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木々の間を抜けて、私は目的地にたどり着いた。
――ここだ!
目印の白いジャスミンの蔓を見つけて、心臓が早鐘を打つ。
洞窟の入り口は、結界で隠されている。昔の時代の魔法使いの仕業だ。
近づくと、空気に違和感を覚えて首筋がちりちりとする。
目では異変は見えないけれど、なんとなく他の場所と違うな、という感覚――結界だ。
私は蓄魔石を取り出した。
虹色に輝く石には、5色のスライムたちから分けてもらった魔力が蓄えられている。
「小説と同じなら……5属性の魔力を注げば、結界が反応するはず」
私は深呼吸をして、蓄魔石を両手で包んだ。
意識を集中させる。
石の中の魔力が、私の手のひらを通じて流れ出す。
赤――火。
青――水。
茶――土。
白――風。
黄――光。
5色の魔力が蓄魔石の周囲に溢れ、ジャスミンの蔓に向かって流れていく。
すると、空気が震えて光の文様が現れた。
精霊文字で描かれた、複雑な魔法陣だ。
次の瞬間。
低く、厳かな声が響いた。
『汝、結界を解きし者よ。我が問いに答えよ』
「お、おお……っ、小説通り! 答えます、答えます」
これは魔法使いが仕掛けた自動システムだ。小説にも出て来た。
『問う。人は何ゆえ欠点のある者を愛するのか。完全な者こそが愛に値するのではないか? 我には妻がいたが、妻は欠点の多い我を愛してくれた……』
小説と違う問いだ。この問い、ランダムなのかな?
ちょっとびっくりしたけど、確かこの問いは自分の考えを素直に言えばいいだけだ。答えよう。
「欠点のない人間はいません。えっと……」
魔法使いは妻を深く愛していた設定があったはずだ。それを思い出して、私は言葉を選んだ。
「私は推しの存在の完璧じゃないところも魅力だなと思います……あなたの大切な奥様は、あなたが欠点だと思っているところも含めて魅力的だなと思えたんだと思います。それか、欠点を補って余りある魅力を感じていたとか」
『……汝を受け入れよう』
魔法陣が砕け散るように消えていく。
そして、目の前に洞窟の入り口への道が開かれた。表面をジャスミンの花で覆われた岩の洞窟だ。
「やった……灯火!」
私は魔法で明かりを灯して洞窟の中へと足を踏み入れた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
奥深くへ進むにつれ、空気がひんやりと冷えていく。
足元は柔らかい土で、歩きやすい。
静かな通路は一本道で、寂しくなった私は途中でアトレイン殿下が花蜜スライムを連れていたことを思い出し、自分の花蜜スライムを召喚した。
洞窟の最奥に、それはあった。
「あった……!」
月光のように輝く銀色の葉を持つ小さな薬草、月銀草。
魔力喪失症の治療薬の材料だ。
私は膝をついて、慎重に薬草を採取した。
根を傷つけないように、土ごと掘り起こす手が震える。
花蜜スライムがぷるんと手にひっついてくるのは、もしかしたら支えてくれているんだろうか。
「ありがと、アップル」
花蜜スライムはぷるぷるの全身を揺らして、どうやら頷いたようだった。
その可愛らしさに励まされながら、私は丁寧に月銀草を採取して持ってきた布で包んだ。
これで、治療薬が作れる……!
胸が高鳴った、その時。
ゴゴゴゴゴ……
洞窟の奥から、不吉な音が響いた。
「え……?」
何の音? まるで、閉ざされていた重い扉が開いたような。
嫌な予感に視線を向けると、予想通り、何もなかった壁の一部がスライドして、ぽっかりと穴を開けていた。
隠し部屋が開いた?
原作にはこんな描写、なかった。
しかも、穴の向こうから何かがひたひたと近づいてくる。
「な……何?」
危ないかもしれない。
そう思って後退りした時、巨大な影が姿を現した。
「……ひっ」
私の灯火の魔法に、その姿が照らし出される。
大きな黒い、トカゲに似ていて、背中に羽を持っている生き物。
赤く光る瞳。
牙を剥き出しにした、獰猛な姿。
危険指定されている上級魔法生物、影黒ドラゴン――!
