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1、贖罪のスピネル
49、そこにいるのは、悪しき呪術師です!
しおりを挟むフィロシュネーが会場に着けば、儀典官が報告の声をあげる。
「青国のフィロシュネー殿下にお越しいただきました」
会場には、主要人物が集まっていた。
大きな噴水から、水しぶきが上がっている。
噴水の周りには鮮やかな花々や樹木が植えられていて、その色が空間全体を温かみのある雰囲気に彩っている。
会談用にと設けられた席は、上品な赤色のクロスがかけられたテーブルと椅子が配置されていて、国ごとに王族や外交官が集まっていた。
「シュネー、元気にしていたかい? パパは心配していたのだよ。もっとゆっくりでもよかったのに」
青王クラストスが、優しそうな表情で両腕を広げて近づいてくる。
「うふふ、お父様」
(けれど、あなたはお父様ではない)
フィロシュネーはひんやりとした笑みを返した。
「シュネーをのけものにしては、いやですわ。拗ねてしまいます……呪術師さん」
言い放った瞬間、相手の顔が驚きを浮かべるのが、小気味いい。
フィロシュネーは先手必勝とばかりに奇跡を行使した。
「青空と神鳥の加護のもと、太陽の娘、青王クラストスの娘、聖女にしてエリュタニアの第一王女にしてノルディーニュの友、フィロシュネー・ニュエ・エリュタニアは、皆様にお知らせしたいことがございます」
証拠も、弁舌も必要ない。
わたくしには、神鳥さまの奇跡がある。
真実を見せれば、それで終わり。
「そこにいるのは、父ではありません。悪しき呪術師です!」
フィロシュネーはありったけの花びらで、警備兵も含めて、できるだけ多くの人に真実を見せた。
凛とした声を響かせて見せる真実は、青王クラストスの正体。
呪術師が暗躍し、国際紛争を起こしたこと。
「……なっ!?」
驚愕が充ちる中、青王クラストスは纏う気配を豹変させた。
唸るような声は、父が一度も発したことのないような、邪悪で恐ろしい声だった。
「シュネー、神鳥をそんな風に使って。パパを邪魔して。この使い方は嫌いだ。嫌な記憶を刺激する……悪い子だ。シュネーは、悪い子だ!」
ぶわりと全身から黒煙に似た禍々しい何かが漏れる。
空気を濁らせ、闇に染め上げる――それは、瘴気と呼ばれる種類のオーラだ。
恐ろしい気配に、ゾッと鳥肌が立ち、冷や汗が流れる。
心を侵食し、魂を蝕んでいく、負のオーラだ。
心に潜む闇を呼び覚ます。神聖なるものを冒涜する。腐敗と堕落を象徴している。
そんな悪しきオーラだ。
「青王陛下……では、ない……!?」
居合わせた全員が目を瞠る中。
「アーサー様!」
「アルブレヒト様!」
それぞれの護衛が、準備していた通りに貴人を守ろうと陣形を組む。
全員が警戒する中。
――ゆらり。
炎のように揺らめく暗黒の気。それがぶわりと膨れ上がって青王クラストスの全身を包み込んだ。
「殺してはいけない……いいや、殺してもいい、やり直せば……いいや……もう終わらせる……」
その手に杖があらわれた瞬間、フィロシュネーが腕に填めたブレスレットが鮮やかな赤色の光を咲かせた。
光が守ってくれる、と感じた瞬間、目の前に割り入るように大柄の騎士の背が滑りこむ。
騎士ノイエスタルだ。
「わらわの騎士よ、任務を課します。その悪しき呪術師は、旧き時代より南の土地を支配し、我ら北方の民にまで度々干渉して、多くの人々を苦しめてきた者です。正義の鉄槌を下し、我が国の尊厳を取り戻してください」
薔薇のような赤い髪と深い紅色の瞳をした美しい女王アリアンナ・ローズの声に、騎士ノイエスタルは動いた。
目の前で、赤いマントが勇壮に翻る。
瞬きひとつする間に、騎士ノイエスタルは疾風のように突進して、敵に肉薄していた。
テーブルの赤色のクロスが余波で飛び、空をひらりと舞う。
赤色と交差するように奔るのは、白銀の剣閃だった。
抜き放たれた大剣は、ずっしりとした重量を感じさせる立派な一振り。
凄まじい膂力で、尋常ならざる速度と勢いで振られる様は、恐ろしい。
しかし、思わず見入ってしまうほど、鮮やかでもある。
常人にもわかる技量の高さだった。
ヒュッ、と風が鳴り。
剣華が流々舞って、呪術師が張り巡らせた暗黒の結界を割る。
――パリィン!
結界が破れる音は、澄んでいた。
同時に小規模な爆発が起きて、二者が反動を利用しながら後ろに跳ね退いている。
誰も割り込むことのできない。そんな一瞬の攻防だ。
着地した瞬間、間髪入れずに地面を蹴った騎士ノイエスタルは、重厚感あふれる全身鎧姿に見合わぬ速度で翔けた。
地に足はついていたが、「駆ける」のではなく「翔ける」と表現するのが相応しい――そんな体重を感じさせない動きだった。
喧しく金属音を奏でて。
自己の存在感を放ち、相手を威圧する、野生の獣が放つような吶喊が響く。
そこに燃えるような怒りや憎悪が感じられて、フィロシュネーは「怖い」と思った。
闘気が刃に乗り、赤黒い光を放っている。
渾身の気魄を込め、赤く紅く、美しくもどこか禍々しい光を纏い、殺意の刃が踊る。
「――シッ」
斬り裂くような呼気と共に大上段から雷霆のごとく振り下ろした刃の軌跡が、赤色の血飛沫を導く――悲鳴があがる。
「アアァァッ!」
敵の血に塗れた剣先は、地に付く前に頭をあげた。
くっと肘が引かれて、突きの型に移るまでが、流れるようにスムーズだった。
呪術師の胸を、赤い殺意に輝く兇刃が深々と貫く。
呪術師は苦痛に顔を歪め、苦鳴を洩らした。ごぼりと口から血を迸らせる瞳は、自分に迫る『死』という現実を見ていた。
まだまだ先だと思っていた死が唐突に目の前に突き付けられて、自分がたった今、唐突に死ぬのだと気付いて驚くような。
初めて感じる「死」という感覚に戸惑っているような――生物が本能的におぼえる恐怖に邂逅して、誰かに助けを求めるような。
どこか迷子にも似た、……そんな目だ。
「――……はっ……」
最期にその唇が吐息を洩らして、瞳が何かを探すようにぐるりと巡り――がくり、と膝をつき、呪術師は倒れた。
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