来世でよろしく

紫鶴

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6歳の俺

孤児 6歳 1

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さて、今世の俺はな、なんと!孤児で孤児院生活中!

ちょっとこのパターンは初めてだが、これはラッキーだ。だって周りにストーカーらしき者がいない!

その上この小さい時期から前世の記憶を保持しているのは大変、大変珍しくそして都合がいい。思わず笑いが漏れるくらいには。

ふ、ふふふふふ!俺はこの孤児院で何事もなく過ごし早急にこの国から出ることを誓う!国から出て放蕩旅をしていればストーカーに遭う確率も低くなるだろう。なんて完璧な計画なんだ!天才!さすが俺!!


「アズール、ぼんやりしてないで手を動かす!」
「いった。イリーナ、女の子なんだから暴力はやめてよね」
「アズールがぼんやりしてるからでしょう!」


その通りなんだけど、別に頭叩かなくてもいいじゃん?
とはいえこれ以上言い募ると睨まれるのが目に見えているので黙って雑巾がけをする。
隣にいるのは同い年のイリーナだ。茶髪でそばかすの女の子で、面倒見がよくいつも忙しなく働いている。
雑巾がけをする度にお下げがぴょこぴょこと尻尾のように動き、思わず目で追いかけると、不意にそれがむんずと掴まれた。
イリーナが「いたっ!」っと悲鳴をあげる。
俺はそろっとその手から腕へと視線を移し、その本人を瞳に映す。


「まーだ、終わってねーのかよお節介イリーナ」
「ちょっと何するのよ!マイク!!」
「ふん!うるせぇばーか!!」
「離してよ!!」


あーああ。

マイクという同い年の男の子だ。同い年にしては体が大きく、力も強いので典型的なガキ大将である。いるいる、こういうやつ~って感じ。

しかも、好きな子にはいじめたいタイプでイリーナにちょっかい出してはばかだのブスだのと暴言を吐いている。本人は振り向かせようと必死なのは分かるが相手からすれば傷つき、トラウマレベルの行為だ。

今のイリーナも口ではやり返しているが今にも泣きそうな顔をしている。それにマイクは気づかないので子供ってあほだなぁっと思いながら彼らの間に割って入る。


「イリーナが遅いんじゃなくて俺が遅いの。あと、髪引っ張るのはやめなって」
「なんだよ、ヒョロアズール!力なくていっつもイリーナに引っ付いる弱虫野郎!」
「はいはい。手伝う訳でもないならどっか行ってマイク」
「うるせー!手伝わないって言ってないだろうが!!」


マイクは、ちっと舌打ちをしたあとむんずとバケツに入っていた雑巾を絞り手伝いをする。
こういう所は素直というか、面倒見がいいのが分かる。
俺は其の様子をちらっと見た後にイリーナのぐしゃぐしゃになった髪を解いて素早く結び直した。


「イリーナ大丈夫?」
「平気、ありがとうアズール」
「どういたしまして。ついでに俺の分の掃除も……」
「何か言った?」
「いいえ、何も」


俺も雑巾がけを再開し、床を磨く。他のものは既に終わったようで孤児院の周りの草原で遊んでいた。遊具なんてものがないのでもっぱらかけっこや隠れんぼ、女の子たちはおままごとをしている。こんなに陽がさんさんと降り注ぐ中外に出ようだなんてさすが子供だなぁと思いながらまたぼんやりしてると、今度はマイクに頭を叩かれた。


「ぼんやりしてないで手動かせ」
「やってもやらなくても変わらないんだからやらなくても良くない?」
「だからってそれがやらない理由にならないだろうが」
「まっじめ~」


俺は魔法という武器でありとあらゆるサボりをしてきたし、そもそもこんな環境での転生は初めてなのでぶっちゃけだるい。皆こんな思いして掃除や洗濯してたのかと思うと感謝の思いしかしない。とはいえ魔法ですぐ済むのにやらないのは非効率だなと同時に思うが。


「マイク!アズールも手を動かしなさいよ!早くしないと昼飯食いっぱぐれるわよ!」
「う……ご飯……」


それを言われると弱い。俺は別に一食抜いたところで魔法でどうにか健康を維持できるがマイクやイリーナはそうはいかない。この世には連帯責任というものがあって俺だけの仕事じゃない以上イリーナや、手伝ってくれるマイクにも迷惑がかかる。
俺は渋々雑巾を手に取ってだっと駆け出した。本当はぴっちり横に手を動かしてやらねばならないが面倒なので縦に走ってしまう。今は客も来てないから大丈夫だろう。

