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1、「じゃない方」の姉姫は、妹姫に呪われています

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「にゃあ、にゃあ」

 ある日。
 城の庭園を散歩していた私は、木の枝にしがみついて震える猫に気が付いた。
 
 小さくて、真っ白な猫だ。
 その姿は私の動物好きな心を惹きつけた。

(怖いのね。今助けるわ)
 しゃべれたら優しく声をかけるのだけど、あいにく私は声が出ない。
 だから、無言で手を伸ばした。すると、猫はピャッと跳んで私の肩を足場にしてジャンプし、ぴょこんっと地面に降りて茂みへと素早く逃げていった。

(よかった)
 猫は運動神経が良いというけれど、怖がっているようだったし。
 落ちて怪我をしたら可哀想だもの。
  
 逃げた猫を見送った私の頬を、風がひゅるりと撫でていく。

(あっ、リボンが) 
 私の金髪を結えていたリボンがほどけて、はらりと緑の芝に舞い落ちる。風がリボンをさらう前に、噂好きの女官の声が聞こえてくる。
 
「リリアン様はすごくお優しいお姫様で」
「ええ、ええ。西の国の殿下との婚約が決まったのですって……」
「アミーラ姫様と婚約するはずだったのに、ねえ」
「リリアン様の方がふさわしいというお声があったのですって。仕方ないと思いますわ、だって、アミーラ姫様は――あっ、アミーラ姫様……っ」
 
 私に気付いて、女官たちが口をつぐんで逃げていく。
 私は何も言えないまま、その背を見送った。
 
 この国には私とリリアンの二人の姫がいて、評判がいいのはリリアンだ。
 私はというと「じゃないほう」としてよく話題にされる。

 美人じゃない方の姫様。
 魔法が得意じゃない方の姫様。
 優秀じゃない方の姫様。……そんな風に。
 
 私がリボンを拾い上げて土を払っていると、女官と入れ違うようにして妹がやってきた。
「お姉様、また女官を怯えさせてしまったのですか?」
 くすくすと笑いながら、リリアンは悪意を向けてくる。

 私たちは金髪と青い瞳がお揃いで、妹リリアンは綺麗で可愛い。私は平凡。
 リリアンの心は清らかで、天使のようだと言われている。私は……。
「ふふっ、そんなんだから、婚約できないんですよ!」
 でも、私と二人で話すときに見せる本性は世間の評判とはぜんぜん違うのだ。
 
 愛らしいかんばせが、邪悪に笑む。
「お可哀想なお姉様、どんどん評判が悪くなってしまわれて。まともにおしゃべりもできない、悪魔憑きなのではないかって噂まで出てきたのですって。くすくす」

 妹は二人きりだとストレートに悪意を吐く。でも、いつも気づいたら私が妹にいじわるをしたことになっている。
 
 ずっとずっと幼いときからそうだった。
 会話した後に私の言葉が大げさに悪意的に広められたりした。
 だから私は、妹と会話するのをやめた。
 すると今度は「お姉様はわたくしとお話したくないのですって! ふえぇん!」と哀れっぽく泣くのだ。
 
『あなただけじゃなくて、他の誰ともしゃべりません。それならいいでしょ?』
 そう思って、幼い私は喋るのをやめた。
 
 リリアンはそれを見て面白がり、私に呪いをかけた。
 口がきけなくなる呪いだった。
 リリアンは魔法が得意だと言われているが、本当に得意なのは邪悪な呪いの術なのだ。
 
「お姉様、わたくし、西の国に嫁ぐのです。わが国よりずーっとずーっと豊かな大国ですよ。幸せになりますね!」
 上機嫌なリリアンは、手に持っていた短い杖ワンドの先端を私に向けた。

「優しいわたくしは、お姉様のために呪いをかけてあげますっ。お姉様にも嫁ぎ先ができるように……恐ろしい獣人相手に愛をささやいちゃう呪いとか、どうかしら!」

 獣人というのは、北方にある国に多く住む種族だ。
 私の国とはずっと国交がなかったのだけど、最近になって友好関係を結んだ国の民族だ。
 噂によると彼らは野蛮で残忍で、とっても恐ろしいらしい。
   
(リリアン……!? やめて!!)
 邪悪な魔力が私の全身を包み込む。
「きゃっ」
「あ! お声、久しぶりに聞きました。カエルがつぶれたみたいに汚い! そのお声でわたくしのことを告げ口なさいますか? ふふ、お試しあれ」
 楽しそうに笑いながら、リリアンは去っていった。
「新しい呪いは、獣人と結婚するまで解けませんからね。それではご機嫌よう! うふふふふ!」
 
 恐ろしい獣人に愛をささやく呪いですって!?
 い、いや……!
 
「助けて! 助けてください!」
 私は真っ青になって「自分が呪われたのだ、リリアンは邪悪な術を使うのだ」と宮廷魔法使いや父王に相談した。なのに。

「リリアン様から聞いております。呪われたなどとおっしゃり、リリアン様にあらぬ罪を着せようとするなどとんでもない」
「はあ……獣人が怖いだと? お前は王族なのだぞ、ひと月後には獣人の外交団を迎えて友好目的のパーティをするのだというのに、なんという失言か」

 そんな風に冷たい瞳を向けられて。
 
「ところで、アミーラ姫様はお話ができぬと訴えておられましたが、お話しできるのですな」
「おぬし、喋れるのではないか。王家の姫は国家の顔と言っていいのだぞ、もっと愛想よくせんか!」

 『喋ることができたのに他人とコミュニケーションを取ることを怠けていた姫』として、私はまた評判を落とすのだった。
 

「アミーラ、言葉が話せるようになったのか」
 唯一、私に優しくしてくださるのは、長い間他国に留学していたエミリオお兄様。
 つい最近帰国なさったばかりのお兄様は、私を部屋に招いて話を聞いてくれた。

「リリアンがそんなことを? 兄さん、呪いを解く方法を探してみるよ」
 
 怖い呪いをかけられたのも、父や宮廷魔法使いに信じてもらえなかったのも悲しいけれど、お兄様と声でお話しできるようになったのは良かった。
 
 エミリオお兄様は同情的に手を伸ばし、よしよしと私の頭を撫でてくれたのだった。

「とりあえず出来る事として、まずは王族への敬意に欠ける噂を楽しんだ女官たちは兄様が注意しておくから、ね」
 
  
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