2 / 48
6歳の俺
孤児 6歳 1
さて、今世の俺はな、なんと!孤児で孤児院生活中!
ちょっとこのパターンは初めてだが、これはラッキーだ。だって周りにストーカーらしき者がいない!
その上この小さい時期から前世の記憶を保持しているのは大変、大変珍しくそして都合がいい。思わず笑いが漏れるくらいには。
ふ、ふふふふふ!俺はこの孤児院で何事もなく過ごし早急にこの国から出ることを誓う!国から出て放蕩旅をしていればストーカーに遭う確率も低くなるだろう。なんて完璧な計画なんだ!天才!さすが俺!!
「アズール、ぼんやりしてないで手を動かす!」
「いった。イリーナ、女の子なんだから暴力はやめてよね」
「アズールがぼんやりしてるからでしょう!」
その通りなんだけど、別に頭叩かなくてもいいじゃん?
とはいえこれ以上言い募ると睨まれるのが目に見えているので黙って雑巾がけをする。
隣にいるのは同い年のイリーナだ。茶髪でそばかすの女の子で、面倒見がよくいつも忙しなく働いている。
雑巾がけをする度にお下げがぴょこぴょこと尻尾のように動き、思わず目で追いかけると、不意にそれがむんずと掴まれた。
イリーナが「いたっ!」っと悲鳴をあげる。
俺はそろっとその手から腕へと視線を移し、その本人を瞳に映す。
「まーだ、終わってねーのかよお節介イリーナ」
「ちょっと何するのよ!マイク!!」
「ふん!うるせぇばーか!!」
「離してよ!!」
あーああ。
マイクという同い年の男の子だ。同い年にしては体が大きく、力も強いので典型的なガキ大将である。いるいる、こういうやつ~って感じ。
しかも、好きな子にはいじめたいタイプでイリーナにちょっかい出してはばかだのブスだのと暴言を吐いている。本人は振り向かせようと必死なのは分かるが相手からすれば傷つき、トラウマレベルの行為だ。
今のイリーナも口ではやり返しているが今にも泣きそうな顔をしている。それにマイクは気づかないので子供ってあほだなぁっと思いながら彼らの間に割って入る。
「イリーナが遅いんじゃなくて俺が遅いの。あと、髪引っ張るのはやめなって」
「なんだよ、ヒョロアズール!力なくていっつもイリーナに引っ付いる弱虫野郎!」
「はいはい。手伝う訳でもないならどっか行ってマイク」
「うるせー!手伝わないって言ってないだろうが!!」
マイクは、ちっと舌打ちをしたあとむんずとバケツに入っていた雑巾を絞り手伝いをする。
こういう所は素直というか、面倒見がいいのが分かる。
俺は其の様子をちらっと見た後にイリーナのぐしゃぐしゃになった髪を解いて素早く結び直した。
「イリーナ大丈夫?」
「平気、ありがとうアズール」
「どういたしまして。ついでに俺の分の掃除も……」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
俺も雑巾がけを再開し、床を磨く。他のものは既に終わったようで孤児院の周りの草原で遊んでいた。遊具なんてものがないのでもっぱらかけっこや隠れんぼ、女の子たちはおままごとをしている。こんなに陽がさんさんと降り注ぐ中外に出ようだなんてさすが子供だなぁと思いながらまたぼんやりしてると、今度はマイクに頭を叩かれた。
「ぼんやりしてないで手動かせ」
「やってもやらなくても変わらないんだからやらなくても良くない?」
「だからってそれがやらない理由にならないだろうが」
「まっじめ~」
俺は魔法という武器でありとあらゆるサボりをしてきたし、そもそもこんな環境での転生は初めてなのでぶっちゃけだるい。皆こんな思いして掃除や洗濯してたのかと思うと感謝の思いしかしない。とはいえ魔法ですぐ済むのにやらないのは非効率だなと同時に思うが。
「マイク!アズールも手を動かしなさいよ!早くしないと昼飯食いっぱぐれるわよ!」
