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4、奪還のベリル
273、わたくし、お兄様からのメッセージがわかりましたわ!
しおりを挟む――わたくし、お兄様からのメッセージがわかりましたわ!
フィロシュネーが確信と希望を抱いたとき、部屋の扉がノックされる。
「はい?」
「たいへん恐れ入ります。青国から手配された魔法使いと名乗られて、賢者様とお弟子さんがお越しです……」
知らせをもたらしたのは、ハルシオンの腹心である女騎士ミランダだった。緑色の瞳がフィロシュネーとぱちりと合って、優しく微笑んでくれる。
「青国から手配された魔法使い?」
「賢者様……?」
ハルシオンとフィロシュネーは同時に復唱して、「あっ」と思い至った。
「アロイスさんと、ダイロスさん!」
「ですね!」
青国で仕事をしてくれていた魔法使いアロイスは、青国の王都で起きた事件のあとで行方不明になった師匠ダイロスを探しにいったのだ。
フィロシュネーは『ダイロスさんを見つけたあと、お仕事をするおつもりがあれば、ハルシオン様のそばについてもらいたい』と伝えていた……。
「人手が増えるのは、ありがたいです。お会いしましょう」
「わたくしもご一緒してよろしいですか? 青国の王都で起きた事件のお礼もダイロスに直接伝えたい。それに、『賢者』というのも気になりますし」
「もちろん」
ハルシオンのあとを付いていくと、隣を歩くダーウッドが「賢者? ダイロス?」と不思議そうにしている。
なんでも知っていそうな預言者ダーウッドも、ダイロスについては知らないのだ。フィロシュネーは新鮮に感じたのだが。
「私の前任者がそんな名前だったような。よくある名前とはいえ、気になりますな」
ダーウッドがそんな呟きを洩らしたので、フィロシュネーは好奇心を刺激された。
「わたくし、あなたの前の代の預言者のお名前を存じませんでしたわ」
「教えていませんからな。教える必要もありますまい?」
ダーウッドはつるりと言って、すこし間を置いてから付け足した。
「……知ろうと思えば、知識は書庫にいくらでも埋もれています」
お父様に「知らなくていい、無知でいい」と言われていたから。
――でも、お父様がいなくなったあとは?
……王妹となり、青王となり、日々忙しかった。
(ううん。それは、言い訳ね)
フィロシュネーはそっと息を吐いた。
「わたくし、無事にお兄様たちをお助けして王位をお返ししたら、埋もれている知識を発掘する時間をつくりますわ」
決意表明に、ダーウッドはフードを指先で持ち上げて、王族の瞳を微笑ましく笑ませた。
その顔は、フィロシュネーを見上げる角度になっている。
この預言者はフィロシュネーが物心ついたときから現在の姿で、ずっと変わらない。
(わたくし、背が伸びたわね)
フィロシュネーは、以前も感じたことを再び実感した。
(……あなたやモンテローザ公爵やサイラスはずっと若いままで生きて、わたくしはおばあさまになって、あなたたちより先に死ぬのだわ)
――自分が大切な人たちよりも早く死ぬのは、大切な人たちに先に死なれるのと、どちらがよいだろう。
しんみりと考えながら、フィロシュネーは謁見の間に足を踏み入れた。
* * *
謁見の間では、青国風の魔法使いローブに身を包んだ二人組が待っていた。
片方は懐かしの『野良じいさん』ダイロス、もう片方は獣人の弟子アロイスだ。
「やはり賢者どのでしたか」
ハルシオンの呼びかけにダイロスが「うむ」と偉そうに返事をするので、フィロシュネーはわけがわからなくなった。
「ダイロスさん、青国ではお世話になりました。ところで、賢者というのは? ダイロスさんは都市グランパークスの一般都民だと思っていましたけれど?」
もう素直に尋ねよう。本人が目の前にいるのだし。
と、フィロシュネーが問いかけると、ダイロスはびっくりするようなことを言った。
「賢者というのは、わしが隠居生活中に人助けをするうちに付いた呼び名じゃな。『実際、わしは賢いのでいいじゃろ~』と思って呼ばせておった」
弟子のアロイスが畏まり、補足説明をしてくれる。
「師匠はもともと、国に仕える預言……魔法使いだったのです」
「あなた今、預言者と言いかけました?」
他国の謁見の間なのに、思わず確認してしまう。そんなフィロシュネーにダイロスは肯定も否定もせずにカッカッと笑った。
「仕事を引退してからは『お忍び野良魔法使いじいさん』じゃ!」
ところで、と真面目な声になって、ダイロスは空王ハルシオンを見た。
「空王ハルシオン陛下におかれましては、耄碌じじいの秘密の夢語りをお許しいただけますかのう? できれば、青王陛下と空王陛下にのみお話したいのですがの」
「賢者どのの秘密の夢には、興味がありますね。ブラックタロン家のように『ハルシオン様こそが真実の空王』などと言い出さなければいいのですが」
ハルシオンはちょっと困り顔で腹心の配下に合図をした。
合図を見たミランダが青いゴブレットを恭しく差し出す。それを受け取り、ハルシオンは謁見の間に控えている臣下たちに視線を巡らせた。
「私は賢者どのの秘密の夢語りに耳を傾けるゆえ、呪術に動揺せず、静寂を友として待つように」
ハルシオンの手がゴブレットを掲げる。自分が呪術を使う、というフリだ。
その仕草の直後で半透明の膜のようなものがハルシオン、フィロシュネー、ダイロスを包んだが、言われたとおりに臣下たちは落ち着いていた。
ハルシオンが呪術を使うことに慣れている雰囲気だ。
(実際、呪術を使っているのはルーンフォークみたいですけど)
フィロシュネーはこっそりと真実を見抜きつつ、ダイロスの言葉に耳を傾けた。
「わしは青国の王都で生命力と魔力を吸われて、魔法の仕掛けに気付いて破壊したのじゃ。そして、目が覚めてから犯人を追いかけてみたのじゃが、あいにく犯人は捕まらんかった」
ダイロスは犯人を追いかけてくれていたらしい。
フィロシュネーはあらためて感謝した。
「ありがとうございます、ダイロスさん」
「できれば犯人を捕まえてまいりたかったですのう……ところで、わしの本題はこの後なのですがな、わしはなぜか生命力と魔力を吸われときに『懐かしい』と感じたのですじゃ」
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