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3、変革のシトリン
158、預言者は海が怖い/育てアルダーマール
しおりを挟む魔法植物園は、元々暗黒郷にあった植物と外国にしかない珍しい植物が植えられている。
「紅国、……特にエル……エルフの森の植物を植えてみましたの」
「種族名を正しく記憶なさって素晴らしいですね。やはり誤った名で呼ぶのは失礼に思われる恐れもありますから」
「そう思っていたなら、わたくしが間違ったときにその場で仰い」
「申しておりましたよ」
緑色の葉が左右で揺れている。
太陽の光を反射して、葉の縁が輝くように明るい色彩を見せているのが綺麗だ。
青を基調とした石材のガーデンアーチをくぐりながら、フィロシュネーは兄の言葉を思い出した。兄アーサーは「紅国にフィロシュネーが嫁ぐのではなく青国にサイラスを迎える」と言ったのだ。
(でも、サイラスは青国が嫌いなのよ。紅国に居場所があるのよ)
「郊外では魔法生物も飼っていますのよ。数は少ないけど、ミストドラゴンもいますの」
「よくミストドラゴンをお持ち帰りできましたね」
サイラスは少し不思議そうにしている。
「我こそは、という騎士たちが音楽を奏でてミストドラゴンとお友達になったのですわ」
楽器を奏でる特技がある者は、ミストドラゴンと意思疎通しやすい。
剣だけを取り柄としていた騎士の中には、ミストドラゴンと交感して相棒にする同僚騎士たちを見て悔しがり、楽器を練習する者が増えているのだとか。
フィロシュネーがそう教えると、サイラスは首をひねった。
「それは良いことなのでしょうか?」
「騎士たちの教養が深まるのは良いことじゃなくて? わたくしは、楽器を演奏するのは良いことだと思いますわ」
自信はないが、フィロシュネーはそう締めくくった。そして、近くに生えているハート型の葉っぱを撫でた。
「この魔法植物はセイセリジといって、煎じると心身をリラックスさせるお薬になりますの。わたくし、魔法薬作りに挑戦したいと思っていますの。今度作るところを見せてあげます」
空国に招待されて、明日には出発する予定がある。
だから、『今度』は帰ってからになるだろう――そう考えながら呟くと、サイラスは「楽しみが増えましたね」と言ってくれた。
「姫は本当に多趣味でいらっしゃる。魔法薬作りはフレイムドラゴンを釣るより安全でよいご趣味ですね」
「わたくしは別に趣味でフレイムドラゴンを釣ったわけではありませんけど……?」
「海に行かれた姫が人魚と沈んでいかないか俺は心配しています」
聞き慣れない単語に、フィロシュネーは眉を寄せた。
「人魚?」
「おっと……姫の本棚にあるご本には人魚も出てこないのでしたね」
サイラスが残念な事実を思い出したような顔で教えてくれる。
海には人魚という亜人もいるのだ、と。
「色々いるのね」
「色々いるのです」
「わたくし、海に行くのがますます楽しみになりましたわ」
「好奇心旺盛でいらっしゃる……ご参考までに、あの立ち入り禁止の札の向こうには何があるのですか」
サイラスが示した札付きエリアは、軽率な立ち入りを禁じる特別な場所だ。
「ダーウッドと一緒にアルダーマールの種を植えて育てていますの。ちょっと特殊な植物で、不思議な育て方をしていて……」
説明するフィロシュネーの耳に、兄アーサーの声が届いた。
「はあ? 海には行かないで留守番をするだと? 何を言っているのだ。お前も連れて行くとアルブレヒト陛下に返答済なのだぞ」
「ですからな、預言でございます。海に行くと良からぬことが起きるのでございますぞ。預言なのですぞ」
(あら、ダーウッド)
ダーウッドはアーサーにふるふると首を振っていた。
「海は危険です、アーサー陛下も海上パーティにいってはなりませんぞ」
「そうは言うが、お前、預言したではないか。月隠にオシクレメ山の時計が道を開くと」
「その預言と今回の預言は別ですぞ」
「正直、お前の預言、……たまに嘘……こほん……」
フィロシュネーとサイラスは視線を交差させ、肩をすくめた。
「あれはたぶん、海が怖いのね。お風呂も苦手なのよ」
「密偵さんは長生きしている割にあまり老獪な感じがしませんね」
札付きエリアに入ると、フィロシュネーはアルダーマールの芽をサイラスに見せた。
「魔力を注いで育てるの。ダーウッドは、綺麗な果実が実ると言ってましたわ」
「ほう。注いでみますか」
緑の若芽の前にしゃがみこみ、サイラスが手のひらをかざして魔力を注ぐ。すると若芽は魔力を歓ぶように色艶を鮮やかにして、にょきっと葉っぱを増やした。
「どのような果実が実るか楽しみですね。食えるのでしょうか」
「ダーウッドはお兄様に食べさせてあげるかもって言ってましたわね。つまり、食べられる果実で間違いないわ」
「俺にも分けていただけるよう伝えておいてください」
フィロシュネーは「いいわよ」と頷き、一緒になってアルダーマールの若芽に魔力を注いだ。
* * *
後日、フィロシュネーは空国勢に招待された海上パーティへと出かけた。
場所は多島海――土地が沈降し、海水が陸地に浸入した海岸付近には、たくさんの小さな島が散らばっている。
乗り込む船は大型の豪華客船で、名前が『ラクーン・プリンセス』という。
外装は白を基調としていて、青い海景色に爽やかに映える豪華客船だ。海の上に出ている階層が四層もある――建物風にいえば四階建てだ。
それぞれの階層には客室と共有スペースがあり、共有スペースはカジノやバー、オーシャンビューの展望浴場、食事会場、ダンスフロアといった施設が充実している。
客室は大きなバスタブにラグジュアリー・ベッド、プライベート・バルコニーも完備された、居心地の良い空間だ。
島と島の間をゆったりと漂いながら、海上の日々を楽しんだり、周辺の島を散策したり、同時に並行して遺跡調査もしよう、というのである。
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