悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
262 / 384
4、奪還のベリル

259、本は好き? わたくしは、好き。/ウィンスロー男爵のご命令で、仕方なく!

しおりを挟む
 会議の日は、雨がしとしとと降っていた。

「隣の部屋で待っていてくださる? 二人でお話してみたいの」

 ――『男爵は、本は好き? わたくしは、好き』
 フィロシュネーは、決めセリフまで考えていた。必ず親しくなってやろうと意気込んでいた。
 
 フィロシュネーは護衛騎士や補佐官、預言者にそう伝えて、無人の会議室でひとりでヘンリー・グレイ男爵の到着を待った。
  
 ヘンリー・グレイ男爵には、開始時間を早く伝えていた。
 会議開始時間に余裕をもって到着したヘンリー・グレイ男爵は、会議室の扉から一歩、中へ進んで目を丸くした。青王がひとりだけの会議室、という状況に、驚いたようだった。

「ごきげんよう、ヘンリー・グレイ男爵。他の皆さまは、まだですの」

 フィロシュネーは会議室に入ってくるヘンリー・グレイ男爵を歓迎するように立ち上がった。立ち上がった拍子にさりげなく肘をテーブルの上に置いていた本にぶつけて、床に本を落としてみる。

「あら、失礼」
「陛下、ごきげんうるわしゅう。こほっ、……ああ、僕が拾いますよ」

 雨天で気温が低いせいだろうか。ヘンリー・グレイ男爵は咳をしながら本を拾ってくれた。

「ありがとう存じます、ヘンリー・グレイ男爵」
「いえ……」
 
 ヘンリー・グレイ男爵の目は、フィロシュネーではなく本に向けられている。

「このような本は、はじめて見ます」
  
(そうでしょう?)
「男爵は、本は好き? わたくしは、好き」 
 
 フィロシュネーは自信満々に本のタイトルに視線を向けた。
 
 『そのハッピーエンド、ちょっと待った! ~当て馬アランのやり直し』
 『もしも歴史上の人物があのとき別の決断を下していたら? ~空想短編集』
 『私が本当に好きなのは、あなたではありません』
 『地底人が存在する世界の仮想戦記』
 
「これらの本は、わたくしの学友団が書いた本です。もしよろしければ、中身をご覧になって?」
「フィロシュネー陛下のご学友団が? しかし、これは……この内容は」

 ヘンリー・グレイ男爵は次々と本のページをめくり、驚いている。
 それもそのはず。

「この本は、流行小説『シークレットオブプリンセス』の物語が完結した後、時間が過去に巻き戻るの。その世界ではアランだけが記憶を保持していて、アランは今度こそヒロインと結ばれます! こっちの本は、登場人物が運命の分かれ道で別の選択をして物語の結末が変わる『もしも』の話……」

 熱意たっぷりに説明すれば、ヘンリー・グレイ男爵は「面白い」と目を輝かせた。 

「しかし、陛下。これらの作品は原作者の許諾は得ているのですか? ……こほっ」
「いただきました」
「なるほど」

 ヘンリー・グレイ男爵は真剣な顔をした。

「物語とは、完成すればそこで終わりです。しかし、そこで終わりにしない……というのは、なかなかに夢があります。と、同時に、トラブルの原因にもなりそうな発想にも思えます」

 せっかく綺麗に終わっていたのに、その終わり方に泥をつけてしまったり、作品のイメージを低下させてしまったり、……と、ヘンリー・グレイ男爵は考えを語り始める。フィロシュネーは「その通りですわね」と同意した。