「う……ご飯……」
それを言われると弱い。俺は別に一食抜いたところで魔法でどうにか健康を維持できるがマイクやイリーナはそうはいかない。この世には連帯責任というものがあって俺だけの仕事じゃない以上イリーナや、手伝ってくれるマイクにも迷惑がかかる。
俺は渋々雑巾を手に取ってだっと駆け出した。本当はぴっちり横に手を動かしてやらねばならないが面倒なので縦に走ってしまう。今は客も来てないから大丈夫だろう。
そうして、走り出した俺に釣られてマイクもだっと縦に拭き始める。イリーナは、もーっ!と言いながらも楽しそうに縦に拭き始めた。
いつだか、3人で競走して見事に惨敗した思い出がある。サボりにサボり、外でも積極的に遊ぶことのない俺とよく外で遊び、その上ちびっ子達の面倒を見ている2人とは体力の差が違った。半分もいかないで息が上がった俺に2人は涼しい顔で最後まで走り切ったので、有り得ねぇと呟いた記憶がある。
今もフライングしたにも関わらず俺を追い越して2人は行ってしまった。俺は息切れ寸前である。
体力バケモノすぎ。
「アズール!早く早く!!」
「そうだぞ、アズール!早く来いよ」
「ま……っ待てって……もう、俺、体力、ないのに……」
頑張って走りきりバテているとだーっと次のレーンを2人は拭き始めた。こうなると2人は楽しそうに競走していくので、俺は角のところをすすーっと拭くだけだ。
何故か分からないがこの方法を誰もやったことがないらしく、俺が面倒くせーっ!!っと縦に拭き始めたことがきっかけで流行った。
最初院長にバレて、丁寧に拭きなさいっ!と怒られたが、競走して掃除をするのが意外にも捗り、掃除嫌いなものも進んでやり始めたので今では暗黙の了解として、来客がいなければやってもいいということになった。
だが、俺の体力が持たないので最初は普通にやりマイクがイリーナにちょっかい出して俺が止めて掃除を手伝うという流れにならないとこれは行うことがない。
1人でやるもんじゃないしね。イリーナにとって俺は張り合いがないし。
とはいえ、これですぐに終わりそうだ。俺はそう思いながらちらっと外を見て、あっと呟いた。
「フェルトさんが来てる」
「嘘!!」
小さい声だったにも関わらず耳のいいイリーナは雑巾がけをやめ、すぐに窓に張り付いた。
競っていた相手がいなくなりマイクはずるっと滑っていたが、ちらっとイリーナを見つつ残りを全て拭き始める。いい子なんだよ、行動があれなだけで。
とはいえそんな、え、実は優しいの!?というドキッとシーンは彼の想い人には見られないまま、その想い人は窓から見える茶髪の男性に釘付けだ。
その男はフェルトと言い時折、貸本屋というここらでは珍しい職業に就いている変わり者だ。孤児院には娯楽が少ないため、文字の勉強にもなる絵本等は貴重なものだ。それを定期的ーーー頻度でいえば1ヶ月に1度くらいーーーに彼が持ってきてくれて各々前借りた本を返し、また新しい本を借りるという習慣がついている。
そのフェルトという男だが、町役人の子供好きな好青年、を装ったどこかの貴族だと俺は踏んでいる。しかも、本職は軍関係者であるとも。
彼の所作や、間合い、体つきからそこまで絞り込めた。
ここで嫌な予感というものがこの男が来る度に現れる。
毎度毎度、俺がいるかどうかをこの男探っているのだ。
偶然、熱で寝込んでいる時や部屋から出ないでゴロゴロしている時にイリーナからフェルトさんに俺の事を聞かれたというのだ。
別に俺だけではなく他の子もそうであれば何も思うことはないのだが、他の子が休んでいても聞くことがないので確信するしかない。
なんか、俺に変な設定ついてる、と。
貴族の、しかも軍関係者が俺に定期的に会いに来るということは結構やばい立ち位置なやつ。
うわ、やめて、お願いだからそういう設定は来世によろしく!!!
