66 / 384
幕間のお話
63、女王の百合寵姫ハーレムと誕生日に年齢が下がるヒーロー
しおりを挟む
王女フィロシュネーを狙って、建物の影から武器を持った数人が躍り出ようとする。潜んでいた青国の反王族派だ。だが、フィロシュネーの視界に凶刃が入るより先に、同じく潜んでいた青国の騎士たちが仕事をしている。
――これはつまり、囮だ。
「俺の預言者ときたら、妹を城下に連れ出して」
フィロシュネーの兄、王太子アーサーは整った顔を顰めた。
「ダーウッドめ、絶対わざとだ」
「アーサー王太子殿下、賊はひっ捕えましてございます。ご安心ください」
氷雪騎士団の騎士がアーサーの手元に視線を向けている。仔犬が怯えたような気配なのは、アーサーの手が長い槍を握りしめているのが物騒に思われたのだろう。
「ご苦労」
もう少し動くのが遅かったら槍を投げていた。そして、賊の足元で派手に爆発させていた。王太子アーサーにとって槍とは爆発させる道具なのだ。アーサーは気を落ち着かせるように息を吐いて従士に槍を渡し、周囲を安心させた。
「引き続き、氷雪騎士団は妹に従うように」
妹は氷雪騎士団を自分が好きに動かせる騎士団だと思っているが、氷雪騎士団の指揮官は、実はアーサーなのだ。アーサーが「妹に従え」と命じているのである。
「妹には、しばらく城から出るなと伝えるように……いや……」
紅国から、音楽祭とやらの招待があったはず。婚約者候補にも会えるとあって、フィロシュネーはクスフル外務大臣を味方につけて「わたくしは王族として外交に参ります!」と主張していたのだ。
「他国のほうが安全なのかもしれないな」
アーサーの情けない思いが、雨垂れめいて空気を震わせる。
青国の国内は、落ち着いていない。
強い権力を持つ王族への畏敬はあるが、求心力は落ちていて、クーデターの火種がそこかしこにあるのだ。
妹姫フィロシュネーに視線を向ければ、アーサーには気づかず預言者ダーウッドと何かを話し込んでいる。そばには、空国からの悪い虫、もとい婚約者候補がいる……。
「あの男に槍を投げてはいけないだろうか?」
「殿下、それはいけません、あの方は隣国の」
「わかった上で槍を投げたい、爆発させたい」
「殿下!」
槍と爆発は我慢しよう。
王太子とは我慢の上に成り立つ役職なのだ。
「空国の預言者ネネイは預言者の役目を放棄して行方をくらましたらしいが、ダーウッドはよく残ってくれている」
(俺には預言者がついているのだ。俺は預言者に王の資格があると認めてもらっている正統な青王なのだ)
アーサーはメンタルに悪い『妹にひっつく虫』から目を逸らして優しく眼を細めた。不老症の預言者の役目とは、長く生きることで得た知見や神秘なる預言の能力で絶対の権力を持つ王の補佐をすることだ。アーサーはそう教わっていた。青国の預言者ダーウッドは、父クラストスが生まれるより前から預言者をしている。王太子であるアーサーにとっては、預言者が自分を支持しているという事実が何よりの自信につながっていて、空王のように預言者に見放される事態は何よりも避けなければいけないことだった。
『アーサー、男子たるもの本はそれほど読まなくていい。お勉強もしなくていいぞ。昼は元気に槍をふり、夜も元気に腰を振れ。王太子の仕事はそれでいい。頭を使うことは、有能な臣下に任せるのだ』
父の顔をした呪術師オルーサは、アーサーを無能に育てるための教育を施していた。
ゆえにアーサーの幼少期から少年時代の初期は、かなりの脳筋王子だったのだ。妹フィロシュネーが恋愛物語に浸かっているのをみて「本は女の読み物だ」とまで思っていた。
『この本を読みますか殿下? お父様には内密に。他国の本ですぞ』
父の臣下である預言者ダーウッドが槍馬鹿だったアーサーに声をかけたのは、ちょうどアーサーがダーウッドの秘密を知った直後のことだった。
預言者ダーウッドには、身体的な欠陥がある。彼、あるいは彼女には、性別がないのだ。
そのせいで父クラストスに『出来損ない』と呼ばれていたのを、アーサーは聞いたのだった。
『俺に、本を? 父に内緒で?』
――ダーウッドは父に反発心を抱いているに違いない。それで? 王子の俺に本をくれた理由は?
