「君を愛す気はない」と宣言した伯爵が妻への片思いを拗らせるまで ~妻は黄金のお菓子が大好きな商人で、夫は清貧貴族です

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です

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2、働く者、金を稼ぐ者は大正義!

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 私が結婚することになったのは、父のせいだ。
 
 パーティの後、家に帰ると、父が待ち構えていた。
 父は、パーティで何があったのかを把握済みだった。従者が報告したらしい。
 
「笑顔を見返りに貢ぐ商人があるか! しっかり者だと思っていたが、まだまだだな。今回の件はお父様に任せなさい」

 父はそう言って、私から商会の権利を取り上げてしまった。
 
「あーっ、お父様!」
「幸せな笑顔を浮かべてくださったら十分だと? ばか娘。ちゃんと自分が幸せになるように立ち回りなさぁい!」
「お、お父様ぁぁ~~~~!」
「チャンスは鷲掴みにするのが商人の生きざまなのだぞ、レジィナよ! お前があの男に惚れているのは知っているのだ……」
  
 お父様はやる気満々で私が作っていた契約書を一部修正し、自ら出向いて行ってハートクライン伯爵との「商談」をまとめた。展開がすさまじく早かった。 
 
 「ただいまレジィナ。さあ、商談がまとまったぞ! さあ、準備を始めよう。忙しくなるぞー!」
「えっ、えっ、なに? なんですか?」
 
 「光陰、矢のごとし」という言葉があるけど、この時の私はまさにそれ。気付いたら一か月経っていて、私は嫁入り道具一式とともにハートクライン伯爵家の門の前にいた。

 * * *
 
「なんで?」
 
 現実についていけない私の耳に、野次馬の声が聞こえてくる。
 
「見返りは笑顔でいい、なんて言って油断させておいて結婚を申し込むとは……」
「家を乗っ取るつもりだな、あのオポンチキ娘め」
 
 嫁入りする私に向ける世間の目は冷たい。
 オポンチキってなによ。意味わかんないよ。
 
 門の外側に「清貧伯爵を騙すようにして押しかけ嫁になる商人娘を見てやろう」という野次馬がいる。
 
 迎え入れてくれたウィスベル様が、冷たい眼差しだ。
 でもそんな顔も素敵。この方、とにかく顔がいい――と、見惚れていると。

「君を愛する気はない」
 
 あっ、ほら、嫌われちゃったじゃない!
 このセリフ、市井で流行してる小説でもお約束のセリフなんだから! 
 
 あれっ、でも「愛する気はない」ジャンルの小説って、愛してくれる展開が多いんだよね。
 もしかして「このネタわかる? そのうち愛すよ」って暗号みたいに伝えてくれてる? いやいや、落ち着いて私! 

「アルキメデス商会長は、君と伯爵家の後継ぎを作ることを援助の条件にしてきた」
「あっ、後継ぎっ?」
「歴史ある我が家を存続させるためでもあるので義務は果たす。だが、義務以上のことは期待しないでほしい」
「ぎ、義務だけでも十分恐れ多いです。感謝します」
 
 頬を染めておろおろと言えば、ウィスベル様は秀麗な眉をあげて怪訝な顔をした。
 
 しまった、貴族の夫人としてふさわしくない態度だったかも。
 私は顔を引き締め、キリッとした顔をした。
 
「……」
「……」

 にらみ合うこと数秒、私は再認識した。
 ウィスベル様は……顔がいい!
 
「何を考えているんだ……オポンチキなのか……?」
「ウィスベル様のお顔が美しいなと思っていました。あと、オポンチキって意味がわからないのですがなんですか?」
「くっ、またそんなことを言って。もう騙されないぞ、女狐め」 
  
 ……ああっ、印象が最悪に! 私は本当にわからないのに!

