後宮の妖狐は尻尾を見せない〜天仙公子のやり直し

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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1章

1、どっかん、どっかん

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 大陸西方にある正晋国せいしんこく皇宮こうきゅう内の一室に、パシン、という音が響く。
 五歳になったばかりの娘が、母親に頬を叩かれた音だ。
 
「お前なんて、わたくしの子ではありません。二度と顔も見たくないわ。本日を限りに親子の縁を切ります。この城に住むことも許しません……連れておゆき」
「え……っ? お、おかあさま……っ?」

 母は、絶世の美女と称えられしきさきだ。整った顔が歪むと、驚くほど恐ろしい顔になる。
 
 それにしても、娘には状況が全く飲みこめない。
 数日前に会った時は「隣国の白 霞幽ハク カユウ公子がお前に花釵かんざしを贈ってきたわ。そのうち縁談も申し込んできそう……お前は藍色の艶を帯びた黒髪がわたくしに似ているわ。それに、わたくしの子だからかしら、とても利発。将来が楽しみ」と母親らしさのある愛情をみせて、髪を撫でてくれたのに。
 
 娘が頬に手をあてて呆然としていると、甲冑姿の兵士が近づいてきて、頭を下げる。二十代半ば頃の兵士は、日に焼けた肌をしていた。
 北方の騎馬民族出身で、娘の記憶によれば「謀反むほんの疑い」がかけられたところを父にかばってもらい、処刑を免れた男だ。

「公主様、失礼いたします」 
 
 『連れておゆき』という指示は本気のようで、兵士に抱き上げられて、本当に城の外へと連れていかれる。

「抜け道を使って城を出ます」 
  
 淡々と報告される。
 本当に自分は城を追放されるのだ――そんな実感が少しずつ湧く。
 
 外に出ると、夕暮れ時の世界は赤かった。
 それに、金属音や人の声、爆発音が聞こえてくる。どっかん、どっかんと。

 ――怖い。

 日常が崩れてしまって、元に戻らなくなる。自分にはどうしようもない。そんな現実を肌で感じて、娘は涙ぐんだ。
 
 しかし、兵士は。
 
「公主様、本日はアッチもコッチもどっかんどっかん賑やかですね。これね、お祭りなんです」
「おかあさま……おとうさま……ひっく、ぐすっ……ひっく……どうしてぇ?」
主上しゅじょうは……いえ、なんでもありません」 
 
 兵士は、この状況に陥った理由を教えてくれなかった。
 代わりに「どっかんどっかん、わっしょいわっしょい」などと脱力系な単語を繰り返しながら娘を抱っこし、馬に乗る。
 お祭りなんて、嘘。お城が攻められてるんだ。怖いことになってるんだ。なのに、この兵士は「怖くありませんよ」って嘘をつくんだ。
 
「よいしょ、どっかん。出発しましょう、公主様」
「ふええ。うわぁーん、えーん」
「公主様、馬は揺れますから、お歌は舌を噛んじゃうかも」
「歌ってない……!」

 私は泣いてるの! と睨みつけると、兵士は「そうではないかと思ってました」と笑う。どうも、緊張感や悲壮感の削がれる青年だ。 
  
 視界が揺れて、かんざしがしゃらりと鳴く。
 馬は東方へと疾駆しっくした。

「公主様。馬は、走るのが好きなんです。ほうら、どっかんどっかん蹄を鳴らして元気いっぱいでしょう。はしゃいでるんですよ」
 
「ぐすん、ぐすん……わ、私、お母様の子じゃないって……」
 
「藍の艶を放つ美しい黒髪に、紫に煌めく宝石のような瞳。美姫で有名な母君と、公主様はとてもよく似ていらっしゃいます」
 
「み、みんな、私はお父様に似てるって言う」
 
「あー。女の子は父親に似るといいって言いますから、良いことですねえ」
 
 西の空は、真っ赤に燃えていた。夕暮れ時、沈む太陽に背を向けて走る馬に揺られながら、娘は「自分たちは逃げているのだ」と思った。でも、どこに?