アーサーの胸には、ふつふつと好奇心が沸き起こった。
本の装丁を撫でて、最初のページをひらいたとき、ほんのわずかにアーサーの心に波紋が生じた。槍を木に立て掛け、木影で本を読む時間は「父に逆らっている」「それを預言者がけしかけたのだ」という意識がスパイスとなって、とても興奮した。そして、本の中には未知の世界が広がっていた……。
「預言者ダーウッドを後で俺の部屋に呼ぶように。フィロシュネーを囮にした件を注意したいのと、……フィロシュネーを他国に外遊させることについて意見を伺いたい」
追憶を振り切るように頭に手をあてて、アーサーはそう命じたのだった。
* * *
一方、紅国では女王の騎士になったサイラス・ノイエスタルが色鮮やかなドレスを身にまとった女性たちに囲まれていた。全員、女王の寵姫たち――アリアンナ・ローズの百合ハーレムだ。
「わらわの百一人の寵姫たちと企画しました、わらわの騎士ノイエスタルの恋を影からひそやかに見守り、応援する会です」
影じゃない。
ひそやかでもない。
サイラスはそんなツッコミを呑み込んだ。
女王アリアンナ・ローズは語る。
「わらわの寵姫の中で、殿方も好む者、恋愛物語をたしなむ者を特別に選抜しました」
選ばれし寵姫たちは、誇らしげな目をしていた。
「身分差に加えて歳の差まで。大変ですわ」
「ライバルが二人もいるんですって」
「わたくしたちの力で、なんとしてもノイエスタル様を勝利させましょう」
「燃えますわ」
桃李姫、木蓮姫、飛鳥姫、雛菊姫、楓姫、瑠璃姫、萩姫、花梨姫、白薔薇姫……、女王直々に寵姫としての称号を賜った姫たちは、盛り上がっている。とても楽しそうだ。
「あちらの姫君は、恋愛物語がお好きらしいのですよ」
「すーぱーだーりん、というのが流行っているのですわ」
フィロシュネー姫の趣味が紅国にも伝わっている。調べられている――。
目の前に積まれる礼儀作法の教本。そして恋愛物語の本。従士ギネスが壁際に退避して「がんばってください」と旗を振っている。
「礼儀作法は完璧に。優雅に、上品に」
「優しく、でもたまに強引に迫ってドキドキさせてほしいですわ」
「やっぱり、ハイスペックなのは大事だと思うの!」
「完璧で優しい私だけを溺愛する王子様……」
「何でもできて、絶対味方で、頼れるのです」
「家柄がよく、教養があって、将来も安泰で。もちろん外見も大事ですわ」
礼儀作法や教養を教えてくれるらしき教師が何人も手配される。覚えやすいように腕章をつけている。礼儀作法担当、話術担当、スマイル担当、格好良いポーズ担当、口説き文句担当、ポエム担当……。
「でも、十四歳の差はちょっと厳しいかしら。我が国では男性が未熟な女性をたぶらかす案件について繊細なのです」
女王が統治する国は、女性を守る国として舵取りされているのだ。
「生物的な性質として、雄というのは子供を産む能力がある若い雌には惹かれるものであり……」
いつの間にか招かれている学者だか医者だかが語り始めている。発情中の動物の雄を観るような視線がいたたまれない。
「ノイエスタル様は政略的意図で青国の姫を狙っておいでですの? それとも若い姫の体目的ですの? それとも中身を好ましく思っていらっしゃいますの?」
「木蓮姫、俺は政略の意図もなく体目的でもなく……」
「精神的な純愛ですね!?」
「妹のような……護衛対象のような……」
そうだ。妹に近いのではないだろうか。
俺に懐いていて、俺に一緒にいて欲しいと言っていた、亡くなった妹に。
――では俺は、亡き妹の願いを叶えられなかった罪滅ぼしみたいに、妹に似た姫と一緒にいようと思うのだろうか?
そうすることで、妹への罪悪感が薄れる?
そんな理由? そんな自分勝手な理由?
そこには、あの姫が欲しがる『恋愛物語のヒーローみたいな溺愛』がないではないか?
――あるいは、見返してやりたいとでも思ったのだろうか。青国の連中を?
俺は結局、あの台本のように「姫のことは愛さない」のだろうか。それはあの至高のお姫様にはふさわしくなくて、可哀想ではないだろうか。愛は大前提なのではないだろうか。
――では、愛とはなんなのか。
単なる好意と、特別なそれはどう違うのか。妹を想う気持ちとどう違うのか。性愛ならまだわかりやすいが、それとも違う精神的な純愛とは?
