【完結済】やり直した嫌われ者は、帝様に囲われる

紫鶴

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「しーちゃん!叢雲さん、紫!」



そーちゃんの声が聞こえる。彼が訪ねてきたようだ。



「ここは俺が片付けるから、遊んでおいで」

「いえ俺も……っ!」

「はいはい、いいから叢雲さんに任せなさい」



ぐいぐい背中を押され、最後にポンポンっと頭を撫でられた。



「楽しんでおいで。昼ご飯は外で買ってくるから」

「あ、でも……っ!」

「宗太君待たせてるから早く早く」



そう言われると何も言えない。俺はおろおろとしていたが、最後にはぺこりと頭を下げて玄関に向かう。



変な感じだ。

叢雲さんも年が近いとはいえ大人であるのに晴臣さんや久臣さんみたいな感じじゃなくて、もっと近しい誰かのような感覚を覚える。

胸がむずかゆい。それと同時に強烈な違和感を感じた。

これは、本当に自分の感情か?



―――足が、勝手に止まる。



身体の芯は冷え切って、今すぐにここから逃げ出したいのにゆっくりと後ろを振り向いてしまう。

俺の第六感が危険を察して警告している。

どくんどくんと心臓が嫌に響いて冷や汗が止まらない。



それなのに―――っ!!



「ん?どうしたの、しーちゃん、早く行きな?」



優しく、彼に微笑まれた。

ぶわっと表面上の何かがあふれ出す。

嬉しくて、思わず笑顔になる。



そんな自分が気持ち悪い。



なんだこれ、なんだこれ!!



自分の身に一体なにが起こってるのか分からない。混乱したままどうにか動けるようになった足を必死に動かして玄関に向かう。

背中の方から「え!?俺そんなやばい顔してたのかな!?ごめんしーちゃん!」という謝罪が聞こえたがなりふり構っていられない。



「あ、ようやくき、た……?」

「おひゃようそーちゃん!!」



玄関の扉を勢い良く開けて彼にそう言う。思いっきりかんだが気にしたら負けだ。彼はそんな俺の様子にきょとんとした後に不思議そうにこう俺に問いかけた。



「しーちゃん、顔赤い」

「……っ!!」



指摘されて、顔を背けて慌てて自分の表情を確認するために近くの池をのぞき込む。

指摘通りに顔は真っ赤でしまりなく表情筋も緩んでいた。



ぞっとした。



自分の見たことのないその表情に、身体は底冷えしていくのに全く表情は変わらない。



どうして、なんで。

いやだこんなのきもちわるい!!



「しーちゃん?」

「!」

「風邪か?大丈夫?」



不意に、それが視界に入った。すると少しずつ気持ち悪い感情が収まっていく。



「そーちゃん、それ……」



見覚えのある大太刀が玄関先に捨てられていた。後ろには引きずった跡があり、どうやら彼がここまで運んで生きたことが分かる。



「なんかこれそこに置いてあったから持ってきた。めちゃくちゃ重くて引きずって来たけど、多分紫の……」

「俺の刀!」

「え?」



その大太刀に縋りつくようにしてきつく胸に抱く。急速にあの感情が消えていって落ち着いてきた。すーはーっと軽く深呼吸を繰り返し肩の力を抜く。



さっきまで、自分が自分じゃないみたいで少し怖かった。

何だったのだろうか。落ち着きを取り戻し、はっとする。

衝動のまま行動をしてしまった。きっと気分を悪くしたに違いない。



「そーちゃ……っ!」

「しーちゃんは、武士もののふだったんだ……っ!」

「え?」



もの、のふ?

何やらキラキラした目で俺を見ている。

俺の想像していた反応とはだいぶ違う対応をされて間抜けた声が出る。そんな俺に気付いているのかいないのか興奮したようにそーちゃんが話し出した。



「凄い凄い。カッコイイ!あんなに重い刀持てるなんて!剣術はどこで習ったの?流派は?俺の見たことある刀より大きいけどどんな種類なの!?」

「あ、お、おちついて……」

「うん!!あっちでお話しよ!!」

「え、え」



ぐいっと服の裾を引っ張られて俺はその刀を抱えながら歩き出す。

ほっとしたのもつかの間、俺はその後そーちゃんのもののふ?談義を聞いた。

何やらそれが主人公の書物があるそうで彼はそれにはまっているという。俺は流行に疎いので全く分からないが本を貸してくれることになった。写本したものが何冊かあるらしい。

お友達にも好きになって貰いたくて準備していたらしい。



「しーちゃんも、気に入ってくれると嬉しい……」

「うん。俺も読んでみるね」



そう言うとぱっと笑顔になって、こっちまで嬉しくなってきた。先ほどの違和感のある感情ではない。

本当に、さっきのは何だったのだろうか。この刀を手にしたらすぐに収まった。

今まで、こんなことはなかったのに。

少し怖くなって、ぎゅっともう一度俺は刀を握り締めた。



―――ああ、久遠に会いたい。
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