悪役令嬢ですが、失恋仲間の当て馬王子と一緒に幸せになります!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
21 / 37

20、タイが曲がっていてよ

しおりを挟む

 サロンで過ごすランチタイムが和やかに終わったころ、オヴリオ様とユスティス様は席を外されました。
 ご兄弟水入らずで何をお話なさるのでしょうね。ところで、なぜナイトくんも連れていかれたのでしょうか?

「にゃあん」
 
 サロンの一員、といった顔つきで、白ネコがミルクを舐めています。のどをゴロゴロと鳴らす白ネコは、わたくしにもすっかり慣れたみたいで、警戒を解いていて、懐いてくれて可愛らしいです。

 ああっ、このふわふわの毛並み。
 たまりませんわ~!
 
「卵も召し上がれ」
「にゃあっ」
 
 わたくしが焼いた卵をお皿に乗せると、白ネコは嬉しそうに寄ってきます。うーん、可愛いですわっ。
 
「あなた、夜はいつもどこで寝ていますの? うちの子になります?」
 
 思わずそう話しかけたわたくしの耳には、遠くでトムソンが「ボクの小説、読んでくださぁい!」と繰り返す一生懸命な声が聞こえます。書きかけの小説を複写師に複写させたページを配っているようです。

「まあ。この小説って、エヴァンスの小説に出てきた悪役令嬢を主役にしたお話なのね。続きが楽しみだわ」
 
 サロンにいる学生たちの楽しそうな声に混ざって、ふとヒソヒソ話が聞こえてきました。

「聖女様をご覧になって。ちょっとした振る舞いに隠しきれないお育ちの悪さがにじみでてしまうものですわね」
「下品ですわ」
 
 ……またあのご令嬢方ではありませんか。
 
「しぃっ、先日みたいに怒られますわよ」
「聞こえないように……」

「でも、聞いて欲しいのでしょう?」
「……!」
 
 アミティエ様は聞こえていらっしゃる様子で、ハッキリとそう呟きました。トムソンの小説を読んでいた顔をあげて、噂好きなご令嬢方を見ています。周囲にいらしたアミティエ様のご友人令嬢たちも剣呑な空気で、一触即発……そんな雰囲気です。

 こ、ここですわ。
 こんなときこそ、悪役令嬢は格好良く高笑いするのですわ!

 わたくしはスーッと息を吸い、声を響かせました、

「……あらあら。皆様、いかがなさいましたの? お顔がこわばっていらっちゃ、しゃい、ますわ」
 ――噛みましたけど!!

「噛みましたわ」
「噛みましたわね」
 ヒソヒソ声が胸にグサグサと刺さります。痛いですわ! おやめになって!
「く、くぅ……」
 
 わたくしは白ネコをなでなでして癒されてからススッと立ちあがり、ソファに置いてあった袋を手に声をあげました。何事もなかったような顔を取り繕いながら。
 
「わたくし、お父様が用意してくださった袋を思い出しました。サロンのお友達にと、持たせてくださったのでしたわ」

 アミティエ様が少し驚いた様子でこちらに視線を向けるのが感じられる中、わたくしは言葉を続けました。
 
「我が伯爵家の御用達商会が展開するお菓子店の新作ですわ。異世界出身の料理人が積極的にレシピを共有、指導していますの」
 
 なにせ、わたくしのお父様は『美食伯』と呼ばれているのです。
 美味しいものといえば、我が家なのですわ。

 新作のお菓子に興味を示された方々が集まってきます。和やかな雰囲気です。
 わたくしは社交的に笑顔を作り、アミティエ様にお菓子を渡して、そのまま手を握りました。

 たゆまぬ剣術の鍛錬の日々を思わせる手は、皮膚がちょっと硬くなっているところがあったり、まめができていたりして、令嬢というイメージからは確かに少し違うように思えるかもしれません。
 けれど、努力の証ともいえる荒れた手の感触はとても好ましくて、あたたかいのです。

「わたくしが無知で、恐縮なのですが……ふと思ったことを口にしてもよろしいかしら。あちらのご令嬢方は王家に反意があるご様子なのに、なぜ王太子殿下のサロンにいらっしゃいますの? わたくし、不思議ですわ」
 
 手を握ったまま、わたくしは首をかしげて呟いてみました。今度は、噛みませんでしたわっ。やればできるのです!
 
