悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
120 / 384
2、協奏のキャストライト

117、あにまるネクロシスと、妻に遊ばれて可哀想な侯爵さん

しおりを挟む
 霧の薄い朝。
 紅都は噂で持ちきりだった。

「青国の騎士団がエルフの奴隷を助けたんだって」
「俺は紅国の騎士団が青国の令嬢を救い出したと聞いたぞ」
「追放された元伯爵公子が……」

 事件に巻き込まれた青国の令嬢と王妹は、救出されて無事に過ごしているらしい。
 それはよかった……と、噂を語る紅国の民は締めくくる。

「退屈な明日に、愉しみを……」
 
 ちゃぷり、と湯音する。
 《輝きのネクロシス》の幹部亜人に呼ばれた狼獣人シェイドの耳が捉えるのは、仲間カサンドラとダーウッドの会話だった。
 
「年若い令嬢や姫君を心配する声が多いようですよ。いつのまにか紅都の民は青国贔屓になっているのですねぇ」
「それは、そうでしょう。姫殿下は魅力的な方ですからな」
 
 アルメイダ侯爵邸の優美な庭園の奥、侯爵夫人の趣味で設けられた露天温泉の岩風呂――そこに、悪の一味と呼ぶには愛嬌のありすぎるメンバーが揃っている。

 透明度の低い黒温泉のふちで毛づくろいするのは、純白の長い毛をした気位の高そうな猫。
 ……に変身したカサンドラ。
 黒温泉に置き物のように静かに浸かっているのは、カピバラと呼ばれる動物。
 ……によく似た姿のフェリシエン。
 フェリシエンの頭を足場にしているのが、青い小鳥姿のダーウッド……。

 こいつらは無駄に移ろいの術を使って、マウントをとっているんだ。
 術を使えないシェイドは、劣等感を刺激されながらカサンドラの隣に座って愚痴をこぼした。

「フェリシエンが邪魔をしたんだ」
 言いつけてやる。
 そんな幼稚とも言える感情がむき出しの声に、猫のカサンドラがヒゲを揺らした。
 喉がごろごろ鳴っている。機嫌がいい。

「聞いてくださいな。夫の隠れた趣味を知ったの。彼ったらコソコソとディオラマを造って自己満足に浸っていますのよ」
「カサンドラ、今その話、関係なくない?」
「ディオラマというのは、模型のことですわよ。あの夫が背中を丸めて小さなサイズの自然や都市の模型を愛でている姿と言ったら! 可愛かったからネコパンチで模型をぐしゃぐしゃにしたら、怒って首根っこをつかまれてしまいました、くすくす」
  
 会話のキャッチボールができてない。あと、侯爵かわいそう。
「頭がおかしい」
「それは、褒め言葉ですな」
 
 ダーウッドが小鳥の頭をかしげている。
 
「夫婦仲がよろしいようでなにより。子供は作らないのですかな」
「夫は私を嫌っていますからねえ。でも、無理やり作って困らせるのも楽しそうですわね」
「隠し子騒動に発展させるのも一興ですぞ」 
「楽しそうじゃない」
 
 話がどんどん流されていく。あと、侯爵かわいそう。 
 思うに、幹部亜人たちは人間性が崩壊している。シェイドはため息をついて座る姿勢を変えた。足が痛い。死霊に絡まれた部分がジンジン、ズキズキするのだ。

 風の吹く方向に白い湯けむりをふわふわ漂わせる湯面が太陽の光を反射し、まるで鏡のように輝いている。
 それに負けないくらいキラキラとした猫の瞳は、とても楽しそうだった。

「でもね、シェイドの話も聞いていましてよ」
 あ、聞いてたの? シェイドは尻尾を振った。

 庭園の花びらが風に遊ばれて舞い踊り、湯舟に降りてぷかりと浮かぶ。
 カサンドラは猫のしなやかな体で伸びをした。

「私の夫は紅国が女王の権力を削ぎたいらしいの。それに、青国や空国との友好政策にも反対しているのです……あなたたちは夫の邪魔をしましたわね」

 険悪な声だ。夫の邪魔をしたから、という理由が実にシンプルでわかりやすい。
 ぴりぴりした敵意を注がれたカピバラのフェリシエンは、の~んびりと口を開いた。脱力系の見た目に反して、発せられる声は陰鬱だ。聞いているだけでジメジメとした気分になる。

「カサンドラ、何が不満なのかね。吾輩は貴様の研究を手伝ったではないか」
 
 フェリシエンは、カサンドラが打ち込んでいる研究のため、エルフの森からアルダーマールの種を盗んだのだ。
 しかも「ドワーフに罪をなすりつけたら面白いのではないかね」と言ってドワーフの姿までして。

