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理玖と太
運命
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失意の中、ただ時は過ぎて、もう肌寒くコートも必要になってきた頃、ヒロトから久しぶりにメールが入った。
『今日の3時限はクリスマスボランティアの説明会だよね。理玖の隣に座りたいから、講堂に一緒に行こう。遅れないようにクラスに迎えに行くから。』
とあった。理玖はなんの疑いもなく、
『了解。』と返した。
ヒロトは約束の時間通りに、理玖のクラスの前に来た。理玖とお揃いのバッグを肩にかけて
「なんだかお揃いって恥ずかしいな。」
「いいじゃん。仲良しなんだから。それに理玖が周りの事を気にするほど、周りの人は僕達を見てはいないよ。」
「そうだな。じゃあ行こうか。」
「う、うん・・・」
ヒロトはさっきから、何度も携帯と腕時計を何度も気にして、そわそわと落ち着かない様子だった。
「ねえ、理玖、トイレ行ってからでいい?」
「早く行って来いよ。早くしないと講堂の入り口が混むぞ。」
「ちょっとだけ、ここで待っててね。」
ここは講堂の入り口も混むが、階段も混む。
新校舎の階段は3箇所ある。校舎の両端、あとは中央。
一階から四階までの一面にマリア様のステンドグラスがあるあそこだ。
幅も広くどの教室からも行きやすいし吹き抜けもあって待ち合わせもしやすいので、どの生徒もたいがいそこを通る。
理玖達もその階段を降りてきた。
広い階段でも、大勢の生徒たちが一斉に利用するとなるとやはり相当に混み合った。
そんな混雑の中、下へ下へと向かう集団を掻き分けながら登ってくる一つの頭が見えた。
「あ、太!!ここ。」
手を挙げて呼び止めるヒロトの声に顔を上げた。
その時は満面の笑みだった太も、ヒロトの隣にいる理玖を見つけ、その笑みは一瞬にして凍りついた。
チッと舌打ちしたあと「理玖」と吐き捨てるように言った。
今までの積み重なった恨みにあのサッカー場での恨みが加わって、憎しみは二乗で膨らんでいた。
「太、ほら。」
ヒロトが背負っていたカバンを見せると、太はニコッと笑ってヒロトに自分の背負っているカバンを見せた。
今度は理玖が舌打ちをした。そのカバンは自分ともお揃いだったからだ。
その舌打ちを太が聞き逃すはずがなかった。
そして、理玖が肩に掛けたカバンも見逃しはしなかった。
「テメェ、理玖、真似しやがったな。」
「するか。俺は前からカバンが欲しかったんだ。」
「じゃあ、いつ買った。」
「おまえのサッカーの試合の日だよ。もういいだろ。混んでいるし、前を向いて歩け。」
「偉そうに・・・」
「そうじゃない。危ないから言っているだけだ。」
「うるさい。俺に指示するな。」
理玖は、肩で一息大きくつくとヒロトの手を引き、太を避けて階段を降りた。
「ちょっと待て・・・ちょっと待てって。」
太は周りを押しのけて理玖の前に立ちはだかった。
恐ろしく睨みつけ、太の拳は理玖の頬を打ち抜いた。
理玖は四階と三階の間の踊り場に転がり、周囲が小さな悲鳴にざわつき始めた。
理玖は立ち上がり、太の目を見ずにまたヒロトの手を引いて行こうとした。
「この一発は許してやるよ。おまえも行け。」
そう吐き捨てるように言ったセリフに、太が怒らないわけがない。
当然、掴み掛かり制服の襟を鷲掴みし、のしかかるように攻めよった。
「俺に指示するな、優等生ぶりやがって。」
「だから俺は・・・」
「もう、優等生じゃないだろ。聞いたぞ、もうベスト3じゃないんだってな。最下位争いらしいじゃねえか。」
太はフンと鼻で笑いながら言い放った。毎回、理玖にやられてきて、一番頭にくるやり方でやり返した。
「おまえもだろ。レギュラー外されたんだってな。あんな無様なプレーでは仕方ないな。」
「テメェ、見てないふりして見てやがったのか。」
「見てないふりをしてやったんだろ。かわいそうだから。ミスばっかりしやがって。」
「テメェがクソ青いバカみてえなシャツ着てくるからだろ。
イかれたトリみたいに目立ちやがってチラチラして集中できねェだろうガァ。」
「あのくらいのことで、集中できないようじゃまだまだだな。」
太の拳がもう一度理玖の頬を打った。
顎を少し上げてフンと鼻で笑うこの顔が、大嫌いだからだ。
