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30、俺は悪い男なんだ
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告白。
そんな二文字が脳裏をよぎりました。
……わ、わたくし、告白されていますわ!
それも、トムソンから。
幼いときから知っている、可愛い従兄弟のトムソンから!
「わ、わたくしは」
「ボクは!」
わたくしがオロオロと声を発しかけると、言わせてほしい、という強い熱を感じさせる声でトムソンが遮ります。言わせてほしい、という意思を感じて、わたくしは口をつぐんで頷きました。
「ボク、オヴリオ第二王子殿下より前から、君と知り合いだった。幼馴染ってやつだ。君にとってはきっと、姉弟みたいな感じだったけど、そう思われてるなって感じてたけど……ボクはずっと、憧れてたし、好きだったよ」
「ず、ず、ず、ずっと……?」
堰き止めていた想いが溢れて、決壊して、止まらない。
そんな風に、トムソンは言葉を連ねました。
「ボクは、剣を振っても殿下に負ける。身分も下で、成績も……。あの方、優秀だもの。悔しいけど」
く、比べるようなことを言うではないですか。
「ボクは臆病だし。背も伸びなくて、男らしくないよ。すぐ諦めようとしちゃって、頑張れないし。……自分に自信もなかった……ずっと。ずっとだよ」
「……トムソン」
確かに、トムソンはちょっと気弱な感じの男の子でしたわ。
出会ったときから、ずっと。
わたくしはそれを思い出して、胸が締め付けられるような思いになりました。
「メモリア、聞いて」
「は、はい」
最後まで聞かないと。
これは、大切なことなのですわ。
わたくしはそう思って、じっと耳を傾けました。
トムソンは、感情をありったけ注ぎ込んだような一生懸命な声で、頑張ってお話してくれているのがすごく伝わる話し方で、わたくしに想いを響かせてくれるのです。
「ボクが迷っているときに、君は背中を押してくれた。いいのかなって悩んでいるときに、いいんだって言ってくれた。好きなことを頑張るのは、素敵だって。好きなことがたくさんあるのも素晴らしいことだって、君が言ってくれた」
「……」
その日のことが、鮮明に思い出せました。
なんでもないような瞬間。
なにげない言葉。それが、トムソンには。
「嬉しかった。好きだって思った。ボク、君のことが大好きで仕方なくなった」
……わたくしがオヴリオ様に対してそう思ったみたいに、トムソンはわたくしに対してそう思ってくださったんですわ。
「呪いってさ、……記憶がなくなるのってさ、第二王子殿下のせいなんだろ」
「……!」
そのお話に踏み込まれて、わたくしは息を呑みました。
「怖いよね? 君は、原因もわからなくてさ。忘れてる状態のまっさらな君に、また近付いてさ。言葉は悪いけど、つけこむみたいじゃないか? ……君の安全を思うなら、近づかなきゃいいのに、近づいちゃってさ。また惚れさせちゃうんだ。殿下ったら」
「トムソン!」
「ごめん」
わたくしがきゅっと眉を寄せると、トムソンはハッと後悔の念を瞳にのぼらせました。
「……わたくし、約束していただきましたの。生涯を。わたくしは、何回も忘れましたけど」
「だからさ、それが」
「でも、ずっと好きでしたわ。忘れちゃったわたくしに、めげずに『初めまして』って声をかけてくださったり、呪いが発動しないように条件を探ってみたり、……周りを巻き込んで、へたくそで変なお芝居を始めたり……ちょっと、お、……おバカさんなんですわ、あの方」
泣き笑いみたいに顔を歪めて言えば、トムソンは似たような表情をしてうなずきました。
「そうだよ。馬鹿王子だよ……」
「わ、わたくし、そういうところが」
――好きなんです。
「見る眼がないよ」
トムソンはぽつりと呟いて、背を向けました。
「……って、将来、言わせてあげるよ」
声は、強がっているようで、背伸びするみたいで、可愛らしさよりも男らしさを強く感じさせました。
「ボク、これから急成長して、背が伸びて、突然すんごい能力に目覚めちゃったりして。すごくすごく成り上がっちゃったりして。それで、『今更ボクが好きって言っても、もう遅いよ』って言っちゃうかも」
