悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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3、変革のシトリン

192、青王の婚約者選定4~だって、ダーウッドは女性ですものね?

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 王族には責任がある。高貴な義務がある。そして権力がある。
 
(子どもがつくれないから、なんです。世継ぎの用意くらい、いくらでも対応できますわ)
  
「サイラス。残念なお知らせをしてあげます。わたくし、悪い王族なの」
 
 預言者の杖を手にフィロシュネーが言えば、サイラスは「では俺は悪い王族に尽くす悪い臣下でしょうか」と生真面目な顔で返事をする。口元が微妙にゆるゆると緩んでいるので、真面目を装いつつ楽しんでいる――
 
「あなたはわたくしと対等な婚約者でしょう」
 フィロシュネーは確信を持ってその言葉を告げた。

 この言葉をずっと言うべきだったのだ、とおもいながら長身のサイラスを見上げるようにすれば、サイラスは愛の女神アム・ラァレの聖印をちゃらりと揺らして見せた。
 
「婚約者であり、悪い臣下なのですよ。愛の女神は、男は恋人の下僕であると説いております」

 冗談めかして返してくれる声は、上機嫌だ。愛の女神の教えは興味深い。
 
「女性優位な神様ね。わたくし、不思議です。殿方って、女性優位な考え方がいやだと思わないのかしら」
「人それぞれではありませんかね。俺が上の立場だ、女は召使いのようであれ、と奉仕されたがる男もいれば、愛する女性に尽くす快感を知って召使いのように奉仕したがる者も多いのです」
 
「それで、あなたは奉仕したがる方というわけね」
 
 フィロシュネーはそのとき、サイラスの故郷の村を思い出した。彼の気質は生い立ちに由来するものなのだと思い出すと、胸のあたりがじんとして、つらくなった。
 
 神鳥の奇跡で見た、少年だったサイラスを思い出す。

『おれは、弱い連中が食べ物を食べてると嬉しくなっちまう奴隷根性がそだってるんだ。こういうのは、マゾというらしいぜ。おまえらは、どうだ』

 あの村の古めかしい風車は郷愁を誘う風情でまわっていて、死霊になった子どもたちがいた洞窟は、過去に起きた悲劇はどうにもならないのだとその暗さで教えるようだった。
 
 ――わたくし、あなたを「よしよし」ってしてあげたくなるときがあるの。

 ――これって、上から見下していることになるのかしら? わたくしのこの感情は、失礼にあたるものかしら?

 フィロシュネーは何度かおぼえたことのある疑問を飲みこみ、微笑んだ。
 
「よしよし、しめしめ。婚約者であり悪い臣下さんは、カタリーナ嬢にお部屋を訪れたいと知らせてくださる? わたくし、お兄様のお部屋に参りますから」 
「了解いたしましたよ、よしよし、しめしめ」
 サイラスは機嫌よく言った。
 
 フィロシュネーは預言者の杖を手に、兄の部屋を守る警備兵に来訪を告げた。通常は兄からの「入ってよい」という返事があるまで待つのだが、フィロシュネーは返事を待たずに自分の手で扉を開けた。
 
「お兄様、わたくしはお兄様がしなければならないことを知っていますの。なんだと思われまして?」 
「シュネー? どうしたんだ」

 兄は手紙を書いているようだった。宛名の部分にカタリーナの名が見えて、フィロシュネーはどきどきした。

「お兄様、シュネーは遺憾いかんの意を表明しなくてはなりません。可愛いダーウッドは海が怖いの。それなのに、海の中に連れて行ったのでしょう」

 わざと「わたくしの」と強調するように言えば、兄は思ったとおり、食いついた。
 
「シュネー。兄さん、否定しないといけないな。預言者はシュネーのものではない」

 フィロシュネーはにんまりとした。

「あらお兄様! シュネーはダーウッドととっても仲良しよ。わたくし、紅国に滞在しているときは抱き枕みたいに抱っこして寝ていましたの」

 自慢するように言って、フィロシュネーは兄に近づいた。

 さりげなく視線を落とすと、書きかけの手紙が見える。競売に一緒に行かないか、と誘う文言が並んでいる――
 
「シュネー。すでにしてしまったことは仕方ないが、寝所に臣下を引っ張り込んではいけない。いくら預言者に性別がないと言っても、兄さんはよくないと思っていた」

「えっ」
 フィロシュネーはまじまじとアーサーを見つめた。兄は、とても真剣な表情だった。

「兄さんも人のことは言えないところがあるので、あまり言いたくはないが、兄だから言おう。よろしくない、と」
 
 兄には正義感や使命感みたいなものがある――フィロシュネーには、そう感じられた。
 しかも、それもおそらく私情と混ざっていて、本人は無自覚だ。
 
「シュネー、王族とはつねに人目を意識せねばならぬものであり、臣下は王族に逆らいにくいものである。ゆえに王族には自分自身の確かな倫理観と道徳感念で自身を律する能力が何より求められ……」
 