踊り場の隅まで飛んで行った理玖の制服を、また鷲掴みにして立たせ、今までの怒りのすべてを理玖にぶつけた。
理玖もまた同じく、二人は溜め込んだ怒りだけでなく、湧き上がってくるものすべてをぶつけあった。ヒロトは余裕だった。
今まででも、ひどく手のつけられない喧嘩はたびたびあったが、すべて自分が止めてきた。
この二人を止められるのは自分だけで、自分はどんな状況でも魔法使いのように二人を冷静にさせることができる、そんな自信があった。
「理玖も太も、もうやめな。」
ヒロトはいつものように半笑いで二人の間に入ろうとしたが、今日の二人はいつもと勝手が違い、お互いを掴んだ手は予想以上に硬く、ヒロトの声も二人の耳には届かないようだった。
「ダメだって、もうやめて。」
ヒロトの顔にもう笑みはなかった。こんな二人を見るのははじめてだった。
ただならぬ程殺気立った二人を、すぐにでも引き離さなければ何かとてつもなく危険なことがおきる予想がした。
ヒロトも必死で二人を抑えようと、理玖が太を、太が理玖を殴ろうと振りかぶった腕を掴んだ。全身から湧き出す力をその腕に込めて、筋肉は燃え血管は膨らみ、憎しみや恨みやさまざまな憎悪を抱え込んだ拳は震え、それぞれの敵に照準を定め三者の力のバランスがほんの少しでも崩れた瞬間、一気に爆破するまさに「三すくみ」のような状態ではあったが、彼らがそれと違ったのは、細く長い脚。
ジタバタする危うい足元は絡み合い、もつれ合い・・・
「ヒロト・・・離せ・・・今日コソ理玖を・・・」
「ヒロト・・・離せ・・・今日コソ太を・・・」
「ダメだって、怪我するよ。理玖も退学になったらどうするの。」
ヒロトのその一言で、理玖はふと我に返ってしまった。
ほんのちょっと・・・ほんの一瞬、
力を緩めただけだったが、そのほんのちょっとでバランスを崩した三人の体は、マリア様のステンドグラスを打ち破り、空に飛び出した、あの踊り場で掴んでいた手も、握り締めた制服の襟もそのままの同じ体勢で、ゆっくりと、ゆっくりと・・・
粉々になった色のガラスが日を受けてキラキラと花火のようにきらめいて、それも一瞬止まったかのように見え、きれいだなと思った次の瞬間、すべてを追い越して3人の体は地面にたたきつけられた。
おそろいのカバンとともに。
『今日の3時限はクリスマスボランティアの説明会だよね。理玖の隣に座りたいから、講堂に一緒に行こう。遅れないようにクラスに迎えに行くから。』
とあった。理玖はなんの疑いもなく、
『了解。』と返した。
ヒロトは約束の時間通りに、理玖のクラスの前に来た。理玖とお揃いのバッグを肩にかけて
「なんだかお揃いって恥ずかしいな。」
「いいじゃん。仲良しなんだから。それに理玖が周りの事を気にするほど、周りの人は僕達を見てはいないよ。」
「そうだな。じゃあ行こうか。」
「う、うん・・・」
ヒロトはさっきから、何度も携帯と腕時計を何度も気にして、そわそわと落ち着かない様子だった。
「ねえ、理玖、トイレ行ってからでいい?」
「早く行って来いよ。早くしないと講堂の入り口が混むぞ。」
「ちょっとだけ、ここで待っててね。」
ここは講堂の入り口も混むが、階段も混む。
新校舎の階段は3箇所ある。校舎の両端、あとは中央。
一階から四階までの一面にマリア様のステンドグラスがあるあそこだ。
幅も広くどの教室からも行きやすいし吹き抜けもあって待ち合わせもしやすいので、どの生徒もたいがいそこを通る。
理玖達もその階段を降りてきた。
広い階段でも、大勢の生徒たちが一斉に利用するとなるとやはり相当に混み合った。
そんな混雑の中、下へ下へと向かう集団を掻き分けながら登ってくる一つの頭が見えた。
「あ、太!!ここ。」
手を挙げて呼び止めるヒロトの声に顔を上げた。
その時は満面の笑みだった太も、ヒロトの隣にいる理玖を見つけ、その笑みは一瞬にして凍りついた。
チッと舌打ちしたあと「理玖」と吐き捨てるように言った。
今までの積み重なった恨みにあのサッカー場での恨みが加わって、憎しみは二乗で膨らんでいた。
「太、ほら。」
ヒロトが背負っていたカバンを見せると、太はニコッと笑ってヒロトに自分の背負っているカバンを見せた。
今度は理玖が舌打ちをした。そのカバンは自分ともお揃いだったからだ。
その舌打ちを太が聞き逃すはずがなかった。
