クレタとカエルと騎士

富井

文字の大きさ
上 下
25 / 50
五日目

サント先生に会いに行く

しおりを挟む

五日目の朝を迎えた。


寝坊したクレタは布団に簀巻きにされていた。
ベジービーに使わなくなった耕運機に荷台を付けてもらい。それに乗って出発した。

それは今朝の話・・・・べジービーは仕込みの為、誰よりも早く起きていた。

理玖も、夕べは布団でぐっすり眠れて、今朝、早く目覚め、べジービーの手伝いをしていた。
ミートソース用の玉ねぎをたっぷりみじん切りにして、涙がガンガンあふれ出して二進も三進も行かなくなった。

「理玖・・・大丈夫か・・・」
「じゃあ・・・掃除・・・手伝います・・・」
「じゃあ、そうしよう。」
こんどは夕べ、クレタがべっしゃべしゃの髪で寝転がって濡れてしまった布団を干した。
すると、あの広場で待つ老人の姿が見えた。
「サントさん・・・」
「ああ、もう何年もああして待っているんだ。」
「気の毒に・・・。」
「じゃあ、ムリクリ連れていけば。」
太とヒロトも起きてきた。
「べジービー。おはよう。ゆっくり布団の上で眠れたから、今日は体がなんだか軽い。」
「僕もだよ。ありがとう。べジービー。」

太とヒロトも窓際に並んでサントさんのいる広場を見た。

「まだクレタ寝てたよなぁ。」
「縛っちゃう?」
「縛っちゃおう。」

と言う事で、簀巻きにして荷台に乗せた。

縛っている間も、運んでいる間も、三人が朝食を食べている間も、クレタはまったく起きる気配がなかった。

「このまま昼ごろまで寝ているんじゃないか?」
「あの広場までは寝てくれてた方がうるさくなくていいかもな。」
「そうだ。君達の剣、磨いておいたよ。
それと、ヒロトの剣は持ちやすいように輪っかをつけておいたよ。
これでツルツル滑って落とすこともないだろう。」
「ありがとう。べジービー!!」

ヒロトはべジービーのほっぺにチューをした。

その輪っかはカエルの手にピッタリ収まって吸盤にピッタリと張り付きこれなら負ける訳がないと思った。
「よかったなヒロト。」
「うん。これで理玖と太と一緒に戦える。」
「頼んだぞ。頑張ってクレタを守ってやってくれ。」
「ホントはこいつが頑張って俺達を連れて行くんじゃないのか?」
「まあまあ・・・俺達は強いんだから。王子様を守ってやろうぜ。」

べジービーにミートソースがたっぷりのビッグバーグのお弁当を積んでもらい、広場への地図も貰って、理玖達は旅立ったのだった。


そして、簀巻きのクレタは途中までスヤスヤと気持ち良く眠っていたが、段差を超えた時の振動で起きた。

「おい、ここどこだ。」

三人は、一回目のクレタの声を無視した。
「おい、どこへ行くつもりだ。ツウカ・・・どこ連れて行くつもりだ。
なんだこれ、なんで俺がぐるぐる巻きにされている!
なんなんだ!お前ら返事しろって!」
「クレタが気持ちよく寝てたから、起こしたら悪いな・・・と思ってさ。」

「思ってさ、じゃねえ。早くこれを解け!だいたい、お前らは俺の後ろからついて来るんだろ。なんで俺がお前らについて行かなければいけないんだ。」
「るっせぇな・・・どうする。」

「どうもしねえ。このままいく。昨日の恨みを今日晴らす。」

理玖は昨日のことを根に持っていたわけではないが、ここでぐるぐる巻きを解いたら、絶対にサントさんのところへは行かないに決まっている。クレタはちょっと、誰かに怒ってもらったほうがいいんだ。そして反省しろ。
理玖はそう考えていたが、とにかく、クレタはずっと怒りっぱなしだった。
「もう着くから・・・・」

「どこへだよ。どこへ着くんだよ。
なんだよおまえら。勝手だな。俺はベジービーのところで、もう一個ビッグバーグを食ってから出発しようと思っていたのに、何で勝手に出発するんだ。」

「ビッグバーグなら昼飯用に積んでくれたし、飲み物だってもらったから。」

「そういうんじゃない。俺はできたてのほかほかを、ふうふうしながら食べたかったの。
風呂だってもう一回入りたかったし、髪もくるくるしてもらってから出発したかったんだって。戻れよ、ベジービーのところに。」