俺の中にそれはあるのだろうか。
「……俺を慕ってくださるのが可愛いと思ったのです……」
可愛いと思う気持ちはあるのだ。
守ってあげたくなるのだ。
大切に思う気持ちはあるのだ。
心配する気持ちもあるのだ。
歳が離れすぎている。身分が違う。そんな相手を想うと、自分がふさわしくないと思う気持ちもとても大きいのだ。
ハルシオンの方がふさわしい。
シューエンの方がふさわしい。
そんな思いがどうしても心のどこかで影を落とすのだ。
「受け身ですわねノイエスタル様? 弱気ですわねノイエスタル様? スパダリにはイマイチですわよ」
イマイチとは。スパダリとは。
「俺にスパダリは向きません」
「その諦めちゃう感じがダメです!! もっと希望を胸に抱いて!! 諦めないで。もっと熱くなって」
困り顔でいると、別の寵姫が助け舟を出してくる。
「年齢は詐称してもよいのでは? ノイエスタル様はお誕生日も定かではないのでしょう?」
――方向性があやしい助け舟だが!
「それはとても素敵なアイディアですわ!」
「いいわね! では思い立ったが吉日、ハッピーバースデー!」
えっ――?
「今日がノイエスタル様の誕生日です! 二十七歳のお誕生日おめでとうございます!」
「来年のお誕生日には、二十六歳になるのですわ」
「きゃっ、素敵」
壁際の従士ギネスは「おもちゃですね」と素直な感想をこぼしていた。
「減らせなくなったらどうしますの?」
「そこから今度は年齢を増やしていきましょう」
「楽しい……!」
女王アリアンナ・ローズは「いいのですか」と一応サイラスの意見を聞いてくれる。
「寵姫様が楽しそうでなにより」
サイラスは無の心境に達して、スマイル担当の教師が教えてくれたばかりの「とりあえず浮かべておく」用無難スマイルを浮かべた。
「きゃー! ノイエスタル様がスマイルをマスターなさったわー!」
「素敵じゃな~い!」
寵姫たちが喜んでいる。大喜びだ。これでよかったらしい。スマイル担当の教師も褒めてくれている――!
こうしてサイラスはこの日、『誕生日に年齢が下がる』という稀有な設定を手に入れたのであった。
――これはつまり、囮だ。
「俺の預言者ときたら、妹を城下に連れ出して」
フィロシュネーの兄、王太子アーサーは整った顔を顰めた。
「ダーウッドめ、絶対わざとだ」
「アーサー王太子殿下、賊はひっ捕えましてございます。ご安心ください」
氷雪騎士団の騎士がアーサーの手元に視線を向けている。仔犬が怯えたような気配なのは、アーサーの手が長い槍を握りしめているのが物騒に思われたのだろう。
「ご苦労」
もう少し動くのが遅かったら槍を投げていた。そして、賊の足元で派手に爆発させていた。王太子アーサーにとって槍とは爆発させる道具なのだ。アーサーは気を落ち着かせるように息を吐いて従士に槍を渡し、周囲を安心させた。
「引き続き、氷雪騎士団は妹に従うように」
妹は氷雪騎士団を自分が好きに動かせる騎士団だと思っているが、氷雪騎士団の指揮官は、実はアーサーなのだ。アーサーが「妹に従え」と命じているのである。
「妹には、しばらく城から出るなと伝えるように……いや……」
紅国から、音楽祭とやらの招待があったはず。婚約者候補にも会えるとあって、フィロシュネーはクスフル外務大臣を味方につけて「わたくしは王族として外交に参ります!」と主張していたのだ。
「他国のほうが安全なのかもしれないな」
アーサーの情けない思いが、雨垂れめいて空気を震わせる。
青国の国内は、落ち着いていない。
強い権力を持つ王族への畏敬はあるが、求心力は落ちていて、クーデターの火種がそこかしこにあるのだ。
妹姫フィロシュネーに視線を向ければ、アーサーには気づかず預言者ダーウッドと何かを話し込んでいる。そばには、空国からの悪い虫、もとい婚約者候補がいる……。
「あの男に槍を投げてはいけないだろうか?」
「殿下、それはいけません、あの方は隣国の」
「わかった上で槍を投げたい、爆発させたい」
「殿下!」
槍と爆発は我慢しよう。
王太子とは我慢の上に成り立つ役職なのだ。
「空国の預言者ネネイは預言者の役目を放棄して行方をくらましたらしいが、ダーウッドはよく残ってくれている」
(俺には預言者がついているのだ。俺は預言者に王の資格があると認めてもらっている正統な青王なのだ)
アーサーはメンタルに悪い『妹にひっつく虫』から目を逸らして優しく眼を細めた。不老症の預言者の役目とは、長く生きることで得た知見や神秘なる預言の能力で絶対の権力を持つ王の補佐をすることだ。アーサーはそう教わっていた。青国の預言者ダーウッドは、父クラストスが生まれるより前から預言者をしている。王太子であるアーサーにとっては、預言者が自分を支持しているという事実が何よりの自信につながっていて、空王のように預言者に見放される事態は何よりも避けなければいけないことだった。
