クレタとカエルと騎士

富井

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五日目

サント先生とさよならする

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「クレタ。理玖達にあげた剣は君が選んだのかい?」

「・・・うん・・・」

「いい剣を選んだね。どれが使いやすいか、理玖君たちのことを一生懸命考えて選んだんだろ。」

「・・・まあね・・・」

「ちげーだろ・・・クレタがうまく使えなかったやつを理玖が拾ってつかっただけじゃねえか・・・」

ぼそっと小さな声で呟いた太に、サント先生はへたくそなウインクで目配せをして、太よりちょっと大きい声で言った。
「そこが大切なんだ。相手のことを考えて相手のために何ができるか。下手でも一生懸命やることが大切なんだ。」
「今、一生懸命やってゼンゼンだめだめだった・・・」
クレタはバタバタは止まったが、以前ふてくされてうつぶせのままだった。
サント先生は(相変わらずめんどくさい奴だな・・・)
と一瞬思ったが、
(ダメだ。教え子をそんなめんどくさいとか思ってはいけない。
なんとか今日でクレタの補習を終わらせなければ・・・ここで終わらせてバラ色の定年後の余生を存分に楽しむんだ。)

「クレタ、あとちょっと・・・あとちょっと頑張れば、ものすごーくよくなるかもしれない。
あと、ほんのちょっとの頑張りが大切なんだよ。やり続けること、諦めないことが大切なんだ。」
サント先生はクレタをくるっと表向けて、ちょっと強めに肩を揺すった。
「わ、わかり・・・ま、した・・・も、もう、い・・・一回・・・や、やって・・・み、ま、すぅ・・・」
「そうか、じゃあ頑張れ。時間はないぞ!」
サント先生はひょいとクレタを立たせると放り投げた剣を、ささっと持たせた。
「さあ、君たち頑張りたまえ。いつガリウスが現れても戦えるように、しっかり練習しろ!」

サント先生はパンパンと二度と手を叩き、理玖達も練習に戻った。

クレタも、もったもたながらも教えてもらった形を一生懸命やっていた。
「だから・・・クレタ・・・そうじゃなくて・・・」
怒鳴りかけたがぐっと堪えて、
「うん。そうそう、クレタだいぶ良くなった。できるじゃないか。
だいぶできてる、うん、うん、先生・・・もう帰ろうかな・・・」

「なんで。いい感じになってきたんだから、理玖みたいなパパッとした派手でかっこいいやつやりたい。ああいうの教えて。」

サント先生は思った
(困った・・・基本の形もうまく出来ていないのに、あんな難しいのできるわけない。下手に教えて拗ねられでもしたら、帰るに帰れない・・・)

理玖も
(そろそろ昼だ・・・ヒロトの手も乾き始めてるし、どこまで進むのか知らないけど、そろそろ出発した方がいいんじゃないかな・・・)

太は
(今頃遅えよ。もっと早くヤル気になれよ。)

ヒロトは
(ビッグバーグが冷えちゃう・・・)
とそれぞれが考えていた。

「だって、だいぶできるようになって来ただろ。やる気になったら結構、上達が早いタイプなんだ。俺って。」

クレタは誉めて伸びるタイプではなく、褒めるとズに乗るタイプだった。

(さて・・・困った・・・)

「・・・・クレタ・・・じゃあ、くるくるっと回ってプスっと刺すのはどうだろう。
ちょっとやってみるからね。」


サント先生は、自分のちょっと錆びた剣を鞘が付いたままかまえて、くるくるっと2,3歩前に出て回り、トンとついて見せた。


「えー、もっとさーガーっとワーッとしたのやりたいなー。ダーッと飛んで、サーっと切り裂く的な!」

(無理に決まってるだろ・・・・)四人同時にそう思った。

「や・・・クレタは、王子様だから、最後の最後にとどめを刺す的な・・・そんな感じがいいんじゃないかな。」

(ナイス!理玖!)

「そ、そうだよ!疲れることは俺たちに任せてさ、クレタは最後にくるくるっと回って、プスっと刺せば、ガーってやっつけられるんだって。かっこいいじゃん!」

(ナイス!太!)

