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5、鬼謀のアイオナイト
338、吾輩は……鳥が苦手である!
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「あのう。お姫様は、なぜさっきから物騒な武器をエルフ像に向けていらっしゃるんです?」
店主が不思議そうにしている。
さすがに何も起きてないのに筒杖をぶっ放したら、ただの暴力客だ。迷惑どころか警備兵がやってきて、捕まってしまいそう。
フィロシュネーは迷いつつ、質問してみた。
「ええと。このエルフ像、危ない物ではないかと思いますの」
「えっ、このエルフ像がですか? なぜそう思われるんです?」
……なぜかと問われても、わたくしもわかりません!
「店主さんは……ご、ご体調がすぐれないとか、あります……?」
「いえ、別に……今のところは?」
「そ、そ、そうですの」
(わたくし、変な人みたいになっていません? サイラス?)
フィロシュネーは恥ずかしくなって筒杖の先端をエルフ像から外した。
「し、失礼しましたわ」
「はあ、びっくりしました」
店主はホッとした様子で笑った。
「いやはや、はらはらしました。安心したせいかな、なんだか、力が抜けていく……そうそう、ブラックタロン伯爵様は、契約の途中でしたね」
店主がカウンターに契約書を置くと、「ブラックタロン伯爵様」と呼ばれた空国の呪術伯、フェリシエンはペンを執った。
「フィロシュネー姫のおかげで助かった。感謝する」
「ハルシオン様からも、よろしくと言われていまして……」
「ほう?」
契約書にサインをしながら、フェリシエンは教えてくれた。
エルフとの直接取引を断られたフェリシエンは、エルフと取引をしている魔法植物店と契約をする様子だったらしい。
契約書に書かれるのは、整然としていて几帳面そうな気質のうかがえる、強い筆圧の文字だ。
(……あっ。この線のひき方の独特な感じ)
騎士道観覧会でハルシオンとフィロシュネーが拾った情報提供の手紙だ。
『青国のグレイ男爵の祖先に、月隠に行方不明になり、三年後に戻ってきた男がいる、という話を聞いたことがある』と教えてくれたのは、フェリシエンだったのだ。
(あーーー、そういえば。スケッチブックに書かれた線と似ているとも思ったのですわ。そう。あなたでしたの)
つながりそうでつながらなかった点と点がつながったようなスッキリした感覚!
フィロシュネーが「なるほど!」と思ったとき、異変が起きた。
「店主どの?」
「あれ、どんどん力が抜けて……ふああ……」
へなへなと店主が膝を折って崩れ落ちてしまったのだ。
しかも、店主だけではなく、店内にいた他の人間客たちも倒れていく。
(あっ、サイラスがくださった首飾りが光って……)
――守ってくれている。
店の外からもざわざわとした様子が聞こえてきて、ギネスが「何事でしょうか」と剣に手をかけて警戒の面持ちだ。
「フィロシュネー聖女殿下、念のため俺の後ろに……なんか俺も力が抜けてきたのですが、殿下はなんともありませんか……?」
(……それは、生命力が吸われているのでは?)
「わたくしは、首飾りに守ってもらえています。あっ、壊れましたわ」
ラルム・デュ・フェニックスは、一回だけ守ってくれて壊れる魔宝石だ。
継続して吸いつづけるタイプの攻撃とは相性が悪かったかもしれない。
(吸っているのが、あのエルフ像ですわね)
フィロシュネーはサイラスの預言を思い出した。
『店長が倒れますよ。そうしたら、姫はエルフ像を撃つのです』
(サイラス。他の人たちも倒れていきますけど?)
聞こえてくる声からして、たぶん、外でも人が倒れていっている。
さては、グレイ男爵家にあった『カサンドラ先生の像』みたいな像だ。あれよりも急激にたくさん生命力を吸い取っている?
