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幕間のお話
61、商会長は『失恋濃厚会』に参加なさり、ミランダはカップリングを妄想する
しおりを挟む初夏の爽やかな風が心地よい。
婚約者候補に会いに来た青国の王都を共に歩くハルシオン――仮面姿のお忍びカントループ商会長は、串に刺さった苺に興味津々だ。
「んふふ、美味しそうだと思いませんかぁ、あれ」
「ただちに購入いたします、商会長! ルーンフォーク卿……」
「はっ!」
ミランダがルーンフォークに合図すると、「任せてください!」と自信満々に隣のお店で串鳥を買ってきた。そっちじゃない。
「串に刺さってるとワクワクしますよね、この感情わかります? ワイルドなんですよね」
ハルシオンは笑って串鳥を受けとり、あーんと差し出してくる。優しい。
「ミランダっ。食べてくださぁい」
甘えるように言われれば、逆らえない。毒味の意味もある――ぱくりと頬張れば、塩味が効いていて美味しい。
「ん……美味しいです、商会長」
「はふふ、よかったですねぇミランダ。苺も買ってください」
ちゃっかり苺のおねだりまで。なんて可愛いのでしょう! ミランダの頬が薔薇色に染まる。
「俺もしかしてお邪魔です? これ実はお二人のデートだったりします?」
ルーンフォークが微妙な顔をしている。ミランダはスルーした。一方ハルシオンはというと、仮面の目の部分にはめ込んだレンズをキラリとさせてパパモードなスマイルを浮かべている。
「いえいえ、邪魔な子なんていませんとも。うふふ。みんな違ってみんなイイ……!」
「あっ、商会長がパパモードに……そういう意味ではなかったのですが、はい」
「私はもう呪術を使いません。普通の人間になりますミランダ」
ハルシオンは健気なことを言って、呪術封じの指輪を両手の指にじゃらじゃらつけている。もちろん、商会長の仮面も健在だ。
「みんな私の子供、とか言うのもやめます。私はパパではありません。普通のお兄さんですミランダ」
「はい商会長。商会長は立派な普通のお兄さんです」
「また見つめ合ってる……俺やっぱりお邪魔なんじゃないかな……」
ルーンフォークがいじける中、ハルシオンはクレープを買い足して、とある会合の看板に目をとめた。
「あっ、子供たちが自主的に会合を……なんて可愛い」
「よかったですね商会長。あと、やめると仰ったばかりなのに子供たちと呼んでしまっていますよ」
そんなところも可愛い。ミランダは保護者な気分で目を細め、ハルシオンの視線を追いかけた。
看板には、あやしい会合名が書いてあった。
……『失恋濃厚会』と。
「し、『失恋濃厚会』……なんて切ない会……なんでしょう~私の心が惹かれてしまいます」
えっ、参加なさるのですか商会長? ミランダが驚く中、ハルシオンはふらふらと会場に入っていく。
「お気を確かに商会長。商会長はまだ失恋なさってません商会長。まだまだこれからではありませんか。いざとなれば惚れ薬や誘惑の術を使っても……」
ルーンフォークが励ましている。その励まし方はいかがなものか――ミランダは窘めるべきか悩んだ。
会場に踏み込んだ『カントループ商会』は異様な光景を目にした。
「恋人が寝取られましたぁ!」
「告白したら振られました……!」
「僕の姫が~、恋敵の手紙を見せてきまぁす~」
どことなくジメジメっとした湿度高めの会場のステージに、代わる代わる会員が登壇して順番に悲しい現実をアピールしている。本人も聞く同志も「人生終わりだ」というオーラを溢れさせている。
大丈夫? この会合。集団自決とかしない? ハルシオン殿下の精神に悪影響与えない?
ミランダはルーンフォークに視線を向けた。
無理やりにでもハルシオンを抱えて「ここはいけません商会長! 撤収!」とやるべきか迷ったのだ。しかしルーンフォークは。
「しゅ、しゅーえんくんがいるとは……思えば君も商会長と同じく失恋濃厚婚約者候補だったか……」
「ルーンフォークさぁん!? 恥ずかしいところを見られましたね!? しかしここにいるからにはルーンフォークさんも失恋濃厚仲間?」
「いや俺は商会長の護衛なんで」
友人を見つけて会話に花を咲かせている……!
