悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
196 / 384
3、変革のシトリン

193、青王の婚約者選定5~それで本人だったら?/それで本人でなかったら?

しおりを挟む
 アーサーが部屋を訪ねると、ダーウッドは怠そうにしながら中に入れてくれた。
 
「王族の方々は、ひとを労わるように見せかけて絶妙なタイミングで休むのを邪魔なさいますね」
 
 と嘆くように言うダーウッドは、先入観を外して女性だと思ってみてみると、確かに少女だと思える。

 アーサーは冷静になろうと首を振り、視線を逸らした。

 見ればみるほどに、自分が考えてはいけないなにかに思い至ってしまいそうなのだ。

 たとえば、たとえば――まず第一に。

 あんなことやこんなことをしてしまったが、相手は異性だった?
(お、俺は……)
 頰が熱くなる。

 最低なのではないか。謝るべきか。これは謝るべきではないか。
  
「陛下。私は休みますが」
「ああ」
「なぜ床に座っておいでです」
「床に座りたい気分なんだ。そして頭も下げたい」
 
 頭を下げてみせると、「はあ」と変な夢でも見ているような顔でダーウッドが自分を見ている。

 言葉だ。言葉も付け足さねば、動作だけでは伝わらぬ。

「俺が悪かった」
 
「はあ……、まあ、よくわかりませんが。アーサー陛下ですからな……」
 
 ぽつりと言って首を振るの髪がふわりと揺れる。目の前で踊る白銀の輝きは、きれいだった。
 頬にかかった髪をほっそりとした指先でなおし、怠そうに吐息をつむぐ。仕草はやわらかくて、品があった。
 
 呼吸にあわせて上下する肩は細く、体は華奢だ。成長途中をおもわせる未熟で初々しい気配を漂わせている。

 身体が弱い。
 弱っている。
 ――そんな印象が大切ななにかを思い起こしそうになる。

 アーサーはくらりと眩暈めまいを覚えた。

 動悸がする。頭が重い。脳が警鐘を鳴らしている。

 まるで全身が現実現在をおそれて拒絶するように、現実を受け止めてはいけないというように、じんわりとした眠気のようなものが頭にもやをかける。
 
(あ、れ……?)
  
 壊れものめいた空気感、儚い存在感、息づかい、距離感――この室内で感受するそれら全てが、アーサーのこころの中にある透明で神聖な初恋の思い出の扉を「開けて」とノックするようだった。
 
閉じていた扉が勝手に開こうとして、あちらとこちらが繋がってしまいそうな、そんな感覚がある。

 それが、喜ばしいことのようでいて、恐ろしい。
 大変な現実に出会ってしまっている気がするのだ。
 
【気づいてはいけない】
 そんな危機感がある。
【しかし、俺はもう気付いているのでは】
 そんな思いがある。
 瞬時に「いいや、俺はわかっていない。まだ知らないフリをできる」と否定する自分がいる。
   
 それは宝物のような癒えぬ傷で、取り戻せないはずの過去で、大切で、制御することがむずかしい感情の源泉だ。
 唯一無二で、他のなにかが代わることはできないのだ。
 
 色褪せることなく、変わらぬ想い。覆らぬ過去。
 そんな傷を、感傷を、アーサーは今までひっそりと抱きしめて生きてきて、これからも大事に抱いていくつもりだったのだが?

「アーサー陛下。酔っていらっしゃいますか? 眠たいのなら、お部屋でお休みください。もう申し上げないと伝わらぬと思うので申しますが、私も休みたいのですぞ」
 
 ずっと年下の子どもをあやすように言う。その言いように、アーサーは不思議なほど安堵した。

「あ……――そうだな」

 アーサーは目を逸らした。自分が現実から意識をそむけたのだという自覚を持って、背を向けた。
 
「おやすみ。俺の預言者ダーウッド。お前はもう少し体力をつけるといい。そうだ。国に帰ったら俺が鍛えてやってもいいぞ。お前が走ったり槍を振るところを想像するとおもしろい」
 
「おやすみなさいませ、アーサー陛下。くだらぬ戯言はきかなかったことにしておきましょうな」
「お前は、……人間なのだから、鍛えれば筋肉がつくだろう、な」 

 このダーウッドは、人間だ。自分は今、そう感じたのだ。
 
「鳥類扱いはやめてくださるようで、なにより。風邪を引いた甲斐がありますな」 

 笑う気配。
 人間扱いは嬉しかったようだ。それに、声も先ほどまでより元気じゃないか――ほっと振り返ったアーサーは、寝台に身を起こして軽く首をかしげるの姿にぎくりとした。
 