そして、理玖が肩に掛けたカバンも見逃しはしなかった。
「テメェ、理玖、真似しやがったな。」
「するか。俺は前からカバンが欲しかったんだ。」
「じゃあ、いつ買った。」
「おまえのサッカーの試合の日だよ。もういいだろ。混んでいるし、前を向いて歩け。」
「偉そうに・・・」
「そうじゃない。危ないから言っているだけだ。」
「うるさい。俺に指示するな。」
理玖は、肩で一息大きくつくとヒロトの手を引き、太を避けて階段を降りた。
「ちょっと待て・・・ちょっと待てって。」
太は周りを押しのけて理玖の前に立ちはだかった。
恐ろしく睨みつけ、太の拳は理玖の頬を打ち抜いた。
理玖は四階と三階の間の踊り場に転がり、周囲が小さな悲鳴にざわつき始めた。
理玖は立ち上がり、太の目を見ずにまたヒロトの手を引いて行こうとした。
「この一発は許してやるよ。おまえも行け。」
そう吐き捨てるように言ったセリフに、太が怒らないわけがない。
当然、掴み掛かり制服の襟を鷲掴みし、のしかかるように攻めよった。
「俺に指示するな、優等生ぶりやがって。」
「だから俺は・・・」
「もう、優等生じゃないだろ。聞いたぞ、もうベスト3じゃないんだってな。最下位争いらしいじゃねえか。」
太はフンと鼻で笑いながら言い放った。毎回、理玖にやられてきて、一番頭にくるやり方でやり返した。
「おまえもだろ。レギュラー外されたんだってな。あんな無様なプレーでは仕方ないな。」
「テメェ、見てないふりして見てやがったのか。」
「見てないふりをしてやったんだろ。かわいそうだから。ミスばっかりしやがって。」
「テメェがクソ青いバカみてえなシャツ着てくるからだろ。
イかれたトリみたいに目立ちやがってチラチラして集中できねェだろうガァ。」
「あのくらいのことで、集中できないようじゃまだまだだな。」
太の拳がもう一度理玖の頬を打った。
顎を少し上げてフンと鼻で笑うこの顔が、大嫌いだからだ。
踊り場の隅まで飛んで行った理玖の制服を、また鷲掴みにして立たせ、今までの怒りのすべてを理玖にぶつけた。
理玖もまた同じく、二人は溜め込んだ怒りだけでなく、湧き上がってくるものすべてをぶつけあった。ヒロトは余裕だった。
今まででも、ひどく手のつけられない喧嘩はたびたびあったが、すべて自分が止めてきた。
この二人を止められるのは自分だけで、自分はどんな状況でも魔法使いのように二人を冷静にさせることができる、そんな自信があった。
「理玖も太も、もうやめな。」
ヒロトはいつものように半笑いで二人の間に入ろうとしたが、今日の二人はいつもと勝手が違い、お互いを掴んだ手は予想以上に硬く、ヒロトの声も二人の耳には届かないようだった。
「ダメだって、もうやめて。」
ヒロトの顔にもう笑みはなかった。こんな二人を見るのははじめてだった。
ただならぬ程殺気立った二人を、すぐにでも引き離さなければ何かとてつもなく危険なことがおきる予想がした。
ヒロトも必死で二人を抑えようと、理玖が太を、太が理玖を殴ろうと振りかぶった腕を掴んだ。全身から湧き出す力をその腕に込めて、筋肉は燃え血管は膨らみ、憎しみや恨みやさまざまな憎悪を抱え込んだ拳は震え、それぞれの敵に照準を定め三者の力のバランスがほんの少しでも崩れた瞬間、一気に爆破するまさに「三すくみ」のような状態ではあったが、彼らがそれと違ったのは、細く長い脚。
ジタバタする危うい足元は絡み合い、もつれ合い・・・
「ヒロト・・・離せ・・・今日コソ理玖を・・・」
「ヒロト・・・離せ・・・今日コソ太を・・・」
「ダメだって、怪我するよ。理玖も退学になったらどうするの。」
ヒロトのその一言で、理玖はふと我に返ってしまった。
ほんのちょっと・・・ほんの一瞬、
力を緩めただけだったが、そのほんのちょっとでバランスを崩した三人の体は、マリア様のステンドグラスを打ち破り、空に飛び出した、あの踊り場で掴んでいた手も、握り締めた制服の襟もそのままの同じ体勢で、ゆっくりと、ゆっくりと・・・
粉々になった色のガラスが日を受けてキラキラと花火のようにきらめいて、それも一瞬止まったかのように見え、きれいだなと思った次の瞬間、すべてを追い越して3人の体は地面にたたきつけられた。
おそろいのカバンとともに。
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