「嘘……なんでここに……!」
原作にはいなかったはずなのに!
影黒ドラゴンが、低く唸る。
その瞳が、私を捉えた。
――逃げなきゃ。
でも、足が動かない。
恐怖で、身体が硬直している。
「あっ……」
私の足元で、ぽよよんとした花蜜スライムが勇敢に跳ねて前に進んでいく。
まるで主人を守るような行動に、目頭が熱くなると同時に焦燥が湧く。
「アップル! む、無理よ」
力の差ははっきりしている。
なのに、ぷるぷると震えながら、アップルは私の前に立った。
小さな身体で影黒ドラゴンに立ち向かおうとしている。
このままじゃいけない。
私は短杖を握りしめた。
「わ、私が気を引きつけて戦うわ。アップルは隙を見て安全な死角から攻撃してね」
炎の魔法で……倒すまではいかなくても、時間稼ぎくらいは!
私は教授に位置を知らせる銀笛を吹き、短杖を構えた。
「火壁!」
魔力を源とする炎が影黒ドラゴンと私の間に壁のように燃え盛る。
でも、影黒ドラゴンは炎を避けもせず、そのまま突っ込んできた。
「だめ……逃げてくれない……! 火弾!」
後ろに下がりながら必死に炎の弾を撃つ。
でも、影黒ドラゴンの鱗に弾かれてしまう。
「……き、効かない……っ」
熱気が返ってきて頬を焦がす。
喉が焼けるように痛い。
汗が滲む。魔力の消耗が激しい。
「火壁!」
炎の壁を張る。
でも、影黒ドラゴンは怯まない。
炎を突き抜け、牙を剥いて飛び込んでくる。
逃げ場がない。
「いや……だめ、だめ……!」
私はアップルを庇うように抱きかかえた。
恐怖で全身が硬直する。
どうしよう……!
ネクロセフ教授、助けて……!
恐怖にすくみ上った、その時。
「パメラ!」
洞窟内に声が響いた。
――アトレイン殿下!?
「目を閉じろ!」
殿下の声に、私は反射的に目を閉じた。同時に、殿下が魔法の発動呪文を唱えるのが聞こえる。
「聖光」
上級の光魔法だ。
目を閉じていても、眩い光が洞窟全体を照らし尽くしたのがわかる。
瞼の向こうからでも感じられるほどの、強烈な光……!
「グオオオオッ!」
影黒ドラゴンの悲鳴が響く。
闇属性の魔法生物にとって、光は天敵だ。
瞼の裏の光が落ち着いたのを感じて恐る恐る目を開けると、前に出た殿下が光で生成した魔法剣を一閃して影黒ドラゴンの影を斬り裂くところが見えた。
影黒ドラゴンは、影で体ができているんだ。
光に照らされ、斬り裂かれて、影が消えていく。
……すごい。倒しちゃった……!
「上級魔法は今までうまく発動できなかったんだが、成功してよかった……もう大丈夫だ」
殿下は吐息をつき、光の剣を消して、私の近くに歩み寄った。
途中、ふらりと足元がよろめいたので、慌てて支える。
「ずっと探していて、走りっぱなしだったから。やっと見つけたと思ったらドラゴンと戦っているから、生きた心地がしなかった」
呼吸を整えるように言ってから、殿下は私の頬に手を当てて顔を覗き込むようにした。
疲労の滲む黄緑色の瞳は優しく私を見つめている。
「殿下……」
「心配した」
耳が熱を持って、くすぐったくなる。
「あなたに何かあったらと思うと……心臓が張り裂けそうだった」
いつもの冷静な殿下とは違う、感情を剥き出しにした声だ。
密着した体温に「助かったんだ」という想いが湧いてきて、全身の力が抜けてしまう。
「パメラは、どうしてこんなところに? 責めているわけではないんだが……」
「ご、ごめんなさい殿下……あの……」
私は布に包んだ月銀草を見た。
「この薬草で、たくさんの人が救えるんです。だから……」
殿下の瞳が、私を見つめている。
吸い込まれそうな黄緑色の瞳に自分が映っている。
……距離が近い。
意識すると、どんな顔をしていいかわからなくなってくる。
「……たくさんの人を救うため、か。あなたは本当に……優しいんだな。天使かな」
「い、いえ。いえいえいえ……!」
ただの推し活です!