「わたくしとアミティエ様は、王子殿下の婚約者ではありませんか? そして、ここは王太子殿下のサロンではありませんか? それなのに王子殿下の婚約者へのご不満をとなえられる方がおられるなんて、わたくし、驚いてしまいましたの」
 
 視線をつつ、と噂好きのご令嬢方に向けると、つられたように周囲の視線もそちらに集中します。
 いい感じではありませんか? わたくしはどんどん調子が出てきました。
 
「わたくしの空耳では、ありませんよね? 皆様もお聞きになりませんでしたか?」
 
 周囲からは、「聞きました」「俺も」といった同調の声がいくつもあがります。
 
「敬愛する王子殿下に、令嬢方のご家名をお知らせしたほうがよいかしら……王室に思うところがあって、ご令嬢を通して意思表明なさっているのかもしれません、と」

 わたくしが ご令嬢方のお名前を思い出しながらおひとりおひとりお呼びすると、ご令嬢方は蒼褪めていきました。そして、「断罪マニア様にはどうか内密に」とか、「わたくしの失言でしたわ。お家は関係ありませんの!」とか仰りながら、サロンから退室なさったのでした。

「メモリア様がアミティエ様の味方をしてくださるとは思いませんでしたわ」
 アミティエ様と親しいご友人がぼそりと呟かれる中、わたくしは「断罪マニア様」という称号が気になって仕方なくて、なんだか気がそがれてしまったのでした。

 ――だ、断罪マニア様。
 断罪マニア様と呼ばれてますよ、オヴリオ様。
 
「メモリア様、ありがとうございました」

 わたくしが断罪マニア様に思いを馳せていると、アミティエ様は握ったままの手を軽く揺らして、お礼を伝えてくれました。
 
「べ、べつにたいしたことありませんわ……あと、タイが曲がっていてよ、アミティエ様」

 胸元のタイを直して差し上げると、アミティエ様は嬉しそうにもう一度お礼を仰り、わたくしと一緒のソファテーブルセットでランチタイムの残り時間を過ごしてくださいました。
 
「私、あなたにあまりよく思われていないと思っていたわ。もしよかったら、お友達になってくださる?」
「い、いえ。そんな。わたくし……はい! ぜひ」
「以前も思ったのですけれど、あのお弁当というの、わたくしもつくってみたいわ」
「……一緒につくります?」

 この日、わたくしとアミティエ様はお友達になったのです。

 ちなみに、ユスティス様とオヴリオ様が戻られると、ナイトくんがフリフリの服を着ていました。騎士の制服に似ているでしょうか? 腰のあたりに、小さな布製の剣もあるのです。
 
「俺たちから、いつもメモリアを守っているナイトくんにプレゼントだ」
「まあ。とても似合っていて可愛いです。ありがとうございます」

 断罪マニア様ことオヴリオ様はナイトくんを弟のように抱き上げて、「これからもナイトの務めを果たすんだぞー」と笑ったのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

さようなら、婚約者様。これは悪役令嬢の逆襲です。

パリパリかぷちーの
恋愛
舞台は、神の声を重んじる王国。 そこでは“聖女”の存在が政治と信仰を支配していた。 主人公ヴィオラ=エーデルワイスは、公爵令嬢として王太子ユリウスの婚約者という地位にあったが、 ある日、王太子は突如“聖女リュシエンヌ”に心を奪われ、公衆の場でヴィオラとの婚約を破棄する。 だがヴィオラは、泣き叫ぶでもなく、静かに微笑んで言った。 「――お幸せに。では、さようなら」 その言葉と共に、彼女の“悪役令嬢”としての立場は幕を閉じる。 そしてそれが、彼女の逆襲の幕開けだった。 【再公開】作品です。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

【完結】御令嬢、あなたが私の本命です!

やまぐちこはる
恋愛
アルストロ王国では成人とともに結婚することが慣例、そして王太子に選ばれるための最低の条件だが、三人いる王子のうち最有力候補の第一王子エルロールはじきに19歳になるのに、まったく女性に興味がない。 焦る側近や王妃。 そんな中、視察先で一目惚れしたのは王族に迎えることはできない身分の男爵令嬢で。 優秀なのに奥手の拗らせ王子の恋を叶えようと、王子とその側近が奮闘する。 ========================= ※完結にあたり、外伝にまとめていた リリアンジェラ編を分離しました。 お立ち寄りありがとうございます。 くすりと笑いながら軽く読める作品・・ のつもりです。 どうぞよろしくおねがいします。

処理中です...