「ギネスさん……フェリシエン? お店の人たちを守ってくださる?」
フェリシエンは察しが良い様子で短杖をふり、結界らしきものを張ってくれた。
それを確認している間に、フィロシュネーは自分の生命力も吸われていくのを感じて眉を寄せた。
「むう。やっぱり、エルフ像が原因ですわ。このエルフ像は、生命力を吸い取る魔法が仕掛けられていると思いますの」
さっさと撃たないと、倒れてしまいそう。
筒杖の先をエルフ像に向けて撃てば、どぉん、と室内で小爆発が起きる。
フェリシエンがきっちりと結界を用意していて、像の外側に爆発の影響が出ないように守ってくれた。
フェリシエンの結界の内側でエルフ像が粉々に壊れると、生命力を吸われる感覚がふっと消えて楽になる。
「あ、……ら、楽になりました」
「こちらもです……なにやら、病気の後のような疲労感がありますが」
室内でふらふらしていた店主やギネスが安堵している。ギネスは元気だが、店主は立ち上がれないほど弱っているようだった。
「わたくしの治癒魔法がお役に立てると思いますの」
店主を癒す間に、外からやってきた騎士たちにギネスとフェリシエンが事情を説明している。
「そういえば、わたくしはハルシオン様から呪術伯を手伝ってほしいと言われています。今日はそれどころではないけれど、後日くわしくお話しましょう」
フェリシエンに言えば、フェリシエンはちょっと驚いた顔をしてから頷いた。
「承知した。後日、そちらの屋敷に伺いたい」
「ええと、わたくしの婚約者のお屋敷にお招きしますわね」
わたくしのお屋敷、というには、まだ少し照れてしまう感じがある。もじもじしていると、店主がクイクイと袖を引いて「もう大丈夫」と教えてくれた。
「はあ~、いやぁー、だいぶ体調がよくなりました……。ありがとうございます」
「よかったですわ」
店主の顔色がよくなっているので安心していると、騎士が話しかけてくる。
「聖女殿下。外に虚脱症状の重い都民がいるのですが、もし可能でしたら治癒魔法をお願いできますでしょうか?」
「それは、もちろん……わたくしにできることで、人助けになるのでしたら」
フィロシュネーは店の外に出て、外の様子を確認してみた。
店の外には、街路樹や建物の壁に体重を預けて座り込んでいる人たちが何人もいる。
「吾輩が口を挟むことではないかと思うが、生命力をさきほど吸われていただろう。魔力を使いすぎて倒れたりしないかね」
フェリシエンが心配するような口ぶりで言うので、フィロシュネーは「この人、誰かを心配したりするのね」と意外に思った。
「大丈夫ですわ。わたくし、結構丈夫ですの」
「ふむ? 健康なのはとても良いことだが」
さらに言葉を連ねようとしたところで、フェリシエンはふと顔をしかめた。
「すまぬが吾輩はもう行く」
「えっ、急にどうしましたの」
「それと、吾輩が訪問する際はフェニックスは遠ざけてくれたまえ。吾輩は……鳥が苦手である!」
「えっ、ええ……?」
フェリシエンが慌てた様子で走っていく。
(あの人、慌てたり走ったりするイメージがなかったけど、あんな風に慌てたりするのね。しかも、鳥が苦手ですって?)
なんですの、その理由?
と見送っていると、周囲からワッと声があがった。
「フェニックスだ!」
「聖女様のフェニックスだ!」
空からパタパタと飛んできた小鳥サイズのフェニックスは――ナチュラだ。
「レディ」
「あっ、ナチュラさん」
ナチュラはフィロシュネーの肩に停まり、「危険な魔法の気配がしたので、来てみました」と言った。
「魔法の仕掛けは、もう壊しましたの。犯人もたぶん、すぐにわかりそうですわ……」
きっとカサンドラだ、と予想して、サイラスの声を思い出す。
『彼女はそれでも不幸になる選択をしてしまうタイプでしょうね』
「……ふう」
(どうして、自分が破滅するような選択をしてしまうのかしら。わたくしなら、破滅を回避する方を選びますのに)
生命力を吸われたあとで治癒魔法を使ったせいか、疲労感がすごい。
フィロシュネーは帰ってからふらふらと寝台に倒れ込み、気を失うように眠ってしまった。
それから数日間――紅都では、「聖女様の活躍」や「事件の犯人と思われる人物」の話。
「空国の呪術伯の弱点」や「聖女様が倒れて奇行に走るノイエスタル神師伯」といった話。
その他いろいろな話が、面白おかしく人々の間を駆け巡ることになるのだった。
店主が不思議そうにしている。
さすがに何も起きてないのに筒杖をぶっ放したら、ただの暴力客だ。迷惑どころか警備兵がやってきて、捕まってしまいそう。
フィロシュネーは迷いつつ、質問してみた。
「ええと。このエルフ像、危ない物ではないかと思いますの」
「えっ、このエルフ像がですか? なぜそう思われるんです?」
……なぜかと問われても、わたくしもわかりません!
