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幕間のお話6「死の神コルテと人形のお姫さま」
320、紅国には『術者が憎ければローブも憎い』という言葉がある
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部族会議は、滅亡する世界から逃れた船団の中を率いるフラッグシップと呼ばれるリーダー船で行われた。
定期的に集まっているという九部族の族長たちは、コルテ以外は顔見知りのようだった。
コルテに投げるための手袋をテーブルに並べて吟味しているヴィニュエスに、「赤でどう?」と赤い手袋を選ぶ美女ルエトリー。
揉め事には興味がなさそうに世界地図を見ている学者風のアエロカエルスと、年配のトール。
兄弟のようにひっついてカードゲームをしているナチュラとルート。
メンバーにお茶を淹れてくれるのは、ふくよかな中年女性、アム・ラァレだ。
目が合うとやさしく微笑んでくれる。
慈愛に満ちた母親のような、無条件に万人に愛を注いでくれそうなあたたかさを感じさせる笑顔だ。
自分以外が打ち解けた雰囲気で、自分は罪人のように見られている。なかなか居心地が悪い。
「悲しい事件があったようだね。コルテくんは初めまして。噂はよく聞いているよ」
ソルスティスが手を差し出して「我々は足を引っ張り合ってる場合ではない。一致団結して生存しようじゃないか」と言ったので、コルテは握手に応じた。
赤毛の美丈夫ソルスティスは、船団元首であった。
晴れやかな声は、コルテと逆に発言内容関係なく好印象を与えそうだ。
太陽のような笑顔を浮かべて握手して、ソルスティスは「ところで、噂はほんとう? いろいろ悪だくみしてるのかい?」とストレートに尋ねてくる。
「俺は無実です」
答えた瞬間に、ぺしっと赤い手袋が投げつけられた。ヴィニュエスだ。
「決闘を申し込む!」
クワッと叫んだヴィニュエスの肩をぽんっと叩き、ソルスティスは場を仕切った。
「よし、今度にしてくれたまえ。今日は他に議題がある!」
逆らう者はいないようだった。
力関係を把握しつつ、コルテは与えられた席についた。
議長ソルスティスの隣に、メンバーの中で最年長のトールが座り、会議が始まる。
ソルスティスはコルテの父とヴィニュエスの娘の死について「不幸で悲しい事故」と表現して悼んだ。
「後を継いだコルテくんは大変だろう。みんなで助けてやろうではないか」
ソルスティスは、不満の声が上がるより先に話題を変えた。
「さて、我々が話し合うべきなのは、南の土地についてだ」
ソルスティスが切り出すと、全員が真剣な顔になった。
コルテはここで初めて知ったのだが、『ク・シャール紅国』の南の土地にはこの世界発祥の人類らしき存在がいるらしい。
「接触はしないほうがいいだろう。斥候は『理性的な存在とは思えない』と言っていた」
「人間のように見えるが、あんなものは人間とは言えない」
自分以外はすでに知っている様子――知っていて当然な雰囲気だ。
(待ってほしい。話にまったくついていけない)
コルテはスッと挙手した。
「失礼。俺は南の土地や原住民の情報を初めて聞きます。教えていただけますか」
頭を下げてみせると、ヴィニュエスが黒い手袋を投げつけてくる。
いくらなんでも失礼では? と思ったのだが、他のメンバーは見て見ぬふりだ。
「……ヴィニュエスさん。落ちていましたよ」
ソルスティスは手袋を拾ってヴィニュエスの前に置き、地図に指を向けた。
「説明が不足していて、すまないね。南の土地というのは、このあたりだよ。我々はずっとこの世界の原住民は絶滅済だと思っていたのだが、なんとひとりだけ生き残りがいるようなのだ」
それは、驚愕の事実だった。
「人間がいるのですか?」
「ひとりを残して滅んでいるようだよ」
自分以外の人間が全て滅び、ひとりだけ生き残るというのは、どんな気分がするのだろう。
「一日も早くコンタクトを取るべきでは」
要救助状態なら助けてあげないといけない。
と、コルテは人道支援をする気満々だったのだが。
「コルテを縛っておくべきではないか? 今すぐ生き残りの元に行って最後のひとりの息の根を止めかねないぞ」
「うーん。噂通り好戦的なのじゃな」
「嘆かわしい」
「恐ろしい奴」
ヴィニュエスが声をあげると、トールやルエトリーが続く。
「俺は救助すべきでは、と思ったのです」