そうして、走り出した俺に釣られてマイクもだっと縦に拭き始める。イリーナは、もーっ!と言いながらも楽しそうに縦に拭き始めた。
いつだか、3人で競走して見事に惨敗した思い出がある。サボりにサボり、外でも積極的に遊ぶことのない俺とよく外で遊び、その上ちびっ子達の面倒を見ている2人とは体力の差が違った。半分もいかないで息が上がった俺に2人は涼しい顔で最後まで走り切ったので、有り得ねぇと呟いた記憶がある。

今もフライングしたにも関わらず俺を追い越して2人は行ってしまった。俺は息切れ寸前である。

体力バケモノすぎ。


「アズール!早く早く!!」
「そうだぞ、アズール!早く来いよ」
「ま……っ待てって……もう、俺、体力、ないのに……」


頑張って走りきりバテているとだーっと次のレーンを2人は拭き始めた。こうなると2人は楽しそうに競走していくので、俺は角のところをすすーっと拭くだけだ。
何故か分からないがこの方法を誰もやったことがないらしく、俺が面倒くせーっ!!っと縦に拭き始めたことがきっかけで流行った。
最初院長にバレて、丁寧に拭きなさいっ!と怒られたが、競走して掃除をするのが意外にも捗り、掃除嫌いなものも進んでやり始めたので今では暗黙の了解として、来客がいなければやってもいいということになった。
だが、俺の体力が持たないので最初は普通にやりマイクがイリーナにちょっかい出して俺が止めて掃除を手伝うという流れにならないとこれは行うことがない。

1人でやるもんじゃないしね。イリーナにとって俺は張り合いがないし。

とはいえ、これですぐに終わりそうだ。俺はそう思いながらちらっと外を見て、あっと呟いた。


「フェルトさんが来てる」
「嘘!!」


小さい声だったにも関わらず耳のいいイリーナは雑巾がけをやめ、すぐに窓に張り付いた。
競っていた相手がいなくなりマイクはずるっと滑っていたが、ちらっとイリーナを見つつ残りを全て拭き始める。いい子なんだよ、行動があれなだけで。

とはいえそんな、え、実は優しいの!?というドキッとシーンは彼の想い人には見られないまま、その想い人は窓から見える茶髪の男性に釘付けだ。

その男はフェルトと言い時折、貸本屋というここらでは珍しい職業に就いている変わり者だ。孤児院には娯楽が少ないため、文字の勉強にもなる絵本等は貴重なものだ。それを定期的ーーー頻度でいえば1ヶ月に1度くらいーーーに彼が持ってきてくれて各々前借りた本を返し、また新しい本を借りるという習慣がついている。

そのフェルトという男だが、町役人の子供好きな好青年、を装ったどこかの貴族だと俺は踏んでいる。しかも、本職は軍関係者であるとも。
彼の所作や、間合い、体つきからそこまで絞り込めた。

ここで嫌な予感というものがこの男が来る度に現れる。
毎度毎度、俺がいるかどうかをこの男探っているのだ。
偶然、熱で寝込んでいる時や部屋から出ないでゴロゴロしている時にイリーナからフェルトさんに俺の事を聞かれたというのだ。
別に俺だけではなく他の子もそうであれば何も思うことはないのだが、他の子が休んでいても聞くことがないので確信するしかない。

なんか、俺に変な設定ついてる、と。

貴族の、しかも軍関係者が俺に定期的に会いに来るということは結構やばい立ち位置なやつ。

うわ、やめて、お願いだからそういう設定は来世によろしく!!!

