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二、死んだのか???
クレタと出会う
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「おい、いい加減おきろ。」
その声で一番最初に目を覚ましたのは理玖だった。
ゆっくりと目を開けると、胸を大きく開けた白いシャツを着た若い男が、自分達を顔を覗き込んでいた。
上半身を起こし、周りを見ると、理玖の両脇には、太、ヒロトが校庭で寝ていた。
何が起きたのかを思い出すより先に二人を起こした。
「太、ヒロト、起きろ。大丈夫か。」
二人の上にかぶったガラスのカケラを払うと、二人の肩を軽くゆすった。
「あれ・・・俺どうなったんだろう。」
「今、落ちたよね。僕達・・・」
「でもどこも怪我して無い。」
「はい、おまえら一回立って、3人とも。」
その白いシャツの男は手を二、三回叩いて三人に指示した。
まるで幼稚園の先生のようだった。
「はい、これからおまえら3人を 7日後に受ける審判の受付まで案内する女神のクレタでーす。
案内は初めてですが、一生懸命頑張ります。
君達もガンバってついてくるように。」
「ちょっと待て。女神って、男に見えるけど、女なのか?」
「とりあえず男だけど、ウチもいろいろ忙しくてな。
ホントはウチのねえちゃんが来る予定だったんだけど、別の用事が出来て急遽俺になった。
ウチのねえちゃんはすごい美人でたぶん、おまえらも楽しい旅になったんじゃないかと思うけど、残念だったな。
まあ、男同士楽しく行こう。」
「行くってどこへ。」
「僕達、講堂行かなきゃ。」
「おお、そうだ。ボランティアの説明会だ。」
「おまえら、それ本気でいってる?忘れてないよな。」
「太が急に殴ってきたんだ。」
「あれはおまえが・・・」
二人はまた向かい合って、掴み合いそうになったところを、すかさずヒロトが間に割って入った。
「でも僕達なんともないよ。」
「じゃ、今のおまえらの姿を見に行くか。これからはしばらく歩きな。
ちゃんとついてこいよ。はぐれるな。」
そういうとクレタは、理玖達を振り返ることもなく歩き出した。
三人は言われるがまま、そばに落ちていた自分のカバンを拾ってぞろぞろと歩き出した。
学校を出て、駅に近い道幅の広い、いわゆるメインロードを左折。
そこから2つ目の信号を右に曲がるために信号待ちをしていた。
ここまでは結構人通りも多い賑やかな通りで、毎日通る駅から学校までの通学路。
通り慣れた道を歩いてきたのだが、三人はなにか、言葉にならない違和感を感じていた。
「なんか、わかんないけど、変だよなぁ・・・」
太も同じことを感じていた。
返事はしなかったが、たぶんヒロトもそうで、あたりをキョロキョロと落ち着かない様子だった。
信号が青に変わり、相変わらず振り返ることもなく自分勝手にすたすたと歩いて行くクレタの後を三人は追って行ったが、相変わらずその違和感は消えなかった。
無言のままその男・・・クレタの後について病院の中に入り、エレベーターに乗って3階の奥に進んだ。とても静かなフロアだった。
「はい、ココでーす。」
クレタが手を挙げて止めた場所のベッドには、顔中細かい擦り傷を作り、頭も腕も包帯を巻かれ、点滴やなんだかわからないチューブやコードに繋がれた理玖、太、ヒロトの三人が寝かされていた。
ガラスの向こうには両親や祖父、祖母の泣く姿が見える。
「コレどういう事だよ・・・」
理玖が自分の姿を見つめながら言った。
「見ての通りだ。おまえらがバカなことで意地の張り合いしているからこうなるんだ。」
「やっぱりあそこから落ちたんだ。」
「ああ。」
「じゃあ、今いる僕達は、理玖も太も僕だってここに居る。」
「ああ。居る。」
