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20、タイが曲がっていてよ

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 サロンで過ごすランチタイムが和やかに終わったころ、オヴリオ様とユスティス様は席を外されました。
 ご兄弟水入らずで何をお話なさるのでしょうね。ところで、なぜナイトくんも連れていかれたのでしょうか?

「にゃあん」
 
 サロンの一員、といった顔つきで、白ネコがミルクを舐めています。のどをゴロゴロと鳴らす白ネコは、わたくしにもすっかり慣れたみたいで、警戒を解いていて、懐いてくれて可愛らしいです。

 ああっ、このふわふわの毛並み。
 たまりませんわ~!
 
「卵も召し上がれ」
「にゃあっ」
 
 わたくしが焼いた卵をお皿に乗せると、白ネコは嬉しそうに寄ってきます。うーん、可愛いですわっ。
 
「あなた、夜はいつもどこで寝ていますの? うちの子になります?」
 
 思わずそう話しかけたわたくしの耳には、遠くでトムソンが「ボクの小説、読んでくださぁい!」と繰り返す一生懸命な声が聞こえます。書きかけの小説を複写師に複写させたページを配っているようです。

「まあ。この小説って、エヴァンスの小説に出てきた悪役令嬢を主役にしたお話なのね。続きが楽しみだわ」
 
 サロンにいる学生たちの楽しそうな声に混ざって、ふとヒソヒソ話が聞こえてきました。

「聖女様をご覧になって。ちょっとした振る舞いに隠しきれないお育ちの悪さがにじみでてしまうものですわね」
「下品ですわ」
 
 ……またあのご令嬢方ではありませんか。
 
「しぃっ、先日みたいに怒られますわよ」
「聞こえないように……」

「でも、聞いて欲しいのでしょう?」
「……!」
 
 アミティエ様は聞こえていらっしゃる様子で、ハッキリとそう呟きました。トムソンの小説を読んでいた顔をあげて、噂好きなご令嬢方を見ています。周囲にいらしたアミティエ様のご友人令嬢たちも剣呑な空気で、一触即発……そんな雰囲気です。

 こ、ここですわ。
 こんなときこそ、悪役令嬢は格好良く高笑いするのですわ!

 わたくしはスーッと息を吸い、声を響かせました、

「……あらあら。皆様、いかがなさいましたの? お顔がこわばっていらっちゃ、しゃい、ますわ」
 ――噛みましたけど!!

「噛みましたわ」
「噛みましたわね」
 ヒソヒソ声が胸にグサグサと刺さります。痛いですわ! おやめになって!
「く、くぅ……」
 
 わたくしは白ネコをなでなでして癒されてからススッと立ちあがり、ソファに置いてあった袋を手に声をあげました。何事もなかったような顔を取り繕いながら。
 
「わたくし、お父様が用意してくださった袋を思い出しました。サロンのお友達にと、持たせてくださったのでしたわ」

 アミティエ様が少し驚いた様子でこちらに視線を向けるのが感じられる中、わたくしは言葉を続けました。
 
「我が伯爵家の御用達商会が展開するお菓子店の新作ですわ。異世界出身の料理人が積極的にレシピを共有、指導していますの」
 
 なにせ、わたくしのお父様は『美食伯』と呼ばれているのです。
 美味しいものといえば、我が家なのですわ。

 新作のお菓子に興味を示された方々が集まってきます。和やかな雰囲気です。
 わたくしは社交的に笑顔を作り、アミティエ様にお菓子を渡して、そのまま手を握りました。

 たゆまぬ剣術の鍛錬の日々を思わせる手は、皮膚がちょっと硬くなっているところがあったり、まめができていたりして、令嬢というイメージからは確かに少し違うように思えるかもしれません。
 けれど、努力の証ともいえる荒れた手の感触はとても好ましくて、あたたかいのです。

「わたくしが無知で、恐縮なのですが……ふと思ったことを口にしてもよろしいかしら。あちらのご令嬢方は王家に反意があるご様子なのに、なぜ王太子殿下のサロンにいらっしゃいますの? わたくし、不思議ですわ」
 
 手を握ったまま、わたくしは首をかしげて呟いてみました。今度は、噛みませんでしたわっ。やればできるのです!
 
「わたくしとアミティエ様は、王子殿下の婚約者ではありませんか? そして、ここは王太子殿下のサロンではありませんか? それなのに王子殿下の婚約者へのご不満をとなえられる方がおられるなんて、わたくし、驚いてしまいましたの」
 
 視線をつつ、と噂好きのご令嬢方に向けると、つられたように周囲の視線もそちらに集中します。
 いい感じではありませんか? わたくしはどんどん調子が出てきました。
 
「わたくしの空耳では、ありませんよね? 皆様もお聞きになりませんでしたか?」
 
 周囲からは、「聞きました」「俺も」といった同調の声がいくつもあがります。
 
「敬愛する王子殿下に、令嬢方のご家名をお知らせしたほうがよいかしら……王室に思うところがあって、ご令嬢を通して意思表明なさっているのかもしれません、と」

 わたくしが ご令嬢方のお名前を思い出しながらおひとりおひとりお呼びすると、ご令嬢方は蒼褪めていきました。そして、「断罪マニア様にはどうか内密に」とか、「わたくしの失言でしたわ。お家は関係ありませんの!」とか仰りながら、サロンから退室なさったのでした。

「メモリア様がアミティエ様の味方をしてくださるとは思いませんでしたわ」
 アミティエ様と親しいご友人がぼそりと呟かれる中、わたくしは「断罪マニア様」という称号が気になって仕方なくて、なんだか気がそがれてしまったのでした。

 ――だ、断罪マニア様。
 断罪マニア様と呼ばれてますよ、オヴリオ様。
 
「メモリア様、ありがとうございました」

 わたくしが断罪マニア様に思いを馳せていると、アミティエ様は握ったままの手を軽く揺らして、お礼を伝えてくれました。
 
「べ、べつにたいしたことありませんわ……あと、タイが曲がっていてよ、アミティエ様」

 胸元のタイを直して差し上げると、アミティエ様は嬉しそうにもう一度お礼を仰り、わたくしと一緒のソファテーブルセットでランチタイムの残り時間を過ごしてくださいました。
 
「私、あなたにあまりよく思われていないと思っていたわ。もしよかったら、お友達になってくださる?」
「い、いえ。そんな。わたくし……はい! ぜひ」
「以前も思ったのですけれど、あのお弁当というの、わたくしもつくってみたいわ」
「……一緒につくります?」

 この日、わたくしとアミティエ様はお友達になったのです。

 ちなみに、ユスティス様とオヴリオ様が戻られると、ナイトくんがフリフリの服を着ていました。騎士の制服に似ているでしょうか? 腰のあたりに、小さな布製の剣もあるのです。
 
「俺たちから、いつもメモリアを守っているナイトくんにプレゼントだ」
「まあ。とても似合っていて可愛いです。ありがとうございます」

 断罪マニア様ことオヴリオ様はナイトくんを弟のように抱き上げて、「これからもナイトの務めを果たすんだぞー」と笑ったのでした。
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