「店主さんは……ご、ご体調がすぐれないとか、あります……?」
「いえ、別に……今のところは?」
「そ、そ、そうですの」
(わたくし、変な人みたいになっていません? サイラス?)
フィロシュネーは恥ずかしくなって筒杖の先端をエルフ像から外した。
「し、失礼しましたわ」
「はあ、びっくりしました」
店主はホッとした様子で笑った。
「いやはや、はらはらしました。安心したせいかな、なんだか、力が抜けていく……そうそう、ブラックタロン伯爵様は、契約の途中でしたね」
店主がカウンターに契約書を置くと、「ブラックタロン伯爵様」と呼ばれた空国の呪術伯、フェリシエンはペンを執った。
「フィロシュネー姫のおかげで助かった。感謝する」
「ハルシオン様からも、よろしくと言われていまして……」
「ほう?」
契約書にサインをしながら、フェリシエンは教えてくれた。
エルフとの直接取引を断られたフェリシエンは、エルフと取引をしている魔法植物店と契約をする様子だったらしい。
契約書に書かれるのは、整然としていて几帳面そうな気質のうかがえる、強い筆圧の文字だ。
(……あっ。この線のひき方の独特な感じ)
騎士道観覧会でハルシオンとフィロシュネーが拾った情報提供の手紙だ。
『青国のグレイ男爵の祖先に、月隠に行方不明になり、三年後に戻ってきた男がいる、という話を聞いたことがある』と教えてくれたのは、フェリシエンだったのだ。
(あーーー、そういえば。スケッチブックに書かれた線と似ているとも思ったのですわ。そう。あなたでしたの)
つながりそうでつながらなかった点と点がつながったようなスッキリした感覚!
フィロシュネーが「なるほど!」と思ったとき、異変が起きた。
「店主どの?」
「あれ、どんどん力が抜けて……ふああ……」
へなへなと店主が膝を折って崩れ落ちてしまったのだ。
しかも、店主だけではなく、店内にいた他の人間客たちも倒れていく。
(あっ、サイラスがくださった首飾りが光って……)
――守ってくれている。
店の外からもざわざわとした様子が聞こえてきて、ギネスが「何事でしょうか」と剣に手をかけて警戒の面持ちだ。
「フィロシュネー聖女殿下、念のため俺の後ろに……なんか俺も力が抜けてきたのですが、殿下はなんともありませんか……?」
(……それは、生命力が吸われているのでは?)
「わたくしは、首飾りに守ってもらえています。あっ、壊れましたわ」
ラルム・デュ・フェニックスは、一回だけ守ってくれて壊れる魔宝石だ。
継続して吸いつづけるタイプの攻撃とは相性が悪かったかもしれない。
(吸っているのが、あのエルフ像ですわね)
フィロシュネーはサイラスの預言を思い出した。
『店長が倒れますよ。そうしたら、姫はエルフ像を撃つのです』
(サイラス。他の人たちも倒れていきますけど?)
聞こえてくる声からして、たぶん、外でも人が倒れていっている。
さては、グレイ男爵家にあった『カサンドラ先生の像』みたいな像だ。あれよりも急激にたくさん生命力を吸い取っている?