「俺達死んだのか。」
「まだだ。今はまだ肉体と魂が分離しただけだ。
さあ行こうか、ここに居るとおまえらみたいのが次から次と来るから迷子になるぞ。」
「ちゃんと説明しろよ。」
「ああ ここから出たらな。
その前に良く見とけよ。おまえらの両親はあんなに悲しむんだぞ。」
三人は顔を上げガラスの向こうで必死に泣きながら拝み続ける理玖の祖父と祖母の顔。
まだ仕事の途中なのだろうか、白衣にエプロンを付けたままだ。
母親も父親も作業服のまま。
太の両親も同じだ、仕事の途中で慌ててきたのだろう。母親は履物を履いていなかった。
「ヒロトんちの両親がいないな。」
ぽつりと太が言った。
「まだ旅行なのか。」
ヒロトはその問いには答えず、俯いたまま、ただ、最後にベッドに横たわる自分を振り返って悲しそうな顔で見つめ、クレタについて行った。
そのあとを太が追い、最後に理玖がもう一度振り返り自分の両親、祖父、祖母の顔を見て頭を下げエレベーターに乗った。
クレタと理玖、太、ヒロトは病院の脇の堤防で病院を眺めながら並んで座った。
三人のため息を三十回程聴いて、クレタは三人の前に立ち上がり、二、三回手を叩いた。
「いつまで見ていたってしかたないからそろそろ行くぞ。」
「どこへ?」
「だから、受付だって。」
「俺達死んだのか。」
「まだだって言っただろ。」
「これから死ぬのか。」
「かもな。」
「嫌だ・・・」
「なんだかここまで来るのに変な気がしていたんだ。
周りの人は俺が見えていないみたいにまっすぐ歩いてくるし、ぶつかってきても何の衝撃もない。すり抜けていくみたいだった。」
「それに歩く速度が少し早い。滑っているように進んでいく。」
「少し時間の流れる速さが違うからな。」
「あそこに戻るとかは出来ないのか。」
理玖は病院を指さして聞いた。
「出来なくもないけど・・・かなり酷い状態だぞ。
サッカー出来ない体かもしれないし、ひょっとしたら寝たきりかもしれないぞ。
おまえら、それ全部受け入れるのか。」
三人は自分の手足をしみじみと見つめた。そしてそれぞれの顔も。
「まあ、ゆっくり決めろ。それ、俺の仕事じゃないし。おまえらを受付まで無事に送り届けるのが仕事だからな。」
そしてクレタはパンツのポケットから細かく畳んだ紙を広げて読んだ。
「それでは、これから行くにあたっての注意事項言います。
一 これから先、鬼が出ます。
鬼が幻覚を見せたり、幻聴を聞かせたりしますが、それに惑わされてついて行ったりしないように。
ニ 時々、過去に犯した罪を見せられることがありますが、言い話をしたり嘘をついたりしないでください。
三 鬼が襲ってくる事もあります。勇気を出して戦いましょう。
以上。質問ある人。」
太は手を挙げた。
「戦うってどういうことだよ。どんな風に戦うんだ。武器なんか持ってないぞ。」
「ごめん。わからない。俺、初めてだから引率するの。」
「どんなふうに現れるの。過去の罪を見せられるってどんな風に。」
「だいたい鬼ってどんな鬼だよ。桃太郎に出てくる鬼みたいなのかよ。」
「ごめん。全部わからない。なんせ初めてなんだ。」
「じゃあ、質問とか聞くなよ。」
「これ姉ちゃんが書いたんだ、これ読めばわかってくれるからって。わかりやすく書いてあるからって・・・」
「全然わからねえよ。その美人の姉ちゃん連れて来いよ。それで全部解決するだろうが。」
「それができたら、もうしているよ。」
「なあ、一つだけ教えてくれ。その審判を受けて俺たちはどうなるんだ。あのベッドに戻れるのか、それとも死ぬのか。」
「それはちゃんとした神様に聞いてくれ。
そして死ぬとしても天国へ行くのか、地獄へ行くのか。それともそのどちらでもないのか。」
「どちらでもないってなんだよ。」
「知るかそんなこと。俺はわからない。初めてなんだって言っているだろ!
