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再会-05-
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「行くぞ」
マークが先に梯子へ足をかけ、暗闇へと沈んでいく。続いてアルノシトも、用意された梯子を掴んだ。下の階に降りる直前、もう一度だけジークに目元だけで笑って見せる。そして、暗がりへと体を沈めていった。
木のきしみと、ロープの擦れる音。上の喧騒が、二段、三段と降りるたびに遠のいていく。
下から上がってくる空気は、冷たい……というより、湿っていた。濡れた煉瓦の匂い。古い油の匂い。どこかに溜まった水の、腐りかける手前の匂い。
「……それ、見たことないね」
マークが持っているエトガルから手渡された代物。頼りない光が余計に不安をあおる。
「鉱山用の試作品だって。火を使わずに発光する特殊な石が入ってるから、ガスがあっても引火しないらしい」
へぇ、とアルノシトだけでなく、この場にいる全員が物珍しげに見入る。が、今は新型の灯りに感心している場合ではない。
改めて未知の場所への探索へと。
「頭、打つぞ」
年上の配管工が、低い声で言う。
梯子の先は、床でも地下でもなかった。
低い天井。むき出しの煉瓦。梁が蜘蛛の脚みたいに走り、そこに配管が絡みついている。古い管と新しい管が喧嘩しながら同じ方向へ伸びて、途中で急に消えている箇所がいくつもあった。
「……なに、ここ」
アルノシトが零した呟きが、やけに響いた。
マークが短く息を吐く。
「庁舎の腹の中だよ。古い棟と新しい棟の間にできた、誰も責任取らない場所」
軽口のように声は明るいが、その足取りは慎重だった。
アルノシトは、身体をかがめたまま前へ進む。手はロープを離さない。足場の板はところどころ軟らかく、踏むと微かに沈む。
白い灯りが手元で揺れて、影が壁に貼りついて増える。
その影の奥で、しゅう、と小さく息を吐く音がした。
アルノシトは思わず立ち止まった。
「……今、鳴いた」
「鳴いたな」
マークの声も低い。
ただの配管の鳴き声とは違う。もっと、近くて、生々しい。
「こっち」
曲がり角の先。板壁の継ぎ目が、妙に黒い。煤のような汚れ。そこだけ、空気がぬるい。
アルノシトは指先で壁に触れた。配管の鼓動が、壁越しに指先へ伝わる。
「生きてる……」
思わず漏れた声に、マークが一歩近づく。
工具で軽く叩く。コン、コン。響きが薄い。向こう側は空洞。しかも、熱を持っている。
「開けるぞ」
狭い場所にもかかわらず、手際よく工具を取り出す彼らの動きの邪魔にならぬよう、アルノシトは後ろに下がった。
暫くすると。ぱき、と板が割れて、隙間が生まれた瞬間。
白い蒸気が、ふ、と吐き出した。
熱かった。顔に当たるほどの圧ではないが、湿った熱が肌に絡みつく。
鼻の奥に、布越しでも分かるほど、金属の味が広がった。
「……うそだろ」
年上の配管工が、言葉を落とす。
隙間の向こうに、古いボイラーがいた。
放置された鉄の塊。
かつては街のどこかを温めていたはずの心臓。今は錆と煤に覆われ、腹の継ぎ目から白い蒸気を細く吐いている。周囲の煉瓦は黒く焼けていて、補修の痕が何度も重なっていた。
生きている。生きていて、壊れている。
そのボイラーの脇に詰まれた石炭は袋に入っていない。雑に積まれ、崩れて床へ散っている。湿気を吸って黒く光り、ところどころ白い粉みたいなものが付着している。
そして、その上を、細い蒸気が撫でていた。湿って固まった部分と、乾いて粉になりかけた部分。
蒸気が漏れるたび、粉がふわりと舞った。
そして、匂い。