くすぐったい気分になってブンブンと首を横に振ると、殿下はくすくすと笑った。
「あははっ……、可愛い。天使だな」
楽しそうな笑顔の眩しさで目が潰れそう。
きららかな声色で紡がれた言葉に、心臓が爆発しそうになる。
「で、殿下……!」
「ああ、笑ってすまない。さあ、戻ろうか」
殿下が手を差し出す。
私が殿下の手を取ると、私の花蜜スライム、《アップル》が、はしゃぐように跳ねた。
殿下の連れているスライムたちがそれを見てアップルに近付いていく。
同じ魔法生物同士、仲間意識があるのだろうか。
殿下のスライムたちは嬉しそうに「ぽよん」「ぷよっ」と跳ねながら、アップルの周りをくるくると回り始めた。
アップルも負けじと跳ね返し、花蜜の香りをぽふっと弾けさせる。
淡い甘い香りが洞窟に広がった。
「可愛い……」
思わず呟いた私の横で、殿下も小さく笑う。
「俺もこんな光景を見るのは初めて見るよ。微笑ましいものだ」
「アップルは私によく懐いてくれていて、さっきも勇気を出して頑張ってくれたんです」
「うん、見ていたよ。あなたに似て頑張りやさんだ」
甘やかに言われて恥ずかしくなって視線を逸らすと、アップルが跳ねた先に、黒ずんだ金属板のようなものが見えた。
手のひらほどの大きさで、中央に赤い宝石のようなボタンが埋め込まれている。
岩壁の中に不自然に浮かび上がっていて、どう見ても何かの仕掛けだ。
「待って、アップル。それには近づかない方が……」
言い終えるより早く、アップルの小さな体がその赤い部分にぽすんと触れた。
――カチッ。
耳障りな金属音。
次の瞬間、洞窟全体が不気味に唸った。
――ここだ!
目印の白いジャスミンの蔓を見つけて、心臓が早鐘を打つ。
洞窟の入り口は、結界で隠されている。昔の時代の魔法使いの仕業だ。
近づくと、空気に違和感を覚えて首筋がちりちりとする。
目では異変は見えないけれど、なんとなく他の場所と違うな、という感覚――結界だ。
私は蓄魔石を取り出した。
虹色に輝く石には、5色のスライムたちから分けてもらった魔力が蓄えられている。
「小説と同じなら……5属性の魔力を注げば、結界が反応するはず」
私は深呼吸をして、蓄魔石を両手で包んだ。
意識を集中させる。
石の中の魔力が、私の手のひらを通じて流れ出す。
赤――火。
青――水。
茶――土。
白――風。
黄――光。
5色の魔力が蓄魔石の周囲に溢れ、ジャスミンの蔓に向かって流れていく。
すると、空気が震えて光の文様が現れた。
精霊文字で描かれた、複雑な魔法陣だ。
次の瞬間。
低く、厳かな声が響いた。
『汝、結界を解きし者よ。我が問いに答えよ』
「お、おお……っ、小説通り! 答えます、答えます」
これは魔法使いが仕掛けた自動システムだ。小説にも出て来た。
『問う。人は何ゆえ欠点のある者を愛するのか。完全な者こそが愛に値するのではないか? 我には妻がいたが、妻は欠点の多い我を愛してくれた……』
小説と違う問いだ。この問い、ランダムなのかな?