とにかく、三人は絶対に離れるな。必ず俺に三人でついて来い。もしバラバラになったら・・・」
「なったら・・・?」
「つぎに何度生まれ変わっても、三人は絶対に出会えない。」
「それいいじゃない!」
太が大きな声を出すと、クレタ、理玖、ヒロトは一斉に太を見た。
「お前は本当にばかだな。」
「なんだよ。嫌いな理玖と永遠に離れられるんだぜ。ラッキーじゃん。」
「そうか。じゃ、そう思ってろ。明日はここを離れる。
その前に行きたいところや会いたい人がいたら言ってくれ。時間がないから一人一個な。」
「なんだよ。俺の話は無視かよ。」
「おまえはどこも無しでいいんだな。」
「いや・・・ある。」
太はクレタに耳打ちし二人で並んで歩き出した。
「太、どこ行くんだろうね。」
その後ろを理玖とヒロトは並んで歩いた。
「ヒロトの親はどこへ旅行に行っているんだ。」
「うん・・・」
「でも、きっと今ごろあわてて向かっているよ。」
「うん・・・」
「どうした?」
「なんでもない。」
「元気なくてあたりまえか。親に迷惑かけちゃったもんな。あんなに泣くと思わなかったよ。」
「うん・・・」
「どうしたんだよ、ヒロト。さっきから。変だぞ。」
「うん・・・」
ヒロトは何も言わなかった。カバンを胸に抱えて理玖からも遅れ気味になった。
理玖も振り返り、ヒロトを待ちながら歩いた。
「元気ないな。大丈夫か?」
「うん・・・」
理玖はヒロトの手を繋いで引っ張り気味で歩いた。そして、幼い頃を思い出していた。
ヒロトだって怒る時も、悲しい時もある。けど、太と違って感情を外に出さないタイプでこうやって少しずつ足並みが遅れてきた時は大概、怒っているか、悲しいか、お腹が空いているとき。
「太、太!」
「なんだよ、るっせえなー。」
理玖の呼ぶ声にトゲをむき出しにして振り返ったが、ヒロトのそぶりを見て、小走りに駆け寄り、ヒロトの荷物を自分の肩にかけてもう一方の手を繋いだ。
「もうちょっとだから、頑張ってついて来てくれ。」
「どこ連れて行く気だ。」
「うん・・・ちょっと。」
いつもなら食ってかかる太が頬を赤くし、俯いてニヤニヤと笑った。
「あそこ・・・」
それは隣の商業高校。
クレタは相変わらず振り返ることなく門を抜け、空いている入り口を探し、さっさと教室に向かった。そして手招きされた教室を理玖がいち早く覗き込んだ。
「うわ、女子ばっかりだな。何しにここへ来たんだ。」
「うん・・・好きな子がいるんだ。」
太は下を向いて真っ赤になりながら答えた。
「え?太って・・・ヒロトが好きなんだと思った。」
「理玖テメエ。」
「僕も・・・太がその気ならいいかって思っていたのに・・・なんかショック・・・」
「なんだよ、ヒロトまで。まあ、ヒロトも好きだけど、そういうのじゃなくて・・・」
「どの子だよ。」
理玖は肘で太をつつき、太が窓に手をかけて教室をぐるりと一回見渡しただけで指をさし、
「あの窓際の、後ろから3番目のショートカットの子。」
「みんなショートカットじゃん。どれもこれもみんないっしょに見える。」
「だから、窓際の後ろから3番目だって。」
「名前は?」
「まひろ。堀田まひろ。」
「ふうん・・・付き合ってるのか。」
「まだ、よく練習を見に来てて、前から可愛いなと思っていたら先月、あの子から手紙もらったんだ。」
「レギュラー外されたくらいか。」
「そういう言い方するな。」
「デートしたのか?」
「二人きりではまだ・・・今度の日曜日、練習が終わったら会おうって約束したけど・・・」
「日曜日って4日後じゃん。」
「無理だな。」
クレタは少しかぶせ気味に言った。さっきまで興味がないように壁にもたれて廊下で胡坐をかいていたのに、今は隣に並んでいっしょに女の子を見ていた。
「やっぱりか・・・」
「まちぼうけだな。」
「何か知らせる方法はないのか?」
「ない。おまえの友達が言うだろ。バカな喧嘩が元で落っこちましたって。」
