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2、協奏のキャストライト
118、ハルシオンが人質を取って立てこもった日
しおりを挟む迎賓館『ローズウッド・マナー』で療養するフィロシュネーの元には、たくさんの見舞いの品と見舞い客が来ていた。
「石になっていても、苦しかったり辛かったりはしませんでしたのよ」
わたくし、とっても元気です――ミニハープを披露してアピールすると、聞き手ハルシオンは「天才!」と言って褒めてくれた。
ハルシオンは指が五本あるだけでも褒めてくれるお兄様だ。フィロシュネーは調子に乗りすぎないようにしようと思いつつ、ニコニコした。
今日のハルシオンは、大量にじゃらじゃら填めていた指輪がない。商業の聖印も、持っていない。
「いやいや、んっふふ、私は自分が自分以外の何かに変わると想像しただけで発狂してしまいそうになるのですよ」
恥じらうようにはにかんで、美しい瞳を伏せがちにしている表情は、純朴そう。
ここで「純朴」と言い切れないのは、部屋の扉が呪術で施錠されていて他の見舞い客が締め出されているからなのだけれど。
「開けろー!」
「姫様を開放なさい……!」
ゴトゴト、ドンドンと扉が揺れたり声がかけられたりしている。外の人たちからすると、人質を取った立てこもり犯だ。
「シュネーさんは心が強いのですね、素晴らしい」
ほんわかと微笑むハルシオンは、オカリナを取り出した。懐かしい音色は木漏れ日のように控えめで、清かで。
(ハルシオン様のほうがよっぽどメンタルが強いと思いますわ……)
窓や扉がバチバチ音を立てたり揺れたりしているのがすごく気になる。
開かないのね。誰も、開けられないのね。
ハルシオン様の気が済むまで。
壁際ではこちらを見ないようにして現実から目を逸らすルーンフォーク卿と、頬に手を当てて「防音したほうがいいかしら」と呟くミランダがいる。
フィロシュネーはゆったりとミニハープの音をオカリナに合わせた。これは外にいる人へ「わたくし、無事ですから心配なさらないでね」と伝える意味もあるのだ……。
「うーわ、シュネーさんらしさのあるキュートな旋律ですね。この音を独占したい……ルーンフォーク卿、防音を」
「あっ、ハイ」
ルーンフォーク卿が呪術を使い、扉や窓から聞こえていた音を防いだ。
ああ、わたくしの「無事です」アピールが。
「こうして音を寄り添わせるのは、二回目ですね」
一曲を終えると、ハルシオンはオカリナから唇を離して幸せそうに笑顔を咲かせた。
「元に戻ったばかりなのに楽器の練習を頑張っていて、シュネーさんは本当に努力家ですね。でも、頑張りすぎもいけません。紅茶をいただきましょう、シュネーさん」
「うふふ、スコーンもどうぞ、ハルシオン様。ジーナのスコーンは美味しいのですわ」
そんな平穏のようでいて不穏なティータイムを過ごしていると、保護者のような顔で見守っていたミランダが窓を見た。
つられて視線を向けると、窓の外には、バサバサと翼を広げてアピールする青い小鳥がいる。
「おや、あちらは……わが弟の宝物を所有している仮称・誘拐犯さんではありませんか」
ハルシオンは何かを見透かしたような目で鳥を見て、ミランダへと合図をした。そして、窓を開けた。
「ハルシオン様、こちらはわたくしの小鳥さん……あっ」
ミランダが大きな布を小鳥にかける。すると、布の下の小鳥が人の姿へと戻された。
「こちら、納品予定の解呪魔導具でございます」
「素晴らしいでしょう~像が天秤になって、布になりました!」
カントループ商会の新開発商品だ。
「名付けて、『種も仕掛けもございません!』布をかぶせて、ハイッ、正体見破ったり~!」
人の姿に戻ったダーウッドは「それが何か?」といった冷めた目で室内の変人たちを見つめて杖を振る。
「わが国の王妹殿下を軟禁するなど、言語道断です。即刻、解放していただき――」
言いかけた声にかぶさるようにして、異音が響いた。
――ぴしっ。
「あっ、防音の術が」
かけたばかりの術が解けた、とルーンフォークが慌てている。
――ピシッ、ミシッ……。
