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5、鬼謀のアイオナイト
346、悪女カサンドラの欲求不満と疑問について
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「なぜ、世界とはこのようであるのでしょうか?」
カサンドラには疑問があった。
「なぜ、人は嘆くのでしょうか?」
お父様と遊びたかった。愛されたかった。
お父様を生き返らせたかった。
――だめだった。
「なぜ、生き物は死を拒絶できないのでしょうか?」
夜空の月には、神様がいるらしい。
お父様を助けなかった神様、カサンドラがどんなに悪行を重ねても天罰を下さない神様だ。
「なぜ、神様は何もしないのでしょうか?」
神様が何もしないから、地上では悪人が好き勝手できる。
自分でなんとかしないと踏みにじられるだけだから、善人だって悪に染まっていく。もしくは、踏みにじられて死んでいく。
「神よ。私はこんなに悪いことをしました。私の声が聞こえていますか? そもそも、私という存在を認知されていないのでしょうか?」
地上で何が起きていても何もしない神様は、どんな顔をしているだろう。
どんなことを考えているだろう。
「私を見て」
神様を見てみたい。神様に見て欲しい。
「私に気付いて。私の声を聞いて。私の気持ちを知って。私の人生をわかって」
どうして私たちを放置するのですか、と問い詰めてみたい。
「お父様、神様。ああ、どうして私をわかってくれないの。私を見てくれないの」
高く、低く、抑揚は精神の不安定さをあらわにして、カサンドラは囀った。
「屋敷が囲まれている。みんな、私を気にしている……ああ、なんて悪女なのでしょう、なんて嫌われているのでしょう、なんて存在感のある私でしょう! 神様、お父様、私はこんなにみんなに知られている……特別な存在、なのですよ?」
カサンドラという存在は、たくさんの人々をよくも悪くも惹き付けてきた。
高貴な令嬢たちは、上流社会の舞台で自らの存在感を際立たせるために、美しさや芸術への理解、洗練されたセンスを磨くことを求められていた。
幼少期から厳格な教育を受け、身のこなしや社交会話、宝飾品、服飾において優雅な技巧を身につけさせられるのが普通だった。
社交の場では、いつもカサンドラがその時代いちばんの花として讃えられた。
カサンドラは、頭がよかった。
もともと容姿に優れたカサンドラは、身分を変え名前を変え、オルーサの庇護下で遊び惚けた。
破滅の悪女。放埓な夜の蝶。有毒の蜜花。
グレイ男爵を始めとする貴族紳士たちは彼女という刺激を好んで讃え、社交界の婦人たちもカサンドラのセンスや知性に憧れ、その所作や化粧やドレスを真似したりした。
どのパーティで踊っても、皆がカサンドラに目を奪われ、良くも悪くも噂する。今も、世の中には希代の悪女として爪痕を残し、彼女は注目された。でも。
「こんなに注目されていても、お父様と神様だけは私を気にかけてくれない」
もっと目立たなきゃ。
足りない? これでも、見てくれない?
なら、悪いことをしてみましょう。止めないと大変なことになっちゃいますよ。
止めてくれないなら、もっと過激なこともしちゃうかも。
「どうして、どうして」
これだけやっても、天罰が下されない。
腹立たしい。許せない。許さない。
「責めたい、わからせたい、反省させたい、殺したい、殺したい、殺したい」
『あなたに味方する神は、もういません』――まるで神のような声が思い出される。
あれがなんだったのかは、わかっていない。神のような口ぶりだったのが、ひどく不愉快だった。
あれが神だとは思いたくない。でも、どこかで神のようだと認識している。
――ならば、自分は天罰を下されたのだろうか?
悪夢のような一瞬の記憶は、謎のまま心に影を落としていた。
天罰を下してみせてほしい、と思って悪事を重ねてきたけれど、いざ天罰が下されると、なんだかとても傷付いた。
――カサンドラは、期待していたから。
「そんな悪いことをして気を引こうとするのはおやめ」と言ってほしかったから。
空国の王都で声を響かせたという神のように、「ずっと見ていたよ」と言って、自分を承認してほしかったから。
だから。
「私の味方をしないと言ったのは、神様じゃない」
期待にこたえてくれないなら、神様なんて、もういらない。
味方をしない神様なんて、いらない。
「ふ……ふふ。ふふふ」
……シモンを不老症にして、あの月の舟を乗っ取って、二人で神様に成り代わったらどうかしら?