「そんな言い方するな。」
「何か違ってたか。反省しろ。行くぞ。」
「おい、あの子に触ったらダメか。」
「未練が残る。やめとけ。」
「髪の毛1本でもいい。触らせてやってくれ。」
理玖は太のためにクレタの腕をつかみ行かせまいとした。
理玖の眼が本気だったから、クレタも断りづらくなってきて、少しだけならと妥協した。
「そっとだぞ。ムギュってするなよ。」
太は教室の中へ入り、その女の子の前に立つと、髪を2度撫でた。そして、十秒ほど顔を見つめて、涙を一筋流すと教室を出て、そのまま学校の出口に向かった。
しばらくは太の横には誰も並ばなかった。
「後の二人は、どこ行きたい。」
「僕・・・2つはダメかなあ・・・」
「ダメだな。時間ない。」
「俺いいから、ヒロトの行きたいところに連れて行ってやってくれ。」
「わかったよ。どこだ。」
ヒロトはクレタに耳打ちするとバスの乗り場に並んだ。相変わらずひとことの説明もなく無言で来たバスに乗り、2時間ほど乗って、そして降り十分程度歩いて、一軒の家に着いた。中では食卓を囲む父親、母親に中学生の男の子、小学校三、四年くらいの男の子と年が離れた幼稚園くらいの女の子が一人の五人家族。賑やかで、毎日が楽しくて仕方ないような幸せにあふれた家族がいた。
「アレ、ヒロトの親父だろ。」
「そう、パパの新しい家族。」
「え・・・どうして・・・旅行じゃなかったのか。」
ヒロトはガクンとくびを折るようにしてうなづき、
「パパとママは僕が小学校の時くらいに離婚して、パパが出て行った。」
「単身赴任だって言ってたじゃないか。」
「だってなんか、かっこ悪くって・・・それにママもかわいそうで・・・」
「ヒロトは平気なのか。」
「パパが幸せそうでよかった。パパの笑った顔は久しぶりだ。クレタ、行こう次。」
「おう。」
「ヒロト、いいのか?もう。」
「うん。平気。」
「平気な訳ないだろ。俺、親父に言って来てやるよ。」
太は窓枠に手をかけ、部屋へ乗り込もうと足をかけたが、制服の裾をつかんだクレタが、
「どうやって?おまえの声なんて届かないぞ。ヒロトがいいって言ってるんだから次行くぞ。」
平然として言い切り、クレタはまた何も言わずに先頭をドンドン進んだ。今回は一度振り返り、
「余計な事するな。」
窓から入ろうとしていた太を威嚇するように怖い顔を作った。けど、その顔には恐怖は一切感じず、諦めの悪い太と理玖はまだ窓をよじ登っていた。
「ホントに大丈夫。やめて!」
「ホントに、ホントにいいのか。」
ヒロトは瞳でうなづきクレタと肩を並べ歩いた。太と理玖も二人に続き、またまたバスに乗りかなり歩いたあと1軒のアパートに着いた。ここも父親、母親と二、三歳くらいの子供が一人、ここも幸せに溢れかえったという感じだった。
「ちょっとまて、アレ・・・ヒロトの母親だろ。」
ヒロトは少し波目でその家族を見ていた。
「ママが幸せそうでよかった。」
「よくない。病院でヒロトが待っているのにほったらかしかよ。」
「大丈夫だよ。僕は。はじめから来ないことはわかってた。」
「いつからだ。ヒロトはいつから一人で暮らして居る。」
「理玖がばあちゃんのところに行ったころくらいかな・・・」
「なぜ言わなかった。」
「言えなかったんだよな…」
ヒロトの頭を撫でた太も涙目になっていた。
「何か知らせる方法はないのか?」
「いい。知らせなくって次行こう。」
「さっきみたいに中に入って触ってくるか・・・」
高いところから声がすると思ったら、クレタが少し離れた塀の上に座っていた。
「いい。」
ヒロトは首を大きく横に振った。振り返ったままの姿勢で、小さな子供をあやす母親を微笑んで見つめた。
「ヒロト・・・」
太はヒロトの肩を抱いた。
「僕はパパもママもあんなふうに笑わせてあげられなかった。二人が幸せになってよかった。」
