Loves、Loved

富井

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1、雅の新しい恋人

昔の恋人

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ベランダの閉め忘れた窓から入る冷たい風に起こされ、やっと朝日が覗くくらいの時間に目が覚めた。

まだそんな時間なのに、隼人の姿はそこになかった。

雅は隼人を抱いた後、ベッドには戻らず、一人キッチンでワインをあけ、そのまま居間のソファーで眠ってしまった。

隼人がかけたのか、雅には覚えのない毛布がかかっていた。

だが、冷たい風は毛布の暖かさもかなわないほど、首筋から指先から、体温を奪った。

今も図書館の窓から待ち続けるその人への思いを断ち切れぬまま、ひと時の感情だけで隼人と関係を持ってしまった罪悪感が冷たい風となって全身を刺す針のように感じた。

「謝らなきゃ」

太陽が上がり、窓から刺す陽の温度が暖かく感じられた時、咄嗟にそう思った。

待ち合わせをしようと、電話をかけたが隼人は出なかった。

「まだこんな時間だもんな・・・」だから、メールを送った。

隼人に送る初めてのメールだった。

【お昼か放課後。どちらか会えないか?】

メールは雅がシャワーを浴び、朝食の準備をしている頃に帰ってきた。

【ごめん。寝てた。どっちでもいいよ。っていうか、どっちも会いたい。待ち合わせは、図書館?】

【いや、食堂の前にしよう】 と返した。

今日はあの人のカケラにさえ触れたくない気分だった。隼人は可愛い、もちろん好きだ。

けれど、あの人への愛は、雅の心の中では永遠に終わることはない。

その人と出会ったのは中学の夏休み・・・今でも鮮明に覚えている。

その人はもう大人でその時の雅には初めて出会う親や先生の類とは全く違う、美しく若い大人だった。

出会っただけで心臓を掴まれ揺すぶられ、ネジ回されたほどの衝撃を受けた。

その衝撃は雅の身体の内側に深く濃い跡をつけた。

その跡は今となっては深い傷跡となり、重い十字架を背負うことになったのだけれど、雅はあの人のためならばどんなことでも、その十字架に棘の蔓で縛られる事も喜んで答えられる。

だが、あの人はどう思っているのかと考えると、悲しみで身が引きちぎられ、ばらばらに切り刻まれるほどに苦しむ。それでもあの人と過ごした日々を忘れる気は決してない。

その人への思いを頭の中に巡らせているだけで、雅の体の機能が充実していくような錯覚を覚え、朝食が食べられなくなった。

「ハアー」と深く重いため息をついて、立ち上がった。

隼人が帰った後の寝室は少し甘い香りがした。

丁寧にベッドを片付けシワひとつなく綺麗に広げられた布団の上に腰掛け枕をゆっくりと撫でると昨日の隼人の温もりや髪の柔らかさを指先が思い出し、また胸が締め付けられた。