 兄は、自分が教える側だと思っている。
 フィロシュネーはそれを感じつつ、立場をひっくり返した。
 
「お兄様? 性別がないって、なあに。シュネーの聞き間違いかしら……だって、ダーウッドは女性ですものね?」

「んっ?」
 アーサーの瞳が大きく見開かれ、移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳が色合いを変える。
 
(あ~~、お兄様ぁ……っ?)

 兄はそんなことも知らない?
 ……もしくは、どこかで「そうではないか」と思いつつ、否定していた?
 フィロシュネーは兄の表情を読みながら、わざと明るく笑った。

「うふふ、わたくしが聞き間違えたのですわね? まさかお兄様が『子どもが産めない未成熟者は女ではない』などという悪意的な説の信奉者だったりはしませんわよね~っ」
「……」

 アーサーはぽかんとした顔をしている。これはきっと、理解が追い付いていないのだ。
 ……もしくは、脳が理解を拒否している?

「……『ニュエ』ですし……お兄様、大丈夫ですか?」
「……」

 フィロシュネーは兄の瞳の色が複雑に変化するのを鑑賞しながら、預言者の瞳を思った。

 預言者は王族生まれ、もしくは王族との婚姻で王族の特徴が濃く出たモンテローザ家の生まれだと思っていたけれど、ブラックタロン家の出自なのだ。ブラックタロン家に王族の血は混ざっているだろうが、王族の目を持つ者が生まれやすいという話は聞いていない。
 髪色も緑髪が特徴だ。そうなると、王族の特徴が自然に出たものなのか、あとから改造することで変化させたのかも、よくわからなくなってくる。

(詐欺師と自称したくなるのもわかるわね。まったく、恐れ入りますわぁ……ほんとうに、なにからなにまで、ぜんぶ嘘なのですもの) 

「お兄様、ダーウッドは誰かさんのせいで風邪を引いてしまいましたの。かわいそうに」

 フィロシュネーが杖を元気よく振って扉を指すと、アーサーは無言で視線を移した。
 
「それで――全知全能の青王陛下のお兄様は、もちろん、自国の預言者の事情をわたくしよりもくわしくご存じですわよね? いつも『俺の預言者』とアピールなさっていますものね」
 
 挑発的に言ってみれば、アーサーはビクッと肩を揺らした。
「と……当然だ。兄さんは、し……知ってた。とても、くわしい」
 
(ふうん。ふーん)
 フィロシュネーは半眼になった。

「身体的に未成熟なか弱い子は、もっと優しくしてあげないといけないと思います。お互い未婚の異性なのですから、権力にものを言わせて同衾を命じたりお風呂に入ったりするのも、いけませんわ」
「!!」

 アーサーの顔が赤くなる。

「わたくし、お兄様を見習って申し上げますわね。すでにしてしまったことは仕方ないですが、いくら好きな子を構いたいからと言っても、わたくしはよくないと思いました!」
「な……っ!」
  
 狼狽えている兄は、ちょっと可愛いかもしれない。 
 フィロシュネーは預言でもするように杖を振り、兄をけしかけた。
 
「お見舞いに行ってはいかが。お兄様には、風邪をひかせた責任があるのですわ。お見舞いに行くべきだと思うのです。お見舞いに行くのです。ゴー!」
 
 預言者の部屋に向かうアーサーを見届け、フィロシュネーはサイラスと合流した。

「姫。カタリーナ嬢から『ご訪問をお待ちしています』と伝言されましたよ」
「ありがとう。では、参りましょうか」

 好奇心を忍ばせた瞳が二人分、ちらりと後ろを振り返る。

「俺だったら、姫が男装していようが全身着ぐるみだろうが、気づきますよ」
 サイラスがつぶやく声は、呆れた気配を伴っていた。

「着ぐるみって、なあに」
 紅国には変なものがたくさんある。フィロシュネーは新鮮な気持ちで彼を見上げた。

「サイラスはわたくしが知らないことをたくさんご存じね。わたくし、いつもわくわくするの」

 いつも保護者めいた温度感を浮かべがちな大人の瞳が、自分を見下ろしてくる。

 星を飲みつくした真っ暗な夜空みたいな瞳に好ましい感情が揺らぐのが見えて、フィロシュネーは心地よいと思った。
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