コルテは慌てて釈明したが、ヴィニュエスの目にはそれが威圧しているように見えたらしい。
「なんだその顔は! こいつ、『俺を邪魔するなら殺すぞ』と言ったぞ」
「俺はそんなこと、言ってません」
「言ってなかったよ、落ち着いて」
ソルスティスが間に入り、『生存者』の話に戻してくれる。
「生存者は、魔法の腕が立つ。腕が立つというレベルではなく、異常なくらいに……。そしてなにより、正気を失っているらしい」
斥候は、墓地に並ぶ墓に魔法をかける生存者を見て後を追いかけた。すると、道端には無数の人形が転がっていて、中には人間そっくりで自発呼吸しているものまであった。
何事かとおもって様子を見ていると、生存者は人形をつくっていた。
「悲鳴をあげてみろ」だの「なにか喋れ」だの命令しながら人形をいたぶり、「お前もだめか。また失敗だ」と捨てていく。
その様子は凄惨で、見ているだけで頭がおかしくなってしまいそうだった――と、斥候は語ったらしい。
「ご説明ありがとうございます」
コルテは感謝を述べた。純粋な謝意でしかなかったが、ヴィニュエスは「騙されるな。そいつは『俺が言う前にわかれ、もっと早く説明しろ』と暗に言ってるのだ」などと悪意的解釈を述べている。
ク・シャール紅国には『術者が憎ければローブも憎い』という言葉があるが、それと同じく、もはやヴィニュエスにとってコルテの全てが悪く思えてしまうのだろう。
ソルスティスも言ったが、今は足を引っ張り合ってる場合ではない。
「会話は試みたのでしょうか?」
「まだだよ。見るからに会話できそうにない、危険な雰囲気だったらしい……常軌を逸した魔法の腕を持ち、正気ではなく、狂暴、と」
「相手の置かれた境遇を考えると、正気を失っていても仕方がないように思えますね」
いつ他の人間が滅びたのかはわからないが、相当残酷な過去があったに違いない。
生存者に同情しつつ、コルテは会議場のメンバーたちを見た。
「……俺がファーストコンタクトを担当しましょう」
コルテは武器の扱いに長けている。
魔法も得意だ。
荒事にも慣れている。
危険な役割を担うだけの実力はあるつもりだ。
適しているのではないだろうか。
危険な仕事を自分が担当することで周囲に認められたい、という気持ちもある。
「お前が!?」
「殺しにいくんだな」
「やはり縛ったほうがいいのでは」
しかし、周囲はこぞって反対した。
……危険な仕事を任せられるほどの信頼関係が築けていなかったのである。
定期的に集まっているという九部族の族長たちは、コルテ以外は顔見知りのようだった。
コルテに投げるための手袋をテーブルに並べて吟味しているヴィニュエスに、「赤でどう?」と赤い手袋を選ぶ美女ルエトリー。
揉め事には興味がなさそうに世界地図を見ている学者風のアエロカエルスと、年配のトール。
兄弟のようにひっついてカードゲームをしているナチュラとルート。
メンバーにお茶を淹れてくれるのは、ふくよかな中年女性、アム・ラァレだ。
目が合うとやさしく微笑んでくれる。
慈愛に満ちた母親のような、無条件に万人に愛を注いでくれそうなあたたかさを感じさせる笑顔だ。
自分以外が打ち解けた雰囲気で、自分は罪人のように見られている。なかなか居心地が悪い。
「悲しい事件があったようだね。コルテくんは初めまして。噂はよく聞いているよ」
ソルスティスが手を差し出して「我々は足を引っ張り合ってる場合ではない。一致団結して生存しようじゃないか」と言ったので、コルテは握手に応じた。
赤毛の美丈夫ソルスティスは、船団元首であった。
晴れやかな声は、コルテと逆に発言内容関係なく好印象を与えそうだ。
太陽のような笑顔を浮かべて握手して、ソルスティスは「ところで、噂はほんとう? いろいろ悪だくみしてるのかい?」とストレートに尋ねてくる。
「俺は無実です」
答えた瞬間に、ぺしっと赤い手袋が投げつけられた。ヴィニュエスだ。
「決闘を申し込む!」
クワッと叫んだヴィニュエスの肩をぽんっと叩き、ソルスティスは場を仕切った。
「よし、今度にしてくれたまえ。今日は他に議題がある!」
逆らう者はいないようだった。
力関係を把握しつつ、コルテは与えられた席についた。
議長ソルスティスの隣に、メンバーの中で最年長のトールが座り、会議が始まる。
ソルスティスはコルテの父とヴィニュエスの娘の死について「不幸で悲しい事故」と表現して悼んだ。
