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5、鬼謀のアイオナイト
クリスマス番外編6〜光の差すところに、いてね
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凛と夜闇が澄む、聖なる夜。
青国の王城には、着飾った貴族たちがパーティ会場に集まっていた。
「フィロシュネー様がいらっしゃるぞ」
「まあ、婚約者様と揃いの衣装ね」
フィロシュネーは婚約者サイラスと共に会場の注目を集めている。
(わたくしの婚約者はいかが? この特別な夜のために、わたくしが衣装も装飾品も選びましたのよ!)
「わたくしが選びますの!」と張り切って選んだテールコートは明るいカラーで、金糸銀糸の装飾が優美。クラヴァットはフィロシュネーが巻いてあげた。
耳飾りとブレスレットはフィロシュネーとお揃いのデザインで、青と赤の宝石が輝いている。きらっきらだ。
それが好評なので、フィロシュネーは大満足だった。
魔法で生み出された半透明の星飾りが、絢爛豪華な会場をいっそう華やかに彩っている。
星の形をしたランプシェードのカラフルな光。
シャンデリアは白銀の輝きを群れ咲かせて。
大きなクリスマスツリーの根元には、たくさんのプレゼントボックスが置かれている。
ツリーの天辺には七色の色彩を纏った特別な星飾りが輝き、楽団が奏でる曲のリズムに合わせて色合いを変えていく。
飲食用のスペースにはクリスマス料理がたくさん並んでいる。
クランベリーソースがけの七面鳥肉。
かぼちゃや根菜のロースト、マッシュポテト。
塩鱈のトマト煮込みに芽キャベツのサラダ。コーンやビーツのスープ。
白いブッシュ・ド・ノエルに、ツリーや星型のジンジャークッキー。
雪めいた粉砂糖がたっぷりのクグロフや、クリスマスリースに見立てて白い花型クッキーやリーフを飾ったアップルパイ。
キラキラのアラザンやチョコレートの飾りが可愛らしいカップケーキ。
ドライフルーツやアーモンド入りのシュトーレン。
――そんなたくさんのご馳走が、人々の目と舌を楽しませていた。
「食事の前に一曲いかがです?」
「ええ、踊りましょう」
誘いの手を取ったとき、ワッと拍手とざわめきが起きる。
周囲をみれば、青王とその婚約者がちょうど一曲を踊り終えたところだった。
入れ替わるようにダンスフロアへと移動すれば、すれ違う一瞬、2組のペアの視線が交差する。
「シュネー、ダンスが終わったら4人で一緒に食事を楽しもう」
「ええ、お兄様」
アーサーが視線で席を示すので、フィロシュネーは頷いた。
音楽が始まる。
楽団が奏でるクリスマス・ワルツにあわせてされるサイラスのリードは、余裕がある。
パートナーが気持ちよく踊れるように、より美しく魅せられるように、という配慮と献身の感じられるリードだ。
「あなたのリードは、いつもわたくしに優しいですわね。それに……」
知り合ったばかりの頃とは別人のように上達している。
もともと数年前の時点でも、卓越した身体能力ゆえに、素養がなくても器用にこなして様になっていたのだが。
――それが、今はしっかりとした基礎力に支えられて、安定したステップになっているのだ。
ちなみに、ステップをつなげたものをフィガーといい、フィガーを構成したものをルーティーンという。今の彼のリードはルーティーンまでを頭に入れて計画的にステップをつなげている、と感じさせる落ち着きがあり、安定感が以前と段違いだ。
パートナーを綺麗に魅せてくれている。
「メリークリスマス。あなたと一緒にいられて、毎日幸せです」
踊りながらかけられる声には、実直なあたたかさがあった。
「オルーサを討伐したあとのパーティを覚えていますか? あなたが好まれるような台詞を俺が申しあげた夜を」
「もちろんですわ。お芝居を頑張ってくださいましたわね」
「あれは中身の薄い美辞麗句でしたね」
くるりと回転して、二人以外の周りの景色が美しく視界に流れる。
「俺が出会った十四歳の多感なお姫さまは、箱入りで育てられた特権階級らしさいっぱいで、傲慢で生意気だと思いました」