「それについては助かりましたわ。そのあとダーウッドが変なことをしていたけれど」
 
 猫のカサンドラはそう言って、カピバラの頭の上へとピョコリと跳び乗った。

「生真面目なエルフや仕事熱心な女王の騎士を釣るのはなかなか楽しかったですな。カサンドラのご主人は彼がお嫌いでしょう? 私は彼を振り回してやったのです、ご主人の役に立ったではありませんか。褒めてくれてもいいのですぞ」
 
 カピバラの頭の上で猫に詰め寄られながら、小鳥のダーウッドが翼を広げる。

「フェリシエンが石に変えたのはよしとして。ダーウッドがそれを解呪したのはなぜ……? 言い訳してごらんなさいな」
「は? そこにいるシェイドが吠えていたのでしょう、元に戻せと? フェリシエンが『吾輩は疲れているからお前がやっておけ』と言うから、代わりに戻して差し上げたのです。私は仲間思いでしょう?」
 
 問われたダーウッドはバッサバッサと翼を荒ぶらせ、猫を足場から追い出そうとする。
「それを言い訳とはなんです、褒められるべき行為なのですが? 不快でございますな!」
 
 怒っている。怒っている。
 
「ちょっと、押さないで」
「貴様ら、吾輩の頭の上で喧嘩するな」

 足場になっているカピバラがモゾモゾと動く。頭の上の小鳥と猫がぐらぐら揺れる。
「フェリシエン! 動かないで……」 
 つるりと足を滑らせた猫は、バシャッと湯舟に落下した。

「にゃん!」
 猫っぽい悲鳴だ。姿が変わると内面も引っ張られると聞くが、そのせいだろうか。
「おやおや猫さん。入浴マナーがなっていませんな!」
「ダーウッド!」

 小鳥のダーウッドが意地悪に言うのをにらみつけて、猫のカサンドラは麗しき侯爵夫人へと姿を変えた。

「とにかく、青国の評判が良くなっては夫が困りますの。手っ取り早く評判を下げられるのだから、ダーウッドには協力していただきたいところね」
「おお、カサンドラ。私は誰より協力的ですから、安心して研究に励むとよろしいですぞ。がんばれ、がんばれ」
「研究はあなたも頑張ってほしいのよね」
「これ以上なく頑張っておりますが?」 

 結局、フェリシエンは許されたのか。
 不満を抱くシェイドの視線を受けて、カピバラのフェリシエンはのっそのっそと温泉のはしっこに寄った。

「商会関連でのブラックタロン家の関与した痕跡は消せたし、吾輩は空国に帰る。当主の仕事もしなければならぬし、吾輩は暇ではないのだ。あとは暇人だけで遊べ」
 
 そう言って温泉から上がるのかと思いきや、そのまま落ち着いている。
 入浴文化のない空国育ちのフェリシエンは、意外と温泉が気に入ったらしい。
 
「私は夫と過ごす貴重な時間を減らして活動していますの。暇なわけではありません」
「私も別に暇人ではございませんぞ」

 二人分の文句が飛ぶ中、ただの人間の気配が近づいてくるのでシェイドはサッと物陰に身を隠した。ダーウッドもパタパタと飛んでシェイドの尻尾の上に来て、もふんっと埋もれる。
 これはいざという時、盾にされる――シェイドは察した。

 残っているのはカピバラと、デイドレス姿で湯水をしたたらせるカサンドラ。
 そんな奇妙な現場にやってきたのは、シモン・アルメイダ侯爵だった。

「旦那様! 旦那様、お待ちください。奥様はただいま……」
「男を引き込んでみだらな享楽にふけっているのだろう。フン、あの女狐の好みの男を見てやろうではないか――……、っ!?」
 
 侯爵のアイスブルーの眼が現実を疑うように大きく見開かれる。
 シェイドにはその驚愕する気持ちがとてもわかった。男を引き込んだと聞いてやってきてみたらカピバラと服を着たまま温泉で戯れてるのだ。
 
「あら、あ、な、た」
 カサンドラが艶めかしく流し目を送っている。カピバラと一緒なので変な女にしか見えないが。

「私の客が気になったのですか。このカピバラ様はこう見えてなかなかのテクニシャンなのです。見物なさいますか、混ざりますか?」
 
「なっ……!? そ、そのようなケダモノと――」
「呪術の腕のお話ですわよ、なにを想像なさったのです? あ、な、た?」
 くすくすと笑うカサンドラは楽しそうだった。

 顔をそらし、怒りを噛み殺すようにして背を向けて去っていく侯爵を見て、やっぱりシェイドは思うのだった。

 ――侯爵、かわいそう。

 ……と。
 
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...