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2、協奏のキャストライト

126、よしよし、しめしめ

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 紅都ミスティカ。
 
 その日、ノーブルクレスト騎士団第二師団は不良な魔宝石の回収会を行っていた。

 真っ白な天幕の魔宝石の確認所や交換所に、長い行列ができている。
 サイラスは愛馬ゴールドシッターにまたがり、天幕間を見回っていた。従士ギネスを連れた女王の騎士の姿に、行列の民が憧憬どうけいの眼差しを向けている。
 
 魔宝石の確認所の近くを通りかかると、見覚えのある商会旗が揺れている。
 カントループ商会だ。
 
 解呪用の『種も仕掛けもございません!』という魔導具を納品したハルシオンは、「もっと手伝いますよ!」とぐいぐいと協力を申し出てきたのだ。
 元々開発していたという『ニセモノは許さん天秤』という魔導具を持ち込んで、石の確認所を陣取り、楽しそうにしている……。
 
「はぁい、お宅の魔宝石はニセモノ! 交換しましょう、そうしましょうっ」 
 いつもの仮面をつけてカントループ商会長を名乗るハルシオンは、飄々ひょうひょうとした様子で会場の空気を楽しんでいた。
 
 仮面をつけていてもわかる美しい貴公子っぷりに紅都のご婦人が頬を染めている。中には交換後にいそいそと新しく宝石を買って戻ってくるリピーターもいるほどだ。

「商会長さん、また会いにきてしまいましたわ。こちらの宝石も見てくださる?」
 しなを作るご婦人に、ハルシオンはにっこり。
「ルーンフォーク、見て差し上げなさい」
「はっ、商会長」
 緑髪に仮面姿のルーンフォークがご婦人に礼をすると、ご婦人は一瞬だけ残念そうな顔をした。
「あんっ、こちらのお兄さんもいいけど、商会長さんとお話ししたいのにぃ」
「申し訳ございません、奥様」
 汗を浮かべてペコペコと頭を下げるルーンフォークに、ご婦人は宝石を握らせた。
「いいのよ……お兄さんもよく見ると可愛くて、素敵じゃない。今度、わたくしの家で新商品のカタログを見せてくださる? 夫が留守の日を教えますわ」
「はっ、当商会の商品に興味を抱いてくださり、ありがとうございます!」

 あれ、ほっといたら奥様に食われていまうんじゃないだろうか。天幕の近くを通ったサイラスはそんな感想を胸に愛馬ゴールドシッターの首を撫でた。

「ふう……」
 貴重な時間が過ぎていく。
 せっかくフィロシュネー姫が紅都に滞在しているのに。帰国までの時間はできるだけ近くにいたいのに。
(いや……最初に回収会を第二師団が担当すると言っていたのは俺だ)

 もともとサイラスは功績を上げるつもりで竜害対応をしていた。魔宝石の回収会も担当するつもりだった。自分は新参で、元の身分が低い成り上がり者だ。
 だからこそ貪欲どんよくでなければ。誰にも文句が言えないくらい活躍して、国家に貢献して、認められよう。姫が誇れる自分であろう。
 そう思っていたのだ。
 
 けれど、フィロシュネー姫が石にされた事件が起きてからは……。
 
 従士ギネスが隣で理解者ぶっている。
「ノイエスタル卿はご機嫌ななめですか? 早く仕事を終えてお姫様に会いに行きたいんですよね、わかります。私も今日は恋人にプロポーズするつもりなんですよ。薔薇の花束を買っていこうと思うんですが」
「そうか。がんばれ」  

「薔薇を一本渡すたびに愛の言葉をひとつ言うのってどう思います?」
「なぜそんなことを?」
「ロマンチックじゃないですか?」
 
 ロマンチック。
 それは女王の寵姫たちからもよくいわれる言葉だった。
 
「しかしギネス。寵姫様は薔薇を渡すなら一本ではなく花園を贈れと仰っていたぞ」
「え、花園買ってくれるんですか?」
「なんでそうなる?」
「買ってやるからプレゼントしろよって言ってくれる流れかと」
「違う」