部屋の壁にどんどんとヒビが入る。
部屋の内側には、そんな壁をすり抜けるようにしてフワフワとした死霊たちがやってくる。
「おやおやぁ? これは死霊さんたち。なんですかぁ、この迎賓館はお化けが出るんですかぁ。いけませんねぇ、怖いですねぇ」
ハルシオンはのんきだった。
「こんな危険なところに私の娘は預けられませんねぇ~、よぉし、シュネーさんは空国にお持ち帰りしまぁす」
「えっ」
「音楽祭が終わったら遊びに来てください」
お持ち帰りなのか遊びに来て欲しいのかよくわからないことを言いながら、ハルシオンは春風のように爽やかに微笑んだ。
「そこの誘拐犯も一緒に連れて行きましょう。アルが喜びます。誘拐犯を誘拐するっていいですね、やられたらやり返す……うーん、美しい言葉です!」
話してる内容はぜんぜん美しくない。フィロシュネーが表情をこわばらせたとき、壁際では更なる変化が起きていた。
死霊がモヤモヤした手を壁に向けておさえるようなポーズをして。それに続いて、バキィッと大きな音を立てて、壁が砕けたのだ。
「即刻、解放していただきましょう」
地の底から響くような声を発して壊した壁から中に踏み込んできたのは、サイラスだった。眼差しは、噴火直前の火山のような危うさを孕んでいる。
「おおっ、ノイエスタルさん。結界ごと壊しちゃうとは、豪快ですねぇ! 生意気です」
ハルシオンは気にした様子もなく手を叩いて、「では皆さんでティータイムを楽しみましょうか」と微笑んだ。
(今、すっごくさりげなく生意気って仰ったような)
フィロシュネーは無難な笑顔をはりつかせながらドキドキした。
「はあ!?」
「ティータイム……?」
窓からと壁からの客がぽかんとして毒気を抜かれる中、ミランダが慣れた様子で椅子を引き、ティーカップを追加して紅茶を注ぐ。
「非常識です」
「当商会は常識にとらわれないのが強みなのですぅ」
「紅茶を飲んだら解散ですからな?」
「もっとゆっくりしましょうよ。お土産をあげますから」
ギスギスしながら飲む紅茶は、スパイシーな香辛料入りで、表面に赤い花が浮かんでいる。
けっこう美味しい。
「こちらの紅茶は、『プリンセス・ブルー』といってシュネーさんをイメージしたブレンドティーなのですよ」
「赤い花が浮かんでますが……」
「姫で金稼ぎをしないでください」
この方々、一生ギスギスしていそう。
フィロシュネーは優雅に紅茶を味わい、解散際にはミニハープを披露する余裕を見せて全員を落ち着かせた。
「壁の修理代は報酬から引かせていただきますからね」
「お疲れ様とか、労う言葉はないのです? 頑張って開発したのですよ? とても高度な技術を用いている世に二つとない貴重な魔導具ですよ?」
ああだこうだと言い合いながら、サイラスはハルシオンから新商品を受け取っていた。
「そうそう、クラーケン商会ですが、例の奴隷商人との取引記録が見つかりまして……」
ハルシオンがにこやかに情報を共有してくれる。
「奴隷商人側からも商取引の証が見つかったりしていませんか、ノイエスタルさん」
「見つかったとして、それをあなたに教える義理はありませんね。機密情報でもあります」
ハルシオンの視線とサイラスの視線が空中で衝突し、目に見えない火花が散った。
「姫殿下、紅茶を飲み終えたら部屋を移動しましょうな。ここは空気が悪うございます」
ダーウッドは冷ややかに二人の男をにらんで、フィロシュネーの手を引いて退室を促した。
壊れた壁の向こうから紅国の騎士団がやってきて、カントループ商会が賄賂を堂々と渡している……。
「俺の騎士団は金に屈したりなどしませんよ」
(サイラスが言うと、微妙に説得力に欠けて聞こえるわ……)
口に出しては言わないけれど。
「姫様~! ご無事ですかー!」
「姫様、外にも兵士がいっぱい来てますよ」
「姫様、ドラゴンが紅都に近づいてるってご存じですか?」
「アーサー様がもうすぐご到着ですよ」
待って。
いっぺんに言われると頭が混乱しちゃう。
――迎賓館は、混沌としていた。
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