 ゆるくウェーブを描く白銀の髪をした少女は、初恋の少女とあまりに似すぎている。アーサーは同時にふたつの思いに苛まれた。

 
【俺は、こいつを見てなぜ、別人だと思うのか?】
【俺は、こいつを見て本人だと思ってはいけない】
 
 
 自分を見つめる移り気な空の青チェンジリング・ブルーは親愛と好意をみせている。
 失ったなにかがそこにある――そんな感覚が鋭く襲い掛かって来て、胸を抉る。

「……っ」
 
 静かな存在感。
 この空気が、やわらかな部分に切り込んできて、こころをぐしゃぐしゃにかき乱すのだ。
 ……理性を捨てて情動のまま抱きしめて、名前を呼んでみたくなるのだ。

 
【けれど、それで本人だったら?】
【けれど、それで本人でなかったら?】
 

 二つの思いがぐるぐると全身に絡みつくようで、アーサーは浅く呼吸を繰り返した。

 恐れている。
 自分は、こわいのだ。
 強がっているが、自分という男は弱いやつなのだ。
 
 何度か脳内でシミュレーションしてから、アーサーは優しく微笑んだ。王様らしくあろうと練習した、上等な作り笑顔だ。

「俺はちゃんと反省したから、明日からはお前に優しくする。誓うぞ。……安心していい」

 ……優しくしよう。優しい俺に喜べ。
 そう、あのときも思ったのだ。
 
「突然変わられても気持ちが悪いので、別に今まで通りで構いません」

 心底気味悪がっているように言葉が返ってくる。

 会話を拒絶して逃げるように寝具にくるまる少女を見て、アーサーは懐かしい感覚をまた覚えた。

 こいつは、逃げるやつなのだ――そして自分は。
 
 あのとき、未熟で好奇心旺盛な少年であったアーサーは彼女を追いかけた。
 
 けれど、彼女は追いかけて欲しくなかったのだ。そこで追いかけたから、困らせた……。

 過去と現実をどうしようもなく繋げてしまう自分をもてあましながら、アーサーは部屋を出た。
 
 
 * * *

 
「フィロシュネー姫様は、学友を応援してくださると思っていたのです。ですが、そうではないご様子ですね」
 
 カタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢は、部屋を訪ねたフィロシュネーにそう言って微笑んだ。

 カタリーナは王族の瞳ではないが、綺麗な冬空のような青い瞳をしている。

 学友のひとりではあるが、フィロシュネーはカタリーナのことをあまり知らない。
 
「お怪我はすっかりよくなったみたいで、安心しましたわ」
 当たり障りない言葉をかけると、カタリーナはサイラスを見て「素早く海に飛び込んで助けていただいたおかげです」と頭を下げた。 
 そして、いたずらっこのように言葉を付け足した。
 
「ほんとうは、青王陛下に助けていただきたかったのですけどね」

 小鳥のように高く可愛らしい声で笑うカタリーナは、本を一冊取り出してみせた。『シークレットオブプリンセス』という流行の恋愛物語だ。そういえば彼女は『当て馬を幸せにする会』のメンバーだ。

「アランとベリルでいうと、私とモンテローザ公爵令嬢はどちらがアランでしょうか」
 
 カタリーナは解釈の余地のある発言を連続させている。
 捉えどころのない笑みをたたえていて、真意をあいまいにしている。
 
 高位貴族らしい、愛らしくてきれいで優雅で、嘘つきなお姫さま――フィロシュネーはそう思いながら、カタリーナに笑顔を向けた。

 ――わたくしも、きれいで可愛いお姫さまを演じるのは、得意なの。
 
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

【完結】完全無欠の悪女様~悪役ムーブでわがまま人生謳歌します~

藍上イオタ
恋愛
「完全無欠の悪女、デステージョに転生してる!?」  家族に搾取され過労で死んだ私が目を覚ますと、WEB漫画世界に転生していた。 「悪女上等よ! 悪の力で、バッドエンドを全力回避!」  前世と違い、地位もお金もあり美しい公爵令嬢となった私は、その力で大好きなヒロインをハッピーエンドに導きつつ、自分のバッドエンドを回避することを誓う。  婚約破棄を回避するためヒーローとの婚約を回避しつつ、断罪にそなえ富を蓄えようと企むデステージョだが……。  不仲だったはずの兄の様子がおかしくない?  ヒロインの様子もおかしくない?  敵の魔導師が従者になった!?  自称『完全無欠の悪女』がバッドエンドを回避して、ヒロインを幸せに導くことはできるのか――。 「小説化になろう」「カクヨム」でも連載しています。 完結まで毎日更新予定です。

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...