焦げではない。でも、焦げの一歩手前みたいな、甘くて、いやな匂い。
蒸気がまた、しゅう、と吐いた。
その瞬間、石炭の山の表面が、ほんの少しだけ、きらりと光った。濡れた反射ではない。熱が当たって、乾いた粉が舞っている光り方。
「……これ」
見習いが一歩踏み出しかけた瞬間、マークが腕で止めた。
「動くな」
声の質が変わった。布から覗く目が鋭い。
「踏んだら舞う。舞ったら吸う。吸ったら咳が止まらん。最悪、火が入ったら……」
言い切らない。その“最悪”の形が、全員の頭に同じように浮かんだ。
「……っぶねえ。これ、火種一つで大爆発だぞ」
マークの声が掠れている。それだけで切迫した事態なのだとアルノシトも理解した。
「……これ、そんなに危ないの?」
アルノシトが震える声で言う。
「危ないに決まってる。最悪、庁舎ごと逝く」
聞いたことがない声。それだけに事態の重大さが重く響く。
「このランプで良かったよ。下手したら開けた瞬間、どかんだった」
頼りない光が頼もしく見える。全員がほっと息を吐き出す空気に灯りが揺れた。
アルノシトは背筋が冷えた。
上では、人が歩いている。書類を抱えて走っている。子どもが“要塞”と笑っている。
その真下に、これが眠っていた。
しゅう、しゅう、とボイラーが息を吐くたび、石炭の表面の粉が微かに舞う。舞って、また湿りに貼りつく。
まるで、静かに準備を進めるみたいに。
マークがロープを握り直した。
「戻るぞ。今すぐ上に知らせる。こいつは“見つけた”だけで今日の成果だ」
アルノシトは頷いた。足が重いのに、動かなきゃいけない。
梯子へ向かう途中、アルノシトは一度だけ振り返る。
ランプの光の端で、古いボイラーが白い息を吐いていた。まるで、見つかったのを喜ぶみたいに。
アルノシトは布の下で唇を噛み、震える指で梯子の一段目に手をかけた。
上の“日常”が、まだ動いている音がした。
それが、今は少しだけ怖かった。
マークが先に梯子へ足をかけ、暗闇へと沈んでいく。続いてアルノシトも、用意された梯子を掴んだ。下の階に降りる直前、もう一度だけジークに目元だけで笑って見せる。そして、暗がりへと体を沈めていった。
木のきしみと、ロープの擦れる音。上の喧騒が、二段、三段と降りるたびに遠のいていく。
下から上がってくる空気は、冷たい……というより、湿っていた。濡れた煉瓦の匂い。古い油の匂い。どこかに溜まった水の、腐りかける手前の匂い。
「……それ、見たことないね」
マークが持っているエトガルから手渡された代物。頼りない光が余計に不安をあおる。
「鉱山用の試作品だって。火を使わずに発光する特殊な石が入ってるから、ガスがあっても引火しないらしい」
へぇ、とアルノシトだけでなく、この場にいる全員が物珍しげに見入る。が、今は新型の灯りに感心している場合ではない。
改めて未知の場所への探索へと。
「頭、打つぞ」
年上の配管工が、低い声で言う。
梯子の先は、床でも地下でもなかった。
低い天井。むき出しの煉瓦。梁が蜘蛛の脚みたいに走り、そこに配管が絡みついている。古い管と新しい管が喧嘩しながら同じ方向へ伸びて、途中で急に消えている箇所がいくつもあった。
「……なに、ここ」
アルノシトが零した呟きが、やけに響いた。
マークが短く息を吐く。
「庁舎の腹の中だよ。古い棟と新しい棟の間にできた、誰も責任取らない場所」
軽口のように声は明るいが、その足取りは慎重だった。
アルノシトは、身体をかがめたまま前へ進む。手はロープを離さない。足場の板はところどころ軟らかく、踏むと微かに沈む。
白い灯りが手元で揺れて、影が壁に貼りついて増える。
その影の奥で、しゅう、と小さく息を吐く音がした。
アルノシトは思わず立ち止まった。