冗談めかして言ってから、トムソンはふうっと息を吐きました。
そして、茂みの方を見るようにと、そっとわたくしを促したのです。
「……あ」
そこには、いかにも「出ていくタイミングを逃した」って感じで固まっているオヴリオ様がいたのです。
「……奇跡なんて、そうそう期待できないけどね。こういう御伽噺みたいな木があってもさ、学園に来たばかりのときはワクワクしてて、信じてて。でも、段々現実のほうが重くなってくるんだ。だってさ、都合がよすぎるよ、夢がありすぎるよ、木にお願いして全員の想いが成就するなら、反対の想いを抱えた人たちが同時に願ったらどうなるの。ツッコミしたくなっちゃうよ。夢から醒めちゃうんだ……子供騙しだよって思っちゃうんだ……」
トムソンは、『想いが成就する木』に背を向けて、「こういう風に考えちゃうから、ボクは奇跡にありつけないんだな」と自嘲するように笑ったのでした。
「でも、成長はするよ。もっと格好良くなって、そのうち『どう?』って言ってあげるよ」
「……はい」
小さな声で返事をすると、トムソンは大きな声で「次に失敗したら、ボク無理やりにでもメモリアを連れて国外に逃げちゃうかも」と言いながら来た道を戻っていったのでした。ぶ、物騒な。
「……失敗したら国境を封鎖できるように準備しておくか」
「そこは、失敗しないようにしよう、じゃないのですか」
オヴリオ様が生真面目に仰る声はやっぱりちょっと「馬鹿王子」っぽくて、わたくしは本気でツッコミをしてしまったのでした。
すると、手袋をはめた手がスッと差し出されます。
「帰り道をエスコートしてくださるのですか? ありがとうございます……、っ!?」
わたくしが手を取ると、ぐいっと全身が引き寄せられました。
「……!!」
気付いたら、わたくしはオヴリオ様の腕の中にすっぽりと包まれるようにして、ぎゅっと抱きしめられていました。
「オヴリオ、様……」
「メモリア」
全身の体重を預けてもビクともしない体からは、なんだか形容しがたい良い匂いがしました。
頬が胸元に触れていて、衣装ごしに熱い体温や、硬くてたくましい筋肉が触れている感覚が、あちこちにあるのです。
心臓の拍動を感じて、呼吸に上下する肩や胸が感じられて――……なんだか、すごく。
ち、近い……、
密着。
密着しています――心臓の音がバクバク鳴って、聞こえてしまいそう。
感情が高ぶって、情緒が乱れて、ドキドキして、どうにかなってしまいそう……!
「俺は悪い権力者なんだって、言っただろ……俺は悪い男なんだ」
触れないように気を付けている様子で、耳元で低くうなるように囁かれると、体の芯が甘く痺れるような感じです。
うっかり体を揺らして触れてしまったら大変、という危機感が湧いて、怖くて。
触れてみたい、肌を感じてみたいという甘やかな想いが湧いて、じっとしていられないような、じれったいような、もどかしい感じがして。
恥ずかしいって気持ちもいっぱい湧いて。
「……その、……一般的な話だが、悪い男に好かれてしまう令嬢って、可哀そうだよな、とは思う」
ゆっくりと声が響いて、オヴリオ様が呪いが発動しないように言葉を選んでいるのがわかって、わたくしは涙目になりました。
「わ、わたくしは、その令嬢は、可哀そうではないと思うのですわ。だって、だって」
「……戻ろうか」
オヴリオ様はふっと体を放して、わたくしに改めて手を差し出しました。
「俺のお飾り婚約者様。ダンスパーティは、俺と踊ってくれるかな」
「……そんなの、当たり前ですわ。お飾りだけど、婚約者ですから」
手を取って拗ねたように呟けば、オヴリオ様は苦笑して、いい子いい子と頭を撫でてくださいました。手袋をはめた手で。優しく、慈しむように。
「俺の婚約者は、……好きじゃないけど、可愛い。とても。……好きじゃないけど」
いつものフレーズが混ざった声は甘酸っぱくて、どんな顔をしたらいいのかわからないまま、わたくしは「ダンスパーティの夜にこの場所にまた来ましょう」とちゃっかり約束を取り付けたのでした。
そんな二文字が脳裏をよぎりました。
……わ、わたくし、告白されていますわ!