そんなことを思って今のところ気付かないふりを続けている。俺が気づいていることを気づかれたらやばいと思ってる。お、俺は国を出て旅する身だから……。
ぶるっと1度身震いをすると、隣にいるイリーナがばしばし俺の腕を叩いた。
「フェルトさんだ!!アズール!!」
「あー、はいはい……」
彼女の様子から安易に想像がつくと思うが、そう、彼女はフェルトさんに憧れを抱いている。
確かに、こんないじめてくる男や面倒のかかる男よりかは物腰柔らかで頼れる男性に憧れるのも無理はない。
その上、フェルトさんは遊び盛りの男の子とも一緒になって遊んでくれるという優しいお兄ちゃんな行動を取るので男の子でも大きくなったらフェルトさんみたいになりたい!と思う奴は少なくない。
つまり、フェルトさんは孤児院の女子男子共々計り知れない人気を誇り、その中で靡いていないのは俺とマイクぐらいだろう。
マイクは、まぁ、わかりやすくイリーナを取られる上に、行動すべてがフェルトさんの好感度をうなぎのぼりにしてしまい悪者扱いされるから。俺は隠された俺の設定が怖くて近寄れない。うん。このまま知らずに過ごしたい切実に。
そして、フェルトさんがくる日俺は忙しい身となる。ほら今もドタドタと足音が聞こえてきた。
「アズール、アズール!髪やって!!」
「アズール!このお花で髪やってお願い!!」
「……順番ね」
フェルトさんに憧れを抱く女子は少しでも可愛く自分をみせたいもので、この孤児院で1番それが出来るのは俺だった。
「俺が片付けとくから」
「ありがとうマイク」
雑巾とバケツを片付けたマイクはちらっとイリーナを見た。うん、1番可愛くしてやるから。
俺は手を洗って順番待ちをしているレディ達の髪を素早く結い上げる。全く、フェルトさんも突然来ないで欲しいよね。こっちにだって準備があるんだし……。
およそ、20人近くの女の子達の髪を結い上げ最後にイリーナに差し掛かった時、ふっと影が差した。
俺とイリーナはそちらを見てギョッとする。
そこには窓枠に寄りかかってこちらを見ているフェルトさんがいる。ここは1階で窓も開いていたので、フェルトさんがぐっと体を寄せると顔が近くに来る。
「俺がやろうか?疲れたんじゃない?」
「え、あ……」
「い、いいいんですか!?」
ちらっとイリーナを見ると顔を赤くしつつもそう答えていたので、俺は離れて「お願いします」と頭を下げるしかない。すまん、マイク。
友に対して懺悔を捧げると、ひらっと窓からフェルトさんが入ってイリーナの髪を優しく梳く。
俺はもう用済みだとそっと離れようとすると「アズール君」っとフェルトさんに声をかけられた。
え、と声を漏らしつつ恐る恐るフェルトさんを見上げると彼はんーっと唇を若干尖らせつつふにゃっと笑いかけた。
「まだ髪紐あるかな?」
「え、あ、はい」
俺が黒い髪紐も渡すとするするとフェルトさんはイリーナの髪を結んだ。おおっと俺は思わず声を漏らしつつ見ていると「アズール」っと後ろから声をかけられた。タイミングが悪い。悪すぎる。
ぎぎっと後ろに首をむけるとマイクが固まってイリーナとフェルトさんを凝視したあとがっと俺の肩をつかんで引っ張った。
「なんであいつがいるんだよ!」
「い、いやあ……」
先ほどの状況を説明するとマイクは歯噛みしてなんでよりによってイリーナの時にいいいっ!と叫んでいる。うん、俺もそう思うよ。ドンマイ、マイク。
そのままイリーナとフェルトさんが話をしている間に俺は自室に、マイクは外で遊びに行った。俺が自室に戻ったのは借りていた本を返すためで、誰でも簡単魔法入門!と書かれたその本を胸に抱きながら階下に足を運ぶ。そこにはすでにたくさんの子供に囲まれたフェルトさんがいて俺はこっそり貸本道具の中から返却カードを記入し、新たな本を探る。
とはいえ、ここの種類が子供向けばかりであるので俺にとっては退屈しのぎくらいにしかならない。
今回は、誰でも簡単ビブリア王国の歴史!という本を借りる。貸し出しカードに名前と題名を書いてさっさと部屋に引きこもる。ぶっちゃけ歴史に興味はないが知識として持っていた方がいいんだろう。
そうしているうちにフェルトさんは本を返してもらったり貸したりして帰っていった。帰り際「次は弟も連れてくるね」と言葉を残して。
不味いぞ。フェルトさんの弟とかどう考えてもミニチュアフェルトというフェミニストの可能性が高い!フェルトさんとイリーナであれば歳の差でどうにかなるが、弟の場合かなり近いと歳の差云々の話でなくなる。どうか、性格最悪のワルガキみたいなのが来ますようにい!じゃないとマイクが不憫だ。
ちょっとこのパターンは初めてだが、これはラッキーだ。だって周りにストーカーらしき者がいない!
