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29、そういうお話
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トムソンに案内していただいて、『想いが成就する木』に向かうわたくしの耳に、講義のはじまりを告げる鐘の音が遠く聞こえてきました。
はい、サボリです。
講義の予定は、ございました。本当は。
けれど、これは大切なことですから……! オヴリオ様やおばあさまをお助けするためですから……!
悪いことをしてしまっているという後ろめたさを感じて心の中で言い訳をする一方で、わたくしは謎の解放感みたいなものもおぼえていました。
「ねえ、メモリア。ほんとは、講義あったんだろ」
トムソンが楽しそうに言って、つないだ手を揺らします。なんだか、子供の頃に戻ったみたい。楽しいです。
「……ふふっ。わたくし、悪い令嬢ですの」
「あはは。じゃあ、ボクも悪い令息」
トムソンは明るく言って、「こういう時間って、いいよね」とお日様みたいに笑ったのでした。
外はお天気がよくて、ぽかぽかです。
ほてほてと白ネコのレティシアさんがついてきて、ナイトくんがその隣でエスコートするみたいにトテトテと歩いています。
まばらに花木が並んでいて、はらり、ひらりと花びらや葉っぱが舞い降りてきます。地面に落ちる前にヒュウっと風がそれをさらっていく中を、トムソンはわたくしの手を引いて迷いなく歩いていきました。真っ白で、蔦や薔薇をモチーフにした飾りの流麗な門をくぐると、右を見ても左を見てもお花でいっぱいの花園です。
「こうして手をつないで歩いていると、小さいときに、一緒にメモリアのお家の庭を散策したのを思い出すよね」
「あら。奇遇ですわね? わたくしは、さっきトムソンのお家の書庫で迷子になったのを思い出したのですわよ」
同じ色の目を合わせて、わたくしたちは懐かしさにニコニコしました。
「トムソンはあの頃から小さくて、わたくしはいつもお姉さんな気分でしたわ」
「ボクだって男子だよ。気にしてるんだけどな、小さいの」
「それは、失礼しましたわ」
トムソンはそう言ってちょっぴり悔しそうな顔をして、ぴょんっとジャンプしました。
「ほら、ボクのほうが背が高い」
「まあ。子供みたい。ふふふっ」
「メモリアは昔から、年上の背が高い貴公子に憧れてたよね」
「そ……そうでしたかしら」
「もっと言うなら、はっきりと決まったひとり……まあ、それはいいか」
やがてトムソンが指さしたのは、蝶々みたいな形の薄紫の花が枝いっぱいに咲く、優美な木でした。
その木は、大きくて、古びていて、とても優しい気配がするのです。それに、懐かしい……。
「わたくし、この木に見覚えがある気がしますわ」
そっと呟いて木の幹に手を触れたときでした。
「あ……っ?」
ふわっ、と。
わたくしの脳裏に、不思議な映像が流れたのです。
まだ、学園に来たばかりの頃だったかしら。
講義をさぼって花園を散策していたわたくしはこの美しい木の下で座り込んで、持っていた小説を読んだのです。
「わたくしは、どちらかといえば悪役向きかしら。聖女にもなれなかったですもの」
自嘲気味に暗く呟いて泣いていたら、茂みがガサガサとなって、オヴリオ様が姿をあらわしたのでした。
ナイトくんに引っ張られるようにして木の下にやってきたオヴリオ様は、今よりも背が低くて、青年というより少年という感じで。
「な、な、な、泣いてっ? なんでっ? お、おい。どこか痛いのか」
あたふたと制服のポケットから白いハンカチを取り出して、わたくしがびっくりするくらい慌てふためいて、オロオロとわたくしの頬を拭ってくださったのでした。
これは……わたくしが忘れていた記憶ですわ。
わたくしは、ぱちぱちと瞬きを繰り返しました。
ひとつ。
またひとつ。
瞬きするたびに、ぱち、と記憶が弾けて、わたくしの中で花開くようでした。
思い出したかった日々が、思い出が。優しくあたたかに、自分の中に広がっていくのです。
「受け取れ。やるよ。ほら。手を出して」
……これは、初めての、出会いの思い出でしょうか。
出会ったばかりのオヴリオ様は、やんちゃな顔でぐいぐいと白ネコのぬいぐるみを押し付けてきたのでした。
「オヴリオ、もっと紳士的に振る舞わないと嫌われてしまうよ」
お兄様であるユスティス様が優しく微笑まれて、幼いわたくしはユスティス様に憧れてポーっとなったのです。すると、オヴリオ様は面白くなさそうな顔をして、「おいっ、お前にプレゼントをしたのは兄上じゃなくて俺なんだぞ」と仰ったのです。それが怖くて、わたくしは泣いてしまったのですわ。
「ふ……ふぇ……っ」
「えっ、えっ、な、泣くなよう! 俺が悪かったのか? わ、悪かった? なんで?」