「美辞麗句の裏ではそう思っていたってこと?」
ふっと微笑されるので、フィロシュネーはむすりとした。
「……頬を膨らませてぷりぷりと怒るところは、お可愛らしいと思いましたよ。弱っていらしたり泣いておられると、胸が痛みました」
あの頃とはあれこれと変わってしまった彼だけど、その漆黒の瞳は過去から現在のつながりを感じさせてくれる。そこには、フィロシュネーと懐かしい思い出を共有する『黒の英雄』がいた。
「少女らしさのある感受性の豊かさ、繊細なお心をみせつつ、気丈に王族の聖女様らしく振る舞おうとなさるお姿には、王侯貴族嫌いで不遜な俺も心が動かされる思いがしたかもしれません」
「まあ。嬉しいような恥ずかしいような心地ですわ……」
思わずステップを間違えてしまいそう。フィロシュネーはドキドキしたが、それを見透かしたように「次はこうですよ」と導かれる。
気付けば、一曲が終わっていた。
拍手の中で礼をしながら、サイラスは何もなかったように言葉を続けるだ。
「強気でしたがポンコツなところもありましたし……ちょっと子どもっぽくて可愛げがあるといいますか。そんなところがよかったのでしょうね。悪感情よりも微笑ましさのような情が勝っていた気がします」
「ポンッ……?」
――今なんて?
ぽかんとしたフィロシュネーの左手の指先を掬いあげるように包みこみ、指に光る指輪に誇るような笑みを浮かべて、サイラスは爪先にキスをした。
「俺は、お守りしたいと思ったものです」
かぁっと頬が熱くなるフィロシュネーに「ふふん」と勝ち誇るような笑みをみせて、サイラスは両腕でフィロシュネーの体を包み込むように抱き寄せた。
続く声は、少し危うい雰囲気をにじませている。
「……賑やかな人間たちの輪の中にいるのもいいですが、俺はあなたを独占したいと思っています」
溺愛っぷりを見た貴族たちが拍手を大きくして注目する中、フィロシュネーは逆にサイラスが危うい雰囲気になったことで冷静さを取り戻した。
「……嬉しいですわ。それに、わたくしはあなたが人間たちの輪の中で認められているのが誇らしいですの」
そっと手のひらを彼の胸板にあてると、たくましさの中に傷を隠した生命の音がとくんとくんと脈打っている。
「いつもじゃなくても構わない。でも、わたくしが引っ張っていくときは、あたたかくて明るい光の差すところにいてね」
キスのお返し代わりにサイラスの手を取って小指と小指を絡めれば、世界がふわっと明るさを増したような心地がした。
(あのね、サイラス。わたくしはあの頃、都市グランパークスのお祭りで、あなたにも希望を見せたいなって思ったの)
諦観。
絶望。
悲哀。
憤怒。
そんな感情を抱いて、でもわたくしに優しくしてくれた『黒の英雄』。
――あなたに、世界を好きになってほしかった。
「あのね、サイラス」
――あなたに、人間としてのあたたかで優しくて幸せな未来があってほしい。
だからわたくしは、優しく光る、あなただけの星になる。
「わたくし、ずっとあなたのことが、好きよ」
祈るように神聖な気持ちで捧げた言葉に、彼は蕩けるような微笑みを返して。
「照れますね」
と、神様のような人間のような声で喜んでくれた。
だから。
「あら、わたくしもあなたの嬉しい言葉ですっごく照れましたのよ。お互い様ね!」
フィロシュネーは希望を胸に、その日一番の笑顔の花を咲かせたのだった。
* * *
会場の外の世界では、星が溢れている。
黒玻璃を溶かしたような無限の夜空に、たくさんの星が咲いている。
ひとつだけでは広大な黒色に埋もれて見落とされてしまうような小さな光が無数に散りばめられて、空を煌びやかに飾っている。
そんな世界のあちらこちらで、星々から見ると小さな存在である大勢の人間たちは、それぞれの特別な聖夜を過ごしたのだった。
May joy and happiness spread like the lights of a Christmas tree during this holiday season.
『クリスマスツリーのイルミネーションのように楽しさと幸せがひろがりますように』
――Merry Christmas!
青国の王城には、着飾った貴族たちがパーティ会場に集まっていた。
「フィロシュネー様がいらっしゃるぞ」
「まあ、婚約者様と揃いの衣装ね」
フィロシュネーは婚約者サイラスと共に会場の注目を集めている。
(わたくしの婚約者はいかが? この特別な夜のために、わたくしが衣装も装飾品も選びましたのよ!)
「わたくしが選びますの!」と張り切って選んだテールコートは明るいカラーで、金糸銀糸の装飾が優美。クラヴァットはフィロシュネーが巻いてあげた。
耳飾りとブレスレットはフィロシュネーとお揃いのデザインで、青と赤の宝石が輝いている。きらっきらだ。
それが好評なので、フィロシュネーは大満足だった。
魔法で生み出された半透明の星飾りが、絢爛豪華な会場をいっそう華やかに彩っている。
星の形をしたランプシェードのカラフルな光。
シャンデリアは白銀の輝きを群れ咲かせて。
大きなクリスマスツリーの根元には、たくさんのプレゼントボックスが置かれている。
ツリーの天辺には七色の色彩を纏った特別な星飾りが輝き、楽団が奏でる曲のリズムに合わせて色合いを変えていく。
飲食用のスペースにはクリスマス料理がたくさん並んでいる。
クランベリーソースがけの七面鳥肉。
かぼちゃや根菜のロースト、マッシュポテト。
塩鱈のトマト煮込みに芽キャベツのサラダ。コーンやビーツのスープ。
白いブッシュ・ド・ノエルに、ツリーや星型のジンジャークッキー。
雪めいた粉砂糖がたっぷりのクグロフや、クリスマスリースに見立てて白い花型クッキーやリーフを飾ったアップルパイ。
キラキラのアラザンやチョコレートの飾りが可愛らしいカップケーキ。
ドライフルーツやアーモンド入りのシュトーレン。
――そんなたくさんのご馳走が、人々の目と舌を楽しませていた。
「食事の前に一曲いかがです?」
「ええ、踊りましょう」
誘いの手を取ったとき、ワッと拍手とざわめきが起きる。
周囲をみれば、青王とその婚約者がちょうど一曲を踊り終えたところだった。
入れ替わるようにダンスフロアへと移動すれば、すれ違う一瞬、2組のペアの視線が交差する。
「シュネー、ダンスが終わったら4人で一緒に食事を楽しもう」
「ええ、お兄様」
アーサーが視線で席を示すので、フィロシュネーは頷いた。
音楽が始まる。
楽団が奏でるクリスマス・ワルツにあわせてされるサイラスのリードは、余裕がある。
パートナーが気持ちよく踊れるように、より美しく魅せられるように、という配慮と献身の感じられるリードだ。
「あなたのリードは、いつもわたくしに優しいですわね。それに……」
知り合ったばかりの頃とは別人のように上達している。
もともと数年前の時点でも、卓越した身体能力ゆえに、素養がなくても器用にこなして様になっていたのだが。
――それが、今はしっかりとした基礎力に支えられて、安定したステップになっているのだ。
ちなみに、ステップをつなげたものをフィガーといい、フィガーを構成したものをルーティーンという。今の彼のリードはルーティーンまでを頭に入れて計画的にステップをつなげている、と感じさせる落ち着きがあり、安定感が以前と段違いだ。
パートナーを綺麗に魅せてくれている。
「メリークリスマス。あなたと一緒にいられて、毎日幸せです」
踊りながらかけられる声には、実直なあたたかさがあった。
「オルーサを討伐したあとのパーティを覚えていますか? あなたが好まれるような台詞を俺が申しあげた夜を」
「もちろんですわ。お芝居を頑張ってくださいましたわね」
「あれは中身の薄い美辞麗句でしたね」
くるりと回転して、二人以外の周りの景色が美しく視界に流れる。
「俺が出会った十四歳の多感なお姫さまは、箱入りで育てられた特権階級らしさいっぱいで、傲慢で生意気だと思いました」
「美辞麗句の裏ではそう思っていたってこと?」
ふっと微笑されるので、フィロシュネーはむすりとした。