ああ、それはとても楽しそう。
私が神様になったら、お父様を助けてあげたい。幸せにしてあげたい。
そして、シモンと一緒に理想の世界をつくりましょう。
全部が全部、思い通りになる世界。
私の気に入らない人が存在せず、お気に入りだけが生きられる世界。
――そんな世界はきっと、幸せで楽しくて、美しい。
カサンドラには疑問があった。
「なぜ、人は嘆くのでしょうか?」
お父様と遊びたかった。愛されたかった。
お父様を生き返らせたかった。
――だめだった。
「なぜ、生き物は死を拒絶できないのでしょうか?」
夜空の月には、神様がいるらしい。
お父様を助けなかった神様、カサンドラがどんなに悪行を重ねても天罰を下さない神様だ。
「なぜ、神様は何もしないのでしょうか?」
神様が何もしないから、地上では悪人が好き勝手できる。
自分でなんとかしないと踏みにじられるだけだから、善人だって悪に染まっていく。もしくは、踏みにじられて死んでいく。
「神よ。私はこんなに悪いことをしました。私の声が聞こえていますか? そもそも、私という存在を認知されていないのでしょうか?」
地上で何が起きていても何もしない神様は、どんな顔をしているだろう。
どんなことを考えているだろう。
「私を見て」
神様を見てみたい。神様に見て欲しい。
「私に気付いて。私の声を聞いて。私の気持ちを知って。私の人生をわかって」
どうして私たちを放置するのですか、と問い詰めてみたい。
「お父様、神様。ああ、どうして私をわかってくれないの。私を見てくれないの」
高く、低く、抑揚は精神の不安定さをあらわにして、カサンドラは囀った。
「屋敷が囲まれている。みんな、私を気にしている……ああ、なんて悪女なのでしょう、なんて嫌われているのでしょう、なんて存在感のある私でしょう! 神様、お父様、私はこんなにみんなに知られている……特別な存在、なのですよ?」
カサンドラという存在は、たくさんの人々をよくも悪くも惹き付けてきた。
高貴な令嬢たちは、上流社会の舞台で自らの存在感を際立たせるために、美しさや芸術への理解、洗練されたセンスを磨くことを求められていた。
幼少期から厳格な教育を受け、身のこなしや社交会話、宝飾品、服飾において優雅な技巧を身につけさせられるのが普通だった。
社交の場では、いつもカサンドラがその時代いちばんの花として讃えられた。
カサンドラは、頭がよかった。
もともと容姿に優れたカサンドラは、身分を変え名前を変え、オルーサの庇護下で遊び惚けた。
破滅の悪女。放埓な夜の蝶。有毒の蜜花。
グレイ男爵を始めとする貴族紳士たちは彼女という刺激を好んで讃え、社交界の婦人たちもカサンドラのセンスや知性に憧れ、その所作や化粧やドレスを真似したりした。
どのパーティで踊っても、皆がカサンドラに目を奪われ、良くも悪くも噂する。今も、世の中には希代の悪女として爪痕を残し、彼女は注目された。でも。
「こんなに注目されていても、お父様と神様だけは私を気にかけてくれない」
もっと目立たなきゃ。
足りない? これでも、見てくれない?
なら、悪いことをしてみましょう。止めないと大変なことになっちゃいますよ。
止めてくれないなら、もっと過激なこともしちゃうかも。
「どうして、どうして」
これだけやっても、天罰が下されない。
腹立たしい。許せない。許さない。
「責めたい、わからせたい、反省させたい、殺したい、殺したい、殺したい」
『あなたに味方する神は、もういません』――まるで神のような声が思い出される。
あれがなんだったのかは、わかっていない。神のような口ぶりだったのが、ひどく不愉快だった。
あれが神だとは思いたくない。でも、どこかで神のようだと認識している。
――ならば、自分は天罰を下されたのだろうか?
悪夢のような一瞬の記憶は、謎のまま心に影を落としていた。
天罰を下してみせてほしい、と思って悪事を重ねてきたけれど、いざ天罰が下されると、なんだかとても傷付いた。
――カサンドラは、期待していたから。
「そんな悪いことをして気を引こうとするのはおやめ」と言ってほしかったから。
空国の王都で声を響かせたという神のように、「ずっと見ていたよ」と言って、自分を承認してほしかったから。
だから。
「私の味方をしないと言ったのは、神様じゃない」
期待にこたえてくれないなら、神様なんて、もういらない。
味方をしない神様なんて、いらない。
「ふ……ふふ。ふふふ」
……シモンを不老症にして、あの月の舟を乗っ取って、二人で神様に成り代わったらどうかしら?
ああ、それはとても楽しそう。
私が神様になったら、お父様を助けてあげたい。幸せにしてあげたい。
そして、シモンと一緒に理想の世界をつくりましょう。
全部が全部、思い通りになる世界。
私の気に入らない人が存在せず、お気に入りだけが生きられる世界。
――そんな世界はきっと、幸せで楽しくて、美しい。
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