びっくりした顔でオロオロするオヴリオ様は手あたりしだいに物を持ってきて、わたくしの周りにどんどん積み上げていきました。
いっぱいの宝石、綺麗なお花、謎の陶器、なぜか剣まで。
「この宝石は綺麗だろ? この花はどうだ? この陶器、芸術的価値が高いんだぞ。これは俺が尊敬する騎士団長がくれた剣で……すごいんだぞ。騎士団長、格好良いんだぞ」
「ふ、ふあああんっ」
「なんで怖がるんだよう」
「っははは!」
ユスティス様が大笑いして、甘いお菓子をくれました。
それは、とっても素敵なお菓子でした。
見た目も愛らしくて、お星さまみたいな砂糖菓子の飾りもついているのです。
「可愛い……美味しい……」
泣きやんで呟くわたくしに、オヴリオ様は「ええーっ」と声をあげて、今度はお菓子の山をつくったのです。
そして、わたくしは最終的にナイトくんを暴れさせてしまったのです。
「はぁ、はぁ。い……いいぞ、騎士はお姫様を泣かせた奴に怒ってやらないとな」
「おお我が弟オヴリオよ、この場合、騎士に怒られるのはお前かな」
ご兄弟はちょっとだけ服をびりびりにして、ナイトくんを抱きしめて笑い合いました。
謝るわたくしにオヴリオ様は「俺が悪かったんだ」と仰り、頭を撫でて今度は優しく微笑んでくださったのです。
「……リア。メモリア。大丈夫? ぼーっとしてるよ」
「あっ」
意識が現実に引き戻されました。
わたくしのすぐ隣には、トムソンがいました。
可愛らしい顔立ちを心配そうにしているから、大丈夫と微笑めば、トムソンは数秒間、黙りました。
「ボクの背が高かったら、ボクのことを格好良いと思うのかなっていつも思ってたんだ」
「えっ」
何を言うのかしら?
「ボクが年上だったら。ボクが権力者だったら。……ボクが王子様だったら」
「トムソン?」
「ボク、格好悪いな。理由を探して、諦めて、仕方ないって笑ってさ。笑ったら、みじめじゃないと思ってるんだ。気にしてないもんって自分に言い聞かせて、周りにも虚勢を張って」
なんだか、真剣なトーンです。
というか、……そういうお話?
「でも、一度だって真剣にアプローチしなかった。意識してもらう努力をしなかった。それが格好悪いんだ。ボク、そう思うんだ」
「は、……はい」
そういうお話よね?
わたくしは、ドキドキしました。
「今だって、諦める理由をいっぱい心の中で並べてるんだ。『だって、婚約済だから』とか『いう前からわかりきってるから』とか」
「は……」
「好きなんだ」
――……!!
熱を孕んだ瞳が、ひたむきにこちらを見つめています。
「ボク、メモリアが好き」
はっきり、誤解しようもなく、まっすぐに。トムソンはそう言ったのでした。
はい、サボリです。
講義の予定は、ございました。本当は。
けれど、これは大切なことですから……! オヴリオ様やおばあさまをお助けするためですから……!
悪いことをしてしまっているという後ろめたさを感じて心の中で言い訳をする一方で、わたくしは謎の解放感みたいなものもおぼえていました。
「ねえ、メモリア。ほんとは、講義あったんだろ」
トムソンが楽しそうに言って、つないだ手を揺らします。なんだか、子供の頃に戻ったみたい。楽しいです。
「……ふふっ。わたくし、悪い令嬢ですの」
「あはは。じゃあ、ボクも悪い令息」
トムソンは明るく言って、「こういう時間って、いいよね」とお日様みたいに笑ったのでした。
外はお天気がよくて、ぽかぽかです。
ほてほてと白ネコのレティシアさんがついてきて、ナイトくんがその隣でエスコートするみたいにトテトテと歩いています。
まばらに花木が並んでいて、はらり、ひらりと花びらや葉っぱが舞い降りてきます。地面に落ちる前にヒュウっと風がそれをさらっていく中を、トムソンはわたくしの手を引いて迷いなく歩いていきました。真っ白で、蔦や薔薇をモチーフにした飾りの流麗な門をくぐると、右を見ても左を見てもお花でいっぱいの花園です。
「こうして手をつないで歩いていると、小さいときに、一緒にメモリアのお家の庭を散策したのを思い出すよね」
「あら。奇遇ですわね? わたくしは、さっきトムソンのお家の書庫で迷子になったのを思い出したのですわよ」
同じ色の目を合わせて、わたくしたちは懐かしさにニコニコしました。
「トムソンはあの頃から小さくて、わたくしはいつもお姉さんな気分でしたわ」
「ボクだって男子だよ。気にしてるんだけどな、小さいの」
「それは、失礼しましたわ」
トムソンはそう言ってちょっぴり悔しそうな顔をして、ぴょんっとジャンプしました。
「ほら、ボクのほうが背が高い」
「まあ。子供みたい。ふふふっ」
「メモリアは昔から、年上の背が高い貴公子に憧れてたよね」
「そ……そうでしたかしら」
「もっと言うなら、はっきりと決まったひとり……まあ、それはいいか」
やがてトムソンが指さしたのは、蝶々みたいな形の薄紫の花が枝いっぱいに咲く、優美な木でした。
その木は、大きくて、古びていて、とても優しい気配がするのです。それに、懐かしい……。
「わたくし、この木に見覚えがある気がしますわ」
そっと呟いて木の幹に手を触れたときでした。
「あ……っ?」
ふわっ、と。
わたくしの脳裏に、不思議な映像が流れたのです。
まだ、学園に来たばかりの頃だったかしら。
講義をさぼって花園を散策していたわたくしはこの美しい木の下で座り込んで、持っていた小説を読んだのです。
「わたくしは、どちらかといえば悪役向きかしら。聖女にもなれなかったですもの」
自嘲気味に暗く呟いて泣いていたら、茂みがガサガサとなって、オヴリオ様が姿をあらわしたのでした。
ナイトくんに引っ張られるようにして木の下にやってきたオヴリオ様は、今よりも背が低くて、青年というより少年という感じで。
「な、な、な、泣いてっ? なんでっ? お、おい。どこか痛いのか」
あたふたと制服のポケットから白いハンカチを取り出して、わたくしがびっくりするくらい慌てふためいて、オロオロとわたくしの頬を拭ってくださったのでした。
これは……わたくしが忘れていた記憶ですわ。
わたくしは、ぱちぱちと瞬きを繰り返しました。
ひとつ。
またひとつ。
瞬きするたびに、ぱち、と記憶が弾けて、わたくしの中で花開くようでした。
思い出したかった日々が、思い出が。優しくあたたかに、自分の中に広がっていくのです。
「受け取れ。やるよ。ほら。手を出して」
……これは、初めての、出会いの思い出でしょうか。
出会ったばかりのオヴリオ様は、やんちゃな顔でぐいぐいと白ネコのぬいぐるみを押し付けてきたのでした。
「オヴリオ、もっと紳士的に振る舞わないと嫌われてしまうよ」
お兄様であるユスティス様が優しく微笑まれて、幼いわたくしはユスティス様に憧れてポーっとなったのです。すると、オヴリオ様は面白くなさそうな顔をして、「おいっ、お前にプレゼントをしたのは兄上じゃなくて俺なんだぞ」と仰ったのです。それが怖くて、わたくしは泣いてしまったのですわ。
「ふ……ふぇ……っ」
「えっ、えっ、な、泣くなよう! 俺が悪かったのか? わ、悪かった? なんで?」
びっくりした顔でオロオロするオヴリオ様は手あたりしだいに物を持ってきて、わたくしの周りにどんどん積み上げていきました。
いっぱいの宝石、綺麗なお花、謎の陶器、なぜか剣まで。
「この宝石は綺麗だろ? この花はどうだ? この陶器、芸術的価値が高いんだぞ。これは俺が尊敬する騎士団長がくれた剣で……すごいんだぞ。騎士団長、格好良いんだぞ」
「ふ、ふあああんっ」
「なんで怖がるんだよう」
「っははは!」
ユスティス様が大笑いして、甘いお菓子をくれました。
それは、とっても素敵なお菓子でした。
見た目も愛らしくて、お星さまみたいな砂糖菓子の飾りもついているのです。
「可愛い……美味しい……」
泣きやんで呟くわたくしに、オヴリオ様は「ええーっ」と声をあげて、今度はお菓子の山をつくったのです。
そして、わたくしは最終的にナイトくんを暴れさせてしまったのです。
「はぁ、はぁ。い……いいぞ、騎士はお姫様を泣かせた奴に怒ってやらないとな」
「おお我が弟オヴリオよ、この場合、騎士に怒られるのはお前かな」
ご兄弟はちょっとだけ服をびりびりにして、ナイトくんを抱きしめて笑い合いました。
謝るわたくしにオヴリオ様は「俺が悪かったんだ」と仰り、頭を撫でて今度は優しく微笑んでくださったのです。
「……リア。メモリア。大丈夫? ぼーっとしてるよ」
「あっ」
意識が現実に引き戻されました。
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可愛らしい顔立ちを心配そうにしているから、大丈夫と微笑めば、トムソンは数秒間、黙りました。
「ボクの背が高かったら、ボクのことを格好良いと思うのかなっていつも思ってたんだ」
「えっ」
何を言うのかしら?
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なんだか、真剣なトーンです。
というか、……そういうお話?
「でも、一度だって真剣にアプローチしなかった。意識してもらう努力をしなかった。それが格好悪いんだ。ボク、そう思うんだ」
「は、……はい」
そういうお話よね?
わたくしは、ドキドキしました。
「今だって、諦める理由をいっぱい心の中で並べてるんだ。『だって、婚約済だから』とか『いう前からわかりきってるから』とか」
「は……」
「好きなんだ」
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