悪役令嬢ですが、失恋仲間の当て馬王子と一緒に幸せになります!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
31 / 37

30、俺は悪い男なんだ

しおりを挟む
 告白。
 そんな二文字が脳裏をよぎりました。

 ……わ、わたくし、告白されていますわ!

 それも、トムソンから。
 幼いときから知っている、可愛い従兄弟のトムソンから!
 
「わ、わたくしは」
「ボクは!」

 わたくしがオロオロと声を発しかけると、言わせてほしい、という強い熱を感じさせる声でトムソンが遮ります。言わせてほしい、という意思を感じて、わたくしは口をつぐんで頷きました。

「ボク、オヴリオ第二王子殿下より前から、君と知り合いだった。幼馴染ってやつだ。君にとってはきっと、姉弟みたいな感じだったけど、そう思われてるなって感じてたけど……ボクはずっと、憧れてたし、好きだったよ」
「ず、ず、ず、ずっと……?」

 堰き止めていた想いが溢れて、決壊して、止まらない。
 そんな風に、トムソンは言葉を連ねました。

「ボクは、剣を振っても殿下に負ける。身分も下で、成績も……。あの方、優秀だもの。悔しいけど」

 く、比べるようなことを言うではないですか。
 
「ボクは臆病だし。背も伸びなくて、男らしくないよ。すぐ諦めようとしちゃって、頑張れないし。……自分に自信もなかった……ずっと。ずっとだよ」
「……トムソン」

 確かに、トムソンはちょっと気弱な感じの男の子でしたわ。
 出会ったときから、ずっと。
 
 わたくしはそれを思い出して、胸が締め付けられるような思いになりました。
 
「メモリア、聞いて」
「は、はい」
 
 最後まで聞かないと。
 これは、大切なことなのですわ。

 わたくしはそう思って、じっと耳を傾けました。

 
 トムソンは、感情をありったけ注ぎ込んだような一生懸命な声で、頑張ってお話してくれているのがすごく伝わる話し方で、わたくしに想いを響かせてくれるのです。
 
「ボクが迷っているときに、君は背中を押してくれた。いいのかなって悩んでいるときに、いいんだって言ってくれた。好きなことを頑張るのは、素敵だって。好きなことがたくさんあるのも素晴らしいことだって、君が言ってくれた」

「……」

 その日のことが、鮮明に思い出せました。
 なんでもないような瞬間。
 なにげない言葉。それが、トムソンには。

「嬉しかった。好きだって思った。ボク、君のことが大好きで仕方なくなった」

 ……わたくしがオヴリオ様に対してそう思ったみたいに、トムソンはわたくしに対してそう思ってくださったんですわ。

「呪いってさ、……記憶がなくなるのってさ、第二王子殿下のせいなんだろ」
「……!」

 そのお話に踏み込まれて、わたくしは息を呑みました。

「怖いよね? 君は、原因もわからなくてさ。忘れてる状態のまっさらな君に、また近付いてさ。言葉は悪いけど、つけこむみたいじゃないか? ……君の安全を思うなら、近づかなきゃいいのに、近づいちゃってさ。また惚れさせちゃうんだ。殿下ったら」

「トムソン!」
「ごめん」

 わたくしがきゅっと眉を寄せると、トムソンはハッと後悔の念を瞳にのぼらせました。

「……わたくし、約束していただきましたの。生涯を。わたくしは、何回も忘れましたけど」
「だからさ、それが」
「でも、ずっと好きでしたわ。忘れちゃったわたくしに、めげずに『初めまして』って声をかけてくださったり、呪いが発動しないように条件を探ってみたり、……周りを巻き込んで、へたくそで変なお芝居を始めたり……ちょっと、お、……おバカさんなんですわ、あの方」

 泣き笑いみたいに顔を歪めて言えば、トムソンは似たような表情をしてうなずきました。

「そうだよ。馬鹿王子だよ……」
「わ、わたくし、そういうところが」

 
 ――好きなんです。

 
「見る眼がないよ」
 トムソンはぽつりと呟いて、背を向けました。
「……って、将来、言わせてあげるよ」

 声は、強がっているようで、背伸びするみたいで、可愛らしさよりも男らしさを強く感じさせました。
 
「ボク、これから急成長して、背が伸びて、突然すんごい能力に目覚めちゃったりして。すごくすごく成り上がっちゃったりして。それで、『今更ボクが好きって言っても、もう遅いよ』って言っちゃうかも」