 こうして私は「旦那様に嫌われつつ妻の座に就く」という微妙すぎる妻になった。

「乗っ取りに来たんだってさ」
「金の力に物を言わせて……」

 使用人たちは、警戒するような気配だ。彼らには日常的にお世話になるので、いい関係を築きたい。

「ご挨拶代わりにお土産を持ってまいりました。皆さまでどうぞ!」
 私はいそいそと嫁入り道具から黄金のお菓子を取り出し、全員に配布した。すると。

「ありがとうございます奥様!」
「うわあああ子どもに美味い飯を食わせてあげられるうう」

 ――めちゃくちゃ喜ばれた。
 
 この家の使用人たちは、ぎりぎりの給金しかもらえてなかったからだ。家の財政が苦しいから……。
 
 でも、聞いた話によると清廉潔白な若当主への同情とか、奉仕精神とか、給金は低いけどみんないい人だからとか、再就職先を見つけるのが面倒だとか、いろいろな理由で踏みとどまっていてくれたらしい。働き者、忠義者と呼ばれるタイプの人材だ。

 アルキメデス商会には「働く者、金を稼ぐ者は大正義!」「働いたら必ず金をもらえ」というポリシーのような言葉がある。私は働き者の彼らに報酬をたっぷり与えたい。

「おかわりもありますから、ご遠慮なくどうぞ!」
「わああああああああああっ‼︎」
 
 黄金のお菓子は、とても喜ばれた。よかったよかった。

 * * *

 嫁入りして数日後。私は仲良くなったメイドとお茶を楽しんでいた。

「世の中には処女受胎という超能力があるようだけど、もしかして私、その能力を期待されてたりする?」
「しないと思いますよ、奥様。旦那様は単に童貞をこじらせ……こほん、ご多忙なのでしょう」
「そうね、いつも勤勉で頭が下がるわ」
 
 世間では「書類の上では結婚しているが、同じ屋根の下に住んでいるだけで、夫婦をしていない」状態を「白い結婚(マリアージュ・ブラン)」と呼ぶらしい。

 今のところ、私たちは「後継ぎを作る」行為をしていないので、白い結婚だ。

 結婚してからわかったことだけど、ウィスベル様は仕事の虫だった。
 朝は日が出る前から執務を始め、夜は日付が変わってもずーっと仕事をしていて、夫婦が顔を合わせることはめったにない。初夜を含めて、夫婦の営み、皆無。
 
 放置されている私は、特に行動を制限されたりはしていないので好き勝手にしている。
 
 商会のお仕事とは違うけど、伯爵夫人のお仕事も楽しい。
 帳簿のチェックや不正の発見は間違い探しや謎解きみたいで楽しいし、最低限の褒賞で質のいい仕事をしてきた使用人たちに黄金のお菓子を渡したり、労働環境を改善するのは、やりがいがある。
 
 余暇の時間は刺繍をしたり、庭園で野菜を育てたり、父に貰った小遣いで小さな商会を作り、伯爵家の資産を増やしてみたり。
 
 二人揃って着る機会はないかもしれないけど、自分とウィスベル様のペア衣装をオーダーして衣装棚を充実させてにやにやしてみたり。
 
 才能のある芸術家のパトロンをしてみたり。お茶会の練習をしてみたり、貴族の夫人としての教養や作法を身に着けるべく家庭教師を雇って勉強したり。
 
 疲れたときには、こっそりと物陰からウィスベル様を盗み見ることもできる。同じ屋敷で暮らしている妻の特権だ。
 使用人もだんだん慣れてきて、協力してくれるようになった。

「奥様、旦那様の着用済衣装です。これでサイズがわかりますし、匂いを楽しまれるのもよろしいかと」 
「奥様、この角度からお仕事中の旦那様が安全に鑑賞できます」
「奥様! このあと旦那様が廊下を歩く予定なので柱の影で待機です!」
 と教えてくれるようになった。 
 
 みんな優しい! ――充実した毎日だ。

「ありがとうみんな! あとで黄金のお菓子を差し入れするわね!」

「うおおおおおお‼︎」
 
 お金があると幸せになれる。働いてくれる人には仕事ぶりに見合った報酬は払いたいよね! だから、私は黄金のお菓子を惜しまない! 

「お金、みんな好き? 私は大好き!」
「うおおおおおお‼︎ 奥様ばんざーーい‼」

 * * *
 
 そんな私に、ある日、招待状が届いた。
 
「奥様、パーティの招待状が届きましたが……」
「えっ。それって、貴族の夫人によくある社交活動よね?」
 
 他の貴族が主催するパーティの招待状だ。上質な紙の便箋に、香り付きのインクによる優美な飾り文字が高貴なオーラを出している。

 貴族の夫人のお仕事のひとつに、社交活動がある。商人で言うなら営業? 広報? そう考えると、貴族も商人も変わらないかも。
 
「これも夫人のお仕事。受けましょう! 旦那様にお伝えください、妻は社交活動のため、出かけて参ります、と!」

 私は二つ返事で引き受けて、やる気満々でパーティの準備をした。
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