオクを見るが、未だにアイアンクローに苦しんでいる彼はその視線に気づくことは無かった。



 帝国から奪った三機のキャスターはイルキア基地から離れた海洋で潜水艦に収納されていた。

『帝国や連邦の要人たちを殺せなかったのは大変残念なことではあるが、よく帝国の新型3機を奪取することができたな。アドハム・ナセル、バハー・マンスール、ラウダ・クルスーム。これでお前たちも晴れて我々の仲間ということになる。』
「もったいなきお言葉です。」

 潜水艦のブリッジに通信で連合国最高司祭からの言葉を聞いていた。

『流石我が連合国が育てた魔術師といったところか。もはや帝国や連邦など恐れる必要は無い。』
「はい。」

 それにリーダー格のアドナムが力強く答える。

『これで我々も安心して暮らせそうだ。流石我らの神というべきか。全ては神の意思のままに。』
「神の意志のままに!」
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