 冗談めかして言ってから、トムソンはふうっと息を吐きました。
 そして、茂みの方を見るようにと、そっとわたくしを促したのです。

「……あ」
 そこには、いかにも「出ていくタイミングを逃した」って感じで固まっているオヴリオ様がいたのです。 
 

「……奇跡なんて、そうそう期待できないけどね。こういう御伽噺みたいな木があってもさ、学園に来たばかりのときはワクワクしてて、信じてて。でも、段々現実のほうが重くなってくるんだ。だってさ、都合がよすぎるよ、夢がありすぎるよ、木にお願いして全員の想いが成就するなら、反対の想いを抱えた人たちが同時に願ったらどうなるの。ツッコミしたくなっちゃうよ。夢から醒めちゃうんだ……子供騙しだよって思っちゃうんだ……」

 トムソンは、『想いが成就する木』に背を向けて、「こういう風に考えちゃうから、ボクは奇跡にありつけないんだな」と自嘲するように笑ったのでした。
 
「でも、成長はするよ。もっと格好良くなって、そのうち『どう?』って言ってあげるよ」 
「……はい」

 
 小さな声で返事をすると、トムソンは大きな声で「次に失敗したら、ボク無理やりにでもメモリアを連れて国外に逃げちゃうかも」と言いながら来た道を戻っていったのでした。ぶ、物騒な。

 
「……失敗したら国境を封鎖できるように準備しておくか」
「そこは、失敗しないようにしよう、じゃないのですか」

 オヴリオ様が生真面目に仰る声はやっぱりちょっと「馬鹿王子」っぽくて、わたくしは本気でツッコミをしてしまったのでした。


 すると、手袋をはめた手がスッと差し出されます。
 
「帰り道をエスコートしてくださるのですか? ありがとうございます……、っ!?」
 わたくしが手を取ると、ぐいっと全身が引き寄せられました。

「……!!」

 気付いたら、わたくしはオヴリオ様の腕の中にすっぽりと包まれるようにして、ぎゅっと抱きしめられていました。

 
「オヴリオ、様……」
「メモリア」

 全身の体重を預けてもビクともしない体からは、なんだか形容しがたい良い匂いがしました。
 頬が胸元に触れていて、衣装ごしに熱い体温や、硬くてたくましい筋肉が触れている感覚が、あちこちにあるのです。
 心臓の拍動を感じて、呼吸に上下する肩や胸が感じられて――……なんだか、すごく。
 
 ち、近い……、
 
 密着。
 密着しています――心臓の音がバクバク鳴って、聞こえてしまいそう。
 
 感情が高ぶって、情緒が乱れて、ドキドキして、どうにかなってしまいそう……!
 

「俺は悪い権力者なんだって、言っただろ……俺は悪い男なんだ」
 触れないように気を付けている様子で、耳元で低くうなるように囁かれると、体の芯が甘く痺れるような感じです。

 うっかり体を揺らして触れてしまったら大変、という危機感が湧いて、怖くて。
 触れてみたい、肌を感じてみたいという甘やかな想いが湧いて、じっとしていられないような、じれったいような、もどかしい感じがして。
 恥ずかしいって気持ちもいっぱい湧いて。


「……その、……一般的な話だが、悪い男に好かれてしまう令嬢って、可哀そうだよな、とは思う」
 
 ゆっくりと声が響いて、オヴリオ様が呪いが発動しないように言葉を選んでいるのがわかって、わたくしは涙目になりました。

「わ、わたくしは、その令嬢は、可哀そうではないと思うのですわ。だって、だって」
「……戻ろうか」

 オヴリオ様はふっと体を放して、わたくしに改めて手を差し出しました。

「俺の様。ダンスパーティは、俺と踊ってくれるかな」

「……そんなの、当たり前ですわ。お飾りだけど、婚約者ですから」

 手を取って拗ねたように呟けば、オヴリオ様は苦笑して、いい子いい子と頭を撫でてくださいました。手袋をはめた手で。優しく、慈しむように。
 

「俺の婚約者は、……好きじゃないけど、可愛い。とても。……好きじゃないけど」

 
 いつものフレーズが混ざった声は甘酸っぱくて、どんな顔をしたらいいのかわからないまま、わたくしは「ダンスパーティの夜にこの場所にまた来ましょう」とちゃっかり約束を取り付けたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

【完結】転生悪役っぽい令嬢、家族巻き込みざまぁ回避~ヒドインは酷いんです~

鏑木 うりこ
恋愛
 転生前あまりにもたくさんのざまぁ小説を読みすぎて、自分がどのざまぁ小説に転生したか分からないエイミアは一人で何とかすることを速攻諦め、母親に泣きついた。 「おかあさまあ~わたし、ざまぁされたくないのですー!」 「ざまぁとはよくわからないけれど、語感が既に良くない感じね」  すぐに味方を見つけ、将来自分をざまぁしてきそうな妹を懐柔し……エイミアは学園へ入学する。  そして敵が現れたのでした。  中編くらいになるかなと思っております! 長い沈黙を破り!忘れていたとは内緒だぞ!? ヒドインが完結しました!わーわー!  (*´-`)……ホメテ……

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

処理中です...