「というか俺は失恋以前に恋してないです。実家では優秀な兄の影みたいな立ち位置で婚約とかもないし」
「……僕も実家では兄たちの影に隠れてるのでございます! うわーん仲間ぁ!」
シューエン、というのは青国のアインベルグ侯爵令息だ。
蜂蜜色のきらきらした金髪に、エメラルドの宝石をはめ込んだみたいなぱっちりした大きめの緑の目。頬はあどけない柔らかなラインで、日々一生懸命に鍛えているであろう腕や脚はまだ成長途中の青々とした良さがある。健康的に育ちつつも、頼りなさもある。
ひとことで言うと、可愛いショタ公子である――ひしっとルーンフォークに抱き着く姿は、ミランダの中のお姉さん心をむずむずと刺激した。
「まあ……あらあら」
ちなみにルーンフォーク・ブラックタロンは二十代前半で、ハルシオンに仕える騎士だ。
身長は平均的な身長で、細身。髪は緑色で、目は優しい印象の茶色だ。
ルーンフォークの実家は呪術師の名家で、弟を奴隷のように扱う優秀な兄に幼少期から頭が上がらなかったのだという。そんな生い立ちが影響してか、彼の性格はちょっと臆病なところがある。ミランダにとってはいまいち頼りない。だが、ハルシオンの味方という一点においては信頼している青年だ。
「おにしょた……いいえ。しょたおにでしょうか」
この二人、いつの間にこんなに仲良くなったのかしら――ミランダの中の腐った乙女の感性がちょっぴり萌えている。
「私も混ざろうかな~」
めくるめく妄想の世界に旅立ちかけたミランダの心にハルシオンが波紋を立てた。
「商会長は、まだ負けていないではないですか……弱気はいけません」
「私はほぼ負けてるよ、わかってるんだ……」
なんとハルシオンは両手の人差し指をつんつんとさせてしょんぼりしている。
空国の王兄殿下で、創造主カントループ様ともあろう方が、なんという痛ましいお姿。でも可愛い。
「商会長は失恋濃厚ですが、そんな商会長も可愛いと思ってしまう私です。ですが、可愛いお姿を見せるのは私にだけになさってくださいまし」
「み、ミランダ……励ましてくれると思ったら、ミランダも失恋濃厚だって思ってるんだね」
ハルシオンは十九歳の青年の顔でショックをあらわにしている。
「失言でした、申し訳ありません商会長」
ハルシオンは「ん~、まぁいいですぅ」と笑っている。物事を深く考えず――たぶん、考えている最中で思考が他のことに流されてしまう――コロコロと精神状態が変わるのが、ハルシオンの最大の特徴だ。空国の有識者に「正常な判断力に欠けておられるので、権力を持たせてはいけないのでは。呪術封じをして幽閉した方がいいのでは」と言われている理由である。
「ダイロスさんがいるのが一番気になりますねぇ。シューエンくんの保護者としての参加なのかなぁ……?」
ハルシオンが示す先には、ダイロスという野良じいさんがいた。
野良じいさん、というのは青国勢が呼んでいた謎の称号である。
「ああ。あのよくわからない方」
ダイロスは、都市グランパークスで空国に敵意をむき出しにしたのに、フィロシュネー姫にあれこれ言われて空国勢が処罰し損ねたおじいさんだ。
「カントループ商会の面々ではないか。また侵略しにきよったのか。ぺっ、ぺっ!」
現在は黒旗派であり、確か氷雪騎士団とやらの一員でもあるはず。ということは?
「その態度には外交官を通して遺憾の意を表明させていただきます。氷雪騎士団の団員が無礼でしたと」
ミランダは毅然とした態度で警告した。
「むむ。国に仕官するとこれだから!」
ダイロスは態度を改めつつ、謝罪はしなかった。
「今日は本物の孫の保護者じゃ」
ドヤァっとした顔のダイロスが示す先には、長い杖を持ったローブ姿の黒髪の呪術師がいた。青国風にいうなら、魔法使い、だ。年頃は二十代の半ばといったところ。
「待って。お孫さん、狼のお耳と尻尾が生えていますけど」
やだ、もふもふ。
尻尾がふさふさ。
触ってみたい――ミランダの心がきゅんっとなった。
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