「めんどくせぇ。じゃあ、ここで捨てるぞ。」

「なんだ、その言い方。そんなこと言っていいと思っているのか!俺は王子様だぞ。女神の王子様なんだぞ。」
「女神なのか王子様なのかはっきりしろよ。」

「どっちもだ!」

クレタは芋虫のように体をくねくねさせて怒ったが、理玖達はほおっておいた。どっちみち縄を解かない限り何の抵抗もできない。ただ・・・ちょっとうるさかった。

「ほら、もう着いたよ。」

「どこだここ。」

「サント先生のところだよ。」

そこは観覧車からも、ベジービーの店のロフトからも見えた、あの何もない少し寂しい広場だった。

サント先生はそこで、ぽつりと、たった一人で立っていた。上空には大きな鳥が一羽、くるくると円を描いて飛んでいた。

「・・・・」
クレタはおとなしくなって、簀巻きの布団の中に顔をうずめた。
「ほら、クレタ。解いてやるから。そこから降りて先生のところへ行こう。」

「知らない。俺は降りないぞ。俺はこのまま二度寝する。」
「一言謝ればいいだけだろ。」

「やだ・・・第一、俺はここへは来ないって何度も言っただろ。
うまくできないんだ・・・何度習ってもちっとも上達しない。嫌いなんだよ。剣を持つことが。」

「僕らが習いたいんだ。クレタは見ていればいい。僕らはもっと強くなってガリウスをやっつけないと行くところに行けないんだろ?ヒロトの剣も、ベビージーに直してもらって使いやすくしてもらったんだ。」

「なら、お前らだけで行けよ。俺は関係ないんだろ。行かない。ここにいる。」
「もう、ほっとけ理玖。」
太とヒロトはそれぞれ剣を持ってサント先生のところへ歩いて行った。
「じゃあ、気が向いたら来いよ。」
理玖もそう言って剣を持ち、サント先生の元へ駆けて行った。
「先生・・・サント先生・・・」
老人は骨と皮だけの立っているのがやっとといった感じで、腰に付けた剣の鞘も錆びていた。埃にまみれたマントをまとい髭がとても長く伸びていた。だが、三人の呼ぶ声に向けた眼光は鋭く、枯れても侍の誇りは生きていた。
「先生、クレタの代わりに俺たちに剣の使い方教えてください。」

「クレタはここへは来ないのか?」
「あそこの荷台でふてくされて寝てます。」

「・・・・・まったく・・・・」

「クレタはどうでもいいんで、俺達に教えてくださいよ。ヒロトは手がカエルなんですけど、いい感じに作り変えてもらったんです。」
「どれ、見せてごらん。」

サント先生はヒロトのカエルの手にピッタリと納まった剣をじっくりと見た。

「うまく作ってもらったね。これならガリウスだってやっつけられる。」

「でも、ガリウスは剣で切っても、切っても元に戻っちゃうんです。」

「それは、君たちの剣の使い方が下手だからだ。
ここでしっかりと学びなさい。そうすれば相手が何であろうと君たちなら戦える。」
「でも、時間がないんだ。俺達、7日に受付ってところへ行かないと・・・今日で5日目だから、あんま時間ないんだ。」
「そうか、じゃあ、すぐやろう。まず、しっかり構えてごらん。剣の重みを体の中心で感じるようにしっかりと立つんだ。」
三人はサント先生の言う通り、真剣に習った。もともと、体力もあるし、運動神経もいいほうで、喧嘩慣れしているからいろいろと飲み込みも早いし、上達も早い。
みるみる動きが鮮やかになり、鋭く、力強く、そしてしなやかな剣捌きにサント先生も「うん」と大きく頷いた。
クレタもそんな熱心な三人が気になり、じわじわと三人に近づいて来た。
「クレタ、どうだ、あの三人。可憐な剣捌きだと思わないか?」
サント先生はだいぶ近づいてきたクレタに声をかけてみた。
「・・・別に・・・」

クレタは又少し距離を取った。

「一生懸命は実に清々しい。多少口をはさみたくなるところもあるが、それでもああやって何の疑いも持たず、真っすぐな目で向かってこられると、見ている私まで戦っている気になってくるよ。君もそうだろ?」

