249 / 384
4、奪還のベリル
246、竜騎士の肩書き欲しさに、騎士たちは剣を捨て、ドラゴンに気に入られる方法ばかり気にするようになったのです。
しおりを挟む
「正義を執行します。……具体的な罰は、後日お伝えしますわ」
フィロシュネーはその場をそう締めくくり、後日、臣下たちとの会議で議題を提示した。
* * *
紅国の『太陽神の法廷』と呼ばれる裁判所に似た雰囲気の会議室は、アーサーが「あの雰囲気は俺好みであった」と語ったのを聞いた臣下がもともとあった会議室をサプライズで改装して喜ばせたという逸話付き。
北側の席にフィロシュネーが座り、隣に預言者ダーウッドが杖を手に控える。
左、中央、右の三つのまとまりに外交、軍事、内政の三部門に分かれた臣下が並んで座る。内政の席には、ヘンリー・グレイ男爵の姿もあった。ヘンリー・グレイ男爵は論文を発表することがあるものの、病弱で引き篭もりがちの人物なので、珍しい。
ヘンリー・グレイ男爵は、フィロシュネーが名乗り上げる以前は『アーサーの後を継ぐ王位継承者候補』として注目もされていた人物だ。
他にもいた王位継承者候補はどうしているかというと、 王都暮らしのエドワード・ウィンスロー男爵は『新王を案ずる会』が本人の意思関係なく毎日朝から深夜まで賑わうようになり、困っているのだとか。
地方暮らしのレオン・ウィンザム侯爵は「太陽だの神師だの、世の中はよくわからぬが、なるようになる。自分の力が及ばぬ超常の出来事より、私は自分の領地を第一に考えたい」と言って王都を離れたのだとか。
(ひとまず、王位を巡っての内乱は警戒度を低くしても平気そうかしら)
フィロシュネーはそう判断して、ヘルマン・アインベルグ公爵に視線を向けた。
「最近の騎士団は問題があるご様子ですわね。アインベルグ侯爵、先日の竜騎士の処罰はどうしましょうか? ご意見を伺いたいのですわ」
「はっ」
ヘルマン・アインベルグ公爵は、先日の竜騎士だけではない、ドラゴンを獲得した騎士の問題行動とその原因についてを意見した。
「ドラゴンという相棒を獲得し、竜騎士の肩書きを手に入れる。騎士の中でも一部の者しか成し遂げられないその成果は、素晴らしい成功体験です。それを達成する人物が優秀で貴重な人材なのは、間違いありません。しかし、多くの騎士は万能感や優越感を強烈に与えられて、人格面で堕落してしまうのです。竜騎士の肩書き欲しさに、騎士たちは剣を捨て、ドラゴンに気に入られる方法ばかり気にするようになったのです。成功者への嫉妬を募らせて、自分がうまくいかないことに不満足感を高めてしまうようになりました」
残念そうな声に、ヘンリー・グレイ男爵が嘆く。
「もはや騎士とは民や国家のために剣を捧げる公僕にあらず。竜騎士の肩書きほしさだけで、ドラゴンに気に入られて承認欲求を満たすために楽器を奏でる餓鬼である」
意外とはっきりとものを言う男だ。
ヘンリー・グレイ男爵は、悲しげな声をだんだんと大きくした。発言が許されている、というのを感じて、気が大きくなったのかもしれない。
「よろしいですか、世の中にはギバー、テイカーという言葉がございます。他者に与える者、組織に良好な働きかけや影響を及ぼす人材。そして、他者から与えられようとするだけで自分は与えない者。組織の上にのぼるため、他者を蹴落とし、踏み台にし、ふんぞり返ってただただ自分が気持ちよくなろうとする者……以前、騎士とは前者でありました。しかし、現在は後者になってしまったのです」
フィロシュネーはその弁を好ましく思ったが、預言者ダーウッドはその発言をぴしゃりと窘めた。
「ならば、ヘンリー・グレイ男爵は、会議の作法を知らぬ無知な子どもといえましょうか。陛下の御前でありますぞ。なぜ無断で長々と声を響かせるのですか?」
ヘンリー・グレイ男爵がびくりと全身を震わせて、手で口をおさえる。
ダーウッドはそれを見て、子どもに言い聞かせるように柔らかな声で言葉を続けた。
「発言なさるときは、挙手をなさい。許しを得てからお話なさい。なにより、そなたが餓鬼と呼んだ方々は、我が国の騎士です。現在は道を誤っている者もいるかもしれませぬが、体を張り命を賭して国民に尽くしてきた勇士たちであり、我が国の大切な一員なのです。他者への敬意は、忘れぬように」
「失礼いたしました」
ヘンリー・グレイ男爵の素直な謝罪に、ダーウッドはこくりと頷いた。
「問題を解決するために話し合うのです。問題を嘆くのは結構ですが、嘆くだけではなく解決のための方法も考えてまいりましょう」
ソラベル・モンテローザ公爵は挙手をしてから落ち着いた声で真面目くさって言い、ひとことを付け足した。
「陛下の御前ではありますが、幸い我らが神師姫陛下は寛大なお方。私が『そういえば妻が懐妊したのですよ』と嬉しい知らせをポロリとまぜても許してくださるので、ありがたいことですね」
フィロシュネーはソラベル・モンテローザ公爵の真面目な顔をまじまじと見つめた。
「モンテローザ公爵は、懐妊の報告を何度なされば気が済むの? わたくし、お会いするたびに聞かされるのはさすがにうんざりするかもしれませんわ」
会議室に笑いがこぼれる。
これは、場の空気をやわらげようとして冗談を言ったのだ。
フィロシュネーはそう解釈したが、モンテローザ公爵は本気か冗談かわからない表情で「嬉しい報告は、何度でもいたしたいものですからね」と主張したのだった。