そんなことを思って今のところ気付かないふりを続けている。俺が気づいていることを気づかれたらやばいと思ってる。お、俺は国を出て旅する身だから……。


ぶるっと1度身震いをすると、隣にいるイリーナがばしばし俺の腕を叩いた。


「フェルトさんだ!!アズール!!」
「あー、はいはい……」


彼女の様子から安易に想像がつくと思うが、そう、彼女はフェルトさんに憧れを抱いている。
確かに、こんないじめてくる男や面倒のかかる男よりかは物腰柔らかで頼れる男性に憧れるのも無理はない。
その上、フェルトさんは遊び盛りの男の子とも一緒になって遊んでくれるという優しいお兄ちゃんな行動を取るので男の子でも大きくなったらフェルトさんみたいになりたい!と思う奴は少なくない。
つまり、フェルトさんは孤児院の女子男子共々計り知れない人気を誇り、その中で靡いていないのは俺とマイクぐらいだろう。

マイクは、まぁ、わかりやすくイリーナを取られる上に、行動すべてがフェルトさんの好感度をうなぎのぼりにしてしまい悪者扱いされるから。俺は隠された俺の設定が怖くて近寄れない。うん。このまま知らずに過ごしたい切実に。

そして、フェルトさんがくる日俺は忙しい身となる。ほら今もドタドタと足音が聞こえてきた。


「アズール、アズール!髪やって!!」
「アズール!このお花で髪やってお願い!!」
「……順番ね」


フェルトさんに憧れを抱く女子は少しでも可愛く自分をみせたいもので、この孤児院で1番それが出来るのは俺だった。


「俺が片付けとくから」
「ありがとうマイク」


雑巾とバケツを片付けたマイクはちらっとイリーナを見た。うん、1番可愛くしてやるから。

俺は手を洗って順番待ちをしているレディ達の髪を素早く結い上げる。全く、フェルトさんも突然来ないで欲しいよね。こっちにだって準備があるんだし……。

およそ、20人近くの女の子達の髪を結い上げ最後にイリーナに差し掛かった時、ふっと影が差した。
俺とイリーナはそちらを見てギョッとする。

そこには窓枠に寄りかかってこちらを見ているフェルトさんがいる。ここは1階で窓も開いていたので、フェルトさんがぐっと体を寄せると顔が近くに来る。


「俺がやろうか?疲れたんじゃない?」
「え、あ……」
「い、いいいんですか!?」


ちらっとイリーナを見ると顔を赤くしつつもそう答えていたので、俺は離れて「お願いします」と頭を下げるしかない。すまん、マイク。

友に対して懺悔を捧げると、ひらっと窓からフェルトさんが入ってイリーナの髪を優しく梳く。

俺はもう用済みだとそっと離れようとすると「アズール君」っとフェルトさんに声をかけられた。

え、と声を漏らしつつ恐る恐るフェルトさんを見上げると彼はんーっと唇を若干尖らせつつふにゃっと笑いかけた。


「まだ髪紐あるかな?」
「え、あ、はい」


俺が黒い髪紐も渡すとするするとフェルトさんはイリーナの髪を結んだ。おおっと俺は思わず声を漏らしつつ見ていると「アズール」っと後ろから声をかけられた。タイミングが悪い。悪すぎる。

ぎぎっと後ろに首をむけるとマイクが固まってイリーナとフェルトさんを凝視したあとがっと俺の肩をつかんで引っ張った。


「なんであいつがいるんだよ!」
「い、いやあ……」


先ほどの状況を説明するとマイクは歯噛みしてなんでよりによってイリーナの時にいいいっ!と叫んでいる。うん、俺もそう思うよ。ドンマイ、マイク。

そのままイリーナとフェルトさんが話をしている間に俺は自室に、マイクは外で遊びに行った。俺が自室に戻ったのは借りていた本を返すためで、誰でも簡単魔法入門!と書かれたその本を胸に抱きながら階下に足を運ぶ。そこにはすでにたくさんの子供に囲まれたフェルトさんがいて俺はこっそり貸本道具の中から返却カードを記入し、新たな本を探る。

とはいえ、ここの種類が子供向けばかりであるので俺にとっては退屈しのぎくらいにしかならない。

今回は、誰でも簡単ビブリア王国の歴史!という本を借りる。貸し出しカードに名前と題名を書いてさっさと部屋に引きこもる。ぶっちゃけ歴史に興味はないが知識として持っていた方がいいんだろう。

そうしているうちにフェルトさんは本を返してもらったり貸したりして帰っていった。帰り際「次は弟も連れてくるね」と言葉を残して。

不味いぞ。フェルトさんの弟とかどう考えてもミニチュアフェルトというフェミニストの可能性が高い!フェルトさんとイリーナであれば歳の差でどうにかなるが、弟の場合かなり近いと歳の差云々の話でなくなる。どうか、性格最悪のワルガキみたいなのが来ますようにい!じゃないとマイクが不憫だ。
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