ちょっとびっくりしたけど、確かこの問いは自分の考えを素直に言えばいいだけだ。答えよう。
「欠点のない人間はいません。えっと……」
魔法使いは妻を深く愛していた設定があったはずだ。それを思い出して、私は言葉を選んだ。
「私は推しの存在の完璧じゃないところも魅力だなと思います……あなたの大切な奥様は、あなたが欠点だと思っているところも含めて魅力的だなと思えたんだと思います。それか、欠点を補って余りある魅力を感じていたとか」
『……汝を受け入れよう』
魔法陣が砕け散るように消えていく。
そして、目の前に洞窟の入り口への道が開かれた。表面をジャスミンの花で覆われた岩の洞窟だ。
「やった……灯火!」
私は魔法で明かりを灯して洞窟の中へと足を踏み入れた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
奥深くへ進むにつれ、空気がひんやりと冷えていく。
足元は柔らかい土で、歩きやすい。
静かな通路は一本道で、寂しくなった私は途中でアトレイン殿下が花蜜スライムを連れていたことを思い出し、自分の花蜜スライムを召喚した。
洞窟の最奥に、それはあった。
「あった……!」
月光のように輝く銀色の葉を持つ小さな薬草、月銀草。
魔力喪失症の治療薬の材料だ。
私は膝をついて、慎重に薬草を採取した。
根を傷つけないように、土ごと掘り起こす手が震える。
花蜜スライムがぷるんと手にひっついてくるのは、もしかしたら支えてくれているんだろうか。
「ありがと、アップル」
花蜜スライムはぷるぷるの全身を揺らして、どうやら頷いたようだった。
その可愛らしさに励まされながら、私は丁寧に月銀草を採取して持ってきた布で包んだ。
これで、治療薬が作れる……!
胸が高鳴った、その時。
ゴゴゴゴゴ……
洞窟の奥から、不吉な音が響いた。
「え……?」
何の音? まるで、閉ざされていた重い扉が開いたような。
嫌な予感に視線を向けると、予想通り、何もなかった壁の一部がスライドして、ぽっかりと穴を開けていた。
隠し部屋が開いた?
原作にはこんな描写、なかった。
しかも、穴の向こうから何かがひたひたと近づいてくる。
「な……何?」
危ないかもしれない。
そう思って後退りした時、巨大な影が姿を現した。
「……ひっ」
私の灯火の魔法に、その姿が照らし出される。
大きな黒い、トカゲに似ていて、背中に羽を持っている生き物。
赤く光る瞳。
牙を剥き出しにした、獰猛な姿。
危険指定されている上級魔法生物、影黒ドラゴン――!
「嘘……なんでここに……!」
原作にはいなかったはずなのに!
影黒ドラゴンが、低く唸る。
その瞳が、私を捉えた。
――逃げなきゃ。
でも、足が動かない。
恐怖で、身体が硬直している。
「あっ……」
私の足元で、ぽよよんとした花蜜スライムが勇敢に跳ねて前に進んでいく。
まるで主人を守るような行動に、目頭が熱くなると同時に焦燥が湧く。
「アップル! む、無理よ」
力の差ははっきりしている。
なのに、ぷるぷると震えながら、アップルは私の前に立った。
小さな身体で影黒ドラゴンに立ち向かおうとしている。
このままじゃいけない。
私は短杖を握りしめた。
「わ、私が気を引きつけて戦うわ。アップルは隙を見て安全な死角から攻撃してね」
炎の魔法で……倒すまではいかなくても、時間稼ぎくらいは!
私は教授に位置を知らせる銀笛を吹き、短杖を構えた。
「火壁!」
魔力を源とする炎が影黒ドラゴンと私の間に壁のように燃え盛る。
でも、影黒ドラゴンは炎を避けもせず、そのまま突っ込んできた。
「だめ……逃げてくれない……! 火弾!」
後ろに下がりながら必死に炎の弾を撃つ。
でも、影黒ドラゴンの鱗に弾かれてしまう。
「……き、効かない……っ」
熱気が返ってきて頬を焦がす。
喉が焼けるように痛い。
汗が滲む。魔力の消耗が激しい。
「火壁!」
炎の壁を張る。
でも、影黒ドラゴンは怯まない。
炎を突き抜け、牙を剥いて飛び込んでくる。
逃げ場がない。
「いや……だめ、だめ……!」
私はアップルを庇うように抱きかかえた。
恐怖で全身が硬直する。
どうしよう……!
ネクロセフ教授、助けて……!
恐怖にすくみ上った、その時。
「パメラ!」
洞窟内に声が響いた。
――アトレイン殿下!?