『アーサー、男子たるもの本はそれほど読まなくていい。お勉強もしなくていいぞ。昼は元気に槍をふり、夜も元気に腰を振れ。王太子の仕事はそれでいい。頭を使うことは、有能な臣下に任せるのだ』
父の顔をした呪術師オルーサは、アーサーを無能に育てるための教育を施していた。
ゆえにアーサーの幼少期から少年時代の初期は、かなりの脳筋王子だったのだ。妹フィロシュネーが恋愛物語に浸かっているのをみて「本は女の読み物だ」とまで思っていた。
『この本を読みますか殿下? お父様には内密に。他国の本ですぞ』
父の臣下である預言者ダーウッドが槍馬鹿だったアーサーに声をかけたのは、ちょうどアーサーがダーウッドの秘密を知った直後のことだった。
預言者ダーウッドには、身体的な欠陥がある。彼、あるいは彼女には、性別がないのだ。
そのせいで父クラストスに『出来損ない』と呼ばれていたのを、アーサーは聞いたのだった。
『俺に、本を? 父に内緒で?』
――ダーウッドは父に反発心を抱いているに違いない。それで? 王子の俺に本をくれた理由は?
アーサーの胸には、ふつふつと好奇心が沸き起こった。
本の装丁を撫でて、最初のページをひらいたとき、ほんのわずかにアーサーの心に波紋が生じた。槍を木に立て掛け、木影で本を読む時間は「父に逆らっている」「それを預言者がけしかけたのだ」という意識がスパイスとなって、とても興奮した。そして、本の中には未知の世界が広がっていた……。
「預言者ダーウッドを後で俺の部屋に呼ぶように。フィロシュネーを囮にした件を注意したいのと、……フィロシュネーを他国に外遊させることについて意見を伺いたい」
追憶を振り切るように頭に手をあてて、アーサーはそう命じたのだった。
* * *
一方、紅国では女王の騎士になったサイラス・ノイエスタルが色鮮やかなドレスを身にまとった女性たちに囲まれていた。全員、女王の寵姫たち――アリアンナ・ローズの百合ハーレムだ。
「わらわの百一人の寵姫たちと企画しました、わらわの騎士ノイエスタルの恋を影からひそやかに見守り、応援する会です」
影じゃない。
ひそやかでもない。
サイラスはそんなツッコミを呑み込んだ。
女王アリアンナ・ローズは語る。
「わらわの寵姫の中で、殿方も好む者、恋愛物語をたしなむ者を特別に選抜しました」
選ばれし寵姫たちは、誇らしげな目をしていた。
「身分差に加えて歳の差まで。大変ですわ」
「ライバルが二人もいるんですって」
「わたくしたちの力で、なんとしてもノイエスタル様を勝利させましょう」
「燃えますわ」
桃李姫、木蓮姫、飛鳥姫、雛菊姫、楓姫、瑠璃姫、萩姫、花梨姫、白薔薇姫……、女王直々に寵姫としての称号を賜った姫たちは、盛り上がっている。とても楽しそうだ。
「あちらの姫君は、恋愛物語がお好きらしいのですよ」
「すーぱーだーりん、というのが流行っているのですわ」
フィロシュネー姫の趣味が紅国にも伝わっている。調べられている――。
目の前に積まれる礼儀作法の教本。そして恋愛物語の本。従士ギネスが壁際に退避して「がんばってください」と旗を振っている。
「礼儀作法は完璧に。優雅に、上品に」
「優しく、でもたまに強引に迫ってドキドキさせてほしいですわ」
「やっぱり、ハイスペックなのは大事だと思うの!」
「完璧で優しい私だけを溺愛する王子様……」
「何でもできて、絶対味方で、頼れるのです」
「家柄がよく、教養があって、将来も安泰で。もちろん外見も大事ですわ」
礼儀作法や教養を教えてくれるらしき教師が何人も手配される。覚えやすいように腕章をつけている。礼儀作法担当、話術担当、スマイル担当、格好良いポーズ担当、口説き文句担当、ポエム担当……。
「でも、十四歳の差はちょっと厳しいかしら。我が国では男性が未熟な女性をたぶらかす案件について繊細なのです」
女王が統治する国は、女性を守る国として舵取りされているのだ。
「生物的な性質として、雄というのは子供を産む能力がある若い雌には惹かれるものであり……」
いつの間にか招かれている学者だか医者だかが語り始めている。発情中の動物の雄を観るような視線がいたたまれない。
「ノイエスタル様は政略的意図で青国の姫を狙っておいでですの? それとも若い姫の体目的ですの? それとも中身を好ましく思っていらっしゃいますの?」
「木蓮姫、俺は政略の意図もなく体目的でもなく……」
「精神的な純愛ですね!?」
「妹のような……護衛対象のような……」
そうだ。妹に近いのではないだろうか。
俺に懐いていて、俺に一緒にいて欲しいと言っていた、亡くなった妹に。
――では俺は、亡き妹の願いを叶えられなかった罪滅ぼしみたいに、妹に似た姫と一緒にいようと思うのだろうか?