その上この小さい時期から前世の記憶を保持しているのは大変、大変珍しくそして都合がいい。思わず笑いが漏れるくらいには。
ふ、ふふふふふ!俺はこの孤児院で何事もなく過ごし早急にこの国から出ることを誓う!国から出て放蕩旅をしていればストーカーに遭う確率も低くなるだろう。なんて完璧な計画なんだ!天才!さすが俺!!
「アズール、ぼんやりしてないで手を動かす!」
「いった。イリーナ、女の子なんだから暴力はやめてよね」
「アズールがぼんやりしてるからでしょう!」
その通りなんだけど、別に頭叩かなくてもいいじゃん?
とはいえこれ以上言い募ると睨まれるのが目に見えているので黙って雑巾がけをする。
隣にいるのは同い年のイリーナだ。茶髪でそばかすの女の子で、面倒見がよくいつも忙しなく働いている。
雑巾がけをする度にお下げがぴょこぴょこと尻尾のように動き、思わず目で追いかけると、不意にそれがむんずと掴まれた。
イリーナが「いたっ!」っと悲鳴をあげる。
俺はそろっとその手から腕へと視線を移し、その本人を瞳に映す。
「まーだ、終わってねーのかよお節介イリーナ」
「ちょっと何するのよ!マイク!!」
「ふん!うるせぇばーか!!」
「離してよ!!」
あーああ。
マイクという同い年の男の子だ。同い年にしては体が大きく、力も強いので典型的なガキ大将である。いるいる、こういうやつ~って感じ。
しかも、好きな子にはいじめたいタイプでイリーナにちょっかい出してはばかだのブスだのと暴言を吐いている。本人は振り向かせようと必死なのは分かるが相手からすれば傷つき、トラウマレベルの行為だ。
今のイリーナも口ではやり返しているが今にも泣きそうな顔をしている。それにマイクは気づかないので子供ってあほだなぁっと思いながら彼らの間に割って入る。
「イリーナが遅いんじゃなくて俺が遅いの。あと、髪引っ張るのはやめなって」
「なんだよ、ヒョロアズール!力なくていっつもイリーナに引っ付いる弱虫野郎!」
「はいはい。手伝う訳でもないならどっか行ってマイク」
「うるせー!手伝わないって言ってないだろうが!!」
マイクは、ちっと舌打ちをしたあとむんずとバケツに入っていた雑巾を絞り手伝いをする。
こういう所は素直というか、面倒見がいいのが分かる。
俺は其の様子をちらっと見た後にイリーナのぐしゃぐしゃになった髪を解いて素早く結び直した。
「イリーナ大丈夫?」
「平気、ありがとうアズール」
「どういたしまして。ついでに俺の分の掃除も……」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
俺も雑巾がけを再開し、床を磨く。他のものは既に終わったようで孤児院の周りの草原で遊んでいた。遊具なんてものがないのでもっぱらかけっこや隠れんぼ、女の子たちはおままごとをしている。こんなに陽がさんさんと降り注ぐ中外に出ようだなんてさすが子供だなぁと思いながらまたぼんやりしてると、今度はマイクに頭を叩かれた。
「ぼんやりしてないで手動かせ」
「やってもやらなくても変わらないんだからやらなくても良くない?」
「だからってそれがやらない理由にならないだろうが」
「まっじめ~」
俺は魔法という武器でありとあらゆるサボりをしてきたし、そもそもこんな環境での転生は初めてなのでぶっちゃけだるい。皆こんな思いして掃除や洗濯してたのかと思うと感謝の思いしかしない。とはいえ魔法ですぐ済むのにやらないのは非効率だなと同時に思うが。
「マイク!アズールも手を動かしなさいよ!早くしないと昼飯食いっぱぐれるわよ!」
「う……ご飯……」