雅は待ち合わせに40分ほど遅れて行った。

もう待っていないならそれでもいいと思っていた。

隼人は昼間は少し汗ばむこの季節に、長袖のチェックのブラウスの上に昨日雅が買ったTシャツを重ねて着ていた。

食堂の前に立ち、小さく手を振って雅を迎えた。

「ごめん遅くなって。」

「ううん。僕も今来たところだよ。僕も遅れちゃって、先輩を待たせちゃったらどうしようって思って走ってきました。」

その言葉がウソだということはすぐわかった。

雅の手を握ってきた隼人の指先が、とても冷たかったからだ。

走ってきたならもう少し汗ばんでいてもいいはずなのに、並んで歩く雅の腕に触る隼人の肩も腕もクーラーの風で冷え切っていた。

「先輩今日は何にしますか?」

「なんでもいい、隼人の食べたいものと同じでいいよ。」

「じゃあ、僕、買って行くから席にいてもらえる?」

見上げるその顔は雅だけを真っ直ぐに見つめる無垢な瞳だった

いつもと同じ一番端の6人がけのテーブルで隼人を待った。

お盆に2つのパスタとサラダ飲み物を乗せて慎重に人にぶつからないように道を選らんでゆっくりと、でも、少し急ぎながら雅のために運んでくる。

奥のテーブルで頬杖をつきながらその動き、表情から仕草の一つ一つまで見逃さないように見つめた。

少しずつ隼人が近づいてくると目の動きや唇、髪の間からちらちら見える耳たぶまでも矯めつ眇めつ見つめ続けた。

「恥ずかしいよ。そんなに見つめられたら。」

「隼人はかわいいなと思ったら目が離せなくなった。」

隼人は生きてきて一番幸せな時を送っていた。

子供の頃からずっと家族から虐待を受け続けすぎて人に気を使っていくしか人と接する方法を知らず、いつも精神的にくたくただった。

今日はごはんを隼人が買いに行ったけど雅が運んでくれることもあるし、そばによるとすっと椅子を引いて隣に座ることを許してくれる。

話しをすれば顔を見つめて聞いてくれる。

一緒にごはんが食べられるだけでなく、そんな幸せを与えてくれる雅に重巡な愛だけでなく感謝もしていた。


「食べよう。隼人の顔ばかり見ていてもお腹いっぱいにならないからね。」

「うん。今日、学校終わったら先輩のマンションに行っていいですか?

勉強教えて欲しいところがあって・・・」

隼人はいつも通り隣の席で雅のほうを向いて座った。

雅は、あからさまに夢中であることを隠さないこのスタイルを気に入っていた。

少し頭を傾けて覗き込むように話す癖も、とても気に入っていた。

けれど、

「ごめん。俺の家にはもう来ないで。

隼人のことは大好きだけど深く付き合うのは辞めよう。

俺、ずっと昔から好きな人がいるんだ。

今はその人とちゃんと付き合うことができないけれど、その人が俺のところに必ず帰って来てくれることを信じているんだ。だからごめん。

学校でたまにごはんを食べるくらいなら構わないけど、学校が終わってから出掛けるのもちょっと・・・その人の耳に届くような目立つ行動は避けたい。

昨日もひどいことをしたと思っている。本当にごめん。」

「どうして・・・どうして謝ったりするの・・・」

「悪いことをしたと思って・・・」

「僕のこと気持ち悪い?汚ない?悪いことってなに?僕と寝たことを後悔しているの。」

「・・・」

「僕、平気だよ。先輩が好きな人とうまくいくまでの間だけでいいです。先輩が会いたい時だけで、寂しい時だけでいいから。」

「ごめん。俺はそういう付き合いはしないんだ。本当に好きな人としか時間を共にしたくないし、セックスだって・・・昨日は酔っていてつい・・・本当にごめん。」

「何度も謝らないでください。

僕から先輩を誘ったんだし、悪いのは僕なんだから、先輩は何も悪くないです。

ごめんなさい。本当に、本当に・・・」

隼人は運んで来た皿にフォークを刺しただけで、席を立ち上がった。

立ち上がったと同時にフォークはトレイに落ちてパスタが散らばりそれに気をとられている間に隼人は走り去った。

細く小さな背中はあっという間に人影に消されて、雅の席からは目で追うことも出来なくなってしまった。


「あの子、泣いていたね。」

入れ替わりで雅の向の席に来たのは緑山だった。

隼人がパスタをこの席に運んでくる時から、食堂の入口がざわざわしていると思ったら、胸元が大きく開いた真っ赤なセーターを着たベビーフェイスの男、こいつの仕業かそう思うと、隼人が立ち去ってしまったことも忘れ、笑いが込み上げてきた。


