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1、イケメンは、お金になる

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 私の名はレジィナ。婚約破棄の現場に居合わせた商人だ。

「ウィスベル・ハートクライン伯爵。あなたとの婚約は、破棄ですっ!」

 現場の状況を実況してみよう。
 現在、壁やテーブルに飾られたオレンジのキャンドルライトに照らされた貴族が集う夜会の隅で、美しい青年が婚約者令嬢に振られている。名前は、ウィスベル・ハートクライン伯爵だ。

「……仕方ありませんね」

 あっ、諦めちゃってる。
 
 ハートクライン伯爵家は由緒正しき貴族の家で、ウィスベル様は当主になったばかりの19歳の美青年。
 
 濡れたような艶めきを放つ黒髪をオールバックにしていて、清潔感がある。
 青い瞳は深い海のようで、長いまつ毛が目元に落とす影と、左目の下にある泣きぼくろが色っぽい。
 
 社交界も市政の民も、彼の美貌を「青薔薇のように美しい伯爵」と褒め讃えている。国宝級のきれいなお兄さんだ。

 なのに、なぜそんな彼が婚約破棄を言い渡されているかというと、……お金がないからっ!

 清貧という言葉をご存じだろうか。あれが、まさにハートクライン家。
 
 品行方正で慈悲深く積極的に奉仕をして、見返りは求めない。
 「聖人君子の家系」と名声は高いが、そんなノリで何代も資産を減少させた結果、ウィスベル様の親世代で限界を迎えてしまって、両親は自殺。
 後を継いだウィスベルは「この家をどう建て直したらいいのか?」と頭を悩ませている。
 
 そして、そんな彼に商人が「ご両親が借金をしてました。返してください」と迫り、婚約者は「巻き込まれたくないわ! さようなら!」と逃げていく。かわいそう!
 
 ところで、本人は忘れているだろうけど、私は5歳のときに当時7歳のウィスベル様に助けていただいたことがある。
 街中ですっころんでピィピィ泣いてた私に手を差し出して笑ってくれたウィスベル様はやさしかった。キュンとなった。

 ……そのご恩を、今お返ししましょう!
 
「お困りのようですね? 私がお助けしましょう、青薔薇の伯爵ウィスベル様!」
 
 声をあげる私に、その場にいた全員が視線を集中させる。

「ほう? 美しいな。どこの家の令嬢だ」
「殿下、あちらは商人ですよ」
「まあ、商人がでしゃばって。いやですわね」
 
 貴族がみんなして私の全身を品定めするように見つめてくる。「殿下」という称号が聞こえたので、王族もいるみたい。
 
 商人は、身分社会において貴族より格下だ。
 無礼だったり、衣装も立ち居振る舞いがおかしかったりすれば、貴族社会では格好の攻撃材料になってしまう。隙は見せられない。
 
 大丈夫、今日の私はしっかりパーティ用に着飾って武装している。
 
 丁寧に巻いた金髪に、薔薇のように華麗なドレス。
 林檎色の瞳とあわせたルビーの耳飾りに、流行の化粧。
 どれをとっても、合格といえる装いはできているはず。
 
 だから、胸を張って堂々と名乗りましょう!
 
「自己紹介が遅れました。私はアルキメデス商会のレジィナです」
 
 パーティにいるのは、お仕事のご縁。
 私の商会がパーティのカトラリーを一式用意させていただいたのだ。

「ウィスベル様、皆様、ご安心ください。このアルキメデス商会がハートクライン家への資金援助と財政再建のお手伝いをいたします!」

 なんだって、と周囲が騒然となる。

「なにっ、最近話題の女商人か」
 
「アルキメデス商会の商会長に毒を盛って商会長代理になり、好き勝手している女狐だという噂だぞ」 
「ハニートラップで取引を有利に進めたとか、老若男女問わずただれた関係にある毒婦だとか聞くぞ」
 
「美味い話には裏があるんだ。商人が無償で人助けを申し出るわけがない。何を企んでいるんだ……?」
「そういえば最近、流行の美容液だと偽ってそっくりの偽商品を売った商人がいるらしいが」
 
 えっ、いえいえ、父は「レジィナが有能に育ったし、しばらくお前に商会を任せてお父様は休むよ」と言って引きこもっちゃったんですけど?
 商会のみんなで一致団結してがんばってきたんですけど?
 
 初対面の取引先相手と会うたび「女に何がわかる!」「女のくせに!」という先入観で第一印象最悪の状態なのに、がんばって認めてもらって商談をまとめてきたんですけど?
 
 偽商品を売っているのはうちの商会ではありませんけど!?

 自己弁護しようかと悩んでいると、ウィスベル様が周囲に声かけをしてくれた。
 
「皆様、お静まりください。楽しい場を当家の問題で騒がせてお恥ずかしい限りですが、ハートクライン家は『北風より日差しが貴族社会にふさわしい』と考えております」
 
 北風より日差し、とは、ハートクライン家の人物がよく唱える文言だ。簡単にそのニュアンスを言い換えると「ギスギスしないで仲良くしませんか」と言っている。
 
 代々、由緒正しき血統と人徳で慕われてきたハートクライン家。家が傾いていなければ「ハートクライン家がああいうのだから」となったのだろう。でも、今は。
 
「今にも破産しそうな新米当主に言われてもなぁ」

 ……という悪意的な声が聞こえてくる。発言力がないんだ。あっ、ウィスベル様、しょんぼりしてる。かわいそうに。
 
「こほん。それで、レジィナさん。先ほど耳を疑うようなことを仰せでしたが?」
  
 同情的に見ていると、ウィスベル様は咳払いして、こちらに話を振ってきた。
 名前を呼ばれちゃった! 私はどきどきしながら笑顔を返した。
 
「ええ、ウィスベル様。私の商会が援助いたしますから、あなた様が破産の憂き目に遭うことはありません」
「ですが、お返しできるものが当家にはありませんが」
「ふふ、見返りは……」
  
 何を要求されるのか、と長いまつげを伏せるウィスベル様の憂い顔を見て、私は高らかに宣言した。
  
「見返りは、その国宝級の美しいお顔に幸せな笑顔を浮かべてくださったら十分ですっ。あなた様の美貌には、それだけの価値があるのですっっ! 美男子には、お金を貢ぐ価値があるのですっっっ!」

 ――ハートクライン伯爵、その美貌により窮地を救われる。
 
 めでたし、めでたし! それでは私はこれで失礼します。お幸せに!
 
 ……と思ったのだが、一か月後、なぜか私はハートクライン伯爵夫人になっていた。
 
「なんで?」
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