それを言われると弱い。俺は別に一食抜いたところで魔法でどうにか健康を維持できるがマイクやイリーナはそうはいかない。この世には連帯責任というものがあって俺だけの仕事じゃない以上イリーナや、手伝ってくれるマイクにも迷惑がかかる。
俺は渋々雑巾を手に取ってだっと駆け出した。本当はぴっちり横に手を動かしてやらねばならないが面倒なので縦に走ってしまう。今は客も来てないから大丈夫だろう。
そうして、走り出した俺に釣られてマイクもだっと縦に拭き始める。イリーナは、もーっ!と言いながらも楽しそうに縦に拭き始めた。
いつだか、3人で競走して見事に惨敗した思い出がある。サボりにサボり、外でも積極的に遊ぶことのない俺とよく外で遊び、その上ちびっ子達の面倒を見ている2人とは体力の差が違った。半分もいかないで息が上がった俺に2人は涼しい顔で最後まで走り切ったので、有り得ねぇと呟いた記憶がある。
今もフライングしたにも関わらず俺を追い越して2人は行ってしまった。俺は息切れ寸前である。
体力バケモノすぎ。
「アズール!早く早く!!」
「そうだぞ、アズール!早く来いよ」
「ま……っ待てって……もう、俺、体力、ないのに……」
頑張って走りきりバテているとだーっと次のレーンを2人は拭き始めた。こうなると2人は楽しそうに競走していくので、俺は角のところをすすーっと拭くだけだ。
何故か分からないがこの方法を誰もやったことがないらしく、俺が面倒くせーっ!!っと縦に拭き始めたことがきっかけで流行った。
最初院長にバレて、丁寧に拭きなさいっ!と怒られたが、競走して掃除をするのが意外にも捗り、掃除嫌いなものも進んでやり始めたので今では暗黙の了解として、来客がいなければやってもいいということになった。
だが、俺の体力が持たないので最初は普通にやりマイクがイリーナにちょっかい出して俺が止めて掃除を手伝うという流れにならないとこれは行うことがない。
1人でやるもんじゃないしね。イリーナにとって俺は張り合いがないし。
とはいえ、これですぐに終わりそうだ。俺はそう思いながらちらっと外を見て、あっと呟いた。
「フェルトさんが来てる」
「嘘!!」
小さい声だったにも関わらず耳のいいイリーナは雑巾がけをやめ、すぐに窓に張り付いた。
競っていた相手がいなくなりマイクはずるっと滑っていたが、ちらっとイリーナを見つつ残りを全て拭き始める。いい子なんだよ、行動があれなだけで。
とはいえそんな、え、実は優しいの!?というドキッとシーンは彼の想い人には見られないまま、その想い人は窓から見える茶髪の男性に釘付けだ。
その男はフェルトと言い時折、貸本屋というここらでは珍しい職業に就いている変わり者だ。孤児院には娯楽が少ないため、文字の勉強にもなる絵本等は貴重なものだ。それを定期的ーーー頻度でいえば1ヶ月に1度くらいーーーに彼が持ってきてくれて各々前借りた本を返し、また新しい本を借りるという習慣がついている。
そのフェルトという男だが、町役人の子供好きな好青年、を装ったどこかの貴族だと俺は踏んでいる。しかも、本職は軍関係者であるとも。
彼の所作や、間合い、体つきからそこまで絞り込めた。
ここで嫌な予感というものがこの男が来る度に現れる。
毎度毎度、俺がいるかどうかをこの男探っているのだ。
偶然、熱で寝込んでいる時や部屋から出ないでゴロゴロしている時にイリーナからフェルトさんに俺の事を聞かれたというのだ。
別に俺だけではなく他の子もそうであれば何も思うことはないのだが、他の子が休んでいても聞くことがないので確信するしかない。
なんか、俺に変な設定ついてる、と。
貴族の、しかも軍関係者が俺に定期的に会いに来るということは結構やばい立ち位置なやつ。
うわ、やめて、お願いだからそういう設定は来世によろしく!!!
