悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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5、鬼謀のアイオナイト

334、それは、執行猶予というものですわね

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 サイラスが語る思い出話は、いつの話だろう。
 誰の話なのだろう。

 ……フィロシュネーには、心当たりがある。
 
「友人は、俺に酷いことをしました。俺は怒って彼にやり返しました。彼は贖罪しょくざいしてくれました。ですから、俺は彼の娘の罪を一度だけ見逃し、幸せになる選択の余地をあげようと思うのです」

(これ、前世のお話よね? その友人はオルーサよね? サイラス?)

 サイラスは悠然とした仕草で紅茶のカップを傾けて、こくりと紅茶を飲んでから、付け足した。

「ただ、俺が思うに、彼女はそれでも不幸になる選択をしてしまうタイプでしょうね。ですから、遠からず罪人は裁かれることになるでしょう」

 彼は、天気でも予想するように言ってから「食事のあとは屋敷を案内いたしますね」と話を変えてしまった。
 
 まるで神様みたい。
 そんな態度が当たり前、という顔。

「……わたくしの名前を、言ってみてくださる?」

 フィロシュネーは小さな声で聞いてみた。

「姫のお名前?」
「そうですわ」

 漆黒の瞳が自分を見つめる。
 フィロシュネーは、どきどきした。
 
「フィロシュネー姫ではありませんか。いかがなさいましたか、姫?」
 
 心配するように言って、サイラスは「ご体調がすぐれないのですか」と尋ねてくる。

 ――フィロソフィアと呼ばれたら、どうしようかと思った。
 
 フィロシュネーはホッとしつつ、「わたくしは元気です」と返事をした。

「ええと、サイラスがおっしゃったお話。夫人の今後の行動しだいで罪を裁かれるかが決まる、というのは、『執行猶予』というものですわね」
「ほう。お勉強なさっているのですね」

 執行猶予とは、有罪であっても即座に投獄されたり処罰されることがなく「更生し、一定期間を悪いことせず過ごせば許す。けれど何かやらかせば次はない」と威嚇して更生を促す制度。紅国独自の裁き方だ。

「青国と空国は、この制度を自国にも取り入れるか検討していましたの」
「さようでしたか」 

 あまり興味がなさそうに言って、サイラスは「そろそろ屋敷を案内しましょうか」と手を差し伸べてくれる。

「この制度が使われるのは、罪が軽いとき限定ですわ」
「重い罪とは、世界を滅ぼしたりする規模を指すのです。彼女の罪など、子供のいたずらのようなものですよ」
 
(そんなわけがありますか。それじゃ、ほとんどの罪人は無罪になってしまうじゃない)
 
「まるで神様……」
 
「神など、いません。姫も俺も人間です」
 
(ハルシオン様のように、サイラスに前世の記憶がある? なんらかのきっかけで記憶が戻った?)
 
 彼は、以前とは変わっている。
 フィロシュネーはそれを実感しつつ、差し出された手に自分の手を重ねた。

「あのう。言いにくいのですけど、わたくし、そういえばダーウッドに聞いたことがありますわ。ダーウッドは真実を知る者を生かしてはおけない、と、殺す気満々でしたのよ」

 ダーウッドは、サイラスのやり方に反対するだろう。
 青王アーサーに寵愛される婚約者かつ預言者のダーウッドが反対するということは、青国が反対する、ということだが……。

「俺は、密偵さんの日記を確保しています」
「……」

 フィロシュネーはまじまじとサイラスの顔を見上げた。

 してやったり、という笑顔が眩しい。

「さあ、他の姫君のお話はもうやめて、俺たちの家の話をしましょう」

 優しい声が、ゆったりと言葉を紡ぐ。
 
「庭にはフェニックスが巣をつくり、厩舎では愛馬が意中の牝馬と仲良くしている、ソファは玉座よりもよほど座り心地がよくてくつろげる――そんな我が家のお話を」

 案内されて見て回ったところ、屋敷は居心地がよさそうで、趣味がよい。
 フィロシュネーはどこを見ても「わたくしの好み」とにっこりした。

 厩舎では黒馬ゴールドシッターが『意中の牝馬』という白い馬と寄り添って飼い葉を食んでいて、フィロシュネーに気付くと元気にいなないて飼い葉の入ったバケツを揺らした。

「この白い馬は、空国のの馬だったのですよ」

 サイラスは面白がるように言って、愛馬の首筋を撫でた。

「し……失恋王」

 それは、最近呼ばれるようになったハルシオンの他称だ。
 失恋相手がフィロシュネーなので、リアクションに困ることこの上ない。

「国民には親しまれているようです。同情も得られたようで……よかったですね」
「よ、よかったのかしら」

 サイラスは機嫌よく屋敷を巡り、最後に自分の部屋をみせてくれた。

 本棚には政治や学術書にまぎれて恋愛物語が収まっていて、壁には紅国の神々を描いた絵画が飾られている。

 大きな天球儀が設置されていて、サイラスは「これは魔導具ですよ」と教えてくれた。

「部屋の明かりを落としてスイッチを押すと、偽の星景色が楽しめます。姫のお部屋にもおひとつ、ご用意しましょうか」

 試しに、とカーテンを引き、フィロシュネーを自分の椅子に座らせて。
 魔法で部屋の暗さを増して、サイラスは偽の星景色を見せてくれた。

 暗闇にきらきらと光る星々は、綺麗だった。
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