153 / 208
2
しおりを挟む
「―――ごめんなさい。確かに、私の態度は良くなかったわ」
「……え?」
彼女の言葉に、一瞬呆けた。
今、なんて?
「へー?オジョウサマでも謝れるんだ」
「うるさいわね。悪かったと思ってるわよ!!でも貴方のその態度もどうなの!?自分のことは棚に上げるつもり!?」
「……これが普通なんですぅ」
「嘘ね。その、その……お連れの方と話していたときと全然違うじゃない!」
「それは……悪かった」
「ふ、ふん、最初からそう謝れば良いのよ!」
二人がそう話を始める。
俺はその様子を呆然と見て、そして恥じた。
俺は、自分の尺度でこの女性の方を計ってしまった。この人はこの態度をとるからきっとこういう人なんだなと勝手に当てはめてしまった。浅ましい。自己嫌悪に陥ってひどく落ち込んでしまうと、くいくいっと服の裾を引っ張られた。
見ると久遠が少しかがんで欲しいと身振りをしている。俺はそれに従って少し腰を落とすとそっと久遠が耳打ちする。
「あのね、しーちゃん、そんなにすぐ謝らなくて良いんだよ。いやな態度をとってきた人には、まず同じようにいやな態度をとれば良いと思う」
久遠がとんでもないことを言い出した。これが子供故の感性なのだろうか。いやしかし、そんな目には目を歯には歯をみたいな考えはこれからきっと困ることが起きるのではないだろうか。
「それは……」
「いいの。人を傷つける事を平気でするような奴に、しーちゃんの心をあげなくて良いの。減らさなくて良いの」
久遠の表現に少し首を傾げる。
俺の優しさ、ということを言いたいのだろうか。
そうであれば、別に俺は優しくない。自分のために謝ろうとしていたから。
「別に、あげてもいないし減ってもないよ」
「ううん。減ってる。多分、それ以上はなくなっちゃう。だから、本当に謝らないといけないって時だけにして」
「うーん……」
それは約束できなくてどう曖昧に回避しようかと悩んでいるとぎゅっと久遠が胸の前で両手を握る。
「僕は、ごめんなさいって言うとここら辺がきゅってなって苦しくなる。それから悲しくなっちゃう。だから、しーちゃんにはあまり言って欲しくない」
「……そう、だね」
謝るのに慣れすぎて、そんな感情は忘れていた。
ぎゅっと無意識のうちに久遠と同じ動作をしてしまい、どういうわけか胸のあたりが苦しくなった。
それから視界がゆがむ。
「あ、あれ……?」
瞬きをすると涙が落ちた。仮面を外して拭うわけにもいかずにとりあえず涙を止めようと思っているとすっと顔周りの圧迫感が消える。仮面を取られたようだ。
反射的に顔を隠そうとして手で覆うとその前に深緑色の衣が広がった。
「僕の心をしーちゃんにあげられたら良いのに」
そう言った久遠は頭を撫でながらぎゅっと抱えるようにしてきつく抱きしめた。
子供の高い体温と少しだけ早い鼓動を聞きながら自然と笑みがこぼれる。
「……貰ったから大丈夫だよ」
「もっとあげたい! もっと、もーっと!!」
「それじゃあ、くーちゃんの分がなくなっちゃう」
「良いよ」
彼の言葉にそう返すと、不意に久遠がそう言葉を紡いだ。
「しーちゃんが笑ってくれるなら、全部あげる」
そう言って、彼は笑顔を見せた。
いつの間にか涙は止まっていて、俺はつられて笑ってしまう。
「……大丈夫。もう十分だよ」
「本当? もっとあげても僕は大じょーぶだよ!」
「うん、ありがとう」
最後に、久遠が優しく俺の目元を拭ってかぽっと仮面を付け直してくれた。後ろにつけている紐を結ぶときは少しもたついていたけれど、俺には勿体ない優しい友達だ。
こんな俺に、全部あげるなんて言ってくれる、本当に優しい子。
ぎゅっと最後に手をつないで握ると、真剣な表情から一変してにこーっと花が咲いたように笑顔になる。
いつかは、この子と離れなくちゃいけないときが来るだろう。好きな人ができた、とか。
つきんっと少し考えただけで胸が痛くなった。
ああ、これが、子を持つ親の心理だろうか。まるで嫁に出すような気持ちだ。まだ6歳なのに、何馬鹿なことを考えているのかそう思って首を振り九郎達の方を見た。
すると女性の方とばっちり目が合って、彼女はガバッと勢いよく頭を下げる。
「……え?」
彼女の言葉に、一瞬呆けた。
今、なんて?