「素晴らしいですわ、ヘンリー・グレイ男爵。あなたとわたくしは、文学とエンターテインメントについての意見が合うのね」
「そのようで」

 ヘンリー・グレイ男爵が親しみのこもった眼で微笑む。そのタイミングで、隣の部屋に待たせていた臣下たちがやってきた。
 
「陛下、他の方々がお越しです」
「ええ、順番に通してちょうだい」
 
 ――会議が始まる。

「ヘンリー・グレイ男爵? 会議のあとでお時間があれば、少しお話したいのです。よろしいかしら」

 フィロシュネーは青王の席に座りながら、にっこりとおねだりした。
 ヘンリー・グレイ男爵は「喜んで」と快諾してくれた。

(よしよし、しめしめ。わたくしたちは、仲良くなれそうね!)
 フィロシュネーは手ごたえを感じて満足した。


 * * *
 

「わたくしはお兄様をお助けして譲位します。玉座にいるのは、そう長い期間ではありません。この商業神の聖印を使い、誓ってみせましょう」

 会議の最初に、フィロシュネーは誓約してみせた。
 
「噂に聞いたことがあります。紅国の神の奇跡とやら。……そして、紅国の神の加護までお持ちとは、さすが聖女にして神師であらせられるフィロシュネー陛下」
 
 エドワード・ウィンスロー男爵は大袈裟なほど感激した様子であった。その手には、葡萄がこんもりと詰まった籠があった。隣で従者が「私が持ちますのに」とか「男爵様、籠をこちらへ」とか小声で言って、慌てている。

「陛下。本日はお土産を持参しました。直接この手で陛下にお渡ししたいという熱い思いを胸に、雨の中この籠を大切に抱きしめてまいりました」

 まるで初恋をこじらせた少年のようにもじもじと言って、エドワード・ウィンスロー男爵は「どうしても! どうしてもです!」と請い願う。
 
「従者経由でお渡しするのではなく、私がこの手で渡したい!」

「ありがとうございます。では、わたくしはウィンスロー男爵のご厚意を受け取りましょう」
 
 フィロシュネーが優雅に微笑み、許しを与えたところ、「ちっ」という舌打ちが聞こえた。
 青王を前にして、ありえないことだが――なんと、エドワード・ウィンスロー男爵の従者が、舌打ちをしたのだ。

 会議室の全員が耳を疑ったとき、従者は目にも止まらぬ速度でエドワード・ウィンスロー男爵の手から籠を奪った。そして、ナイフを取り出して青王フィロシュネーへと斬りかかった。

「失礼。ウィンスロー男爵のご命令で、仕方なく!」

 ――従者はそんなことを叫んでいた。
 なんだかとっても、わざとらしかった。
 
「陛下!」
「こいつめ!」

 従者はあっさりと取り押さえられ、ナイフが床に落とされる。

 フィロシュネーの前には、ソラベル・モンテローザ公爵と預言者ダーウッドが割り込むようにして立っていた。
 ダーウッドは魔法を使い、フィロシュネーの周囲に守りの結界を張ってくれている。

「ありが……」

 フィロシュネーがお礼を言いかけたとき、モンテローザ公爵が膝をついた。

「くっ、陛下を庇って、負傷しました。これはうっかり。ですが、軽傷ですのでご安心を。ああ、治癒魔法は結構。お礼にもおよびません、どういたしまして、陛下。陛下をお守りできて誇らしい限り――うっ、いたた……私は治療を受けることにいたします」
 
 フィロシュネーは首をかしげた。
 
 ナイフは床に落ちていて、血の一滴も流れていない。
 ダーウッドが魔法を使っていて、周辺には結界が張り巡らされている。
 フィロシュネーやモンテローザ公爵から数歩の距離で、従者は取り押さえられている。
 明らかに、刃が届いていない。
 モンテローザ公爵が負傷するような距離ではない……。
 
(わざとです。怪我はしていません)
 小声でモンテローザ公爵がささやき、治療を受けるために退出していく。

(み、見ればわかりますぅ……) 
 フィロシュネーは呆れ顔でモンテローザ公爵を見送った。
  
 
「……――えっ?」

 ちなみに、その瞬間のエドワード・ウィンスロー男爵はというと、状況を理解できないという顔でぽかーんとしていた。

しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...