それも、トムソンから。
幼いときから知っている、可愛い従兄弟のトムソンから!
「わ、わたくしは」
「ボクは!」
わたくしがオロオロと声を発しかけると、言わせてほしい、という強い熱を感じさせる声でトムソンが遮ります。言わせてほしい、という意思を感じて、わたくしは口をつぐんで頷きました。
「ボク、オヴリオ第二王子殿下より前から、君と知り合いだった。幼馴染ってやつだ。君にとってはきっと、姉弟みたいな感じだったけど、そう思われてるなって感じてたけど……ボクはずっと、憧れてたし、好きだったよ」
「ず、ず、ず、ずっと……?」
堰き止めていた想いが溢れて、決壊して、止まらない。
そんな風に、トムソンは言葉を連ねました。
「ボクは、剣を振っても殿下に負ける。身分も下で、成績も……。あの方、優秀だもの。悔しいけど」
く、比べるようなことを言うではないですか。
「ボクは臆病だし。背も伸びなくて、男らしくないよ。すぐ諦めようとしちゃって、頑張れないし。……自分に自信もなかった……ずっと。ずっとだよ」
「……トムソン」
確かに、トムソンはちょっと気弱な感じの男の子でしたわ。
出会ったときから、ずっと。
わたくしはそれを思い出して、胸が締め付けられるような思いになりました。
「メモリア、聞いて」
「は、はい」
最後まで聞かないと。
これは、大切なことなのですわ。
わたくしはそう思って、じっと耳を傾けました。
トムソンは、感情をありったけ注ぎ込んだような一生懸命な声で、頑張ってお話してくれているのがすごく伝わる話し方で、わたくしに想いを響かせてくれるのです。
「ボクが迷っているときに、君は背中を押してくれた。いいのかなって悩んでいるときに、いいんだって言ってくれた。好きなことを頑張るのは、素敵だって。好きなことがたくさんあるのも素晴らしいことだって、君が言ってくれた」
「……」
その日のことが、鮮明に思い出せました。
なんでもないような瞬間。
なにげない言葉。それが、トムソンには。
「嬉しかった。好きだって思った。ボク、君のことが大好きで仕方なくなった」
……わたくしがオヴリオ様に対してそう思ったみたいに、トムソンはわたくしに対してそう思ってくださったんですわ。
「呪いってさ、……記憶がなくなるのってさ、第二王子殿下のせいなんだろ」
「……!」
そのお話に踏み込まれて、わたくしは息を呑みました。
「怖いよね? 君は、原因もわからなくてさ。忘れてる状態のまっさらな君に、また近付いてさ。言葉は悪いけど、つけこむみたいじゃないか? ……君の安全を思うなら、近づかなきゃいいのに、近づいちゃってさ。また惚れさせちゃうんだ。殿下ったら」
「トムソン!」
「ごめん」
わたくしがきゅっと眉を寄せると、トムソンはハッと後悔の念を瞳にのぼらせました。
「……わたくし、約束していただきましたの。生涯を。わたくしは、何回も忘れましたけど」
「だからさ、それが」
「でも、ずっと好きでしたわ。忘れちゃったわたくしに、めげずに『初めまして』って声をかけてくださったり、呪いが発動しないように条件を探ってみたり、……周りを巻き込んで、へたくそで変なお芝居を始めたり……ちょっと、お、……おバカさんなんですわ、あの方」
泣き笑いみたいに顔を歪めて言えば、トムソンは似たような表情をしてうなずきました。
「そうだよ。馬鹿王子だよ……」
「わ、わたくし、そういうところが」
――好きなんです。
「見る眼がないよ」
トムソンはぽつりと呟いて、背を向けました。
「……って、将来、言わせてあげるよ」
声は、強がっているようで、背伸びするみたいで、可愛らしさよりも男らしさを強く感じさせました。
「ボク、これから急成長して、背が伸びて、突然すんごい能力に目覚めちゃったりして。すごくすごく成り上がっちゃったりして。それで、『今更ボクが好きって言っても、もう遅いよ』って言っちゃうかも」
冗談めかして言ってから、トムソンはふうっと息を吐きました。
そして、茂みの方を見るようにと、そっとわたくしを促したのです。