フィロシュネーはその場をそう締めくくり、後日、臣下たちとの会議で議題を提示した。
* * *
紅国の『太陽神の法廷』と呼ばれる裁判所に似た雰囲気の会議室は、アーサーが「あの雰囲気は俺好みであった」と語ったのを聞いた臣下がもともとあった会議室をサプライズで改装して喜ばせたという逸話付き。
北側の席にフィロシュネーが座り、隣に預言者ダーウッドが杖を手に控える。
左、中央、右の三つのまとまりに外交、軍事、内政の三部門に分かれた臣下が並んで座る。内政の席には、ヘンリー・グレイ男爵の姿もあった。ヘンリー・グレイ男爵は論文を発表することがあるものの、病弱で引き篭もりがちの人物なので、珍しい。
ヘンリー・グレイ男爵は、フィロシュネーが名乗り上げる以前は『アーサーの後を継ぐ王位継承者候補』として注目もされていた人物だ。
他にもいた王位継承者候補はどうしているかというと、 王都暮らしのエドワード・ウィンスロー男爵は『新王を案ずる会』が本人の意思関係なく毎日朝から深夜まで賑わうようになり、困っているのだとか。
地方暮らしのレオン・ウィンザム侯爵は「太陽だの神師だの、世の中はよくわからぬが、なるようになる。自分の力が及ばぬ超常の出来事より、私は自分の領地を第一に考えたい」と言って王都を離れたのだとか。
(ひとまず、王位を巡っての内乱は警戒度を低くしても平気そうかしら)
フィロシュネーはそう判断して、ヘルマン・アインベルグ公爵に視線を向けた。
「最近の騎士団は問題があるご様子ですわね。アインベルグ侯爵、先日の竜騎士の処罰はどうしましょうか? ご意見を伺いたいのですわ」
「はっ」
ヘルマン・アインベルグ公爵は、先日の竜騎士だけではない、ドラゴンを獲得した騎士の問題行動とその原因についてを意見した。
「ドラゴンという相棒を獲得し、竜騎士の肩書きを手に入れる。騎士の中でも一部の者しか成し遂げられないその成果は、素晴らしい成功体験です。それを達成する人物が優秀で貴重な人材なのは、間違いありません。しかし、多くの騎士は万能感や優越感を強烈に与えられて、人格面で堕落してしまうのです。竜騎士の肩書き欲しさに、騎士たちは剣を捨て、ドラゴンに気に入られる方法ばかり気にするようになったのです。成功者への嫉妬を募らせて、自分がうまくいかないことに不満足感を高めてしまうようになりました」
残念そうな声に、ヘンリー・グレイ男爵が嘆く。
「もはや騎士とは民や国家のために剣を捧げる公僕にあらず。竜騎士の肩書きほしさだけで、ドラゴンに気に入られて承認欲求を満たすために楽器を奏でる餓鬼である」
意外とはっきりとものを言う男だ。
ヘンリー・グレイ男爵は、悲しげな声をだんだんと大きくした。発言が許されている、というのを感じて、気が大きくなったのかもしれない。
「よろしいですか、世の中にはギバー、テイカーという言葉がございます。他者に与える者、組織に良好な働きかけや影響を及ぼす人材。そして、他者から与えられようとするだけで自分は与えない者。組織の上にのぼるため、他者を蹴落とし、踏み台にし、ふんぞり返ってただただ自分が気持ちよくなろうとする者……以前、騎士とは前者でありました。しかし、現在は後者になってしまったのです」
フィロシュネーはその弁を好ましく思ったが、預言者ダーウッドはその発言をぴしゃりと窘めた。
「ならば、ヘンリー・グレイ男爵は、会議の作法を知らぬ無知な子どもといえましょうか。陛下の御前でありますぞ。なぜ無断で長々と声を響かせるのですか?」
ヘンリー・グレイ男爵がびくりと全身を震わせて、手で口をおさえる。
ダーウッドはそれを見て、子どもに言い聞かせるように柔らかな声で言葉を続けた。
「発言なさるときは、挙手をなさい。許しを得てからお話なさい。なにより、そなたが餓鬼と呼んだ方々は、我が国の騎士です。現在は道を誤っている者もいるかもしれませぬが、体を張り命を賭して国民に尽くしてきた勇士たちであり、我が国の大切な一員なのです。他者への敬意は、忘れぬように」
「失礼いたしました」
ヘンリー・グレイ男爵の素直な謝罪に、ダーウッドはこくりと頷いた。
「問題を解決するために話し合うのです。問題を嘆くのは結構ですが、嘆くだけではなく解決のための方法も考えてまいりましょう」
ソラベル・モンテローザ公爵は挙手をしてから落ち着いた声で真面目くさって言い、ひとことを付け足した。
「陛下の御前ではありますが、幸い我らが神師姫陛下は寛大なお方。私が『そういえば妻が懐妊したのですよ』と嬉しい知らせをポロリとまぜても許してくださるので、ありがたいことですね」
フィロシュネーはソラベル・モンテローザ公爵の真面目な顔をまじまじと見つめた。
「モンテローザ公爵は、懐妊の報告を何度なされば気が済むの? わたくし、お会いするたびに聞かされるのはさすがにうんざりするかもしれませんわ」
会議室に笑いがこぼれる。
これは、場の空気をやわらげようとして冗談を言ったのだ。
フィロシュネーはそう解釈したが、モンテローザ公爵は本気か冗談かわからない表情で「嬉しい報告は、何度でもいたしたいものですからね」と主張したのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
284
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる