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1、私の子供が泣いている

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 子供が泣いている。私の子だ。

「ふ、ふえぇ。ひっく、ひっく」
 
 泣く姿と声は痛々しくて、すぐに抱きしめて撫でてあげたくなる。
 でも、私は冷たく言い放った。

「カルナス、泣くのではありません。情けない! 誰がわるいの? お母様にいきなり香水をかけたカルナスが悪いのでしょう? はぁっ……これだから子供はイヤなのよ!」

 カルナスと呼ばれた子供は、母の声にビクッと身をすくめた。
「ご、……ごめんなさ……っ」
 サファイア・ブルーの瞳から透明な涙があふれる。
「う、うっ……ふ、ふぇ……っ」 
 泣きやもうとしている。なんて、健気。

 カルナス、可哀想。
 実の母親なのに、私、酷い――……怒りが胸に湧く。
「わたくしはもう知りませんからね! ……あ、らっ……?」
 
 刃のような言葉を吐き捨てた口をおさえて、私はフラッと倒れかけた。
「王妃様!?」
 そばにいた女官が慌てて身体を支えてくれる。

「あ、あ……っ!? こ、この記憶は、感情は……っ、ぜん、せ?」

 私の中で、二つの自我がせめぎ合う。
 香水をかけられた瞬間に蘇った前世の記憶の自分と、今までの自分だ。
 
 前世の記憶によると、ここは小説の世界。
 目の前のカルナス王子は、成長した後に小説のヒロインと恋をする予定だ。
 私はカルナスを虐待する意地悪なお母様、エレオノーラなのだ。
 
 周囲が騒然となる中、可愛いカルナスが駆け寄ってきた。

「お、おかぁさまぁっ……!!」
 おろおろと私に寄りそう体温があたたかい。
「いちゃいの? くるしぃの? お、おかぁさま……っ」 
 
 心配してくれている。優しい声だ。
 あんなに冷たくされたのに、この子は母親を慕っているのだ。

(なんて健気なの。なんて愛らしいの)
 そう思う力が、私の自我を固定させた。

「カル、ナス……」  
「おかあ、さま。おかあさま、だいじょうぶ? おかあさま」
「カルナス……!!」
 
 母親の声で呼びかけて、いたいけな子供をぎゅっと抱きしめる。

「お、おかあ、さま……っ?」
 
 ああ、我が子が戸惑っている。
 私に優しくされたことがないのだもの。当然よ。

「ごめんなさい、カルナス。お母様が悪かったわ……っ」
 
 熱い想いが胸に湧く。
 今までの仕打ちは、なかったことにはならない。
 この子の心には深い傷がある。私がたくさん、傷つけたのだ。
 
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
 
 必死に言って、宝物を慈しむように優しくカルナスの頭を撫でる。

「お、おかあさま。おかあさまぁ……っ」
 小さなカルナスが一生懸命に私に抱き着いて、わんわんと泣く。

 と、そこへ。
「エレオノーラ? またカルナスを泣かせて……!」
 夫である国王ハロルドがやってきた。

 夫ハロルドは、美男子だ。
 すらりと背が高く、高貴な気配を全身から漂わせる夫は、良い父親でもある。
 私がカルナスを虐めて泣かせたところにハロルドが「やめないか」と止めに入り、我が子を抱えて、別の部屋に連れて行くのが日常なのだ。
 
 ハロルドは、私の手からカルナスを慌てて取り上げた。

「カルナス、ああ、またこんなに泣いて、可哀想に。お父様が守ってあげるからな」

「ち、ちがうよ、おとうさま。おかあさまは、やさしくしてくれたよ。ぼく……ぼくがわるいんだ……っ」

 ハロルドが私を見る。悲し気に。
 
『お前はなぜ我が子に酷い言葉を浴びせるのか。私の子を、……国宝たる王子を、なぜ泣かせるのか』
 
 眼差しから思いが伝わってくる。
 この夫は暴力をふるったり、声を荒げたりはしない。
 強い言葉で妻をなじったりはしない。けれど。
 
「お前は、なぜカルナスを毎回泣かせるのだ。……この子が可哀想だ」

 夫は理知的に、穏やかに、悲しげに「なぜ泣かせるのか」「やめないか」「可哀想だ」と言う。
 普段のエレオノーラはそれに反発して、「ふん! 知りませんわ!」と憎たらしく言い返していた。けれど、今日は違う。

「申し訳ありません、あなた。反省していますわ」
「えっ!?」

 私が殊勝に言うと、夫ハロルドは大きく眼を見開いた。びっくりしている。

「わたくし、今までのことを悔いています。酷い母親でしたわ……反省して、良い母親になろうと思います」

「エ、エ、エレオノーラ? んっ? ど、どうしたのだ、いつもとあまりにも違うぞ」

 その後、ハロルドは医者を呼び、私は寝室で医者に囲まれることになった。
 
 はい、正気を疑われたのです。 
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