「へー?オジョウサマでも謝れるんだ」
「うるさいわね。悪かったと思ってるわよ!!でも貴方のその態度もどうなの!?自分のことは棚に上げるつもり!?」
「……これが普通なんですぅ」
「嘘ね。その、その……お連れの方と話していたときと全然違うじゃない!」
「それは……悪かった」
「ふ、ふん、最初からそう謝れば良いのよ!」
二人がそう話を始める。
俺はその様子を呆然と見て、そして恥じた。
俺は、自分の尺度でこの女性の方を計ってしまった。この人はこの態度をとるからきっとこういう人なんだなと勝手に当てはめてしまった。浅ましい。自己嫌悪に陥ってひどく落ち込んでしまうと、くいくいっと服の裾を引っ張られた。
見ると久遠が少しかがんで欲しいと身振りをしている。俺はそれに従って少し腰を落とすとそっと久遠が耳打ちする。
「あのね、しーちゃん、そんなにすぐ謝らなくて良いんだよ。いやな態度をとってきた人には、まず同じようにいやな態度をとれば良いと思う」
久遠がとんでもないことを言い出した。これが子供故の感性なのだろうか。いやしかし、そんな目には目を歯には歯をみたいな考えはこれからきっと困ることが起きるのではないだろうか。
「それは……」
「いいの。人を傷つける事を平気でするような奴に、しーちゃんの心をあげなくて良いの。減らさなくて良いの」
久遠の表現に少し首を傾げる。
俺の優しさ、ということを言いたいのだろうか。
そうであれば、別に俺は優しくない。自分のために謝ろうとしていたから。
「別に、あげてもいないし減ってもないよ」
「ううん。減ってる。多分、それ以上はなくなっちゃう。だから、本当に謝らないといけないって時だけにして」
「うーん……」
それは約束できなくてどう曖昧に回避しようかと悩んでいるとぎゅっと久遠が胸の前で両手を握る。
「僕は、ごめんなさいって言うとここら辺がきゅってなって苦しくなる。それから悲しくなっちゃう。だから、しーちゃんにはあまり言って欲しくない」
「……そう、だね」
謝るのに慣れすぎて、そんな感情は忘れていた。
ぎゅっと無意識のうちに久遠と同じ動作をしてしまい、どういうわけか胸のあたりが苦しくなった。
それから視界がゆがむ。
「あ、あれ……?」
瞬きをすると涙が落ちた。仮面を外して拭うわけにもいかずにとりあえず涙を止めようと思っているとすっと顔周りの圧迫感が消える。仮面を取られたようだ。
反射的に顔を隠そうとして手で覆うとその前に深緑色の衣が広がった。
「僕の心をしーちゃんにあげられたら良いのに」
そう言った久遠は頭を撫でながらぎゅっと抱えるようにしてきつく抱きしめた。
子供の高い体温と少しだけ早い鼓動を聞きながら自然と笑みがこぼれる。
「……貰ったから大丈夫だよ」
「もっとあげたい! もっと、もーっと!!」
「それじゃあ、くーちゃんの分がなくなっちゃう」
「良いよ」
彼の言葉にそう返すと、不意に久遠がそう言葉を紡いだ。
「しーちゃんが笑ってくれるなら、全部あげる」
そう言って、彼は笑顔を見せた。
いつの間にか涙は止まっていて、俺はつられて笑ってしまう。
「……大丈夫。もう十分だよ」
「本当? もっとあげても僕は大じょーぶだよ!」
「うん、ありがとう」
最後に、久遠が優しく俺の目元を拭ってかぽっと仮面を付け直してくれた。後ろにつけている紐を結ぶときは少しもたついていたけれど、俺には勿体ない優しい友達だ。
こんな俺に、全部あげるなんて言ってくれる、本当に優しい子。
ぎゅっと最後に手をつないで握ると、真剣な表情から一変してにこーっと花が咲いたように笑顔になる。
いつかは、この子と離れなくちゃいけないときが来るだろう。好きな人ができた、とか。
つきんっと少し考えただけで胸が痛くなった。
ああ、これが、子を持つ親の心理だろうか。まるで嫁に出すような気持ちだ。まだ6歳なのに、何馬鹿なことを考えているのかそう思って首を振り九郎達の方を見た。
すると女性の方とばっちり目が合って、彼女はガバッと勢いよく頭を下げる。
応援ありがとうございます!
22
お気に入りに追加
3,498
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる