悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
377 / 384
5、鬼謀のアイオナイト

365、今は「英雄になって死ぬ」絶好のチャンスでしょうね?

しおりを挟む
 扉の中から光が出尽くして、数秒。

「これで、終わり」

 フィロシュネーは石を手に「ふう」と息をついた。
 すると、同行していたフェリシエンが目の前で膝をつく。

「何を?」

 隣にいるサイラスは警戒心全開のぴりぴりした気配だが、フィロシュネーは片手でサイラスを制した。

(商業神ルート。あなたは、フェリシエンの最期を演じたいのね。大陸中が混乱に陥る事件が解決しかけている今は「英雄になって死ぬ」絶好のチャンスでしょうね?)
 ――相手のやりたいことは、わかっているのだ。

 頭を下げた動きで、フェリシエンの緑色の髪がさらりと揺れる。
 瞳は、終着点を目前にした旅人のようだった。

 この神様は、疲れている。
 もう終わりにしようと思っている。
 フィロシュネーには、それが感じられた。
 
「聖女フィロシュネー姫にお知らせ申し上げます。吾輩は月神の天啓を受けました。天啓の内容を発表したいのですが、よろしいですか」
 
 メクシ山の遺跡を攻略した隊のメンバーたちは、「天啓だって? 何を言い出すのだろう!」と興味津々だ。

「まあ。わたくしのように、あなたも? ぜひお話しください!」

 フィロシュネーはこっそり布石を敷きつつ、話を促した。

(さてさて、あなたの描いた筋書きを見せてごらんなさい。商業神ルート)
 
「月神の試練は、終わっていません」

 なんだって、と小隊メンバーがつぶやく声が、遺跡の壁に反響する。

 フィロシュネーにはわかる――フィロシュネーがやったように、フェリシエンも彼が考えたシナリオを実現しようとしているのだ。
 
「ご存じのとおり、二つある月の片方は日々地上に近付いています。あれも試練なのです」  
 
 なるほど、カサンドラが地上に引き寄せた神々の舟。
 あれを使ってフェリシエンの最期を演出するらしい。
 
ノーブレスオブリージュ貴き地位に伴う義務と責任にのっとり、王侯貴族が気高き意思を示せというのです」

 ふむふむ、と頷いて、フィロシュネーは言葉を寄り添わせた。
 
「まあ。月神様は、まだ試練を? 前から思っていたけれど、試練がお好きなのね」
「そうですな。神話にもよくあることですが、女神は勇士を試すのが好きな性質を持っているようです」
「ふむん。その試練の中身、わたくしが当ててみせましょう」

 あの神々の舟は、カサンドラによって地上に引き寄せられている。
 現実問題として「試練をクリアしてめでたしめでたし!」で終わらない点だ。
 どうにかしないと神々の舟は空に戻っていかない。それどころか下手すると、ドーンっと地上に落ちて大変なことになるかもしれない状態なのだ。

 商業神ルートは、船の内部に行けば操縦できるのだろう。
 なので、「神々の舟を戻しがてらフェリシエンを救世の英雄にして、その人生を栄光で彩って幕を下ろそう」と思いついたのではないだろうか。一石二鳥というわけだ。

「あの月にお空の高い場所におかえりいただくには、誰かが扉の向こうへ行って、その身を女神様に捧げる必要がある……とかかしら」

 あなたは、フェリシエンという人物を英雄的に死なせたいのですものね?
 
「おお、さすが真実を暴く聖女フィロシュネー姫。さらに申し上げるなら、月神は姫がお持ちの移ろいの石もご所望です。そういうわけで、吾輩は石を持って扉の向こうに参ります」

 用も済んだし、ついでに危険な星の石も回収しようというのだ。

(わたくし、完全に意図を理解しましたわ)

「お、お待ちくださいお二人とも。どんどん話が進んで……」
  
 さくさくと話が進んで、周囲はぽかーんとしている。
 サイラスも何度か口を挟もうとしてはフィロシュネーに止められ、ちょっとストレスを溜めていそう。
 
「周囲のリアクションもごもっとも、さあどうしますか」とフェリシエンを見れば「別れを惜しむ必要もない、もうめんどくさいぞ」と言わんばかりに扉に手をかけている。
 
「しかし、身を捧げるとはどういうことでしょう。戻ってこられるのですか? お……お供してもよろしいですか」

 配下の呪術師が数人、勇気を出した様子で同行を申し出る。
 決死の覚悟を讃えた彼らを振りむくこともなく、フェリシエンは首を横に振った。
 
「そんな……」
   
 配下がショックを受けた顔になっている。
 本人は「話しかけてるやつ誰だっけ」みたいな塩対応で温度差がひどいが、配下には慕われているみたいだ。
 彼の配下は呪術師なので、単に実力がある彼を尊敬して慕っているのかもしれないし、あるいは意外と配下の面倒見がよかったりして、好かれたのかもしれない。

「おひとりで行かれるのですか? まさか、死を覚悟なさって?」 
「そうだが、何か問題が?」
    
 なんともいっても、彼はカントループが存命だった時代から、とてつもない時間を生きてきた神なのだ。
 不老症で生きるのに飽きた人物みたいに、「フェリシエン」として関わってきた周囲との関係に未練も感じないのかもしれない。

 と、精神分析するフィロシュネーの視界の隅で、ふわふわとした何かが揺れる。
 
(うんうん、そうね)

 フィロシュネーはにっこりとフェリシエンを呼び止めた。
 
「ブラックタロン呪術伯。あなたの英雄的な献身精神は素晴らしいですわね。人はあなたを勇者と呼ぶかもしれません。その前に同行希望者をご紹介してもよいかしら」
「同行希望者? なんだねそれは? 配下は連れていかんぞ」

 フェリシエンが訝しがる中、彼の配下呪術師たちは。
 
「冷たいように振る舞っているが、真意は俺たちを生かそうとしてくださっているのだ」
「ううっ、なんてお優しい」
 と好意的解釈をして泣いている。すると、彼の配下ではない者たちも一緒になって痛ましそうな表情で、「何もひとりで犠牲にならなくても、他の方法はないのか」と言い出したりするではないか。

(ちょっと前までは「ブラックタロンを許すな」って言われてたのに)

「その気味わるいムードは吾輩が死んでからしたまえ。死んだ後ならいくらでも盛り上がってくれて構わないが、存命中にされるのは苦手である」
「死なないでください!」
 
 自分の命を惜しまれて居心地悪そうにしているフェリシエンを微笑ましく思いつつ、フィロシュネーは聖女然とした声で演技をした。

「わたくしに加護をくださる神鳥しんちょうさま! そして、わたくしの婚約者に加護をくださるコルテしん様!」 
「はい。なんですか、俺の姫?」

 そこでサイラスがお返事しないで!

 心の中でつっこみをしつつ、フィロシュネーは両手を広げた。
 すると、ぱたぱた、ふわふわと小さなサイズのフェニックス・ナチュラと死霊くんがやってくる。

「うっ」
 フェリシエンは目に見えて動揺した。

「わたくしも聖女として、当然、月神様からの天啓を受けておりますの! 勇者フェリシエンには、この二者が同行いたします。……これは天啓ですから」
 
 事情を知らない小隊メンバーの目があるから、フェリシエンは無難な返答しかできない。
 
 フィロシュネーは聖女の顔で厳かに移ろいの石を差し出し、勇者フェリシエンとその仲間たちを月へと送り出したのだった。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...