「相変わらず今日も派手だな。」

「でも、似合っているでしょ。」

「ああ。バラより赤が似合うよ。」

「キットそうだと思った。座っていい。」

「ああ、食堂に来るなんて珍しいな。」

「君の子犬ちゃんを紹介してもらおうと思ったのに、逃がしちゃったのか・・・
ここまでパスタを運んでくるまでは上機嫌だったじゃないか。」

「見てたのか・・・まあいろいろあって。とにかく全部俺が悪いんだよ。」

「だろうね。罰として、なにがあったか教えてよ。」

緑山は雅の顔を一度まじまじと見つめると、おもむろにカバンの中から小さな弁当箱を出した。

「相変わらず、弁当かい。」

「うん。お母様は未だに僕の外食を認めてくれなくてね。参るよ。」

「緑山家の大切なおぼっちゃまだからね。」

「話しを逸らさないで、早く教えてよ。」

「どこから話せばいいんだろう。」

「午後からは僕も雅も授業ないでしょ。だから時間はたっぷりあるし、出会いから聞こうかな。」

雅はとても丁寧に事細かに一部始終を話した。緑山は、弁当を食べるのも忘れ、うんうんとうなづきながら、時折、笑いを堪えながら聴き入っていた。

雅もパスタをフォークに絡めるだけで、ついに口に運ばれることはなく、冷たく固まっていった。


「ふうん。で、結局、玄関先でやっちゃったってことか・・・」

「そこだけ言葉にするとおかしいだろ。」

「それで雅はどうなの。」

「どうって。」

「隼人のこと好きなの、嫌いなの。」

「好きだよ。」

「じゃあなんで付き合わないの。」

「だから・・・」

「教授のこと?こないだ雅がもうないって言っていたのに、なに引きずっているの。

教授だって、雅が新しい恋人作ったって仕方ないと思ってるよ。」

「はあ・・・・」

「隼人だって、雅が教授と付き合えるようになるまでで、いいって言ってるんでしょだったらいいじゃん。」

「隼人としているときも、何度も何度もあの人の事思い出していたんだ。

キスしていてもあの人とキスした時の事を思い出していたんだ。

隼人の寝顔を見て初めて隼人とやってたんだって気がついた。最低だよ、俺。」

「ホント、最低・・・。でも、僕も、いつもそうだよ。」

「え…」

「妄想しすぎて今、自分が誰に抱かれているのかわからなくなるよ。」

「緑山がそんなときに思い出す人なんているんだ。一人に決めないんじゃなかったのか。」

「決めないよ。

どうせ僕は親が決めた相手と結婚させられるんだ。

大恋愛なんかしたら、愛のない結婚生活の邪魔になるだろう。

雅みたいにいつまでも過去に縛られて身動き出来なくなるのが僕はいやなんだ。」

「悪かったな過去に縛られていて。好きで縛られているんだよ。

ところで誰なんだ、そんなときに妄想する相手って。」

「雅」

「やめてくれよ・・・冗談だろ。

第一、緑山が俺とはそういう関係には絶対になりたくないって言ったんじゃないか。」

「そうだよ。ごめん。
冗談。

雅とは永遠に友達でいたいから、気まずくなりたくないんだ。」

「俺もだよ。飲みにでも行くか。ここにいても仕方ない。」

「その前に隼人、迎えに行けよ。
雅、隼人と一緒にいると笑ってるよ。中学のときみたいに。

図書館の窓から唇噛んであの人を見つめているより、かわいい顔してる。
ちょっと焼ける。」

「どこまで俺を見てるんだ。」

雅はまたいっそう困った顔をしてみせた。緑山のエスカレートしてくる意地悪な言葉は、雅の背中を少し押した。

「じゃあ、もっと雅山にヤキモチを妬かせようかな」

雅はサンドイッチを一つ買って、隼人のいる教室に向かった。そして少し距離を置いて緑山もついていった。

久々に何かとても面白いことがあるような気がしてわくわくしていた。


雅が未だに、恋い焦がれるその人を紹介したのは緑山だった。

中学1年の夏休み、親戚の如月の家に雅を誘ったのがことの始まりだった。

少し曇りの、蒸し暑い夏の午後、如月の歳の離れた弟、あずみの遊び相手として初めてその家に訪れた。

広い庭の古くて大きな洋館、ただそれだけで雅の心を掻き立てた。

庭で遊んでいた雅は、書斎で本を読んでいた如月と窓を隔てて出会った。

その時からずっと、そして今も、如月が雅の心を支配し続けた。

けれど、緑山は苦しむ雅に申し訳ないと思って隼人と付き合うことを進めた訳ではない。

もちろん、雅を励まそうなんて気持ちは微塵もない。

