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4、奪還のベリル

259、本は好き? わたくしは、好き。/ウィンスロー男爵のご命令で、仕方なく!

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 会議の日は、雨がしとしとと降っていた。

「隣の部屋で待っていてくださる? 二人でお話してみたいの」

 ――『男爵は、本は好き? わたくしは、好き』
 フィロシュネーは、決めセリフまで考えていた。必ず親しくなってやろうと意気込んでいた。
 
 フィロシュネーは護衛騎士や補佐官、預言者にそう伝えて、無人の会議室でひとりでヘンリー・グレイ男爵の到着を待った。
  
 ヘンリー・グレイ男爵には、開始時間を早く伝えていた。
 会議開始時間に余裕をもって到着したヘンリー・グレイ男爵は、会議室の扉から一歩、中へ進んで目を丸くした。青王がひとりだけの会議室、という状況に、驚いたようだった。

「ごきげんよう、ヘンリー・グレイ男爵。他の皆さまは、まだですの」

 フィロシュネーは会議室に入ってくるヘンリー・グレイ男爵を歓迎するように立ち上がった。立ち上がった拍子にさりげなく肘をテーブルの上に置いていた本にぶつけて、床に本を落としてみる。

「あら、失礼」
「陛下、ごきげんうるわしゅう。こほっ、……ああ、僕が拾いますよ」

 雨天で気温が低いせいだろうか。ヘンリー・グレイ男爵は咳をしながら本を拾ってくれた。

「ありがとう存じます、ヘンリー・グレイ男爵」
「いえ……」
 
 ヘンリー・グレイ男爵の目は、フィロシュネーではなく本に向けられている。

「このような本は、はじめて見ます」
  
(そうでしょう?)
「男爵は、本は好き? わたくしは、好き」 
 
 フィロシュネーは自信満々に本のタイトルに視線を向けた。
 
 『そのハッピーエンド、ちょっと待った! ~当て馬アランのやり直し』
 『もしも歴史上の人物があのとき別の決断を下していたら? ~空想短編集』
 『私が本当に好きなのは、あなたではありません』
 『地底人が存在する世界の仮想戦記』
 
「これらの本は、わたくしの学友団が書いた本です。もしよろしければ、中身をご覧になって?」
「フィロシュネー陛下のご学友団が? しかし、これは……この内容は」

 ヘンリー・グレイ男爵は次々と本のページをめくり、驚いている。
 それもそのはず。

「この本は、流行小説『シークレットオブプリンセス』の物語が完結した後、時間が過去に巻き戻るの。その世界ではアランだけが記憶を保持していて、アランは今度こそヒロインと結ばれます! こっちの本は、登場人物が運命の分かれ道で別の選択をして物語の結末が変わる『もしも』の話……」

 熱意たっぷりに説明すれば、ヘンリー・グレイ男爵は「面白い」と目を輝かせた。 

「しかし、陛下。これらの作品は原作者の許諾は得ているのですか? ……こほっ」
「いただきました」
「なるほど」

 ヘンリー・グレイ男爵は真剣な顔をした。

「物語とは、完成すればそこで終わりです。しかし、そこで終わりにしない……というのは、なかなかに夢があります。と、同時に、トラブルの原因にもなりそうな発想にも思えます」

 せっかく綺麗に終わっていたのに、その終わり方に泥をつけてしまったり、作品のイメージを低下させてしまったり、……と、ヘンリー・グレイ男爵は考えを語り始める。フィロシュネーは「その通りですわね」と同意した。