「ぐすっ、……ねえ。私たち、ど、どこに行くの。どっかんどっかん……て、なに?」
 
「どっかんどっかんは、雰囲気です。公主様。犬がわんわん吠えるのと同じですよ。自分を奮い立たせたり、気分を盛り上げたりするんです」
 
「兵士が戦いでウオーッて叫ぶみたいな?」
 
「おおっ、そうですね。ご参考までに、我々は東にある当晋国とうしんこくの白家にお世話になる予定です。前もって相手側から『占いで貴国に変事あり、公主様の危機、と察知しました。変事は防げませんが、せめて公主様は白家が保護しますよ』と手紙を寄こしてきたんですよ。めちゃくちゃ怪しい話ですが、元気を出してください」
 
「怪しいのにお世話になるの?」
「他に行く当てもなく……」
「あう」

 兵士は当晋国とうしんこくについて教えてくれた。
 西の正晋国と祖先が同じで、お互いに「自分たちこそ正統な国」と主張しあってきた――そんな歴史だ。
 
「私、歴史はいっぱいお勉強したから、わかる。昨日受けた試験も全問正解だったのよ。お母様は褒めてくれなかったけど……ぐすっ」
 
「おお、すごいではありませんか公主様。おれは馬鹿なので、試験と名のつくものは全問不正解で大人になりましたよ」
 
「それで兵士になれるものなの」
「兵士は腕が立てば脳みその出来を求められないのです」
「そ、そう……?」
 
 教師に褒めてもらった娘は、母が褒めてくれるのを期待した。
 しかし、母は褒めるどころか娘を追い出したのだった。
 
「ちなみに公主様、当晋国とうしんこくでは、四大名家が四方を治めています」
 
「知ってる。北の黒家こくけ、南の紅家こうけ、東の濫家らんけ、西の白家はくけ……」
 
「その通り! これから行く白家は、めちゃくちゃ権力のあるお家ですよ。贅沢させてもらいましょう! 公主様はふんぞり返って、わがままをいっぱい仰るといいですよ! おれは美人とお知り合いになって嫁にしたいなあ」
 
「……ふふっ、白家の方々が怒って、追い出されちゃうよ」
「笑ってくださいましたね、公主様」

 兵士は、嬉しそうに眼を細める。
 
 本当だ。
 なんだか、ちょっと元気が出た気がする――娘は目を瞬かせた。
 
「公主様には、笑顔が似合います」
「……石苞セキホウのおかげよ」
「おれの名前をご存じでしたか」
「うん。『真面目にお仕事してる』って、お父様が褒めてたの」
「……主上が」

 話をしていると、気が紛れる。心が癒される。
 笑顔を見ると、安心する。
 だから、この男は意図して明るく笑い、雑談していたのだ――娘は、そんな真実に思い至った。
  
「ありがとう、石苞」
「公主様は、身分が下の者にもお礼を仰るのですね。素晴らしいですね」
「お父様は、人間はみんな本当は平等で、上も下もないよって仰ったの」
「ああ……おれの主上は、そういうお方でした」
 
 ぽたり、と、水滴が娘の手に落ちる。
 雨が降ってきたのだろうか。見上げると、石苞が泣いていた。

 娘は、そっと手を伸ばして忠実な臣下の頬を撫でた。
 
 この男も、悲しいんだ。辛いんだ。
 でも、「怖がらせまい、励まそう」と思って、無理してたんだ。
  
 そんな事実を胸に受け止めた娘は、「もう、泣かない」と決意した。
 これからは自分も励ます側になろうと思った。

 決意をこめて、そっと呟く。

「どっかん、どっかん」

 娘は、太陽が沈む西空に背を向けて、東の地平に目を向けた。
 知らない国、未知の世界が、その先にある。

 これは、故国を追われた娘が隣国で才能を開花させ、誰かを救い、誰かに愛されるようになる――そんな前向きで優しい物語。




   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


新連載です。

のんびりと更新する予定です。のんびり楽しんでいただけたら嬉しいです!
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