「……今、鳴いた」
「鳴いたな」
マークの声も低い。
ただの配管の鳴き声とは違う。もっと、近くて、生々しい。
「こっち」
曲がり角の先。板壁の継ぎ目が、妙に黒い。煤のような汚れ。そこだけ、空気がぬるい。
アルノシトは指先で壁に触れた。配管の鼓動が、壁越しに指先へ伝わる。
「生きてる……」
思わず漏れた声に、マークが一歩近づく。
工具で軽く叩く。コン、コン。響きが薄い。向こう側は空洞。しかも、熱を持っている。
「開けるぞ」
狭い場所にもかかわらず、手際よく工具を取り出す彼らの動きの邪魔にならぬよう、アルノシトは後ろに下がった。
暫くすると。ぱき、と板が割れて、隙間が生まれた瞬間。
白い蒸気が、ふ、と吐き出した。
熱かった。顔に当たるほどの圧ではないが、湿った熱が肌に絡みつく。
鼻の奥に、布越しでも分かるほど、金属の味が広がった。
「……うそだろ」
年上の配管工が、言葉を落とす。
隙間の向こうに、古いボイラーがいた。
放置された鉄の塊。
かつては街のどこかを温めていたはずの心臓。今は錆と煤に覆われ、腹の継ぎ目から白い蒸気を細く吐いている。周囲の煉瓦は黒く焼けていて、補修の痕が何度も重なっていた。
生きている。生きていて、壊れている。
そのボイラーの脇に詰まれた石炭は袋に入っていない。雑に積まれ、崩れて床へ散っている。湿気を吸って黒く光り、ところどころ白い粉みたいなものが付着している。
そして、その上を、細い蒸気が撫でていた。湿って固まった部分と、乾いて粉になりかけた部分。
蒸気が漏れるたび、粉がふわりと舞った。
そして、匂い。
焦げではない。でも、焦げの一歩手前みたいな、甘くて、いやな匂い。
蒸気がまた、しゅう、と吐いた。
その瞬間、石炭の山の表面が、ほんの少しだけ、きらりと光った。濡れた反射ではない。熱が当たって、乾いた粉が舞っている光り方。
「……これ」
見習いが一歩踏み出しかけた瞬間、マークが腕で止めた。
「動くな」
声の質が変わった。布から覗く目が鋭い。
「踏んだら舞う。舞ったら吸う。吸ったら咳が止まらん。最悪、火が入ったら……」
言い切らない。その“最悪”の形が、全員の頭に同じように浮かんだ。
「……っぶねえ。これ、火種一つで大爆発だぞ」
マークの声が掠れている。それだけで切迫した事態なのだとアルノシトも理解した。
「……これ、そんなに危ないの?」
アルノシトが震える声で言う。
「危ないに決まってる。最悪、庁舎ごと逝く」
聞いたことがない声。それだけに事態の重大さが重く響く。
「このランプで良かったよ。下手したら開けた瞬間、どかんだった」
頼りない光が頼もしく見える。全員がほっと息を吐き出す空気に灯りが揺れた。
アルノシトは背筋が冷えた。
上では、人が歩いている。書類を抱えて走っている。子どもが“要塞”と笑っている。
その真下に、これが眠っていた。
しゅう、しゅう、とボイラーが息を吐くたび、石炭の表面の粉が微かに舞う。舞って、また湿りに貼りつく。
まるで、静かに準備を進めるみたいに。
マークがロープを握り直した。
「戻るぞ。今すぐ上に知らせる。こいつは“見つけた”だけで今日の成果だ」
アルノシトは頷いた。足が重いのに、動かなきゃいけない。
梯子へ向かう途中、アルノシトは一度だけ振り返る。
ランプの光の端で、古いボイラーが白い息を吐いていた。まるで、見つかったのを喜ぶみたいに。
アルノシトは布の下で唇を噛み、震える指で梯子の一段目に手をかけた。
上の“日常”が、まだ動いている音がした。
それが、今は少しだけ怖かった。
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