ただ、今後の成り行きがなんとなくおもしろそうだったから、それだけだった。

とてつもなくワクワクするような事があるに違いないと時を見計らいながら、雅をそこへ導いた。

授業終わりのベルと共に扉は開き、出てきたのは如月だった。

緑山は心の中で「ビンゴ」と叫んだ。

唐突に向き合った二人は時を止め、見つめあったが、すぐに時は息を吹き替えし、如月は言葉もなく去っていった。

ただ、通り過ぎるまえに雅に軽くハグをし、耳たぶにキスをした。風が通り過ぎるほどの一瞬の出来事だった。

その一瞬は、どんなに些細であったとしても、緑山には退屈を紛らわすのには十分過ぎるネタだった。

雅には、傷を大きくえぐり塩を塗り込まれるほど痛く苦しい一瞬だった。

呆然と立ち尽くし、身動きしない雅に変わって緑山が隼人を探し、手招きをした。

「雅、隼人君だよ。」

雅はまだ刹那な夢の中にいた。
  そして、美しい過去のあの人と会った、
あの日のあの場所で起きたあの出来事が頭の中を、体の中をよぎり雅の心を支配した。

「雅、雅・・・紹介してよ。」

「緑山は隼人の事をもう知っているだろう。」

「じゃあ、僕の事を紹介してよ。」

「俺の幼稚園の頃からの親友。」

雅は隼人に向かってぶっきらぼうに言った。

「それだけ・・・?緑山則夫です。

君、小さくてかわいいね。“ワン”って言ってみて。」

隼人は、ただ困惑するばかりだった。

つい数時間前にたまの食事以外は会いたくないといわれたばかりなのに、学校でも目立つような行動は避けようといわれたばかりなのに、今、とても目立つ赤色のニットを着たモデルのような美しい男性と自分を尋ねてきた。

「緑山の言うことはあまり聞かなくていいよ。人の困った顔を見るのが好きなんだ。」
「雅・・・隼人君は君にまず謝って欲しいみたいだよ。」

緑山は膝をかがませて、隼人の顔を覗き込んだ。

「僕、謝って欲しいだなんてそんな・・・」

「いや、一度きちんと謝ってもらってからスタートさせたほうがいいよ。君もそう思うだろ。」

「それは、二人だけの時にするから。」

「じゃあ、デートしておいで。明日は休みだから、お泊まりで行ってきたらどう?」

「飲みに行くんじゃなかったのか。」

「だから、僕は外食禁止なんだって。解禁になったら誘ってよ。
隼人君、ちゃんと謝ったか、月曜聴くからね。」

緑山は大きく手を振って、来た方向に戻って行ってしまった。

雅はてっきり緑山と飲みに行くと思っていたから、隼人に対して何の言葉も用意はなく、少し気まずくなった。

さっきは緑山に話を合わせて隼人と付き合うようなことを言ったが、今の如月のキスですべてが覆った。

「とりあえず、コレ。お昼食べてないからおなかすいているでしょ。」

買ってきたサンドイッチを左手に乗せて隼人の前に差し出した。隼人はしばらくモジモジとした後、ゆっくりと手を伸ばした。

「あ、ありがとうございます。」

サンドイッチを取ろうとした隼人の腕を右手で強く引き寄せた。

隼人はバランスを失って雅の腕の中に倒れ込み、その肩を強く抱いた。


「ここではキスできないから車に行こう。」

耳元でそう囁くと隼人の手を強く引いて少し早足で駐車場に向かった。

振り返りもせず、とにかく前に進み隼人がたまにツンのめろうとまったく気にせず、いつもの雅とは少し違い怒っているようにも感じた。

「車に乗って。」

隼人は雅のそんな雅に何も言わず、息を切らしてついて来た。

強く腕をつかまれ、車について初めて手を離してもらえた。

助手席に乗るとシートを倒され、肩を強くつかまれて激しくキスした。

昨日の雅とは人が違うように乱暴に抱きしめ、唇をこじ開け隼人の舌を雅の舌でさすり、絡め合い息の続く限り吸った。

髪をかきむしるように撫で、思い切り強く息を吐くのと同時に抱きしめたかと思うと冷たく突き放し、一言も言わず車を走らせた。

隼人も何も言えなくて、ただ黙って俯き、ついていくしかなかった。

雅の頭の中は如月の事でいっぱいだった。なんのつもりで雅にハグしたのか、耳たぶにキスしたのか、それ以上の愛を型にする気持ちは1ミリも見えないのに、妖艶な香りだけを残して去っていった如月に何度も何度も「なぜ」を繰り返した。

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