「でも、お前らいなくなって、俺一人になったらどうするの?
それでまたやっつけられる?今度はお前らみたいに強くなかったらどうするの?俺?」

(知るか・・・・)

「で、でも、今回、僕らがぜーんぶ倒してしまえばもう出ないかもよ。
そ、それに、ぜーんぶ倒して、クレタがとどめを刺しましたって神様のところで言えば、ご褒美に、これからずっとお花畑でお昼寝してていいよって言われるかも!」

(グッジョブ!ヒロト!)

「そうかな。」
「そうだよ!」
「きっとそう!」
「だよな。」
クレタは超ご機嫌で『くるくるプス』を練習しだした。四人はホッと胸をなでおろした。
そして2,30回『くるくるプス』を練習したくらいの時、そろそろクレタが飽きてくるな・・・と思った頃、サント先生はクレタを呼んですかさず言った。
「クレタ・・・よく来たね。もう、君に会えないと思っていたよ。
私はここで23年も待っていたからね。けれど、君が約束を果たしに来てくれて、本当に、本当にうれしいよ。」

サント先生はクレタを抱きしめた。
クレタは剣を捨てて、サント先生にしがみついて泣き出した。

「先生・・・ごめん・・・本当は、もっと早く来ようと思ったんだ。
けど、ここはどこからも見渡せてて、クレタが補習受けてるってみんなに見られるのが恥ずかしくって・・・先生ごめんなさい。
そんなに待ってくれていたなんて・・・
知ってたけど・・・知らないふりしてごめんなさい。」

「知ってたのかよ。マジでやな奴だな。」
ぼそっと呟いた太を理玖とヒロトは軽く肘でついた。
「いいんだよ。クレタ、今日来てくれたじゃないか。
いい。私はそれで十分だよ。これで君の補習も終わりだ。その証にこれを君に授けるよ。」
サント先生は腰のベルトを外し、鞘が錆びた剣をクレタに渡した。
「いらない。汚いし。俺、いいのいっぱい持ってるから。」
そうあっさり断わった。
「いいから持っていなさい。きっと役に立つから。」
「いらない。」
「そう言わずに。持ってなさい!
必ず、必ず、必ず、必ず必要な時が来るから。」

サント先生は、半ば押し付けるように、無理やりにクレタに持たせた。
「えー・・・」


「いいから、持ってなさい。」

サント先生は無理矢理押し付けたあと、くるりと身を翻し、広場の真ん中へと小走りに向かった。
クレタはなんとも言えない顔で、渡されたベルトを指先で摘んで持ち上げた。

「先生、どこか行かれるのですか?」

理玖は少し早足で去って行くサント先生に聞いた。
「ああ、ハネムーンに行くんだ。ワイフがお待ちかねでね。」
「先生、ありがとうございました。」
理玖達三人は横に整列し頭を深く下げた。
サント先生も振り返って姿勢を正し、深く頭を下げて
「クレタのことくれぐれもよろしく。しっかり守ってやってくれたまえ。」
そう大声で言った。
「ああ大丈夫。任せて下さい!」
太は大きく手を振ってこたえた。
「私こそありがとう。楽しかったよ。クレタと一緒なのが君達で本当によかった。」
サント先生はもう一度頭を下げると、クレタの方を一度見て手を振った。
「先生・・・」
クレタは理玖達の後ろに隠れて泣いていた。
「泣いてないで、何か言えよ。お別れだぞ。」
「う・・・・」
「ほら、早く。行っちゃうぞ。」
「う・・・・なんていえばいいか・・・わからない。」
「まずはありがとうございました。だろ。」
クレタは三人の前に出て大きな声で
「サント先生!ありがとうございました。」

といった。すると先生はぴたりと立ち止まり、振り返って
「ありがとうクレタ。その一言を私はずっと待っていたよ。」
そう言うと先生の体はふわりと宙に浮き、その体は、さらさらと雪が舞い散るように広がると強い光を放った。その光に気を取られている間に、その体は消えてしまった。
そして大きな鳥がもう一羽現れ、上空で円を描いていた鳥と再会を喜ぶように空で戯れた。
「ひょっとして、あの鳥が奥さんだったのか・・・」
「23年も空で待っていたのか。」
「つつかれてる・・・」
「23年も待たせたんだもんな・・・」
「しかたないね・・・」
クレタと三人は空を見上げ、そこで舞う2羽の鳥をただ見上げていた。
「先生・・・先生。ありがとうございました。」