理玖も二人を包み込むように抱いた。理玖も太も、ヒロトがこんな辛い思いをしていたなんて思ってもみなかった。いつも隅っこでぼんやり、ニコニコしているのがヒロトだと思っていたから、辛い部分はまったく気づかなかった。申し訳ない気持ちを言葉にできず、強く抱きしめた。
「さあ行こう。そろそろ入り口が開く頃だ。これからさきは絶対俺の言う事を聞けよ。いいな。」
そう言ったが、クレタは初めての事で不安だった。クレタは理玖の上から三人を抱きしめた。この先どうなるのか、なにが起きるのかわかっていない四人が円陣を組んでいるようにも見えた。
その声で一番最初に目を覚ましたのは理玖だった。
ゆっくりと目を開けると、胸を大きく開けた白いシャツを着た若い男が、自分達を顔を覗き込んでいた。
上半身を起こし、周りを見ると、理玖の両脇には、太、ヒロトが校庭で寝ていた。
何が起きたのかを思い出すより先に二人を起こした。
「太、ヒロト、起きろ。大丈夫か。」
二人の上にかぶったガラスのカケラを払うと、二人の肩を軽くゆすった。
「あれ・・・俺どうなったんだろう。」
「今、落ちたよね。僕達・・・」
「でもどこも怪我して無い。」
「はい、おまえら一回立って、3人とも。」
その白いシャツの男は手を二、三回叩いて三人に指示した。
まるで幼稚園の先生のようだった。
「はい、これからおまえら3人を 7日後に受ける審判の受付まで案内する女神のクレタでーす。
案内は初めてですが、一生懸命頑張ります。
君達もガンバってついてくるように。」
「ちょっと待て。女神って、男に見えるけど、女なのか?」
「とりあえず男だけど、ウチもいろいろ忙しくてな。
ホントはウチのねえちゃんが来る予定だったんだけど、別の用事が出来て急遽俺になった。
ウチのねえちゃんはすごい美人でたぶん、おまえらも楽しい旅になったんじゃないかと思うけど、残念だったな。
まあ、男同士楽しく行こう。」
「行くってどこへ。」
「僕達、講堂行かなきゃ。」
「おお、そうだ。ボランティアの説明会だ。」
「おまえら、それ本気でいってる?忘れてないよな。」
「太が急に殴ってきたんだ。」
「あれはおまえが・・・」
二人はまた向かい合って、掴み合いそうになったところを、すかさずヒロトが間に割って入った。
「でも僕達なんともないよ。」
「じゃ、今のおまえらの姿を見に行くか。これからはしばらく歩きな。
ちゃんとついてこいよ。はぐれるな。」
そういうとクレタは、理玖達を振り返ることもなく歩き出した。
三人は言われるがまま、そばに落ちていた自分のカバンを拾ってぞろぞろと歩き出した。
学校を出て、駅に近い道幅の広い、いわゆるメインロードを左折。
そこから2つ目の信号を右に曲がるために信号待ちをしていた。
ここまでは結構人通りも多い賑やかな通りで、毎日通る駅から学校までの通学路。
通り慣れた道を歩いてきたのだが、三人はなにか、言葉にならない違和感を感じていた。
「なんか、わかんないけど、変だよなぁ・・・」
太も同じことを感じていた。
返事はしなかったが、たぶんヒロトもそうで、あたりをキョロキョロと落ち着かない様子だった。
信号が青に変わり、相変わらず振り返ることもなく自分勝手にすたすたと歩いて行くクレタの後を三人は追って行ったが、相変わらずその違和感は消えなかった。
無言のままその男・・・クレタの後について病院の中に入り、エレベーターに乗って3階の奥に進んだ。とても静かなフロアだった。
「はい、ココでーす。」
クレタが手を挙げて止めた場所のベッドには、顔中細かい擦り傷を作り、頭も腕も包帯を巻かれ、点滴やなんだかわからないチューブやコードに繋がれた理玖、太、ヒロトの三人が寝かされていた。
ガラスの向こうには両親や祖父、祖母の泣く姿が見える。
「コレどういう事だよ・・・」
理玖が自分の姿を見つめながら言った。
「見ての通りだ。おまえらがバカなことで意地の張り合いしているからこうなるんだ。」
「やっぱりあそこから落ちたんだ。」
「ああ。」
