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2、協奏のキャストライト

133、花園程度で懐が痛む男に妹はやらぬぞ

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 空王が他国の預言者に膝をつく、という事態に、周囲が驚いている。

「預言者どの」
 アルブレヒトは、真摯な瞳でダーウッドに声をかけた。
「私の大切な宝石をお持ちだと、兄ハルシオンが教えてくださいました」
「っ!」
 ダーウッドがぎくりとした様子で息を呑んでいる。

(宝石?)
 フィロシュネーはその単語に引っ掛かった。
(何かを石に変えた?)
 たぶん、移ろいの術だ。何かやらかしたのだ。
  
「返してくださればよいのです。他には何も求めません」
「な、なんのことか……」
 ダーウッドはとぼけようとしている。フィロシュネーにはわかった。

「俺の友の宝石を持っているのか?」
 アーサーが首を突っ込んでいる。
「理由は知らぬが、アルブレヒト陛下は大切な友である。返すがよい」
 有無を言わせぬ口調の言葉には、威厳があった。
「王命である。預言者は従うように」
「は……」
 ダーウッドはとても渋々とした様子で宝石を出した。
 フローライトによく似た、清楚な印象の魔宝石だった。
 
「ありがとうございます、預言者どの。私のかけがえのない宝なのです」
 アルブレヒトは大切そうにそれを受け取り、ホッとした様子で微笑んだ。
 
「ふうむ。全くわからぬが、まあいいだろう。謝る必要はないのだな、アルブレヒト陛下」
「ええ、我が友アーサー陛下」
「ならばよしっ」
 アーサーは友と預言者を見比べて、ニカッと笑った。
「この話はおしまいだ!」
 
 どちらかといえば預言者が悪いことをやらかしたように思える構図。
 だが、アーサーは話を終わらせた。そして、フィロシュネーとダーウッドに浄化と治癒の魔法を使ってくれた。

「あれか。カラスは光モノを集めるというがそんな習性でもあるのか」
 アーサーは独り言のように変なことを言っている。
(この独り言はわたくしが相槌を打つべきなのかしら?)
 フィロシュネーは迷った。
「お兄様、カラスがいかがなさいましたの?」
「カラスと一緒にしてはいけないな、ふむ……なんでもないぞ、シュネー」

 アーサーは話を変えた。
 
「紅国の女王陛下にはご挨拶をするが、その後はどうしようか。音楽祭の期間中、滞在する予定であったがさっさと帰国しようか? シュネーはどうしたい?」
 
「わたくし、ミニハープを練習したの。セリーナやオリヴィアも楽器を練習したのよ。せっかくだから、音楽祭が開催できそうなら練習の成果を発揮したいですわ」
 
「そうか。なら、シュネーたちの演奏を鑑賞してから帰ろうかな。兄さん、楽しみだな」

 アーサーはフィロシュネーを子猫のように撫でてから、自分の馬に乗せた。

「近寄る隙がありませんでしたねえ、ノイエスタルさん」
 
 ハルシオンがサイラスに話しかける声が遠い。
「さっきみたいな時にサッと移ろいの術を使って助け舟を出せば格好良いのに、私にはできないんだな……」

(ハルシオン様は何を仰っているのかしら?)
 ちょっと元気がないみたい?


 * * *


 夕焼けの光が山々を包み込む絶景を背に、フィロシュネーたち一行は、紅都へと移動した。
 ミストドラゴンたちは友好的な気配で、しばらく一行の後ろや頭上の空をついてきた。
 どうやら見送ってくれるようだった。

「くるるう♪」
 子ドラゴンが愛くるしく鳴いて、フィロシュネーとアーサーが乗った馬のまわりを飛翔する。
「美味そうだな」
「お、お兄様!?」
「冗談だ」
 アーサーは爽やかな笑顔を浮かべた。真意はわからない――
 

 紅都に向かう途中で、ノーブルクレスト騎士団第二師団が合流した。
 騎士団の馬がからの荷台を引いている。ギネスが指揮棒を振って、「花園! 花園!」と謎の号令をかけていた。
  
「花園ってなにかしら」
 兄アーサーの馬に乗るフィロシュネーが呟くと、サイラスが近づいてくる。 
「回収した石を解呪して、仲間のもとに戻したのです」
「サイラス、それは花園の答えにはなっていないですわね」
「……それに関連して、俺が金を無駄遣いしたという話です」
 