「・・・別に・・・」

「君もやってみないか?」

「・・・やらない・・・」

「そう。」

サント先生は視線を理玖達に移し、剣の指導をした。
クレタのことを無視したわけではないが、気にかければ気にかけた分だけ離れていくやつだと言うことは先生はよくわかっていた。だから、クレタが自分からやろうと思うまではそっとしておこう。もう、このまま永遠のさよならになっても、それは仕方がない。
せめて理玖達に鬼退治の方法を伝授して散ろうと考えていた。
たっぷりと、もっとたっぷりと教えてほしい、教えたいというお互いの気持ちとは裏腹に、サント先生にしても、理玖達にしても同じように時間はなかった。
そして、時間がないことを一番悟っていたのはクレタだった。

それでも、まだ素直には慣れず、ちょっと離れたところで体操すわりをして三人とサント先生を見ていた。

「いいか、今教えたように、理玖には理玖の切り方。太には太の切り方、ヒロトにはヒロトの切り方がある。それぞれが教えたとおりに切り込んで、そしてそのあと、三人の剣で急所を突くんだ。鬼の急所は3つ。それぞれが同時につかなければ意味がない。
打ちそこなうと消えてしまう。敵は強いが、チャンスは必ずある。」
三人は力強く頷いた。そしてまた練習に戻った。
クレタもまた、少しづつ、少しづつ近づいてきた。なんだか三人がとてもかっこよく思えて、自分もあんな風にできたら今よりもっとカッコよくなるかも!
なーんて考えていた。

「やってみるか?」

「・・・ん・・・まあ、ちょっとくらいなら、やってもいいけどな・・・」

クレタはポケットから赤色の剣を出して見よう見真似でやってみた。

「クレタ、そうじゃない!そこはこうだ・・・」

クレタの一生懸命は共感できるが、剣の上げ下げのタイミングから体の動きとのバランス。全てにおいて、モタモタでだめだめで・・・サント先生が丁寧に型を教えても、姿勢を直しても全く良くならない。
むしろ体力のないクレタは剣を支えるのが精いっぱいで剣を構えることさえままならない。

けれど、クレタは一生懸命だった。

「だから、クレタ、そうじゃない!」

「もういい。やめた!!なんだよ。一生懸命やってんのにダメだダメだって。
理玖達ばっか褒めて。俺もちょっとは誉めろよ。
そもそも俺は戦いなんて大嫌いなんだ。こんな重いものもって振り回すなんて体力のムダ遣いだ。みんな仲よくしたらいいだろ。」

クレタは剣をほおり投げてその場で寝転んだ。

「だったらガリウスに仲よくしようぜって言えよ。言ってこいよ、今すぐ。それが分かる相手じゃないからこうして習っているんだろ。」

「・・・・」

「ちょっとやってできないからってすぐそうやってすねるなよ。」

「・・・お前らはちょっとで結構できてるじゃないか・・・」

「俺たちは・・・センスいいからじゃね。戦い慣れてるって言うか・・・」

「・・・俺は・・・俺はなんでできないんだよ。一生懸命なのに。
お前らよりずーっと頑張っているのに、でもゼンゼンできないのに、まだ頑張れかよ。
頑張れるか。この先絶対うまくなんかならないことわかっているのに。どうやって頑張るんだよ。」

クレタはうつぶせに寝転がって組んだ腕の中に顔を隠して泣いた。理玖達は(あーもうめんどくせー)と思ったが、サント先生はクレタの髪を撫でて言った。

「そうだな。君の言う通り、みんなが仲良くできれば剣もいらないし、争いも起きないね。
じゃあ、鬼はどこから来るんだろう。鬼は人の心の闇が作り出すんだ。人間が作り出したものだけど、人間は戦えない。今回のこの子たちは、たまたま強かったが、次もそうとは限らない。
君たち女神は人間を運ぶのが仕事なんだから、いつも危険と隣り合わせだ。だから戦うことを学びなさいとみんなが言うんだよ。」

「でも、俺ムリ。」

「ムリって・・・じゃあ、俺達と別れた後クレタ一人でどうするんだよ。」

「俺はもう行かない。お前ら三人が代わりに行ってくれよ。」
「それこそ無理だろ。俺らは人間だぜ。」

「やだ、やだ、やだ、やだ、ぜーったーい無理。戦えない。剣重い。振り回すとか無理。」


クレタは手足をバタバタとさせながら泣いた。いつもの、チョーめんどくさい駄々っ子泣きだ。
しおりを挟む

処理中です...