 ギネスの相手をしていると、師団の騎士が知らせてくる。
「カーリズ公爵がお越しです」
 会いに行くと、カーリズ公爵は可愛らしい子供を連れていた。確か子供はいないという話だったので、親類の子なのだろう。
「ノイエスタル卿のお馬さん! ぼく、しってる! ごーるどしったーっていうんだよ」
「ええ、ええ。ゴールドシッターですよ」
(この公爵、誰かに似てるんだよな)
 フットワークも軽くて、飄々としたところがあるし。サイラスはそう思いながら、子供の赤毛をゴールドシッターが舐めようとするのを抑え込んだ。
 
「こら、だめだ」
 たぶん高貴な血筋の子だ。馬が髪をべろべろに舐めてしまったりしたら、下手したら首が飛ぶ。

「お馬さん、かっこいいねえ!」  
「ははは、乗馬がお上手になられたら、かっこいいお馬さんをプレゼントいたしましょうかね」
「わあい! 名前をかんがえなきゃ。ぼく、すっごくすっごく、かわいがるよ!」
 
 カーリズ公爵と子供のやり取りを耳にしてゴールドシッターを撫でていると、サイラスは過去の自分とゴールドシッターを思い出した。
 
 子馬の頃に相棒としたゴールドシッターの毛はふわふわで、身体もできあがっていなくて筋肉が薄く、尻尾が短めだった。黒い瞳はまるで宝石のオニキスのように輝いていた。目が合って馬が自分という存在を親しく認識しているのだと伝わると、嬉しかった。
『お前の名前は、ゴールドシッターだ』
 ゴールドシッターと名付けられた小さな馬は、サイラスのそばで踊りながら喜びを示した。サイラスは馬の首を撫でながら、「可愛いやつだ、こいつが俺の相棒なのだ」と思ったのだった。

「ひひん」
「ん、どうした?」
 
 愛馬が何かを気にするように首をめぐらせる。
 興奮気味だろうか。首を上下に揺らして、なにかを訴えるようにする。
 
 なんだろう。
 
「……あ」
 周囲に意識を向けたサイラスは、無視できない現実に気付いた。
 フィロシュネー姫だ。

 青国のフィロシュネー姫が、大きな青い鳥に乗って空を飛んでいく。ただ飛んでいくだけではない。第一師団が武装して追いかけている?

「あれは何事だ? 優雅にお空の散歩を楽しむ、という雰囲気ではないようだが?」

 部下に確認させると、事態は複雑だった。
 
「はっ、あの青い鳥が悪しき呪術師です!」

 青い鳥は普段より大きなサイズだが、『密偵さん』だろう。なるほど、第一師団が追いかける理由はわかった。

「……フィロシュネー姫はなぜ悪しき呪術師に乗っておられる?」

 一緒になって追いかけられているのは、大丈夫なのだろうか? どういうお立場なのだろうか。
 
「わかりません!! あと、南方からフレイムドラゴンの群れが接近していて青国と空国の騎士団が防衛してくれているようなのです」

「それは一大事ではないか」
 のんびりと魔宝石を回収している場合ではない。
 というか、姫は南に飛んで行った気がするのだが? なぜ危険な場所に向かうんです? 多分わかった上で向かっていらっしゃるのですよね?

「ギネス、回収会は中止だ。第二師団の第一第二中隊は紅都の防衛を固めるように」
「はっ」
「第三中隊はここまでの時間で回収した石を解呪魔導具と一緒に例の山に向けて運び、元に戻すように」

 組織に身を置く騎士には、責任がある。地位が高ければ高いほど私情だけで動くわけにはいかなくなってくる。個人ではなく、組織人であり公人なのだ。
 だが。

「ギネス、あとはわかるな」
「花園買ってくれるならわかります」

 サイラスは「まだか、まだか」と落ち着きなく待っていた愛馬を走らせた。
 
「俺は南へ行く。花園が欲しければ止めるな」
「やったぜ」
 
 人生は選択肢の連続だ。
 俺は使うはずのなかった金を使い、責任ある仕事をギネスに押し付けて姫を追う。

(南にはフレイムドラゴンがいるのだから、ついでに退治すればいい。騎士として紅都を守りにいったのだとも言い訳が立つじゃないか)
 こういうのを一石二鳥というのだな。よしよし、しめしめ。 
 
「ノイエスタルさん! ちょっとちょっと。わが姫が紅国の騎士に追いかけられていますよ、あれはどういうことなんでしょうかぁ?」

 ああ、不穏な声がする。
 いつの間にか白馬に乗ったハルシオンが並走している……。
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