クレタはもう一度、大きな声で叫んだ。
すると、あたりをちらちらと舞っていた粉が広場に落ち、そこは緑が芽生え、花が咲き、美しい花畑へと変わっていった。
くるくると空を回っていた鳥は、それを見届けると、彼方へと旅立って行った。
「俺達も行こうか。」

ふと振り返ると、クレタはサント先生からもらった剣を抱きしめて声をあげて泣いていた。

「クレタ、行こうか。」

「先生・・・ごめんなさいぃぃぃぃ・・・・・」

「もっと早く言えよ・・・」

「わがままはすげー嫌なタイミングで来るくせに、あたり前のことするのは一歩で送れるんだよな・・・」
「みんなと同じにできないのかな・・・」
「王子様だから個性的なんじゃない?」
「めんどくせえ」
「じゃあ、三人で運ぶぞ。」
剣を抱えて座り込んでいたクレタを三人でひょいっと持ち上げ、耕運機の荷台にちょこんと乗せた。理玖が運転、太とヒロトと剣を入れたバッグも荷台に乗った。
ボゥボゥバルバル・・・とエンジンをかけて、ゆっくりと走り出した。
「なんだこのへんな乗り物・・・」
クレタが泣きながら聞いた。
「ベジービーが使わなくなったものを貰ったんだ。いいだろ。楽ちんだ!」
「俺が乗るにはふさわしくない。俺は二頭立ての馬車が好きだ。」
「知るか・・・」
「お前なんだ、その口の利き方、いい加減、俺は王子様なんだってこと理解しろよ。」
「贅沢言うな。どんなものでもあるだけましだろ。嫌なら歩け。」
「なんだと!」
クレタが太の胸倉をつかんだ時、
「先生が見てるよ。」

とヒロトが空を指さした。

大きな二羽の鳥はクレタ達の行く方向と同じ方向へと飛んでいた。だからと言って、クレタのことを見ているかどうかはわからないが・・・・
「先生・・・・」
「きっと、クレタのことがまだ心配なんだろうね。せめて、先生の前だけでもいい子でいないと、心配でハネムーンに行けないね。」

「先生・・・」

クレタは又少し、ウルウルしていた。


「ベジービーからもらったビックバーグ食べる人。」

4人は元気に手を挙げた。
ウルウルしていたクレタが一番元気よく身を乗り出して手を挙げた。

4人は紙を少しづつめくりながら、ビッグバーグをほおばった。
理玖と太とヒロトは初めてのビックバーグだった。

「うめー・・・やばい。もっと食いたかったな・・・・」

「もう二度と食べられないのかと思うと悔しい・・・」

三人はその初めての味に酔いしれていた。理玖も洋食屋を営む祖父に連れられて、名店と言われる店でだいたいの洋食は食べたことがあるが、こんなにうまいものは初めて食べた。
「やばい、俺、泣きそう。泣きそうなほどうまい。」
「そうかな・・・俺はやっぱ、あつあつをふうふうしながら食べたかったな。」

感動している三人をちょっと小ばかにするようにクレタは言った。が、もう先生にもらった剣はほっぽって一番、ビッグバーグに食らいついていた。

「あーあー、あつあつをポテトと一緒に食いたかったなー。朝、お風呂に入って、髪の毛をくるくるとしてもらって、それから二頭立ての馬車で出発したかったなー」
「まったく・・・聞いてるだけでいらいらする。」

「太、もういいじゃん。また喧嘩になるから。」
ヒロトが太を止めると、クレタはすかさず太を蹴った。
「いってえなぁ」

太はクレタに襲い掛かろうと一歩前に思い切り踏み込んだ。それに驚いたクレタは、ふいに立ち上がった。
その立ち上がったと同時に、大きな鳥が急降下し、クレタの手からビッグバーグを持ち去った。
「あ・・・俺のビックバーグ・・・・」
「あーあー、だから、先生見てるよって言ったじゃん。クレタが言うこと聞かないから・・・」
「太が悪い。」

「悪くない。」
「ちょっと・・・」
「わけてやんねぇ。」
「ほんの・・・・」

「わけてやんねぇ。」

大きな鳥はビッグバーグをくわえた後、耕運機を追い越して早く、遠くへ飛んで行った。
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