「……あ」
そこには、いかにも「出ていくタイミングを逃した」って感じで固まっているオヴリオ様がいたのです。
「……奇跡なんて、そうそう期待できないけどね。こういう御伽噺みたいな木があってもさ、学園に来たばかりのときはワクワクしてて、信じてて。でも、段々現実のほうが重くなってくるんだ。だってさ、都合がよすぎるよ、夢がありすぎるよ、木にお願いして全員の想いが成就するなら、反対の想いを抱えた人たちが同時に願ったらどうなるの。ツッコミしたくなっちゃうよ。夢から醒めちゃうんだ……子供騙しだよって思っちゃうんだ……」
トムソンは、『想いが成就する木』に背を向けて、「こういう風に考えちゃうから、ボクは奇跡にありつけないんだな」と自嘲するように笑ったのでした。
「でも、成長はするよ。もっと格好良くなって、そのうち『どう?』って言ってあげるよ」
「……はい」
小さな声で返事をすると、トムソンは大きな声で「次に失敗したら、ボク無理やりにでもメモリアを連れて国外に逃げちゃうかも」と言いながら来た道を戻っていったのでした。ぶ、物騒な。
「……失敗したら国境を封鎖できるように準備しておくか」
「そこは、失敗しないようにしよう、じゃないのですか」
オヴリオ様が生真面目に仰る声はやっぱりちょっと「馬鹿王子」っぽくて、わたくしは本気でツッコミをしてしまったのでした。
すると、手袋をはめた手がスッと差し出されます。
「帰り道をエスコートしてくださるのですか? ありがとうございます……、っ!?」
わたくしが手を取ると、ぐいっと全身が引き寄せられました。
「……!!」
気付いたら、わたくしはオヴリオ様の腕の中にすっぽりと包まれるようにして、ぎゅっと抱きしめられていました。
「オヴリオ、様……」
「メモリア」
全身の体重を預けてもビクともしない体からは、なんだか形容しがたい良い匂いがしました。
頬が胸元に触れていて、衣装ごしに熱い体温や、硬くてたくましい筋肉が触れている感覚が、あちこちにあるのです。
心臓の拍動を感じて、呼吸に上下する肩や胸が感じられて――……なんだか、すごく。
ち、近い……、
密着。
密着しています――心臓の音がバクバク鳴って、聞こえてしまいそう。
感情が高ぶって、情緒が乱れて、ドキドキして、どうにかなってしまいそう……!
「俺は悪い権力者なんだって、言っただろ……俺は悪い男なんだ」
触れないように気を付けている様子で、耳元で低くうなるように囁かれると、体の芯が甘く痺れるような感じです。
うっかり体を揺らして触れてしまったら大変、という危機感が湧いて、怖くて。
触れてみたい、肌を感じてみたいという甘やかな想いが湧いて、じっとしていられないような、じれったいような、もどかしい感じがして。
恥ずかしいって気持ちもいっぱい湧いて。
「……その、……一般的な話だが、悪い男に好かれてしまう令嬢って、可哀そうだよな、とは思う」
ゆっくりと声が響いて、オヴリオ様が呪いが発動しないように言葉を選んでいるのがわかって、わたくしは涙目になりました。
「わ、わたくしは、その令嬢は、可哀そうではないと思うのですわ。だって、だって」
「……戻ろうか」
オヴリオ様はふっと体を放して、わたくしに改めて手を差し出しました。
「俺のお飾り婚約者様。ダンスパーティは、俺と踊ってくれるかな」
「……そんなの、当たり前ですわ。お飾りだけど、婚約者ですから」
手を取って拗ねたように呟けば、オヴリオ様は苦笑して、いい子いい子と頭を撫でてくださいました。手袋をはめた手で。優しく、慈しむように。
「俺の婚約者は、……好きじゃないけど、可愛い。とても。……好きじゃないけど」
いつものフレーズが混ざった声は甘酸っぱくて、どんな顔をしたらいいのかわからないまま、わたくしは「ダンスパーティの夜にこの場所にまた来ましょう」とちゃっかり約束を取り付けたのでした。
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