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1、贖罪のスピネル

47、陛下は断罪されてしまいます

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『ん……王様に文句を言う子がいるのかい? どうしてえ? 王様は一番偉いのにぃ。他国があるからいけないのかな。もしよければ、紅国も青国を滅ぼしてしまおうかぁ?』
 
(ああ、私のただ一人の特別なご主君。ハルシオン様)
 
 空王アルブレヒトの警護に控えるミランダ・アンドラーデは、いつかハルシオンがアルブレヒトに言った危うすぎる言葉を思い出していた。

 超然とした気配で。創造主のような存在感で。
 無条件にひれ伏したくなる威圧感を放ちながら。
 狂気の主君は哄笑した。

 ミランダは畏敬の念に打たれ、膝をついて震えながら背筋をぞくぞくさせた。
 
 私の主君は、神のごとき御方。
 誰より気高く、誰より尊く、誰よりお強い。
 
 その後で主君が正気に返り、自分の呪術で自分を縛って別人のような顔と声になるまでが、毎度のこと。

『恐ろしい。自分が恐ろしい。アル、私は危険だね、私が断罪されるのが一番いいんじゃないかなぁ。私は生きていないほうが世界のためじゃないかなぁ』 

 そんな痛々しい声で、悲しいことを仰る。
 ずっと見守っているミランダは、まるで自分が聖母にでもなったような気持ちになる。

 庇護欲が。慈愛の念が。
 きゅうきゅうと胸を締め付けるのだ。
 
(ああ、私の殿下。ハルシオン様)
 そんなハルシオン様に罪をなすりつける呪術師がいたなんて。それに気付けなかったなんて。私が至らないばかりに。

「フィロシュネーには、難しいことはわからぬのです。いやはや、あの娘は甘やかしすぎてしまって」
 青王クラストスはそう言って頭を掻き、娘を愛する父の声で仲介者である女王に主張した。
「父心といいますか、私は親ばかなのです。娘が来た時には、『大丈夫、もう終わったよシュネー』と言ってあげたいなぁ」
 その眼差しは射抜くように空王アルブレヒトに注がれて、罪を数え始める。先代の空王を殺害したとか、第二王妃との密通とか。

 ミランダは、アルブレヒトの耳に自分が知った真実を報告済だった。アルブレヒトは、青王が唱える罪が兄の罪でも自分の罪でもないのだと、もう知っている。
(陛下、真実は明らかになりますゆえ、姫殿下がいらっしゃるまで時間稼ぎを)
 アルブレヒトには、そう伝えている。
 
「あう、あう」  
 現実、現在の会談の場で、預言者ネネイが小さな声を震わせている。
「こ、こ、このままですと、陛下は断罪されてしまいます」
 ミランダはその言葉に眉を寄せた。預言者の預言は、絶対だ。恐ろしい。
「それは、預言ですか? 預言者殿?」
「いえ。ですがっ」

 臣下が見守る中、青王クラストスが堂々とした声で空王アルブレヒトを糾弾している。

「我が友、先代空王を弑した罪。我が第二王妃と共謀し、聖女であり第一王女であるフィロシュネーを迫害し、暗殺しようとした罪。偽りの聖女を立てて神鳥や民を欺こうとした罪。罪を他者になすりつけ、我が国を侵略した大罪……余罪も挙げきれないのではあるまいか!」
  
 その声は、先代空王との友情を語る。先代空王が第一王子ハルシオンを王にする意向だったと語る。ハルシオンが優秀であったと語る。弟王子に呪われてさえいなければ、彼が王になっていたと語る。

「すべての元凶は、侵略者アルブレヒト。彼を断罪し、被害者である王兄ハルシオンを新たな空王として、空国の立て直しをするよう求める。我が国はそれを支援する!」

 薔薇のような赤い髪を持ち、深い紅色の瞳をした二十二歳の紅国女王アリアンナ・ローズは、居合わせた主要人物に視線を巡らせた。
「ク・シャール紅国は、南の二国の安定統治を望みます。けれど、もちろん、青王陛下のご主張だけで全てを決定することはありません」
 
 アインベルグ家の騎士に守られる青国の王太子アーサーは、青王クラストスから微妙に距離を開けている。その眼は、疑う気配で父青王を見ていた。彼もまた、腹心シューエンから真実を聞かされているのだ。
「父上。シュネーが来る前に決定を急がなくてもよいではありませんか」
 事前に聞いていた話では、この王太子は積極的に「アルブレヒトとハルシオン、二人まとめて処刑」という主張をしていたらしい。けれど、今はそんな主張をすることもなく、慎重な意見を口にして、時間を稼いでくれている。
  
 青王クラストスに視線を返す空王アルブレヒトは、懸命な目で女王アリアンナ・ローズの瞳を見つめ返した。
「私は無実を主張します、紅王陛下」 
 それは、呪術師によりなすりつけられた罪を指したの発言なのだとミランダにはわかる。だが。

(ああ、陛下。「無実」はいけません) 

 青王クラストスは眉を跳ね上げた。
「ほほ~うっ? 見苦しい、罪を認めることすらしないとは! 貴国が侵略したのはまぎれもない事実! 何が無実か」
「そ、それは……」
「兵を動かし、わが国に攻め入って支配したのは事実でしょうに。無実などではない!」
「そこは、確かに。私に責任があります」

 空王は間違いなく、兵を動かした。実際は、王兄が先に動かし、後から許可を出したのだが、自分が命令したかどうか、許可が後だったか先だったかはともかくとして「侵略はした」。
 その点において、無実とは言えないのだ。

 女王アリアンナ・ローズは、中立だ。
 呪術師を敵としているらしいので、真実をフィロシュネーの奇跡で共有して見せれば、空国が踊らされたのだという点については理解してくれて、情状酌量してくれるかもしれない。
 しかし、それはあくまでも情状酌量であって、無実の主張は「罪の自覚がないのか」と思われてしまい、印象が悪くなってしまう……。

 それに、いざとなれば呪術師は呪術を使うかもしれない。
(この場にハルシオン殿下がおられれば、呪術師を怖れることはないのですが)
 ミランダは緊張していた。青王クラストスに化けている呪術師は、とても力が強いらしいのだ。

 紅国では有名な、この大陸に古くからいて暗躍しつづける伝説級の悪しき呪術師なのだ、と『黒の英雄』が語っていた。黒の英雄サイラスは「呪術師を自分が倒す、自分ならば倒せる」と言ってくれた。

(予定では、サイラスどのは姫殿下と一緒に来られるはずですが)
 アルブレヒト陛下に万一のことがあれば、ハルシオンが悲しむ。いざとなれば身を犠牲にしてでもお守りせねば。

 王たちの会話が続いている。
「ですが、他の罪は違います。父上を弑したのも、貴国の亡き第二王妃と共謀したのも、暗殺も……私ではない……」
「反省の色もない。自らの罪を認めない。嘆かわしい」 

 ……空王アルブレヒトが、追い詰められていく。
 
 
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