「素晴らしいですわ、ヘンリー・グレイ男爵。あなたとわたくしは、文学とエンターテインメントについての意見が合うのね」
「そのようで」

 ヘンリー・グレイ男爵が親しみのこもった眼で微笑む。そのタイミングで、隣の部屋に待たせていた臣下たちがやってきた。
 
「陛下、他の方々がお越しです」
「ええ、順番に通してちょうだい」
 
 ――会議が始まる。

「ヘンリー・グレイ男爵? 会議のあとでお時間があれば、少しお話したいのです。よろしいかしら」

 フィロシュネーは青王の席に座りながら、にっこりとおねだりした。
 ヘンリー・グレイ男爵は「喜んで」と快諾してくれた。

(よしよし、しめしめ。わたくしたちは、仲良くなれそうね!)
 フィロシュネーは手ごたえを感じて満足した。


 * * *
 

「わたくしはお兄様をお助けして譲位します。玉座にいるのは、そう長い期間ではありません。この商業神の聖印を使い、誓ってみせましょう」

 会議の最初に、フィロシュネーは誓約してみせた。
 
「噂に聞いたことがあります。紅国の神の奇跡とやら。……そして、紅国の神の加護までお持ちとは、さすが聖女にして神師であらせられるフィロシュネー陛下」
 
 エドワード・ウィンスロー男爵は大袈裟なほど感激した様子であった。その手には、葡萄がこんもりと詰まった籠があった。隣で従者が「私が持ちますのに」とか「男爵様、籠をこちらへ」とか小声で言って、慌てている。

「陛下。本日はお土産を持参しました。直接この手で陛下にお渡ししたいという熱い思いを胸に、雨の中この籠を大切に抱きしめてまいりました」

 まるで初恋をこじらせた少年のようにもじもじと言って、エドワード・ウィンスロー男爵は「どうしても! どうしてもです!」と請い願う。
 
「従者経由でお渡しするのではなく、私がこの手で渡したい!」

「ありがとうございます。では、わたくしはウィンスロー男爵のご厚意を受け取りましょう」
 
 フィロシュネーが優雅に微笑み、許しを与えたところ、「ちっ」という舌打ちが聞こえた。
 青王を前にして、ありえないことだが――なんと、エドワード・ウィンスロー男爵の従者が、舌打ちをしたのだ。

 会議室の全員が耳を疑ったとき、従者は目にも止まらぬ速度でエドワード・ウィンスロー男爵の手から籠を奪った。そして、ナイフを取り出して青王フィロシュネーへと斬りかかった。

「失礼。ウィンスロー男爵のご命令で、仕方なく!」

 ――従者はそんなことを叫んでいた。
 なんだかとっても、わざとらしかった。
 
「陛下!」
「こいつめ!」

 従者はあっさりと取り押さえられ、ナイフが床に落とされる。

 フィロシュネーの前には、ソラベル・モンテローザ公爵と預言者ダーウッドが割り込むようにして立っていた。
 ダーウッドは魔法を使い、フィロシュネーの周囲に守りの結界を張ってくれている。

「ありが……」

 フィロシュネーがお礼を言いかけたとき、モンテローザ公爵が膝をついた。

「くっ、陛下を庇って、負傷しました。これはうっかり。ですが、軽傷ですのでご安心を。ああ、治癒魔法は結構。お礼にもおよびません、どういたしまして、陛下。陛下をお守りできて誇らしい限り――うっ、いたた……私は治療を受けることにいたします」
 
 フィロシュネーは首をかしげた。
 
 ナイフは床に落ちていて、血の一滴も流れていない。
 ダーウッドが魔法を使っていて、周辺には結界が張り巡らされている。
 フィロシュネーやモンテローザ公爵から数歩の距離で、従者は取り押さえられている。
 明らかに、刃が届いていない。
 モンテローザ公爵が負傷するような距離ではない……。
 
(わざとです。怪我はしていません)
 小声でモンテローザ公爵がささやき、治療を受けるために退出していく。

(み、見ればわかりますぅ……) 
 フィロシュネーは呆れ顔でモンテローザ公爵を見送った。
  
 
「……――えっ?」

 ちなみに、その瞬間のエドワード・ウィンスロー男爵はというと、状況を理解できないという顔でぽかーんとしていた。

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