「ギネスさん……フェリシエン? お店の人たちを守ってくださる?」
フェリシエンは察しが良い様子で短杖をふり、結界らしきものを張ってくれた。
それを確認している間に、フィロシュネーは自分の生命力も吸われていくのを感じて眉を寄せた。
「むう。やっぱり、エルフ像が原因ですわ。このエルフ像は、生命力を吸い取る魔法が仕掛けられていると思いますの」
さっさと撃たないと、倒れてしまいそう。
筒杖の先をエルフ像に向けて撃てば、どぉん、と室内で小爆発が起きる。
フェリシエンがきっちりと結界を用意していて、像の外側に爆発の影響が出ないように守ってくれた。
フェリシエンの結界の内側でエルフ像が粉々に壊れると、生命力を吸われる感覚がふっと消えて楽になる。
「あ、……ら、楽になりました」
「こちらもです……なにやら、病気の後のような疲労感がありますが」
室内でふらふらしていた店主やギネスが安堵している。ギネスは元気だが、店主は立ち上がれないほど弱っているようだった。
「わたくしの治癒魔法がお役に立てると思いますの」
店主を癒す間に、外からやってきた騎士たちにギネスとフェリシエンが事情を説明している。
「そういえば、わたくしはハルシオン様から呪術伯を手伝ってほしいと言われています。今日はそれどころではないけれど、後日くわしくお話しましょう」
フェリシエンに言えば、フェリシエンはちょっと驚いた顔をしてから頷いた。
「承知した。後日、そちらの屋敷に伺いたい」
「ええと、わたくしの婚約者のお屋敷にお招きしますわね」
わたくしのお屋敷、というには、まだ少し照れてしまう感じがある。もじもじしていると、店主がクイクイと袖を引いて「もう大丈夫」と教えてくれた。
「はあ~、いやぁー、だいぶ体調がよくなりました……。ありがとうございます」
「よかったですわ」
店主の顔色がよくなっているので安心していると、騎士が話しかけてくる。
「聖女殿下。外に虚脱症状の重い都民がいるのですが、もし可能でしたら治癒魔法をお願いできますでしょうか?」
「それは、もちろん……わたくしにできることで、人助けになるのでしたら」
フィロシュネーは店の外に出て、外の様子を確認してみた。
店の外には、街路樹や建物の壁に体重を預けて座り込んでいる人たちが何人もいる。
「吾輩が口を挟むことではないかと思うが、生命力をさきほど吸われていただろう。魔力を使いすぎて倒れたりしないかね」
フェリシエンが心配するような口ぶりで言うので、フィロシュネーは「この人、誰かを心配したりするのね」と意外に思った。
「大丈夫ですわ。わたくし、結構丈夫ですの」
「ふむ? 健康なのはとても良いことだが」
さらに言葉を連ねようとしたところで、フェリシエンはふと顔をしかめた。
「すまぬが吾輩はもう行く」
「えっ、急にどうしましたの」
「それと、吾輩が訪問する際はフェニックスは遠ざけてくれたまえ。吾輩は……鳥が苦手である!」
「えっ、ええ……?」
フェリシエンが慌てた様子で走っていく。
(あの人、慌てたり走ったりするイメージがなかったけど、あんな風に慌てたりするのね。しかも、鳥が苦手ですって?)
なんですの、その理由?
と見送っていると、周囲からワッと声があがった。
「フェニックスだ!」
「聖女様のフェニックスだ!」
空からパタパタと飛んできた小鳥サイズのフェニックスは――ナチュラだ。
「レディ」
「あっ、ナチュラさん」
ナチュラはフィロシュネーの肩に停まり、「危険な魔法の気配がしたので、来てみました」と言った。
「魔法の仕掛けは、もう壊しましたの。犯人もたぶん、すぐにわかりそうですわ……」
きっとカサンドラだ、と予想して、サイラスの声を思い出す。
『彼女はそれでも不幸になる選択をしてしまうタイプでしょうね』
「……ふう」
(どうして、自分が破滅するような選択をしてしまうのかしら。わたくしなら、破滅を回避する方を選びますのに)
生命力を吸われたあとで治癒魔法を使ったせいか、疲労感がすごい。
フィロシュネーは帰ってからふらふらと寝台に倒れ込み、気を失うように眠ってしまった。
それから数日間――紅都では、「聖女様の活躍」や「事件の犯人と思われる人物」の話。
「空国の呪術伯の弱点」や「聖女様が倒れて奇行に走るノイエスタル神師伯」といった話。
その他いろいろな話が、面白おかしく人々の間を駆け巡ることになるのだった。
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