 いまいちお話がわからない。
 けれど、お金を使ってしまったのが残念らしい。そんな気配を感じてフィロシュネーは言葉を選んだ。 
 
「無駄遣いしてしまったのは、もったいなかったですわね?」
 やり取りを聞いていた兄アーサーが言葉を挟む。
「花園程度でふところが痛む男に妹はやらぬぞ」
「……精進します」
 
 サイラスはとぼとぼとした様子で離れて行った。
 その隣に当然のような温度感でハルシオンが馬を並べて「今のは印象を下げてしまいましたねぇ」と茶化している。

(あら、ハルシオン様。元気になられてる……)
 さっきは元気がなさそうだったのに。フィロシュネーはちょっと安心した。 

「ハルシオン殿下より下回ることはありませんから」
「おやおや。わかりませんよ」
「殿下が裸の外交官を縛り上げた話は紅国にも伝わっていますから」
「美談では? 悪人を捕らえたのですよ」
「奇行として伝わっています」

 サイラスとハルシオンは馬を並べて延々と言葉を投げ合っている。

(……あのお二人、仲が良いのね)
 フィロシュネーはなんとなく微笑ましいものを感じて、和んだ。

 紅都は、第二師団を中心とした現地の騎士団により厳戒態勢が敷かれていた。
 
 ドラゴンが襲来するかもしれない、というただならぬ緊張感が支配する現場に「もう大丈夫だ」という知らせがもたらされると、あちらこちらから一斉に喜びの声が湧き上がった。

「大事にならなくて、よかったですわ」
 フィロシュネーはふわふわと微笑んだ。疲労が全身を包んでいて、眠いようなだるいようなぼんやりとした体調だ。
 そんな妹を気遣わしげに見て、アーサーは優しくささやいた。
「シュネーも疲れただろう、面倒なことは兄さんに任せて、今日はひとまず迎賓館で休むといい」
 
 迎賓館『ローズウッド・マナー』の寝室へは、アーサーが抱っこして運んでくれた。

「アーサー陛下のお部屋も準備ができておりますゆえ」
「うむ」
 迎賓館の接待係、役職名は『執事』というらしき渋いおじさまがアーサーに最上級の礼を尽くしている。

 寝室の天蓋付きベッドにフィロシュネーを寝かせて、アーサーは名残惜しそうにひたいにキスをしてくれた。
 
「おやすみ、シュネー。夢の中でも兄さんが守るから、安心してゆっくり眠るんだぞ」
「おやすみなさい、お兄様。お兄様がいてくださるから、わたくしは何も怖くありませんわ」
「シュネーの傍にはいつも神たる俺の加護がある。この世の何事も、お前が恐れる必要はないとも」

 アーサーはそう言って、部屋の入り口で空気のように控えていたダーウッドに複雑そうな視線を向けた。

「お前はそこで何をしているのか」
 なにを当然のように王妹の寝室にいるのか、という声に、フィロシュネーは焦った。

「あ、わたくし、お兄様がいない間さびしくて……それで……」 
「シュネーはおやすみ」

 くるっと振り返り、アーサーは蕩けそうな甘ったるい笑顔と声をフィロシュネーに捧げた。
 そして、ダーウッドを引っ張るようにして部屋を出た。執事のおじさまに問いかける声が聞こえる。
 
「お前も部屋に戻って休むといい。なに? 預言者の部屋がない? なぜだ? ……滞在していると知らなかった? ふむ。そういえば、それはそうだ! 俺たちは今到着したのだからな、滞在していないのだから部屋がないわけだ。当然であるッ、よし俺は理解したぞッ、今夜は俺の部屋で寝るように」
 
「なぜそうなるのです」 

(ああ、お兄様。めちゃくちゃ……)
 
 しかし、兄アーサーは「俺は神なので正しいッ!」という強烈な権力者オーラを醸し出して強引に問題を解決している。すごい。
 
 兄たちの声が遠くなっていく。

 ひとりの寝台に静寂が訪れるのを少しだけ寂しく思いながら、フィロシュネーは眠りに就いたのだった。
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