「……頬を膨らませてぷりぷりと怒るところは、お可愛らしいと思いましたよ。弱っていらしたり泣いておられると、胸が痛みました」
あの頃とはあれこれと変わってしまった彼だけど、その漆黒の瞳は過去から現在のつながりを感じさせてくれる。そこには、フィロシュネーと懐かしい思い出を共有する『黒の英雄』がいた。
「少女らしさのある感受性の豊かさ、繊細なお心をみせつつ、気丈に王族の聖女様らしく振る舞おうとなさるお姿には、王侯貴族嫌いで不遜な俺も心が動かされる思いがしたかもしれません」
「まあ。嬉しいような恥ずかしいような心地ですわ……」
思わずステップを間違えてしまいそう。フィロシュネーはドキドキしたが、それを見透かしたように「次はこうですよ」と導かれる。
気付けば、一曲が終わっていた。
拍手の中で礼をしながら、サイラスは何もなかったように言葉を続けるだ。
「強気でしたがポンコツなところもありましたし……ちょっと子どもっぽくて可愛げがあるといいますか。そんなところがよかったのでしょうね。悪感情よりも微笑ましさのような情が勝っていた気がします」
「ポンッ……?」
――今なんて?
ぽかんとしたフィロシュネーの左手の指先を掬いあげるように包みこみ、指に光る指輪に誇るような笑みを浮かべて、サイラスは爪先にキスをした。
「俺は、お守りしたいと思ったものです」
かぁっと頬が熱くなるフィロシュネーに「ふふん」と勝ち誇るような笑みをみせて、サイラスは両腕でフィロシュネーの体を包み込むように抱き寄せた。
続く声は、少し危うい雰囲気をにじませている。
「……賑やかな人間たちの輪の中にいるのもいいですが、俺はあなたを独占したいと思っています」
溺愛っぷりを見た貴族たちが拍手を大きくして注目する中、フィロシュネーは逆にサイラスが危うい雰囲気になったことで冷静さを取り戻した。
「……嬉しいですわ。それに、わたくしはあなたが人間たちの輪の中で認められているのが誇らしいですの」
そっと手のひらを彼の胸板にあてると、たくましさの中に傷を隠した生命の音がとくんとくんと脈打っている。
「いつもじゃなくても構わない。でも、わたくしが引っ張っていくときは、あたたかくて明るい光の差すところにいてね」
キスのお返し代わりにサイラスの手を取って小指と小指を絡めれば、世界がふわっと明るさを増したような心地がした。
(あのね、サイラス。わたくしはあの頃、都市グランパークスのお祭りで、あなたにも希望を見せたいなって思ったの)
諦観。
絶望。
悲哀。
憤怒。
そんな感情を抱いて、でもわたくしに優しくしてくれた『黒の英雄』。
――あなたに、世界を好きになってほしかった。
「あのね、サイラス」
――あなたに、人間としてのあたたかで優しくて幸せな未来があってほしい。
だからわたくしは、優しく光る、あなただけの星になる。
「わたくし、ずっとあなたのことが、好きよ」
祈るように神聖な気持ちで捧げた言葉に、彼は蕩けるような微笑みを返して。
「照れますね」
と、神様のような人間のような声で喜んでくれた。
だから。
「あら、わたくしもあなたの嬉しい言葉ですっごく照れましたのよ。お互い様ね!」
フィロシュネーは希望を胸に、その日一番の笑顔の花を咲かせたのだった。
* * *
会場の外の世界では、星が溢れている。
黒玻璃を溶かしたような無限の夜空に、たくさんの星が咲いている。
ひとつだけでは広大な黒色に埋もれて見落とされてしまうような小さな光が無数に散りばめられて、空を煌びやかに飾っている。
そんな世界のあちらこちらで、星々から見ると小さな存在である大勢の人間たちは、それぞれの特別な聖夜を過ごしたのだった。
May joy and happiness spread like the lights of a Christmas tree during this holiday season.
『クリスマスツリーのイルミネーションのように楽しさと幸せがひろがりますように』
――Merry Christmas!
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