「じゃあ、今いる僕達は、理玖も太も僕だってここに居る。」
「ああ。居る。」
「俺達死んだのか。」
「まだだ。今はまだ肉体と魂が分離しただけだ。
さあ行こうか、ここに居るとおまえらみたいのが次から次と来るから迷子になるぞ。」
「ちゃんと説明しろよ。」
「ああ ここから出たらな。
その前に良く見とけよ。おまえらの両親はあんなに悲しむんだぞ。」
三人は顔を上げガラスの向こうで必死に泣きながら拝み続ける理玖の祖父と祖母の顔。
まだ仕事の途中なのだろうか、白衣にエプロンを付けたままだ。
母親も父親も作業服のまま。
太の両親も同じだ、仕事の途中で慌ててきたのだろう。母親は履物を履いていなかった。
「ヒロトんちの両親がいないな。」
ぽつりと太が言った。
「まだ旅行なのか。」
ヒロトはその問いには答えず、俯いたまま、ただ、最後にベッドに横たわる自分を振り返って悲しそうな顔で見つめ、クレタについて行った。
そのあとを太が追い、最後に理玖がもう一度振り返り自分の両親、祖父、祖母の顔を見て頭を下げエレベーターに乗った。
クレタと理玖、太、ヒロトは病院の脇の堤防で病院を眺めながら並んで座った。
三人のため息を三十回程聴いて、クレタは三人の前に立ち上がり、二、三回手を叩いた。
「いつまで見ていたってしかたないからそろそろ行くぞ。」
「どこへ?」
「だから、受付だって。」
「俺達死んだのか。」
「まだだって言っただろ。」
「これから死ぬのか。」
「かもな。」
「嫌だ・・・」
「なんだかここまで来るのに変な気がしていたんだ。
周りの人は俺が見えていないみたいにまっすぐ歩いてくるし、ぶつかってきても何の衝撃もない。すり抜けていくみたいだった。」
「それに歩く速度が少し早い。滑っているように進んでいく。」
「少し時間の流れる速さが違うからな。」
「あそこに戻るとかは出来ないのか。」
理玖は病院を指さして聞いた。
「出来なくもないけど・・・かなり酷い状態だぞ。
サッカー出来ない体かもしれないし、ひょっとしたら寝たきりかもしれないぞ。
おまえら、それ全部受け入れるのか。」
三人は自分の手足をしみじみと見つめた。そしてそれぞれの顔も。
「まあ、ゆっくり決めろ。それ、俺の仕事じゃないし。おまえらを受付まで無事に送り届けるのが仕事だからな。」
そしてクレタはパンツのポケットから細かく畳んだ紙を広げて読んだ。
「それでは、これから行くにあたっての注意事項言います。
一 これから先、鬼が出ます。
鬼が幻覚を見せたり、幻聴を聞かせたりしますが、それに惑わされてついて行ったりしないように。
ニ 時々、過去に犯した罪を見せられることがありますが、言い話をしたり嘘をついたりしないでください。
三 鬼が襲ってくる事もあります。勇気を出して戦いましょう。
以上。質問ある人。」
太は手を挙げた。
「戦うってどういうことだよ。どんな風に戦うんだ。武器なんか持ってないぞ。」
「ごめん。わからない。俺、初めてだから引率するの。」
「どんなふうに現れるの。過去の罪を見せられるってどんな風に。」
「だいたい鬼ってどんな鬼だよ。桃太郎に出てくる鬼みたいなのかよ。」
「ごめん。全部わからない。なんせ初めてなんだ。」
「じゃあ、質問とか聞くなよ。」
「これ姉ちゃんが書いたんだ、これ読めばわかってくれるからって。わかりやすく書いてあるからって・・・」
「全然わからねえよ。その美人の姉ちゃん連れて来いよ。それで全部解決するだろうが。」
「それができたら、もうしているよ。」
「なあ、一つだけ教えてくれ。その審判を受けて俺たちはどうなるんだ。あのベッドに戻れるのか、それとも死ぬのか。」
「それはちゃんとした神様に聞いてくれ。
そして死ぬとしても天国へ行くのか、地獄へ行くのか。それともそのどちらでもないのか。」
「どちらでもないってなんだよ。」
「知るかそんなこと。俺はわからない。初めてなんだって言っているだろ!