そうすることで、妹への罪悪感が薄れる?
そんな理由? そんな自分勝手な理由?
そこには、あの姫が欲しがる『恋愛物語のヒーローみたいな溺愛』がないではないか?
――あるいは、見返してやりたいとでも思ったのだろうか。青国の連中を?
俺は結局、あの台本のように「姫のことは愛さない」のだろうか。それはあの至高のお姫様にはふさわしくなくて、可哀想ではないだろうか。愛は大前提なのではないだろうか。
――では、愛とはなんなのか。
単なる好意と、特別なそれはどう違うのか。妹を想う気持ちとどう違うのか。性愛ならまだわかりやすいが、それとも違う精神的な純愛とは?
俺の中にそれはあるのだろうか。
「……俺を慕ってくださるのが可愛いと思ったのです……」
可愛いと思う気持ちはあるのだ。
守ってあげたくなるのだ。
大切に思う気持ちはあるのだ。
心配する気持ちもあるのだ。
歳が離れすぎている。身分が違う。そんな相手を想うと、自分がふさわしくないと思う気持ちもとても大きいのだ。
ハルシオンの方がふさわしい。
シューエンの方がふさわしい。
そんな思いがどうしても心のどこかで影を落とすのだ。
「受け身ですわねノイエスタル様? 弱気ですわねノイエスタル様? スパダリにはイマイチですわよ」
イマイチとは。スパダリとは。
「俺にスパダリは向きません」
「その諦めちゃう感じがダメです!! もっと希望を胸に抱いて!! 諦めないで。もっと熱くなって」
困り顔でいると、別の寵姫が助け舟を出してくる。
「年齢は詐称してもよいのでは? ノイエスタル様はお誕生日も定かではないのでしょう?」
――方向性があやしい助け舟だが!
「それはとても素敵なアイディアですわ!」
「いいわね! では思い立ったが吉日、ハッピーバースデー!」
えっ――?
「今日がノイエスタル様の誕生日です! 二十七歳のお誕生日おめでとうございます!」
「来年のお誕生日には、二十六歳になるのですわ」
「きゃっ、素敵」
壁際の従士ギネスは「おもちゃですね」と素直な感想をこぼしていた。
「減らせなくなったらどうしますの?」
「そこから今度は年齢を増やしていきましょう」
「楽しい……!」
女王アリアンナ・ローズは「いいのですか」と一応サイラスの意見を聞いてくれる。
「寵姫様が楽しそうでなにより」
サイラスは無の心境に達して、スマイル担当の教師が教えてくれたばかりの「とりあえず浮かべておく」用無難スマイルを浮かべた。
「きゃー! ノイエスタル様がスマイルをマスターなさったわー!」
「素敵じゃな~い!」
寵姫たちが喜んでいる。大喜びだ。これでよかったらしい。スマイル担当の教師も褒めてくれている――!
こうしてサイラスはこの日、『誕生日に年齢が下がる』という稀有な設定を手に入れたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
氷の公爵は、捨てられた私を離さない
空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。
すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。
彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。
アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。
「君の力が、私には必要だ」
冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。
彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。
レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。
一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。
「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。
これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
手放したのは、貴方の方です
空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。
侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。
隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。
一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。
彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。
手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる