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4、奪還のベリル
番外編、ハロウィン回2~ねこの王子さま、お菓子をどうぞ
しおりを挟む紅国の王弟エリオットは、黒猫の耳をつけて王冠をかぶり、赤いマントをまとっていた。
マントの内側はグレーの上品なブラウスに、黒いサスペンダーとリボンタイ。
黒のハーフパンツにハイソックスに、茶革のショートブーツ。
……カサンドラの趣味らしい。
「ネクロシスの王子様。アルメイダ派を守ってくださる王弟殿下。エリオット様」
お揃いらしき黒猫の耳と黒いドレス姿のカサンドラはエリオットに優しく語り掛け、《輝きのネクロシス》メンバーを紹介する。
「この仮装センスの欠片もない青い羽毛の塊みたいなのは、不愛想な青い鳥さん。まっしろな布をかぶってふらふらしているのは、気弱な幽霊さん。空色のカピバラくん……あとは、いつもの護衛二人です」
へんな仮装をしたメンバーたちがぎこちなくお菓子を差し出せば、エリオットは胸をそらすようにして元気に言った。
頬が林檎のように上気していて、大きな目もキラキラ輝いている。誰もが「かわいい」とコメントしそうな笑顔だ。
(青国の王族の方が、かわいい)
ダーウッドはこっそりと、謎の対抗心を抱いた。
室内に、愛らしい声が響く。
「ぼくは、ねこの王子さまなんだって! 知ってる? ハロウィンは『いたずらをされたくなかったら、お菓子をちょうだい!』って言うんだよ。いたずらをされたくなかったら、お菓子をちょうだい!」
カサンドラが「素晴らしい!」とすかさず褒めて、仲間たちに目配せをする。
「ね、ねこの王子さま……、お菓子を、どうぞ」
「くだらない」
「カピバラくん、態度が悪いですよ」
全員がぎこちなくお菓子を渡せば、エリオットは無邪気に喜んでひとりひとりの頭を撫でた。
「褒めてつかわすぞ。えらい、えらい」
ちいさな手で一生懸命、撫でる子どもは愛らしい。
けれど、ダーウッドは他国の王弟殿下の幼い王族らしい振る舞いに、自国の王アーサーを想わずにいられなかった。
生まれたばかりの赤子だった王子アーサー。
目の前のエリオットのように幼いときのアーサー。
王太子と呼ばれるようになって槍を振っていた少年アーサー。
即位して堂々とした王者になったアーサー。
自分に好意を向けてきて、迫って来て、ちょっと困ってしまう――そんな青年を。
(ああ、アーサー様……今あなたは、どこでなにをしていらっしゃるのですか)
あんなに当たり前に近くにいて、十年でも二十年でも健やかに笑っていそうな青年だったのに。
「カサンドラ! 大人しくしていろと言ったのに、また仲間を連れこんで……っ、今日はなんだ? ね、猫の耳が似合うな?」
「あら、あ、な、た。ハロウィンですよ。あなたも仮装なさって?」
騒ぎを知ったらしきシモン・アルメイダ侯爵がやってきて、カサンドラが人の気も知らず、楽しそうにアルメイダ侯爵をかぼちゃ侯爵に仕立て上げている。
(人のことを仮装センスの欠片もないと言っておいて、自分の夫はかぼちゃですか。ふん、嫌がられているではありませんか、カサンドラ? 私なら、アーサー様には槍の仮装をおすすめします。アーサー様は、槍がお好きだから)
……けれど、アーサーはいないのだ。
一生懸命、毎日探しているのに、見つからないのだ……。
むなしいばかりの時間を紅国で過ごして、ダーウッドはしょんぼりと青国へと帰った。
* * *
青国の王都『ステラノヴァ』の夜は、ハロウィンの祭りでにぎわっていた。
魔法の光に彩られる中、仮装した民はお菓子や軽食を手にパレードを見つめていた。
自分も最後尾に並んでついていく者もいる。
華やかに仮装した騎馬隊と、黄金の馬車に乗った青王フィロシュネーが通ると、道の脇から声援が湧く。仮装した民が笑顔で旗を振るのを見て、フィロシュネーは優雅に手を振った。
「フィロシュネー陛下~~っ!」
「トリック・オア・トリート!」
王室専用のクリーム色の馬が馬車を引き、金箔で覆われ、絵画や彫刻といった装飾がふんだんに施された馬車が道を往く。
車窓からパタパタと青い小鳥が入って来て、フィロシュネーは軽く左手を持ち上げた。
鳥が手の上に留まる。
移ろいの術で変身したダーウッドだ――小声で「おかえりなさい」と労ってから、フィロシュネーは民へと挨拶の言葉を響かせた。
「皆さま、素敵な衣装ですこと。よい夜をお過ごしくださいね。わたくし? ……ふふ、わたくしは、王冠をかぶっているだけで仮装と言えるのではなくて?」
馬車はゆっくりと城に向かい、やがて停まった。
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