「目を閉じろ!」
殿下の声に、私は反射的に目を閉じた。同時に、殿下が魔法の発動呪文を唱えるのが聞こえる。
「聖光」
上級の光魔法だ。
目を閉じていても、眩い光が洞窟全体を照らし尽くしたのがわかる。
瞼の向こうからでも感じられるほどの、強烈な光……!
「グオオオオッ!」
影黒ドラゴンの悲鳴が響く。
闇属性の魔法生物にとって、光は天敵だ。
瞼の裏の光が落ち着いたのを感じて恐る恐る目を開けると、前に出た殿下が光で生成した魔法剣を一閃して影黒ドラゴンの影を斬り裂くところが見えた。
影黒ドラゴンは、影で体ができているんだ。
光に照らされ、斬り裂かれて、影が消えていく。
……すごい。倒しちゃった……!
「上級魔法は今までうまく発動できなかったんだが、成功してよかった……もう大丈夫だ」
殿下は吐息をつき、光の剣を消して、私の近くに歩み寄った。
途中、ふらりと足元がよろめいたので、慌てて支える。
「ずっと探していて、走りっぱなしだったから。やっと見つけたと思ったらドラゴンと戦っているから、生きた心地がしなかった」
呼吸を整えるように言ってから、殿下は私の頬に手を当てて顔を覗き込むようにした。
疲労の滲む黄緑色の瞳は優しく私を見つめている。
「殿下……」
「心配した」
耳が熱を持って、くすぐったくなる。
「あなたに何かあったらと思うと……心臓が張り裂けそうだった」
いつもの冷静な殿下とは違う、感情を剥き出しにした声だ。
密着した体温に「助かったんだ」という想いが湧いてきて、全身の力が抜けてしまう。
「パメラは、どうしてこんなところに? 責めているわけではないんだが……」
「ご、ごめんなさい殿下……あの……」
私は布に包んだ月銀草を見た。
「この薬草で、たくさんの人が救えるんです。だから……」
殿下の瞳が、私を見つめている。
吸い込まれそうな黄緑色の瞳に自分が映っている。
……距離が近い。
意識すると、どんな顔をしていいかわからなくなってくる。
「……たくさんの人を救うため、か。あなたは本当に……優しいんだな。天使かな」
「い、いえ。いえいえいえ……!」
ただの推し活です!
くすぐったい気分になってブンブンと首を横に振ると、殿下はくすくすと笑った。
「あははっ……、可愛い。天使だな」
楽しそうな笑顔の眩しさで目が潰れそう。
きららかな声色で紡がれた言葉に、心臓が爆発しそうになる。
「で、殿下……!」
「ああ、笑ってすまない。さあ、戻ろうか」
殿下が手を差し出す。
私が殿下の手を取ると、私の花蜜スライム、《アップル》が、はしゃぐように跳ねた。
殿下の連れているスライムたちがそれを見てアップルに近付いていく。
同じ魔法生物同士、仲間意識があるのだろうか。
殿下のスライムたちは嬉しそうに「ぽよん」「ぷよっ」と跳ねながら、アップルの周りをくるくると回り始めた。
アップルも負けじと跳ね返し、花蜜の香りをぽふっと弾けさせる。
淡い甘い香りが洞窟に広がった。
「可愛い……」
思わず呟いた私の横で、殿下も小さく笑う。
「俺もこんな光景を見るのは初めて見るよ。微笑ましいものだ」
「アップルは私によく懐いてくれていて、さっきも勇気を出して頑張ってくれたんです」
「うん、見ていたよ。あなたに似て頑張りやさんだ」
甘やかに言われて恥ずかしくなって視線を逸らすと、アップルが跳ねた先に、黒ずんだ金属板のようなものが見えた。
手のひらほどの大きさで、中央に赤い宝石のようなボタンが埋め込まれている。
岩壁の中に不自然に浮かび上がっていて、どう見ても何かの仕掛けだ。
「待って、アップル。それには近づかない方が……」
言い終えるより早く、アップルの小さな体がその赤い部分にぽすんと触れた。
――カチッ。
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