そんなことを思って今のところ気付かないふりを続けている。俺が気づいていることを気づかれたらやばいと思ってる。お、俺は国を出て旅する身だから……。
ぶるっと1度身震いをすると、隣にいるイリーナがばしばし俺の腕を叩いた。
「フェルトさんだ!!アズール!!」
「あー、はいはい……」
彼女の様子から安易に想像がつくと思うが、そう、彼女はフェルトさんに憧れを抱いている。
確かに、こんないじめてくる男や面倒のかかる男よりかは物腰柔らかで頼れる男性に憧れるのも無理はない。
その上、フェルトさんは遊び盛りの男の子とも一緒になって遊んでくれるという優しいお兄ちゃんな行動を取るので男の子でも大きくなったらフェルトさんみたいになりたい!と思う奴は少なくない。
つまり、フェルトさんは孤児院の女子男子共々計り知れない人気を誇り、その中で靡いていないのは俺とマイクぐらいだろう。
マイクは、まぁ、わかりやすくイリーナを取られる上に、行動すべてがフェルトさんの好感度をうなぎのぼりにしてしまい悪者扱いされるから。俺は隠された俺の設定が怖くて近寄れない。うん。このまま知らずに過ごしたい切実に。
そして、フェルトさんがくる日俺は忙しい身となる。ほら今もドタドタと足音が聞こえてきた。
「アズール、アズール!髪やって!!」
「アズール!このお花で髪やってお願い!!」
「……順番ね」
フェルトさんに憧れを抱く女子は少しでも可愛く自分をみせたいもので、この孤児院で1番それが出来るのは俺だった。
「俺が片付けとくから」
「ありがとうマイク」
雑巾とバケツを片付けたマイクはちらっとイリーナを見た。うん、1番可愛くしてやるから。
俺は手を洗って順番待ちをしているレディ達の髪を素早く結い上げる。全く、フェルトさんも突然来ないで欲しいよね。こっちにだって準備があるんだし……。
およそ、20人近くの女の子達の髪を結い上げ最後にイリーナに差し掛かった時、ふっと影が差した。
俺とイリーナはそちらを見てギョッとする。
そこには窓枠に寄りかかってこちらを見ているフェルトさんがいる。ここは1階で窓も開いていたので、フェルトさんがぐっと体を寄せると顔が近くに来る。
「俺がやろうか?疲れたんじゃない?」
「え、あ……」
「い、いいいんですか!?」
ちらっとイリーナを見ると顔を赤くしつつもそう答えていたので、俺は離れて「お願いします」と頭を下げるしかない。すまん、マイク。
友に対して懺悔を捧げると、ひらっと窓からフェルトさんが入ってイリーナの髪を優しく梳く。
俺はもう用済みだとそっと離れようとすると「アズール君」っとフェルトさんに声をかけられた。
え、と声を漏らしつつ恐る恐るフェルトさんを見上げると彼はんーっと唇を若干尖らせつつふにゃっと笑いかけた。
「まだ髪紐あるかな?」
「え、あ、はい」
俺が黒い髪紐も渡すとするするとフェルトさんはイリーナの髪を結んだ。おおっと俺は思わず声を漏らしつつ見ていると「アズール」っと後ろから声をかけられた。タイミングが悪い。悪すぎる。
ぎぎっと後ろに首をむけるとマイクが固まってイリーナとフェルトさんを凝視したあとがっと俺の肩をつかんで引っ張った。
「なんであいつがいるんだよ!」
「い、いやあ……」
先ほどの状況を説明するとマイクは歯噛みしてなんでよりによってイリーナの時にいいいっ!と叫んでいる。うん、俺もそう思うよ。ドンマイ、マイク。
そのままイリーナとフェルトさんが話をしている間に俺は自室に、マイクは外で遊びに行った。俺が自室に戻ったのは借りていた本を返すためで、誰でも簡単魔法入門!と書かれたその本を胸に抱きながら階下に足を運ぶ。そこにはすでにたくさんの子供に囲まれたフェルトさんがいて俺はこっそり貸本道具の中から返却カードを記入し、新たな本を探る。
とはいえ、ここの種類が子供向けばかりであるので俺にとっては退屈しのぎくらいにしかならない。
今回は、誰でも簡単ビブリア王国の歴史!という本を借りる。貸し出しカードに名前と題名を書いてさっさと部屋に引きこもる。ぶっちゃけ歴史に興味はないが知識として持っていた方がいいんだろう。
そうしているうちにフェルトさんは本を返してもらったり貸したりして帰っていった。帰り際「次は弟も連れてくるね」と言葉を残して。
不味いぞ。フェルトさんの弟とかどう考えてもミニチュアフェルトというフェミニストの可能性が高い!フェルトさんとイリーナであれば歳の差でどうにかなるが、弟の場合かなり近いと歳の差云々の話でなくなる。どうか、性格最悪のワルガキみたいなのが来ますようにい!じゃないとマイクが不憫だ。
あなたにおすすめの小説
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って?
いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。
あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。
だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。
よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。
弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。
そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。
どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。
俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。
そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。
◎1話完結型になります
弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~
荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。
弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。
そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。
でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。
そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います!
・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね?
本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。
そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。
お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます!
2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。
2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・?
2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。
2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL要素までとても遠いです。前半日常会多め。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。