とにかく、三人は絶対に離れるな。必ず俺に三人でついて来い。もしバラバラになったら・・・」
「なったら・・・?」
「つぎに何度生まれ変わっても、三人は絶対に出会えない。」
「それいいじゃない!」
太が大きな声を出すと、クレタ、理玖、ヒロトは一斉に太を見た。
「お前は本当にばかだな。」
「なんだよ。嫌いな理玖と永遠に離れられるんだぜ。ラッキーじゃん。」
「そうか。じゃ、そう思ってろ。明日はここを離れる。
その前に行きたいところや会いたい人がいたら言ってくれ。時間がないから一人一個な。」
「なんだよ。俺の話は無視かよ。」
「おまえはどこも無しでいいんだな。」
「いや・・・ある。」
太はクレタに耳打ちし二人で並んで歩き出した。
「太、どこ行くんだろうね。」
その後ろを理玖とヒロトは並んで歩いた。
「ヒロトの親はどこへ旅行に行っているんだ。」
「うん・・・」
「でも、きっと今ごろあわてて向かっているよ。」
「うん・・・」
「どうした?」
「なんでもない。」
「元気なくてあたりまえか。親に迷惑かけちゃったもんな。あんなに泣くと思わなかったよ。」
「うん・・・」
「どうしたんだよ、ヒロト。さっきから。変だぞ。」
「うん・・・」
ヒロトは何も言わなかった。カバンを胸に抱えて理玖からも遅れ気味になった。
理玖も振り返り、ヒロトを待ちながら歩いた。
「元気ないな。大丈夫か?」
「うん・・・」
理玖はヒロトの手を繋いで引っ張り気味で歩いた。そして、幼い頃を思い出していた。
ヒロトだって怒る時も、悲しい時もある。けど、太と違って感情を外に出さないタイプでこうやって少しずつ足並みが遅れてきた時は大概、怒っているか、悲しいか、お腹が空いているとき。
「太、太!」
「なんだよ、るっせえなー。」
理玖の呼ぶ声にトゲをむき出しにして振り返ったが、ヒロトのそぶりを見て、小走りに駆け寄り、ヒロトの荷物を自分の肩にかけてもう一方の手を繋いだ。
「もうちょっとだから、頑張ってついて来てくれ。」
「どこ連れて行く気だ。」
「うん・・・ちょっと。」
いつもなら食ってかかる太が頬を赤くし、俯いてニヤニヤと笑った。
「あそこ・・・」
それは隣の商業高校。
クレタは相変わらず振り返ることなく門を抜け、空いている入り口を探し、さっさと教室に向かった。そして手招きされた教室を理玖がいち早く覗き込んだ。
「うわ、女子ばっかりだな。何しにここへ来たんだ。」
「うん・・・好きな子がいるんだ。」
太は下を向いて真っ赤になりながら答えた。
「え?太って・・・ヒロトが好きなんだと思った。」
「理玖テメエ。」
「僕も・・・太がその気ならいいかって思っていたのに・・・なんかショック・・・」
「なんだよ、ヒロトまで。まあ、ヒロトも好きだけど、そういうのじゃなくて・・・」
「どの子だよ。」
理玖は肘で太をつつき、太が窓に手をかけて教室をぐるりと一回見渡しただけで指をさし、
「あの窓際の、後ろから3番目のショートカットの子。」
「みんなショートカットじゃん。どれもこれもみんないっしょに見える。」
「だから、窓際の後ろから3番目だって。」
「名前は?」
「まひろ。堀田まひろ。」
「ふうん・・・付き合ってるのか。」
「まだ、よく練習を見に来てて、前から可愛いなと思っていたら先月、あの子から手紙もらったんだ。」
「レギュラー外されたくらいか。」
「そういう言い方するな。」
「デートしたのか?」
「二人きりではまだ・・・今度の日曜日、練習が終わったら会おうって約束したけど・・・」
「日曜日って4日後じゃん。」
「無理だな。」
クレタは少しかぶせ気味に言った。さっきまで興味がないように壁にもたれて廊下で胡坐をかいていたのに、今は隣に並んでいっしょに女の子を見ていた。
「やっぱりか・・・」
「まちぼうけだな。」
「何か知らせる方法はないのか?」
「ない。おまえの友達が言うだろ。バカな喧嘩が元で落っこちましたって。」
「そんな言い方するな。」
「何か違ってたか。反省しろ。行くぞ。」
「おい、あの子に触ったらダメか。」
「未練が残る。やめとけ。」
「髪の毛1本でもいい。触らせてやってくれ。」
理玖は太のためにクレタの腕をつかみ行かせまいとした。
