悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
326 / 384
幕間のお話6「死の神コルテと人形のお姫さま」

320、紅国には『術者が憎ければローブも憎い』という言葉がある

しおりを挟む
 部族会議は、滅亡する世界から逃れた船団の中を率いるフラッグシップと呼ばれるリーダー船で行われた。

 定期的に集まっているという九部族の族長たちは、コルテ以外は顔見知りのようだった。

 コルテに投げるための手袋をテーブルに並べて吟味しているヴィニュエスに、「赤でどう?」と赤い手袋を選ぶ美女ルエトリー。
 揉め事には興味がなさそうに世界地図を見ている学者風のアエロカエルスと、年配のトール。
 兄弟のようにひっついてカードゲームをしているナチュラとルート。
 
 メンバーにお茶を淹れてくれるのは、ふくよかな中年女性、アム・ラァレだ。
 目が合うとやさしく微笑んでくれる。
 慈愛に満ちた母親のような、無条件に万人に愛を注いでくれそうなあたたかさを感じさせる笑顔だ。
 
 自分以外が打ち解けた雰囲気で、自分は罪人のように見られている。なかなか居心地が悪い。

「悲しい事件があったようだね。コルテくんは初めまして。噂はよく聞いているよ」

 ソルスティスが手を差し出して「我々は足を引っ張り合ってる場合ではない。一致団結して生存しようじゃないか」と言ったので、コルテは握手に応じた。
 
 赤毛の美丈夫ソルスティスは、船団元首であった。
 晴れやかな声は、コルテと逆に発言内容関係なく好印象を与えそうだ。

 太陽のような笑顔を浮かべて握手して、ソルスティスは「ところで、噂はほんとう? いろいろ悪だくみしてるのかい?」とストレートに尋ねてくる。 
 
「俺は無実です」

 答えた瞬間に、ぺしっと赤い手袋が投げつけられた。ヴィニュエスだ。

「決闘を申し込む!」

 クワッと叫んだヴィニュエスの肩をぽんっと叩き、ソルスティスは場を仕切った。
 
「よし、今度にしてくれたまえ。今日は他に議題がある!」
 
 逆らう者はいないようだった。
 力関係を把握しつつ、コルテは与えられた席についた。

 議長ソルスティスの隣に、メンバーの中で最年長のトールが座り、会議が始まる。

 ソルスティスはコルテの父とヴィニュエスの娘の死について「不幸で悲しい事故」と表現していたんだ。

「後を継いだコルテくんは大変だろう。みんなで助けてやろうではないか」
 
 ソルスティスは、不満の声が上がるより先に話題を変えた。
 
「さて、我々が話し合うべきなのは、南の土地についてだ」
  
 ソルスティスが切り出すと、全員が真剣な顔になった。

 コルテはここで初めて知ったのだが、『ク・シャール紅国』の南の土地にはこの世界発祥の人類らしき存在がいるらしい。
 
「接触はしないほうがいいだろう。斥候は『理性的な存在とは思えない』と言っていた」
「人間のように見えるが、あんなものは人間とは言えない」

 自分以外はすでに知っている様子――知っていて当然な雰囲気だ。
 
(待ってほしい。話にまったくついていけない)
 コルテはスッと挙手した。
 
「失礼。俺は南の土地や原住民の情報を初めて聞きます。教えていただけますか」
 
 頭を下げてみせると、ヴィニュエスが黒い手袋を投げつけてくる。
 いくらなんでも失礼では? と思ったのだが、他のメンバーは見て見ぬふりだ。

「……ヴィニュエスさん。落ちていましたよ」
 
 ソルスティスは手袋を拾ってヴィニュエスの前に置き、地図に指を向けた。
 
「説明が不足していて、すまないね。南の土地というのは、このあたりだよ。我々はずっとこの世界の原住民は絶滅済だと思っていたのだが、なんとひとりだけ生き残りがいるようなのだ」

 それは、驚愕の事実だった。

「人間がいるのですか?」
「ひとりを残して滅んでいるようだよ」

 自分以外の人間が全て滅び、ひとりだけ生き残るというのは、どんな気分がするのだろう。

「一日も早くコンタクトを取るべきでは」

 要救助状態なら助けてあげないといけない。
 と、コルテは人道支援をする気満々だったのだが。

「コルテを縛っておくべきではないか? 今すぐ生き残りの元に行って最後のひとりの息の根を止めかねないぞ」
「うーん。噂通り好戦的なのじゃな」
「嘆かわしい」
「恐ろしい奴」
 
 ヴィニュエスが声をあげると、トールやルエトリーが続く。

「俺は救助すべきでは、と思ったのです」

 コルテは慌てて釈明したが、ヴィニュエスの目にはそれが威圧しているように見えたらしい。

「なんだその顔は! こいつ、『俺を邪魔するなら殺すぞ』と言ったぞ」
「俺はそんなこと、言ってません」
「言ってなかったよ、落ち着いて」

 ソルスティスが間に入り、『生存者』の話に戻してくれる。

「生存者は、魔法の腕が立つ。腕が立つというレベルではなく、異常なくらいに……。そしてなにより、正気を失っているらしい」

 斥候は、墓地に並ぶ墓に魔法をかける生存者を見て後を追いかけた。すると、道端には無数の人形が転がっていて、中には人間そっくりで自発呼吸しているものまであった。
 何事かとおもって様子を見ていると、生存者は人形をつくっていた。
 
 「悲鳴をあげてみろ」だの「なにか喋れ」だの命令しながら人形をいたぶり、「お前もだめか。また失敗だ」と捨てていく。
 その様子は凄惨で、見ているだけで頭がおかしくなってしまいそうだった――と、斥候は語ったらしい。

「ご説明ありがとうございます」

 コルテは感謝を述べた。純粋な謝意でしかなかったが、ヴィニュエスは「騙されるな。そいつは『俺が言う前にわかれ、もっと早く説明しろ』と暗に言ってるのだ」などと悪意的解釈を述べている。
 
 ク・シャール紅国には『術者が憎ければローブも憎い』という言葉があるが、それと同じく、もはやヴィニュエスにとってコルテの全てが悪く思えてしまうのだろう。
 
 ソルスティスも言ったが、今は足を引っ張り合ってる場合ではない。
 
「会話は試みたのでしょうか?」
「まだだよ。見るからに会話できそうにない、危険な雰囲気だったらしい……常軌を逸した魔法の腕を持ち、正気ではなく、狂暴、と」
「相手の置かれた境遇を考えると、正気を失っていても仕方がないように思えますね」
 
 いつ他の人間が滅びたのかはわからないが、相当残酷な過去があったに違いない。
 生存者に同情しつつ、コルテは会議場のメンバーたちを見た。
 
「……俺がファーストコンタクトを担当しましょう」

 コルテは武器の扱いに長けている。
 魔法も得意だ。
 荒事にも慣れている。

 危険な役割を担うだけの実力はあるつもりだ。
 適しているのではないだろうか。
 危険な仕事を自分が担当することで周囲に認められたい、という気持ちもある。
 
「お前が!?」
「殺しにいくんだな」
「やはり縛ったほうがいいのでは」

 しかし、周囲はこぞって反対した。

 ……危険な仕事を任せられるほどの信頼関係が築けていなかったのである。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...