「後を継いだコルテくんは大変だろう。みんなで助けてやろうではないか」
ソルスティスは、不満の声が上がるより先に話題を変えた。
「さて、我々が話し合うべきなのは、南の土地についてだ」
ソルスティスが切り出すと、全員が真剣な顔になった。
コルテはここで初めて知ったのだが、『ク・シャール紅国』の南の土地にはこの世界発祥の人類らしき存在がいるらしい。
「接触はしないほうがいいだろう。斥候は『理性的な存在とは思えない』と言っていた」
「人間のように見えるが、あんなものは人間とは言えない」
自分以外はすでに知っている様子――知っていて当然な雰囲気だ。
(待ってほしい。話にまったくついていけない)
コルテはスッと挙手した。
「失礼。俺は南の土地や原住民の情報を初めて聞きます。教えていただけますか」
頭を下げてみせると、ヴィニュエスが黒い手袋を投げつけてくる。
いくらなんでも失礼では? と思ったのだが、他のメンバーは見て見ぬふりだ。
「……ヴィニュエスさん。落ちていましたよ」
ソルスティスは手袋を拾ってヴィニュエスの前に置き、地図に指を向けた。
「説明が不足していて、すまないね。南の土地というのは、このあたりだよ。我々はずっとこの世界の原住民は絶滅済だと思っていたのだが、なんとひとりだけ生き残りがいるようなのだ」
それは、驚愕の事実だった。
「人間がいるのですか?」
「ひとりを残して滅んでいるようだよ」
自分以外の人間が全て滅び、ひとりだけ生き残るというのは、どんな気分がするのだろう。
「一日も早くコンタクトを取るべきでは」
要救助状態なら助けてあげないといけない。
と、コルテは人道支援をする気満々だったのだが。
「コルテを縛っておくべきではないか? 今すぐ生き残りの元に行って最後のひとりの息の根を止めかねないぞ」
「うーん。噂通り好戦的なのじゃな」
「嘆かわしい」
「恐ろしい奴」
ヴィニュエスが声をあげると、トールやルエトリーが続く。
「俺は救助すべきでは、と思ったのです」
コルテは慌てて釈明したが、ヴィニュエスの目にはそれが威圧しているように見えたらしい。
「なんだその顔は! こいつ、『俺を邪魔するなら殺すぞ』と言ったぞ」
「俺はそんなこと、言ってません」
「言ってなかったよ、落ち着いて」
ソルスティスが間に入り、『生存者』の話に戻してくれる。
「生存者は、魔法の腕が立つ。腕が立つというレベルではなく、異常なくらいに……。そしてなにより、正気を失っているらしい」
斥候は、墓地に並ぶ墓に魔法をかける生存者を見て後を追いかけた。すると、道端には無数の人形が転がっていて、中には人間そっくりで自発呼吸しているものまであった。
何事かとおもって様子を見ていると、生存者は人形をつくっていた。
「悲鳴をあげてみろ」だの「なにか喋れ」だの命令しながら人形をいたぶり、「お前もだめか。また失敗だ」と捨てていく。
その様子は凄惨で、見ているだけで頭がおかしくなってしまいそうだった――と、斥候は語ったらしい。
「ご説明ありがとうございます」
コルテは感謝を述べた。純粋な謝意でしかなかったが、ヴィニュエスは「騙されるな。そいつは『俺が言う前にわかれ、もっと早く説明しろ』と暗に言ってるのだ」などと悪意的解釈を述べている。
ク・シャール紅国には『術者が憎ければローブも憎い』という言葉があるが、それと同じく、もはやヴィニュエスにとってコルテの全てが悪く思えてしまうのだろう。
ソルスティスも言ったが、今は足を引っ張り合ってる場合ではない。
「会話は試みたのでしょうか?」
「まだだよ。見るからに会話できそうにない、危険な雰囲気だったらしい……常軌を逸した魔法の腕を持ち、正気ではなく、狂暴、と」
「相手の置かれた境遇を考えると、正気を失っていても仕方がないように思えますね」
いつ他の人間が滅びたのかはわからないが、相当残酷な過去があったに違いない。
生存者に同情しつつ、コルテは会議場のメンバーたちを見た。
「……俺がファーストコンタクトを担当しましょう」
コルテは武器の扱いに長けている。
魔法も得意だ。
荒事にも慣れている。
危険な役割を担うだけの実力はあるつもりだ。
適しているのではないだろうか。
危険な仕事を自分が担当することで周囲に認められたい、という気持ちもある。
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