理玖の眼が本気だったから、クレタも断りづらくなってきて、少しだけならと妥協した。
「そっとだぞ。ムギュってするなよ。」
太は教室の中へ入り、その女の子の前に立つと、髪を2度撫でた。そして、十秒ほど顔を見つめて、涙を一筋流すと教室を出て、そのまま学校の出口に向かった。
しばらくは太の横には誰も並ばなかった。
「後の二人は、どこ行きたい。」
「僕・・・2つはダメかなあ・・・」
「ダメだな。時間ない。」
「俺いいから、ヒロトの行きたいところに連れて行ってやってくれ。」
「わかったよ。どこだ。」
ヒロトはクレタに耳打ちするとバスの乗り場に並んだ。相変わらずひとことの説明もなく無言で来たバスに乗り、2時間ほど乗って、そして降り十分程度歩いて、一軒の家に着いた。中では食卓を囲む父親、母親に中学生の男の子、小学校三、四年くらいの男の子と年が離れた幼稚園くらいの女の子が一人の五人家族。賑やかで、毎日が楽しくて仕方ないような幸せにあふれた家族がいた。
「アレ、ヒロトの親父だろ。」
「そう、パパの新しい家族。」
「え・・・どうして・・・旅行じゃなかったのか。」
ヒロトはガクンとくびを折るようにしてうなづき、
「パパとママは僕が小学校の時くらいに離婚して、パパが出て行った。」
「単身赴任だって言ってたじゃないか。」
「だってなんか、かっこ悪くって・・・それにママもかわいそうで・・・」
「ヒロトは平気なのか。」
「パパが幸せそうでよかった。パパの笑った顔は久しぶりだ。クレタ、行こう次。」
「おう。」
「ヒロト、いいのか?もう。」
「うん。平気。」
「平気な訳ないだろ。俺、親父に言って来てやるよ。」
太は窓枠に手をかけ、部屋へ乗り込もうと足をかけたが、制服の裾をつかんだクレタが、
「どうやって?おまえの声なんて届かないぞ。ヒロトがいいって言ってるんだから次行くぞ。」
平然として言い切り、クレタはまた何も言わずに先頭をドンドン進んだ。今回は一度振り返り、
「余計な事するな。」
窓から入ろうとしていた太を威嚇するように怖い顔を作った。けど、その顔には恐怖は一切感じず、諦めの悪い太と理玖はまだ窓をよじ登っていた。
「ホントに大丈夫。やめて!」
「ホントに、ホントにいいのか。」
ヒロトは瞳でうなづきクレタと肩を並べ歩いた。太と理玖も二人に続き、またまたバスに乗りかなり歩いたあと1軒のアパートに着いた。ここも父親、母親と二、三歳くらいの子供が一人、ここも幸せに溢れかえったという感じだった。
「ちょっとまて、アレ・・・ヒロトの母親だろ。」
ヒロトは少し波目でその家族を見ていた。
「ママが幸せそうでよかった。」
「よくない。病院でヒロトが待っているのにほったらかしかよ。」
「大丈夫だよ。僕は。はじめから来ないことはわかってた。」
「いつからだ。ヒロトはいつから一人で暮らして居る。」
「理玖がばあちゃんのところに行ったころくらいかな・・・」
「なぜ言わなかった。」
「言えなかったんだよな…」
ヒロトの頭を撫でた太も涙目になっていた。
「何か知らせる方法はないのか?」
「いい。知らせなくって次行こう。」
「さっきみたいに中に入って触ってくるか・・・」
高いところから声がすると思ったら、クレタが少し離れた塀の上に座っていた。
「いい。」
ヒロトは首を大きく横に振った。振り返ったままの姿勢で、小さな子供をあやす母親を微笑んで見つめた。
「ヒロト・・・」
太はヒロトの肩を抱いた。
「僕はパパもママもあんなふうに笑わせてあげられなかった。二人が幸せになってよかった。」
理玖も二人を包み込むように抱いた。理玖も太も、ヒロトがこんな辛い思いをしていたなんて思ってもみなかった。いつも隅っこでぼんやり、ニコニコしているのがヒロトだと思っていたから、辛い部分はまったく気づかなかった。申し訳ない気持ちを言葉にできず、強く抱きしめた。
「さあ行こう。そろそろ入り口が開く頃だ。これからさきは絶対俺の言う事を聞けよ。いいな。」
そう言ったが、クレタは初めての事で不安だった。クレタは理玖の上から三人を抱きしめた。この先どうなるのか、なにが起きるのかわかっていない四人が円陣を組んでいるようにも見えた。
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