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5、鬼謀のアイオナイト

330、わたくし、別に魔法の実験をするような趣味はないのだけど

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「お部屋はお気に召したでしょう?」

 自信を感じさせる笑みを浮かべて、サイラスがソファを示す。フィロシュネーは促されるままソファに体重を預けた。
 花柄ファブリックのソファは、可愛いし、座り心地もよい。
 
「……素敵ですわ」 
「なによりです」 

 反応に満足した様子で、サイラスはソファの前に膝をついて右手でぽふぽふとラグを叩いている。左手には、小さな袋を握っていた。
 
「姫。こちらのソファは足元のラグの触れ心地がとても良いです。もちろん浄化の魔法で清めています」
「ふうん。気持ちよさそうね!」
「おみ足を遊ばせてみては?」
 
 手袋に覆われたサイラスの手が室内履きに触れて、するりと脱がせられる。
 靴を脱いだ足がほわほわと魔法の光が包まれたので、フィロシュネーはびっくりした。
 何をするの、と思っていると、疲れが癒されるような気がする。

(これは、治癒魔法? サイラスは治癒魔法も使えましたの?)
 
 フィロシュネーは彼の左手が気になった。

「サイラス。疲れを癒してくださってありがとう。その左手に持っている袋は、なんですの」
「姫が気にされるものではありません」
 
 サイラスは美しい微笑を浮かべた。
 思わず何も言えなくなってしまうような、きらきらと光輝くような完璧な笑顔だった。
 
「贈り物をあちらのお部屋に用意しているのですが、おひとつ披露いたしましょう。少々お待ちを」 
 
 そう言って立ち上がり、続き部屋から持ってきたのは、きれいな小瓶だった。

「紅都で人気のネイルラッカーですよ」
「塗ってくださるの?」
「そのために持ってまいりました」
 
 ネイルラッカーは、爪に光沢や輝き、色を与えて指先を美しく彩る化粧品。被膜をつくることで爪を保護するという効果もある。
 足の裏に右手を添えて、サイラスの左手が爪にネイルラッカーを塗っていく。
 ふんわりと香るのは、さわやかな果実に似た香りだった。

「流行の化粧品をひととおり揃えています。それに、俺好みのアクセサリーも」
「わたくしの好みじゃなくて、あなたの?」
「俺が姫につけてほしいと思ったアクセサリーです」

 フィロシュネーは、おっとりと微笑んだ。

「あなたの好みにわたくしを飾ってくださるのね」

 婚約者を飾る――それは、以前自分が「したい」と思っていたことなのだけど。

「もちろん、姫の好みのアクセサリーもお好きなだけお買い求めください。商人を屋敷に呼びますし、紅都にも自由に出かけてお買い物を楽しんでいただけますので」
  
 サイラスはそう言って、室内の香水時計を見た。

「到着早々ですみませんが、俺は職場に顔を出さないといけません。夕食までには戻ります」
「わかりましたわ。いってらっしゃいませ」

 ――相変わらず忙しいご様子。
 
 サイラスを見送り、フィロシュネーは首をかしげた。
 
 仕事とは、神殿の仕事か、それとも騎士の仕事か。
 いまいち、紅国の情勢や婚約者の身分が現在どうなっているのか把握できていない。
 
「ジーナ、ジーナ」
「はい、フィロシュネー様」
   
 テーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、青国から一緒に来た専属侍女のジーナがやってくる。
 部屋自体が青国にいた頃と似た内装なのもあって、こうしていると青国の王城にいるみたい。
  
「続き部屋をいっしょに見てみましょう」

 好奇心に任せて続き部屋を見てみると。
 化粧品や服飾品、衣装、ぬいぐるみやクッションでいっぱいの部屋と、本棚がずらりと並んでいて書き物ができそうなテーブルセットが用意された部屋。
 さらに、謎の部屋がもうひとつ。

「このお部屋、何のお部屋?」 
 
 部屋全体は薄暗く、柔らかな光が魔法の壷やキャンドルから漏れている。
 
 天井には星座を模した光る装飾が施されていて、幻想的。
 板張りの床にも、ふしぎな光る塗料のようなもので、幻想的な模様が描かれている。

 部屋の中央には、古代の書物や天秤や、透明な計量瓶、すり鉢や大きな鍋が置かれた木のテーブルがある。

 テーブルは魔法で傷ついたり燃えたりしないように守られているようで、表面には奇妙な記号や複雑な方程式が刻まれていた。
 
 部屋の端には背の低い物置棚があり、鉱石や魔法植物、動物や魔獣の部位素材が収められている。

 部屋の一角には小さな火鉢がある。薬用の香木が魔法の香りを漂わせている。

 壁には絵画やタペストリーが飾られていた。

 小さな水晶玉や魔法陣が壁際の床に置いてあったりもする。

 『魔法陣と水晶玉は魔力の流れを感知し、安定させる役割を果たしています、動かさないでくださいね』と注意書きをした張り紙がある……。

「……魔法の実験をしたりするお部屋、みたい」

 なぜ続き部屋に、そんなお部屋を用意したの?
 わたくし、別に魔法の実験をするような趣味はないのだけど――趣味を勘違いされているとか?

 フィロシュネーは不思議に思いつつ、「でも、ちょっとわくわくする雰囲気ですわね」と室内を鑑賞した。

「フィロシュネー様、このお部屋はちょっと不気味ではありませんか? ノイエスタル様は……何をお考えなのでしょうか?」

 ジーナは眉をひそめて、袖を引いてくる。
 うーん、と考えて、ふと思い出す。

「ああ、そんなに怖がらなくても平気よ、ジーナ。そういえば、わたくし、青国にいるときに魔法薬作りに挑戦したいとお話したことがあったの。きっとそれで用意してくださったのね」

 相手の意図がわかった安心感を抱えつつ、フィロシュネーは本棚のある部屋に向かった。
 
 本棚には、フィロシュネーが祖国から運ばせた愛読書や、読んだことがないが趣味に合いそうな本がずらっと並んでいる。

「この薄い冊子は……?」
 
 一部の棚には、薄い冊子が集められている。

「まあ、フィロシュネー様。この棚は貴重な雑誌がいっぱいです!」
「ほんとうね、ジーナ」
 
 その棚には、紅国で最近人気らしい『大陸報』や『紅国新聞』という情報誌や、青国生まれの『乙女同人創作誌』という二次創作の雑誌が並んでいた。

 フィロシュネーはニコニコして情報誌と雑誌、気になる本を選び、ソファに向かった。

「……楽しい本も気になるけど、先に『大陸報』と『紅国新聞』を読んでみましょう」

 『大陸報』や『紅国新聞』は、紅国の民はお金を出せばだれでも読める。
 空国や青国では、国側にとって不都合な真実を国民に隠すことも珍しくないのだが、紅国はどうなのだろう。
 
 ――これから「自分の国ですわ」と言うことになる紅国の情勢を知りたい。
 
 フィロシュネーはそう思って、情報の海に身を投じた。
  
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